第10話 遼州人の混血児の『遺伝的特徴』
「それより、お前さんは茜の顔を知らないんじゃないの?アイツは久しくお前さんの家にはここしばらくは行ってないはずだから……俺は最近でもしょっちゅう通ってるけど……ああ、ちょっと待って」
嵯峨はそう言うと通信タブレットをズボンのポケットから取り出していじり始めた。
「なんですか?美人だって自慢したいんですか?出来た娘さんで美人。僕とは釣り合わないと馬鹿にする気なんでしょ?」
さすがにおもちゃにされている自覚はあるので、誠は少し腹を立てながらそう言ってふくれっ面をした。
「別にお前さんと結婚することはたぶん無い。それ以前にアイツは一生結婚しないんじゃないかな。典型的な東和人だね。はい、これ」
通信タブレットを手にした嵯峨はその画面を誠に向けた。
そこには長い金髪の美女が映っていた。鼻筋が通ったヨーロッパ系の面差しはどう見てもアジア系に見える嵯峨とは異なって見えた。見た目だけでは彼女が嵯峨の娘だとは誠にはとても信じられなかった。
「綺麗な方ですね……でも……ちょっと遼州人ぽく無いですね。失礼ですけど……隊長の奥さんって『ガイジン』ですか?と言うか隊長に全く似てないじゃないですか。本当に隊長の娘さんなんですか?隊長の奥さんって『男癖』が悪かったって聞いてますから……実は浮気した時にできた子供なんじゃないですか?」
再びタバコを取り出して火をつけると非喫煙者の誠に遠慮することなく悠然とタバコをくゆらせる嵯峨に、誠は聞いてはいけないことなのかもしれないと思いながら遠慮がちにそう言った。
その言葉に嵯峨は特に気にする様子もなく素直に頷いた。
「ひどいこと言うねえ。実はかみさんとはできちゃった婚でな。そん時にDNA鑑定してるから間違いなく俺の娘だ。実際、俺が娘を連れて甲武から東和に来て、小学校に編入する時も担任から同じようなことを言われた事が有った。そんなこともあるだろうと、DNA鑑定の鑑定証を甲武から持ってきておいて見せたんだ。用意が良いだろ?俺って」
表情も変えずに嵯峨はそう言った。
「地球人のほとんど居ない東和共和国では遼州人と地球人の間の『混血児』なんてほとんどいないわけだが。宇宙の元地球人の国では移民した遼州人との間に混血児が生まれることがある。その時に遼州人の遺伝的特徴が明らかになることが多いんだ」
確かにほぼ地球人のいないここ東和共和国で生きてきた誠の周りには地球人との混血児は一人もいなかった。
「遺伝的特徴?何か変わった現象でも起きるんですか?」
嵯峨の言う通り、東和共和国には地球人はほとんどいなかった。どう見ても地球の東アジア系の顔をした遼州人が闊歩しているのが東和共和国だった。
「それが、起きるんだな。第四惑星のゲルパルトは地球のドイツ系やらフランス系やらの白人がほとんどの国だ。そう言う国で明らかになったんだが、遼州人の外見の特徴はその子供に全く遺伝しないんだ……奇妙な話だが事実なんだからしかたがない。ある説によると遼州人はこの宇宙で生まれた生命体ではないらしい……『異世界』……俺は現実主義者だからそんなもんは信じたくないが、遼州人はこの宇宙の外から来た存在らしい。だから俺もランも死ねない。ああ、ランは俺やお前さんとも違う『異世界』から来た存在だと俺が会った研究者は言ってた。遼州人がこの星に現れたのは1億年前。地質学者が言うにはその時代の地層から急に青銅製の農機具が突然現れる。これは当時節足動物しか地上動物が居なかったこの星で遼州人が進化して生まれた生き物じゃないことを示しているというのが研究者の一致した意見だそうだ。ランに至ってはその掘り出された地層から言って少なく見積もって3億7000万年前にはこの星に居たんだもん。まあそんなこともあるわな」
ここ、遼州星系では東和共和国と隣の大陸になる『遼帝国』だけが、遼州人がほぼ全員を占める国だった。他の国はほとんどが地球系の移民で構成され、遼南共和国が経済的に破綻していた間に豊かさを求めて他国に移民した際に混血児が生まれる可能性があること位しか誠には混血児に出会うことが想像できなかった。
「外見の特徴が遺伝しない?親と似ないんですか、見た目が?でも中身が遺伝しなかったのは良かったですね」
誠は初めて知らされる事実に当惑しながら嫌味を交えつつそう答えた。
