術具の歴史書と従属の腕輪
レントが放浪者の懐から肩へとよじ登った。何か訴えたいことがあるらしい。
放浪者の目にも、目の前のそれは戦場で見かける死体と同じだった。しかし、違和感がある。
「……なんだ? 何かが足りない?」
懐の何かを探せ、と託宣は言っていた。
確かめないわけにはいかない。
「……お、なんかあった」
「……ミ、ミヂュゥ……」
脳裏に、戦場で嗅いだ嫌な臭いが蘇る。思わず顔をしかめた。
腐りかけた木のような、乾燥した内臓のような、それでいて半ば固体化した独特の臭い。
香木で上書きしようとした形跡が、かえって異様な印象を強める。
「この臭い……厄介な呪詛の兆しだな」
放浪者は経験から、ハンカチを使って懐の小さな手帳を取り出した。
レントも同じものを嗅いだのか、全身の毛を逆立て、古びた靴ブラシのようにざわめかせる。
「レント、お前がこれほど反応するとは……。よほど悪い代物か放浪者は手帳を手に、隣の雪月を振り返る。
「雪月、ちょっとこれを見てくれないか」
雪月は包帯で腕を固定した若者と話していたが、放浪者の声に振り返り、席を立った。
「どうした?」
手帳を一瞥し、雪月の表情が険しくなる。
「……呪具だな。それも随分と怨嗟が濃い」
雪月はすぐに指示を出した。
「ハンカチ――いや、一般の布じゃ駄目だ。布ごと盆に置いて。そのまま。手を洗ってこい。石鹸は一番黒いやつを使うんだ。臭いが消えるまで洗って」
扉を指さし、続ける。
「棚に黒い器に保護クリームがある。魔術をひび割れさせたくなければ、しっかり塗るんだ」
放浪者は短く頷く。
「戦線でも似たような厄介な呪いがあった。石鹸で洗うまで、他は触らないでおくよ」
放浪者は、幾度か借りたことがあるだけに、勝手は知っていた。
「石鹸が三つも……こういう特殊な時のためか」
どれも使いかけだが、黒い石鹸にはまだ刻印がくっきりと残っていた。
よく見ると、渡り狼傭兵団と懇意にしている商会の印だ。
驚いた。以前、売っていないと言われた品だったからだ。
「あの狸ども……」
小さく呟きながら、雪月に言われたとおり手を洗う。
黒い石鹸をこすり、泡立てては流し、また泡立てる。
桃色がかった濃灰色の泡が広がる。
何度も何度も繰り返し、ようやく悪臭が抜けた。
強い油汚れを落とした後のように、手の感触が違う。
皮膚を見れば、表面がうっすら鱗状になっていた。
放浪者は無言で棚に手を伸ばし、同じ商会の保護剤を手に取る。
手のひらで温め、じっくり馴染ませる。
焦る気持ちを抑えながら。
べたつく感触が気に入らないが、洗浄で削がれた魔術層を修復するには仕方がない。すり込むたび、少しずつ馴染んでいくのを感じた。
放浪者が部屋に戻ると、雪月が事務机の引き出しから手袋と眼鏡、前掛けを取り出していた。
「難呪性の素材だ。私の予備で悪いが、少しは凌げるはずだから、これをつけてくれ」
放浪者はレントを懐にしまい、予備の手袋を引き上げる。
細い。雪月の手に合わせた造りだろう。
放浪者の指には窮屈だった。
保護剤を塗ったとはいえ、魔術層を摩耗したせいで、手の動きがぎこちない。
雪月が『六花の歴史』と題された、ぼろぼろの手帳をそっと開く。使い込まれた手袋越しに、慎重な手つきだった。
ほとんどのページに、びっしりと文章が書かれている。
放浪者は隣に立ち、覗き込んだ。
「ふむ。これは……」
「……歴史書?」
「そのようだな」
「ふぅん……」
放浪者は適当な一文を拾い上げ、読み上げる。
「『年の最初の祝賀で信赦の大司教が左足から踏み出して、烏が独立した』?」
雪月の手が止まる。
「待て。それは――あの場にいた者しか知らないはずだ」
彼は一度手帳を閉じ、矯めつ眇めつ観察した。
