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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の夏休み  作者: 橋本 直
第一章 『特殊な部隊』の突然の夏合宿
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第1話  神前誠、モテ期到来(たぶん)

『かつて地球人によって征服された惑星『遼州』そこに住まう異能力『法術師』の存在で地球からの独立を果たした遼州圏は400年の時間をかけて『遼州同盟』を設立し地球圏との対決を決断していた……その司法を担う『遼州同盟司法局』には、常識外れの問題児が集められた“実働部隊”が存在する。


 司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』。

 

 それは東和共和国に存在するこの遼州星系を統括する司法執行機関『遼州同盟司法局』が誇るが、恐ろしく評判が悪い問題児の巣窟である……。

挿絵(By みてみん)

「すいませーん!皆さん!この夏もみんなで海に行く事になったんで!ね!かなめちゃん!毎度のことだもんね!私はゲルパルト連邦共和国の海軍の軍籍があるわ!ゲルパルトは海の無い遼州系第四惑星!海が無いのに宇宙を海と考えて宇宙軍を海軍と呼んだけどそんなのは私は不満なの!だから私はリアルな海に行く!これは海軍の軍人としては当然の事よ!」 


 澄んだ、どこまでも澄んだ女性の声ががらんとしただだっ広い部屋に響いた。運航部部長として部下の女子隊員に男性向け同人エロゲの制作を命令し、その理由を運用艦『ふさ』の艦長だからと強引に言い切る彼女の登場はいつものこととはいえこの部屋の一同を呆れさせるには十分な話だった。


 ここは『特殊な部隊』の別名で知られる遼州同盟司法局実働部隊の本部の一室、機動部隊詰め所と呼ばれる部屋だった。そこでは四人の機動部隊所属の人型機動兵器『シュツルム・パンツァー』の専属パイロットたちが机に向って日常の雑務をこなしていた。


 詰め所は、管理部からの通達で節電の為に薄暗い照明があるばかりである。部屋の隅にはパイロット達の机が4つ置かれていたが、それ以外のスペースはがらんとしていて、まるでそこに新たなパイロットが配属されてくるような感じだったが、その予定は今のところなかった。


 その一番小さな机に張り付いて隊の草野球チームの投球練習中にボールをぶつけた警邏(けいら)用車両の修理費の請求書を書いていた神前誠(しんぜんまこと)曹長は、その澄んだ声に引っ張られるようにして思わず顔を上げた。


『この部隊に真面目な人間は――少なくとも僕の知る限り、パーラさん以外にはいない』


 誠はアメリアとかなめの馬鹿騒ぎを横目で見ながらそんなことを考えていた。


 声を発したのは紺色の長い髪と、ワイシャツに銀のラインが入った東和警察の夏服の女性だった。司法局実働部隊一の同人エロゲ製作者にしてオタク、この『特殊な部隊』の保有する運用艦『ふさ』の艦長、アメリア・クラウゼ中佐であった。彼女がかつて10億の命が失われた大戦である『第二次遼州大戦』末期に製造された戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』であるという悲劇的な過去を持つということはその糸目といつも笑っているような表情からは想像もつかなかった。


 彼女は満面の笑みを浮かべてドアを開けて立っていた。後ろには笑顔のサラ・グリファン中尉と彼女達の無茶の尻拭い担当のパーラ・ラビロフ大尉が立ち尽くしていた。


 彼女達がかつて遼州星系外惑星の大国『ゲルパルト第四帝国』で製造された戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』だということは、三人の顔に見えるいかにも明るい人間らしい表情は自然ではありえない紺やピンクや水色の髪の色以外では想像することはできない。


 それほどまでに非人道的な科学が生み出した悲しいサガを背負った人造人間と言うにはなじみ切った表情を彼女達は浮かべていた。


「午前中は野球の夏合宿。午後は海での自由行動だ。泳ぎたければ泳げばいい。それよりアメリア、今の時期って毎年艦長研修があるんじゃないのか?昨日まで東和宇宙軍の本部に出張してたじゃないか。まさかサボったんじゃねえだろうな。ただでさえうちは他からの評判が悪いんだ。これ以上悪評を広めて何になるよ」 

挿絵(By みてみん)

