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王の覚悟と噂の根


その後、アンバーはクル国から帰って来ることができた。


アンビカーとアンバーリカーは、クル国の青年王ヴィチトラヴィーリヤの元に嫁いでいった。

アンバーも嫁ぐはずだったが、シャルヴァと恋人だったということを王に説明すると、王はアンバーを返すため馬車を用意してくれた。


婿選びでのビーシュマの様子からは意外だったが、クル国の人々ーー特に王や王母は話が通じる人だった。


アンバーの妹たちはヴィチトラヴィーリヤと気が合ったようで、いい関係を築けるだろうとアンバーも安心していた。


そこにまだシャルヴァを愛しているアンバーが入るのはどちらに対しても失礼だし、アンバー自身も嫌だった。


なんといってもクル国は十六国の中でも、随一の大国である。

きっと二人とも、幸せになれるだろう。

アンバーは妹たちの結婚式を見てそう思った。


アンバーは妹たちの結婚式が終わると、一月ほど滞在したクル国の王宮を去った。

そしてそのままサウラバ国へ向かった。


(婿選びのときはどうなることかと思ったが、予定通りシャルヴァ様と結婚できそうで、本当に良かった。)

アンバーはそう思いながら、クル国が用意してくれた馬車に揺られていた。


アンバーより五つ年上のシャルヴァは、落ち着いていて、責任感の強い良い王だ。民のことを何より大切にする彼の下でなら、アンバーもきっと幸せな王妃になれるだろう。


サウラバ国の王宮で馴染んだ召使たちが、どこか冷たいのも気づかないほど、アンバーは浮かれていた。


そんな気分は、シャルヴァに会ってすぐ砕かれることとなる。


王宮の広間で、シャルヴァはひどく申し訳なさそうに言った。


「アンバー、申し訳ないが、サウラバ国王シャルヴァとして、一度他の男の手に渡った娘を娶ることはできない。」

アンバーは一瞬頭が真っ白になった。

「…どういう意味ですか?」


「そのままの意味だ。僕は君を妻にはできない。今、世間では『王は愚かにも不貞な王女を王妃にするのか。』と専らの噂だ。」


「どうして。私はあなた以外のものを一度でも思ったことはありません。クル国でも、ビーシュマ様はもちろんヴィチトラヴィーリヤ王も私に指一本触れませんでした。」


「わかっているよ。それでも、王として世間の噂には気を使わなくてはならない。今、支持を失うわけにはいかないからね。」

シャルヴァを愛する思いから、アンバーは必死で引き下がった。


「でしたら、私を側室にして下さい。それなら、そこまで信用をなくすこともないでしょう。」


「カーシー王女を側室にはできないよ。側室より身分が低い正妻は気苦労が多いと聞く。ましてや、僕らは恋人だったのだから。」


婉曲に断られたアンバーの口から、乾いた笑いがこぼれた。つい、なじるようなことを言ってしまう。


「……それでは、あなたは私を捨てるのですか。身を焦がすほどあなたを愛している女を、まるで不要なもののように。私はあなた以外の男を思った事は一度もありませんのに。ああ、なんて酷い方。」


「そうだね。知っているとも。君にとって、私は酷い恋人だろうよ。しかし、酷い王になるわけにはいかない。…1年前、父上からこの国を継いだとき誓ったのだ。民が安心して信頼できるいい王になる、そのためには、何を犠牲にすることすら厭わない、と。」


アンバーはその言葉を前に聞いたことがあった。シャルヴァの父の葬式で、シャルヴァは確かにそう言っていた。


アンバーはその時、真にその意味が分かってはいなかった。しかし、今なら分かる。


あの時、シャルヴァはアンバーに覚悟を求めていたのだ。王妃として自分の安定した治世のために犠牲になる覚悟を。

シャルヴァが王として犠牲できる者の中には、アンバーすら入っていたのだ。 


その時何もわからず、応援しております、と答えた自分の愚かさに眩暈がした。

そのことに気づけなかった自分がこの王の隣に立つに足る王妃となれただろうか、とアンバーは思った。


アンバーに、シャルヴァは言葉を選びながら話しかける。


「しかし、もしあんなことが無ければ、いや、僕があの時君を助け出せていたら、だね。僕たちはよき夫婦となれたと思っているよ。……今更こんな事を言うのは、卑怯だし、何より無意味だ。だけど、言わせてくれないか?」