「遠見か? それとも特殊な言語魔術か?」
「遠見は戦況を見るために前線で使ったことがある。だが、言語って……言葉で成すってことか?」
「広義で言えば、魔術のほとんどは言語で成立している。狭義で言えば、国家間の条約や契約魔術がその部類だ。だがこれは……因果に近いな」
雪月は、指先で紙の端をなぞった。
「昔、一度だけ予言見せてもらったことがある。だが、あれは精度があまり良くなかった。その通りのことは起きても、結果的に『起きていない』のと同じことになっていた」
「じゃあ、違う魔術なんじゃないか?」
「痕跡自体は近しいんだ。……ああ、なるほど」
雪月の目が細められる。
「人ならぬ者の力を組み込んでいるのか」
「具体的にはどう言う事なんだ?」
「私はその記述が実際に起きた場所にいたんだ。記念祝賀の最中でね。信赦の信仰に基づき、最上位の者が右足から歩み出して祝祷をあげるべきところ、大司教が間違えて左足から歩み出した」
「そんな些細なことで、大きく変わるか?」
放浪者の言葉に、雪月は微笑んだ。
「そう、変わらないさ。国同士の友好の式典で、どっちの足から踏み出しても、重要なのはその姿勢だ。だが、この些細な間違いを、大公は『教義の統制開始』の合図だと解釈した。弾圧を恐れて、大公領の睡烏の独立を宣言した」
「祝賀が台無しだな。なんでそんな時にやらかしたんだ?」
放浪者は呆れ顔で言った。
「人間、生きていれば間違うこともある。そんな些細なことを気にする奴を式典に出す方が、よっぽど間違っている」
雪月はもう一度手帳を開き、ページをぱらぱらとめくりながら語る。
「そうだね。元々地方と中央の軋轢は確かにあった。しかし、蓋を開けてみれば、あの宣言のおかげで、独立は不思議なくらいスムーズに成立してしまった」
「信赦の奴らが教義に絡むと、頑固で尖った砂利のようになる。それで独立したとなると、戦争にでもなるかと思ったが……」
「そう思うだろう? でも、あっさりしていたんだ。事前に調整が済んでいたんだろうと思うと、少し驚いた。それに……」
雪月は少し言葉を切った。
「もしかしたら、これがその者の仕業だったのかもしれないな。睡烏独立の支援者だと言われているが、こんな手段を使ったんだろう。己の手腕を披露するには、ちょうど良いタイミングだったんだろうな」
雪月が突然、顔色を変えた。
めくる指が止まり、手が硬直する。
「…………まさか。あれもこれのせい、なのか?」
「どうした?」
放浪者が覗き込むと、雪月は低い声で続けた。
「私が生まれる少し前、人の可能性をどこまで高められるか——そんな思想が流行った時代があった。その結果、人は同族を公然と実験の素材にした」
「随分ときな臭い話だな」
「ああ。短期間で、あちこちが嘆きと怨みに覆われた。その類いの人ならぬものどもは喜んだが、そのままでは生き物が生きていけないほどの濃度になったそうだ」
雪月の指先が、書かれた文字をなぞる。
「一部の土地は、もう手の施しようがなくなった。だから、徹底的に消し、新たな土地を他所から移したらしい」
「……待て、それはまずいだろ。奪い合いにならなかったのか?」
「当然、なった。だから、この価値観は禁忌として封じられた」
雪月は、手帳を閉じて静かに息をつく。
「……そして昔、ここで私の伯父が、その禁忌の魔術実験を行った。その結果——犠牲者がこの水晶宮の結界そのものにされてしまったんだ」
「俺が聴いていい話か、それ」
雪月は顎を引き、眼鏡の枠の上から放浪者を見た。
「君は魔術実験なんかしないだろう? それに、大昔の事件だ。……本当の伯父の狙いは、第一継承権を持つ私だった。邪魔な私を球状結界に変えて、王座につきたかったんだよ」