 そう明るい能天気な笑顔を浮かべているアメリアのさぼり癖にツッコミを入れたのは誠の隣のデスクの主だった。司法局実働部隊第二小隊二番機パイロット、西園寺かなめ大尉が肩の辺りの髪の毛を気にしながら呆れたような顔をしていつも通り彼女の愛銃『スプリンフィールドXDM40』の分解整備にいそしんでいた。半袖の夏季士官夏用勤務服から伸びている腕には、人工皮膚の結合部がはっきりと見えて、彼女がサイボーグであることを示していた。人造人間のアメリア達の明るい表情と比べてかなめのふくれっ面はむしろ彼女の方が人造人間なのではないかと思わせるほどだった。


 いつもの事とは言え、突然のアメリアの発言に誠は驚かされた。それを追認する『特殊な部隊』の野球部の監督をしているかなめの言葉は同じ第一小隊所属の下士官である誠をあわてさせるに十分だった。


「終わったわよ!あんな巡洋艦の艦長としての判断に必要な知識なんて『ロールアウト』した時から頭に入ってんだから!まあ、インプリントされていた内容がドイツ語だったから頭の中で日本語に翻訳するのに手間取ったけど。研修の間退屈だったわ。最後に研修内容の試験まで有って……もちろん満点だったけど。それでもうちの評判を下げているとでも言うの?むしろ評価されて当然じゃないの!私は結構上層部の評価が高いのよ。何かというと銃をぶっ放す誰かさんと違って」 


 そう言うと手にしていたバッグを開いた。アメリアの入室時の突拍子もない一言に呆然としていた第一小隊の小隊長、カウラ・ベルガー大尉が緑のポニーテールを冷房の空気の中になびかせて立ち上がった。


 ニヤニヤ笑いながらそのそばまで行ったアメリアが暇なのでカウラの目の前のモニターをのぞき込むと、そこにはパチンコの画面を映して過ごして勤務時間を過ごしていた跡が残っていた。カウラはパチンコ依存症のギャンブラーの一面があった。彼女もまた『ラスト・バタリオン』で、製造プラントごとこの国東和共和国に接収された後にロールアウトしたので、パチンコのある環境に慣れまくった。その結果、立派なパチンコ依存症の患者になっていた。


 奥のひときわ大きな機動部隊長の席では誠達と同じ制服を着た八歳ぐらいに見える幼女、この部屋の主にして司法局実働部隊副隊長のクバルカ・ラン中佐が難しい表情で目の前の将棋盤と詰将棋の問題集を見比べてうなっていた。


 まるでサボるのが規則でもあるかのように、この部屋には誰ひとり真面目に働こうとする姿はなかった。誠は修理費の伝票にペンを走らせながら、ふと自分だけが浮いているような気分になっていた。


「アメリアは艦船の指揮官として『製造』されている。当然その判断は的確だ。特に問題にはならないだろう。今の時期は恒例の野球合宿だ。問題は無い」 


 カウラはどこか人工的な無表情を浮かべながらアメリアの得意顔を見つめていた。誠はこれでせめてカウラが仕事をしていれば少しは『特殊な部隊』の汚名も晴れるのではないかと思いながら、こんな部隊に配属になった自分の不幸を嘆いていた。


 しかしそのままアメリアがニヤニヤ笑いながら顔を近づけてくるのでカウラは少しばかり後ずさった。その表情には焦りの色が見えた。

挿絵(By みてみん)

「カウラちゃん!あなた『近藤事件』の後、誠ちゃんに『一緒に海に行って欲しい』とか言ってたそうじゃないの。運用艦『ふさ』が母港の多賀港に着水する時に誠ちゃんと一緒にその様子を展望室に居たのも私は知ってるし、その『もんじゃ焼き製造マシン』体質から旅行に縁のない誠ちゃんが海に感動するのを見て、そのどさくさに紛れてそんなこと言うだなんて……技術部の大尉殿がきっちり盗聴してんのよ。私達が居ない所でそんな発言するなんて……油断も隙も無いわね。じゃあ、そのシチュエーションを私が作ってあげようって言うの。当然、私達も同行させてもらうわよ。二人っきりになんてさせるもんですか!誠ちゃんの童貞は私のもの!他の誰にも上げないわよ!」 