「だから、金髪美人だったかみさんに似て、茜も金髪美人。誰が見てもゲルパルトや外惑星連邦出身者だと思うだろうな。でも、間違いなく俺の子供で生まれたのは甲武国。まあ、甲武国の貴族制が気に入らなくて国籍を東和共和国に変えてるがな。アイツも西園寺家の家風に染まっていて貴族主義とは相性が悪いんだわ」
嵯峨はそう言うと旨そうにタバコをふかした。
「貴族主義が嫌いってことですね。じゃあ、かなめさんのお父さんみたいに貴族の位を誰かに譲って平民になればいいのに」
訳も分からずそう言う誠に嵯峨は諦め半分のため息をついた。
「俺もそうだがあの国にはいい思い出が1つも無いんだよ。どこに行ってもその姿形で外人扱い。いい思い出なんてできるわけがないよね」
誠にもそれは理解できた。愛するものを奪った国。そこに未練を持つ方がどうかしている。誠は嵯峨と茜の甲武国を捨てた感情は理解できた。
「でも、アイツはかなめの親父、つまり俺の義兄と違って、貴族の存在自体はあまり気にしてないみたいだね。かみさんがゲルパルトの貴族の出だから。本人も自分を『騎士』だって言ってるし……」
かなめの父、西園寺義基が反貴族主義の政治家なのは誠も知っていた。貴族の地位を嫌ってその地位をかなめに譲った結果かなめが色々問題行動を行っているので嫌と言うほどわかっていた。
「騎士ですか……『サムライ』じゃなくて?甲武と言ったら士族の国ですよね。東和じゃ甲武は『サムライ』の国ってことになってますよ……」
誠は貴族のことはよくわからないのでただ呆然と嵯峨の言葉を繰り返すだけだった。
「サムライは士族と武家貴族だけだよ。甲武の武家だな。俺は公家の出だから連中の考えていることは分からん。俺のかみさんの国、当時の『ゲルパルト第四帝国』にはドイツ系には『騎士』の貴族が少なからずいるんだ。俺のかみさんは甲武びいきのゲルパルト貴族で当時友好関係にあった甲武国に来て『社交界の華』と呼ばれてたんだ……。あっ!疑ってるなその顔!俺がそんな『社交界の華』を落とせるなんて信じてないんだろ!俺は当時甲武一の貴族の三男坊としてそれはそれはモテたんだよ!」
必死になってそう言い切る嵯峨に誠は冷たい視線を送った。
「その顔、信じて無いって言う顔だな……でもその証拠として娘が居るんだから間違いない。それ以前にも俺は9歳の時点で童貞じゃ無かった!この理由は……今は言えない。俺も言いたくない。さすがの俺も9歳児にそんなことをさせる世界なんてなんだかなあ……って今では思ってるから。24歳で童貞のお前さんとは大違いだよ。それに16の時には女郎屋に『居残り佐平治』……ああ、東和には落語は有るが『居残り佐平治』はあんまり人気が無いから寄席ではかけないらしいね。童貞の国東和らしいや。まあ俺は東和には無い売春宿の『女郎屋』に理由を付けて住み込んで岡惚れした女郎もわんさかいた……その顔。信じて無い面だな。でもその女郎との付き合いで色々覚えて『社交界の華』を俺しか見えないほど惚れさせたのは事実だもの。これは俺のちょっとした自慢」
嵯峨はそう言ってにやけてみせる。
「でも……隊長がそんな『社交界の華』と結婚してたなんて信じられませんよ。アレですか?援助交際とかですか?どうせ隊長の事だから当時はお金も持ってただろうからお金を払って付き合ってもらってたんでしょ……」
信じられない事実に直面した誠は疑いの目で嵯峨を見つめた。
「なんで金に困ってない貴族様が援助交際をするんだよ。確かに当時俺は『西園寺新三郎』って名前で甲武国一の貴族の家、西園寺家の一員だったからな。当時は金に困ることは無かった。金のことを考えるたびに当時に戻りたくなる。当時はそれこそ金と地位のある色男ってことでモテたもんだね……女って残酷だよね。金がないとなると途端に相手をしてくれなくなる。ああ嫌だ嫌だ」
嵯峨は諦めたような調子でタバコをふかしながらそう言った。
「で、それと娘さんが『騎士』を名乗っているのとなんか関係が有るんですか?その話。別に見た目が外人さんだからってサムライを名乗っちゃいけない……ああ、隊長はお公家さんなんですよね。サムライじゃ無いんですよね。失礼しました」
『騎士』と言う古風な考え方について誠は詳しく知りたくなった。