「……互いに碌でもない家族がいるな」
「まったく困ったものだ」
雪月は皮肉げに笑うと、手帳を指先で軽く叩いた。
「とはいえ、事件は密かに処罰され、人ならぬものの仕業として揉み消された。だが、どうしても解明されなかったことがある」
「そいつが、どうやってその禁忌の魔術を知ったか、か?」
「ああ。伯父は杖より剣を扱う戦士気質だった。魔術強化は兎も角、魔術よりも力や身体の能力の高さを重視する一族の中でも、特に魔術を忌み嫌っていた。そんな男が、どうして一般には知られていないはずの魔術を知り得たのか。そして、自ら使えもしない禁忌の魔術を、どこで、誰から手に入れたのか——」
雪月の指がページの端をなぞる。
「さらに、我が国で古来より観測されている『逆巻の時の怪物』が関わっているとも言われているが、その接点すら不明だ」
放浪者は腕を組んだ。
「……魔術の知識があるだけじゃ、禁忌の実験なんてできない。実行するには、適切な手段と伝手がいる。そいつがそれをどこから得たのか——そこが問題なんだな」
放浪者の脳裏を、関係しそうなものがよぎる。
篝海と氷香、そして睡烏の国境に、魔術師の塔ノワール がある。
国を越えて魔術を研究・管理するために設立された国際機関であり、独立を保つためにはどんな手段も辞さないとされる組織だ。
「魔術師の塔が関与していた可能性は?」
「いや。私も疑われて、ノワールで聴取を受けたよ。唯一の生き残りだったせいで、主犯扱いされてね。まるで新しい玩具を見つけたような騒ぎだった」
雪月は皮肉げに笑い、手帳を指先で叩く。
「ただ、少なくともノワールは事件の首謀者ではなかったと思う。私には『禁忌だった』としか知らされなかったし、詳細は今でも不明だが……。あの件が責任問題になって、塔主が次代のアルガネロにすげ変わったのは事実だ」
ふと、放浪者は思い出した。
会合で出会った近隣国の才女。
地味な格好に鋭い舌鋒、それでいて誰よりも気高く、どんな場面でも凛としていた女性。
「話の腰を折ってすまない。アルガネロって……もしかして役職名か?」
「今更か?」
雪月は目を細める。
「名を捨てた塔主の称号だ。『魔術研鑽をはじめた者』という意味でね。生涯研鑽を誓約する者に与えられる」
「じゃあ、ハーナ・アルガネロって……」
「ハーナは女性塔主への尊称だよ。会合のたび、君は何も知らずに、あの大御所を懸命に守ろうとしていたんだな」
放浪者は目を見開いた。
「……上司命令で無理矢理、出席させられた弱小下っ端、って言ってたんだ。あれ、嘘だったのか?」
「地位以外は間違ってないけどね。塔の代表には、あの会合に居てもらわないと困るから」
雪月は微笑む。
「あの方が目をとめるものは少ない。君は胸を張っていいと思うよ」
「やめてくれ、からかわれてたんだな……」
「とはいえ、君のおかげで彼女の機嫌がよくなって、会議がスムーズに進んでいたのは事実さ」
「ああ、そうかい……」
失態の数々が脳裏に蘇り、放浪者は思わず頭を抱えた。
「話を戻そう」
雪月は本を閉じることなく、示された記述を指でなぞった。
「これは事件に至る手段すら、いくつもの禁忌を犯した末に行われたものだとしか伝えられてこなかった。今まで手がかりはなかったが……ここに記された内容が言語魔術なら、辻褄が合う」
示された箇所には、800年ほど前の日付 とともに、こう記されていた。
『ユイ・バシット・イレクスが血族を使い、森の屋敷で人魂結界の精製に成功する』
「……これは私の伯父だ。まさか800年前の記録に名があるとはな」
本を閉じ、眉間に指を当てる。
「因果法則を逆手に取って発動しているなら……何らかの方法で結びつけさえすれば、時代を超えて魔術が成立するのかもしれない。多少の矛盾は、それによって補正されると考えれば辻褄が合う」
