#どうして
比奈が明るい声で話題をつなげ、男子たちが笑いながら返事をする。その輪の中で、零は相変わらず自分の存在が浮いているように感じていた。「トモダチになった」という事実に、どう向き合えばいいのかまだ分からなかった。それでも、誰かに声をかけてもらうのは悪い気分ではなかった。
やがて、休み時間が終わり、授業が再開された。隣の席の爽やかで穏やかな鈴乃爽が時々こちらを振り返り、零が板書に遅れているのを見るとさりげなくノートを見せてくれた。自然体で親切なその様子に、零は次第に心を和ませ始めていた。彼の存在が、零の緊張を少しずつ解いてくれるのを感じていた。
昼休みになり、クラスメイトがそれぞれのグループでお弁当を広げる中、零は一人で食べようと鞄からお弁当を取り出した。すると、比奈がすぐに気付き、ニコニコしながら近づいてきた。
「零、一緒に食べようよ!」
零は少し驚き、戸惑いながらも断れずに彼女たちの輪に加わることにした。比奈はさりげなく彼のことを気にかけ、無理なく話せるように場を和ませてくれた。少しずつ、零も自分のペースで話し、比奈や爽と会話を楽しめるようになっていた。
その日から、零の日々に少しずつ変化が訪れるようになった。教室に入ると「おはよう」と比奈が笑顔で声をかけてくれるのが当たり前になり、爽も時々雑談を交わしてくれるようになった。少しずつ、零は教室で一人で本を読むだけでなく、クラスメイトと過ごす時間を増やしていった。
そんな中、ある日の放課後、零は偶然校舎の裏庭で比奈と爽が話しているのを見かけた。彼女たちの表情はいつもとは違い、どこか寂しげで、不安そうだった。何気なく二人の会話に耳を傾けると、比奈がぽつりとつぶやくのが聞こえた。
「私、ずっとこのままじゃいけないって分かってる。みんなとの日々も、いつか終わっちゃうんだよね……」
零はその言葉に胸が締めつけられるような感覚を覚えた。「ずっとこのままではいられない」。比奈の言葉が、零の心に深く響いた。彼女もどこかで不安を抱えているのだと知り、自分が感じていた孤独が少しだけ和らいだ気がした。
それから、比奈との会話の中で、零は徐々に自分の夢や悩みを打ち明けるようになった。比奈もまた、自分の悩みや不安を零に語ることが増えていった。そんな風に少しずつ心を通わせることで、零は「トモダチ」というものの意味を、初めて知っていった気がした。
ある夏の日、比奈は校庭で吹奏楽部の練習をしていた。零は放課後に彼女の演奏を遠くから聞き、心が澄み渡るような気持ちになるのを感じていた。彼女が音楽に込める想いは純粋で、透明で、どこか夢のように儚かった。零は比奈の演奏に耳を傾けながら、「いつかこの日々が終わってしまうとしても、今を大切にしたい」と初めて強く思った。
しかし、夏休みが近づくにつれて、比奈の様子が少しずつ変わり始めた。いつも明るく元気だった彼女が、時折見せる沈んだ表情や遠い目が増えていった。零がそのことを聞こうとすると、比奈はさりげなく話題をそらし、いつものように笑顔で振る舞おうとするばかりだった。
そして、夏休み直前のある日、比奈は突然姿を消してしまった。彼女が残したのは、短い手紙だけだった。
「零、ありがとう。君と出会えて、本当によかった。私はずっと、誰かに本当の自分を見せることが怖かった。でも、君といると、少しずつ自分を受け入れることができた気がする。でも、これ以上は進めそうにないんだ。さようなら。そして、どうか幸せになって」
零はその手紙を何度も読み返し、胸が張り裂けそうになった。比奈が抱えていた苦しみを、自分は気づいてあげられなかった。彼女のいない夏休みが始まり、零は毎日彼女が吹奏楽部で奏でていた音楽を思い出しながら、後悔と悲しみに打ちひしがれていた。
そして、比奈のいなくなった夏が過ぎた後も、零は彼女の言葉を胸に抱きながら、彼女と過ごした日々を忘れないように生きていこうと決心した。夢のように儚かった友情と、もう戻れない夏の日々。その全てが零の心に深く刻まれ、彼女は一人歩き出すのだった。
いかがでしたでしょうか。
儚いひと夏の友情物語。