「サムライ、サムライって……腹を切るのが特技の身分をそんなに持ち上げたってなんも得なことは無いよ。それと茜が言うには『騎士は気高く庶民の盾となって戦う高貴な存在』らしいわ。だから、庶民を不当な弾圧から守るために『東和の気高き騎士』となって庶民を守るために法律家になって弁護士の資格を取った。14歳で司法試験合格ってのはなんでも東和共和国の記録らしいや。俺も優秀な娘を持って鼻が高い」
自慢げに嵯峨がそう言うのを聞いて誠は少し茜にやきもちを焼いた。
「立派な娘さんですね。親とは大違いだ」
誠は皮肉を込めて嵯峨の得意の鼻をへし折るべくそう言った。
「言ってくれるねえ……まあ、言われてもしかたねえか……まあ、俺はプライドゼロの男として売ってるから。気にはしないよ」
皮肉で言ったつもりが開き直って逆に笑い返す。嵯峨と言う男はそう言う男だった。
「まあ俺の自慢はこれくらいにして。それより、遅くともこいつが来月にはうちに通うことになるから」
嵯峨はそう言ってにやりと笑ってみせる。
「えっ!!この人、うちに来るんですか?弁護士がうちで何をするんですか?茜さんってパイロット教育でも受けてるんですか?ああ、『法術特捜』がうちに来るってことですか……でもそれだったらなんで東都に本部を置かないんですか?こんな田舎、事件が有ったらすぐに対応できないじゃないですか」
金髪美女の配属は誠にとっては正直うれしかったが、そう言うと嵯峨にさらに罠にはめられると思って誠は驚きの表情を控えて嵯峨にそう言いかけた。
「別にシュツルム・パンツァーとは関係ねえんだ。警察軍事実働部隊の『特殊部隊』であるうちとは連絡を密にする必要があるんだと。まあ、どうせ『法術特捜』にあてがわれる法術師なんざ数も質もあてにならないだろうからな。実質、俺やランや『かの有名な近藤事件』の勇者であるお前さんに助けを求めることもあるだろうと……上の連中もなかなか考えてるよ。週に一度東都の司法局本部に出頭する以外はずっとここで生活することになる」
そう言う嵯峨の口調は誠にはどこか誇らしげに見えた。
「でも……僕より2つ上で……そんな組織のトップをやるなんて……凄いですね」
誠は正直に嵯峨を持ち上げるつもりでそう言ってみた。
「そりゃあ、官僚組織の『キャリア』で、『司法試験』合格者だもん。警部で軍で言えば中隊規模の組織のトップなんて普通じゃないの?」
「『キャリア』!国家公務員試験の一種受かったんですか!」
ひっくり返るような声で誠はそう叫んだ。東和共和国の政府官僚の最難関試験である国家公務員試験一種は就職活動の時、誠が最初に諦めた試験だった。
「ああ、14歳で司法試験に受かった『神童』だもん。あいつは俺に似て頭が良いから。見てくれはかみさん似で、中身は俺に似たわけ。俺もこの国の司法試験通って弁護士の資格は取ってるけど……まあ、その弁護士事務所を食えるような仕組みにしたのは茜だけどね。でも弁護士をやってたら国は変えられないってことでキャリア試験を受けたんだ。弁護士事務所の仕事の片手間で受けて受かっちゃうんだから親としては褒めてやるべきだろうな」
次々ととんでもないことを言い放つ嵯峨に誠はあんぐりと口を開いたまま見つめ続けるほかにしようがなかった。
「まあ……仲良くやってと言いたいところだが……茜の相手は苦労すると思うよ、お前さんは。俺と似て頼りにならない感じだもん。茜は完璧主義者でね。お前さんみたいに社会人失格の人間を見るとほっとけない質なんだ。いらぬ世話を焼かれるのが結構つらいものだってのは俺も骨身に染みて分かってるから……覚悟しときな」
嵯峨はあっさりと誠を自分と同類扱いして見せた。
「ほっといてください!僕は隊長とは似ていません!僕は文系の知識が足りないだけです!」
部隊長の嵯峨の言葉に、正直誠は反発していた。
嵯峨はゴミだらけの部隊長室をはじめとする、『駄目人間』を代表するような男である。誠の部屋は嵯峨の惨状に比べればかなりましだった。
「そう言えば……隊長は小遣いを茜さんから貰ってるんでしたっけ?」
せめてもの反撃として誠はそう切り出した。
「そうだよ……俺は資金面での計画性は茜に任せっぱなしだから。あんまりね……金を稼ぐのは俺は得意じゃねえんだ」
嵯峨の言葉に誠はやはりと思いながらタバコをくゆらせる嵯峨を見つめていた。