放浪者は思案するように本を見つめた。
「何かが繋がっていれば、矛盾は無視される……か。なら、最近の記述を見せてくれ」
「ああ、もちろん」
「…………そこだ」
『リゾルート・ヴァナスリアは最愛の息子を疎む息子と、疎む息子を最愛の息子と認識する』
放浪者は記述を読み、凍りついた。
「……間違いない。この日だ」
薄く笑いがこぼれるが、それは嘲るようなものだった。
「……はは、そういうことかよ」
『第二王子よ、ルバートの仕業だ!奴を殺せ……!』
放浪者は拳を握りしめた。
「あの時、王は兄と俺を間違えていた……。
兄が殺されそうになったように見えたから、彼に俺を殺すよう命じたつもりだった。
だから国王派と中立派は混乱しつつも、王の命令に従って兄上に矛先を向けた、と。
……馬鹿みたいだな」
無意識に掌に炎を灯す。
「……………………燃やしていいよな?」
火の揺らめきが、天井の明かりを煽る。
「待て待て、ちょっと待て!」
雪月が慌てて制する。
「――オーバーノート、火を消すんだ。私の書斎ごと燃やす気か? ここには貴重な資料や重要書類もある。早まるな」
「燃やせば、それもなくなるかもしれないだろ?」
雪月は即座に首を振る。
「今起動している魔術が暴走したらどうする? 変に悪化して、君の兄上や傭兵団や、大事なものに手が及んだら困るだろう?」
「……………………ああ……そう、だな」
放浪者は炎を握りつぶすようにして消した。
「ふぅ……この状況を打開する鍵になるかもしれないんだから、落ち着いて事に当たろう」
雪月は深く息をつきながら言った。
「この手の魔術は因果を使うから、一対一の関係でしか成立しない。それが救いだよ」
「一対一。じゃあ、もう結ばれた因果は変わらないのか?」
「ああ、そうだ。……お、今日の日付だ。球状結界をどうやって越えたのかと思ったら、やっぱりな」
『球状結界は酷く眠かった。だから革命屋ファラファス達を中に入れてやることにした』
「……魔術の残滓の量がすごい。相当手こずったのだろう」
雪月は「球状結界」の文字をそっと撫で、しばらく沈黙した。
「ここもすごい残滓の量だが……これは参ったな」
「どうした?」
雪月は天井を仰ぎ、口をつぐむ。
やがて無言のまま、指である記述を示した。
発動しなかった魔術の残滓が、すでに発動した魔術に絡みついている。
それはまるで、未練のように。
発動した魔術は残滓を喰らい、今夜から始まる言語魔術を確実に成就させようとしていた。
『ルカ・ルーカヴァルト・ノクト・バシット・イレクスが死に、氷香王国は滅びを迎える』
『ルバート・ヴァナスリアが死に、篝海王国は滅びを迎える』
『ナ・ローナ・ユグ・ラ・ト・スペンサー・スペスペティ大司教が死に、信赦教主国は滅びを迎える』
『ランドバルド・バーナード・オーロル大公が死に、煉峰国は滅びを迎える』
『深森皇国のロード・ラスグラニカと、砂海帝国ミュルン・サーラーンが、六国の滅びた六花地方で邂逅し、剣を交える』
放浪者は静かに息を吐いた。
「……なるほど。これが目的だったか」
深森と砂海の戦い。
大国同士をぶつけるために、六花を潰す。
放浪者は目を細め、唇の端をわずかに歪めた。
「…………へぇ」
「……調停の魔術が効くかねぇ」
雪月は冷え切った指先をこすりながら呟いた。
「雪や氷とは相性が悪いみたいだ。燃やして壊せるならいいんだが……たぶん、稼働中に手を出すととんでもないことになる。触らない方がいいんだが……」
屋内に異常な冷気が漂い、カーテンが小さく震えた。
いや、それだけではない。微細な氷の粒が宙を舞い、光を反射して揺らめいている。