「……なんでしょう?」

アンバーは俯いたまま言った。


「アンバー、僕は、一人の男として、君を妻にしたかった。一国の王としても、王妃は君しかいないと思っていた。今ですら、すべてを捨てて、君と駆け落ちできたなら、と望んでしまう。君の賢さも、美しさも、気高さも、すべてを愛していた。」


アンバーは、ぽかんとシャルヴァを見つめた。


「あなた、その言葉を無意味だと思っていたのですか。」


「だって、どうせ叶わぬこととなってしまっただろう。」

シャルヴァはバツが悪そうにそう返した。


それをみて、アンバーは思い出した。

(ああそうだった。シャルヴァ様は、ずっと、私が欲しい言葉をくれる人だった。)

アンバーは涙をこらえる様に目を閉じた後、シャルヴァに向き直った。


「相変わらず、どこか抜けていますね、シャルヴァ様は。……私、その『愛していた』って言葉だけで、あなたを恨まず、あなたの事を諦められます。きっとこのことは良い思い出のままです。私は幸せな恋をしていたのです。シャルヴァ様も、そうでしょう?」

「もちろんだ。」


「それでは、さようなら。二度と会うことはないでしょうが、あなたの平安と幸せを祈っております。今まで、ありがとうございました。」

アンバーはそう言って頭を下げた。シャルヴァには泣きそうになっている顔を見られたくなかった。

そのまま王宮から立ち去って馬車に乗るまで、アンバーは一粒も涙をこぼさなかった。




馬車に乗り込んですぐ泣き始めたアンバーが落ち着いたのを見計らって、御者は一通の手紙を差し出した。


それは、彼女の父であるカーシー国王からの手紙だった。アンバーがシャルヴァと話していた間に届いたのだという。


なぜか嫌な予感がして、アンバーは急いで封を切った。


そして、その予感は当たってしまった。

手紙には、カーシー国には帰ってくるな、と書かれていた。二代続いて行き遅れを出して、まだ幼い兄の娘たちの評判が下がったら困るのだという。


(確かに冷たい父だとは思っていたが、ここまでか。)

これでアンバーは、本当に行き場がなくなってしまった。


手紙を読んでから黙ったままのアンバーを気遣うように、御者は声をかけた。

「王女様、これからどこへ向かわれるのですか。」


それを聞いて、アンバーははっとした。

(そうだった、ずっとここにとどまるわけにはいかない。)


そういえば、今のアンバーを受け入れてくれそうな人が一人いた、と思い出した。

「ヒマヤラの麓の苦行場へ向かって頂戴。だいぶ遠いけど、大丈夫かしら。」


そこは、アンバーの母方の祖父ホートリヴァイジャが、退位したあと苦行をしている場所だ。


「おまかせ下さい」


御者はアンバーを励ますように自信たっぷりにそう答えると、馬車をヒマヤラの方角、北に進めた。





同時刻ーークル国都ハスティーナプラ


ビーシュマの執務室に、影のように入る者がいた。

「ビーシュマさま、カーシー国、サウラバ国両王都での噂の拡散が完了いたしました。カーシー国の密偵からは、王がアンバーに帰らないよう手紙を送ったと報告が来ております。サウラバ国王シャルヴァも、アンバー以外の王妃を選ぶよう命じたようです。」


密偵の報告を聞いて、ビーシュマはほくそ笑んだ。

「そうか、よくやった。もう下がってよい。あとで褒美を取らせる。」

「かしこまりました。」

密偵は音もなく去っていった。ビーシュマは暗い部屋のなか、たたずんでいた。

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