 アメリアの言葉は実働部隊の他の隊員の耳も刺激することになった。一同の視線は自然と頬を赤らめて照れるカウラへと向けられた。誠はモテたいという一心が無かったのではないかとの期待を込めてカウラに目をやった。カウラが動揺していることは誠の目から見ても明らかだった。


「それは……その小隊長として隊員の体質を考慮に入れてだな……神前は海まで移動する間に何度も乗り物酔いで吐く。その始末を誰かがしなければならない。それを上官として勤めようと……」 


 カウラの言葉に浮かれかけた自分が情けない。そう思うと、顔が自然に俯いてしまった。カウラは口ごもりながらなんとか自分の言葉の意味を正確に説明しようとした。見事なエメラルドグリーンの髪を頭の後ろで結んでポニーテールにしている彼女も比較的表情が希薄なところから彼女は少し人造人間らしく見えた。そんなカウラが珍しく顔を赤らめ羞恥の表情を浮かべている。


 誠はそんなカウラを見ながらことが『人間拡声器』の異名を持ち、口の軽さでは天下一品のアメリアにバレていたことを知って冷や汗をかきながら机に突っ伏した。


「へえ、意外。てっきりカウラは機械みたいに冷めてると思ってたけど……神前、お前まさか人間扱いされて舞い上がってんじゃないだろうな? まだモテ期とか信じてるの?童貞の勘違いってタチ悪いぞ」

挿絵(By みてみん) 

 組み上げた銃に銃弾の入ったマガジンを叩きこみながらニヤニヤ笑いのかなめがそう言った。


「それはそんな意味で言った発言ではない!神前は旅行に行ったことが無いと言う話だったから『ふさ』の母港の漁村以外の海を見せたかっただけだ!決して私は神前に好意を持ったりなどしていない!そんなことは絶対ない!絶対だ!」


 カウラは真顔のまま強い調子でかなめの言葉を否定した。真っ赤になって否定されればそれなりに筋があると思っていた誠だが真顔で否定されるとさすがの誠もいじけるしかなかった。


「まあ、稼働時間から考えるとカウラちゃんにはまだ色恋沙汰は早いかもしれないわね。それでもまあ、カウラちゃんも少しは感情的に成長してきているみたいだし。おねえさんとしては一安心だわ。私達も生まれた環境が不通と少し違うだけでちゃんとした人間。地球圏の一部の国は宗教上の理由から私達を人間として認めていないけどそんなの関係ないわよ!ここは遼州同盟!地球圏とは無縁な世界だもの!」


 ここにいるラスト・バタリオンの中で一番稼働年数の長いアメリアがそう言って笑顔を浮かべた。


「……真顔は、ちょっとキツいです」

 

 小さく呟いた誠の声に、誰も気づかないふりをした。


「そんなことがバレた以上ややこしいことに巻き込まれて損をするだけだから」


 いつもアメリアが起こす騒動の後始末を押し付けられているパーラの言葉は妙に説得力があり、て追い詰められた誠に止めを刺した。


「いいですよ。僕はモテない宇宙人『遼州人』ですから。最初からカウラさんが僕に好意を持っているなんて期待してはいません」


 そう言って誠は強がってみせる。期待が大きかった分、落ち込みもまた大きかった。


「でもさっきまで少しは期待してたんじゃないの?顔にそう書いてあるわよ……そこんとこどうなのよ……お姉さんに正直なところ話してみなさいよ」


 こういう時には図星を突いてくるアメリアがそう言って誠の肩をつついた。


「期待していません!」


「無理言っちゃって……童貞のくせに生意気な」


 否定して見せる誠を相変わらず銃を手にして下品な笑みを浮かべながら、その独特のたれ目でかなめは見つめながら誠を冷やかした。


「誠ちゃんの童貞は私のもの!他の誰にも上げないわよ!」

挿絵(By みてみん)

 アメリア・クラウゼ中佐、30歳現在婚活中は高らかにそう宣言した。


『それを言うか普通』


 誠はアメリアの宣言に呆れながらそんなことを考えていた。



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― 新着の感想 ―
一話ごとのボリュームは少し多めですが、作品としてはとても素晴らしく、設定や世界観にも独創性があって、まさに私好みのタイプです。
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