雪月の表情は静かだったが、その微笑みは刃物のように鋭かった。
「おい……調停は兎も角、燃やすなって言ったのは誰だ?」
「この場合、部屋ひとつ燃えて国が救えるなら安い買い物だろう」
「気持ちは分かるが、待つんじゃなかったのか?悪化したら困るんだろ?」
「……うーむ」
雪月は顎に手を当て、眉をひそめた。
微細な氷の粒が、彼の指先をかすめながら揺らめいていた。
「どうしよう!またファラファスに捕まってしまう!」
不意に、静かだった若者が悲鳴を上げた。
彼は動揺した様子で、腕輪をつけた手をこちらに向ける。
――攻撃の予兆。
放浪者は瞬時に判断し、腕輪へ調停の魔術をかけた。
雪月はレトロの前に歩み寄り、彼がもう一方の手で腕輪を抑えるのをじっと見つめる。
「さっき外したはずなのに、もう元に戻ったか。これは相当強い魔術だな……君の背負うものと同じ色をしている」
「僕にはよく分からない。でも、もし僕を呪ったものと同じなら……本人の言葉を信じるなら、絶対の反転とか、定められた運命みたいなものかもしれない」
「運命、ね。随分と大物だ」
雪月は皮肉げに微笑み、指先で腕輪の表面を軽く弾く。
「だがああいう魔術は嘘を好まない。嘘をつけないわけじゃないが、魔術が濁るからね。変な嘘をつくくらいなら、沈黙を選ぶ。これもその系統の末端かもしれないな」
彼は腕輪から視線を外し、放浪者を見た。
「……さて、調停が効くとは思わなかった。放浪者、もっと調停の魔術をかけられるか?」
「こうか?」
「ああ。ファラファスが盗むか奪うかして手に入れたものなのだろう。瑕疵ある所有者に対しては、調停は威力を増すからね」
「……分かる気がする。綱引きしてるみたいだ。……なあ、いっそこのまま俺が勝ったらどうなる?」
「君がこの子の主人になるのだろう。時の渡り人を、悪用されるのを防げる。だが、それはそのまま、君とあいつの因縁になる」
「因縁?……ちょっと待て、ファラファスは死んでるんじゃないのか?」
「いや……おそらく生きている。でなければ腕輪の魔術は動かない。あの歴史書も無効になっていたはずだが、魔術はまだ生きていた。つまり、死を回避する方法があったのだろう」
放浪者は短く息をつき、魔術の出力を上げる。
「――あの死体は形代魔術か!違和感の正体はそれだな」
理解が繋がり、思わず舌打ちする。
「敵対するのはいいが、こっちに余計な火の粉はごめんだ。雪月、後で知恵を貸してくれ。……とりあえず、今はこのまま所有権を取る!」
全力で調停の魔術をかけるが、腕輪を放浪者の領域に落とすには、何か一押しが足りなかった。
放浪者は調停の魔術を借りているが、相手も何か人ならざる存在の力を得ているようだった。
魔術が部屋全体に満ち、空気が重くなる。
人の魔術を超えた、濃厚で純粋な力が蔓延り、床や壁がその余剰魔術を吸い込んで硬化し始めた。
部屋が軋む音を立て、次第に振動を伝える。
雪月は咄嗟に結界を張ろうとするが、その手前で──
「ミィッ!」
レントが懐から飛び出し、風向きを変える。
刹那、結界を張るタイミングがずれた。
「おまえら!何やってるんだ、あぶないじゃないか!」
結界が完成寸前、窓から小さな火竜が飛び込んできた。
「スルツェ!」
「すまない、助かる……!」
スルツェは長身の男に成って放浪者の背後に立つ。
海底火山の竜の炎が放浪者を援護する。
放浪者はその火を使い、相手の魔術を一気に焼き尽くす。
そのまま、腕輪に調停の魔術を染み込ませる。
「…………やったのか?」
「なんとか……終わったみたいだな」
「で、これは一体何の騒ぎだったんだ?」
「説明の前に、隣の耐圧室に移ろう。このままだと、ここが壊れてしまう!」