目覚めよ巨神
小学生のケンジは、友だちのサトルと探検に出掛ける。サトルの妹ミオちゃんも一緒だ。
子どもの日常を切り取った、冒険小説です。
自転車がパンクしてしまい、僕は神社まで走っていく羽目になった。リュックの荷物がガサガサ揺れ、中の懐中電灯が壊れないか気になって走りに集中出来ない。
僕は思うようにならず、おもしろくなかった。
どうせ焦って急いでも約束の時間には間に合いそうもない。サトルのいらつく顔が目に浮かぶ。あいつの方こそぶっきらぼうで、普段だらしないくせに、人には厳しいから困る。
田んぼのあぜを突き進み、雑木林の小道に入った。僕は野球帽を取り髪をさらした。照りつける太陽から逃れ、木陰を通り抜ける風が気持ちいい。もう辺りには民家はなく、代わりにここは昆虫の住処となっている。里山いっぱいにセミの声が盛んだった。
赤い鳥居が見えてきた。サトルが待つ神社は目前だ。
「はあ……はあ、悪い……」
僕は息が上がってしまい、
「はあ、はあ……ごめん、待ったか」
と膝小僧に手を置きいった。
でもサトルは石碑に寄りかかり、むすっとしたまま、
「遅えーよ、ばかケンジ。もうじいちゃんが帰ってきちゃうだろ」
と開口一番、これだ。
「なんだよ、手ぶらのくせに。えらそうにすんな」
と僕は言い返してやった。
長い距離を走ってきたので汗が噴き出してくる。僕はリュックからポケモンの水筒を取り出した。母さんが作ってくれたレモネードを飲んだ。よく冷えていて喉も渇いていたからうまい。
「おい、俺にもくれ。許してやるからさ」
「ふん」と水筒を渡してやった。
だけど、おやつのお菓子はやるつもりはない。どうせまた、くれくれお化けのサトルに取られてしまうので、隠して置こうと思った。
「ケンジが来たぞ。おーい、ミオ行くぞ」
「えっ、ミオちゃんも来てるのか?」
「ああ、今日は家に誰も居ないんだ。放っておくと母ちゃんがうるせえから妹も連れてきた」
ミオちゃんはちょうど神社の階段を下りてきた。少し見ないうちに背が伸びて、桜色のTシャツにエンジのジャンパースカートがよく似合っている。三つ下だから一年生になってるはずだけど、学校で会うことはなかった。
「ほらケンちゃん、お花。あっちにいっぱい咲いてたよ」
「あっ、うん……」
サトルの後ろを子犬のようについて回る幼い頃の面影はなく、ミオちゃんはしっかりとした口調で立派な少女に成長していた。
「ミオちゃん大きくなったね」
「ああ、こいつクラスで一番でかいらしい」
そうか、印象が変わったのはそのためだ。長く髪を伸ばしているのも、ませて見える。
「さあ、行くぞ」
サトルは山へ向かい先頭立っていった。
マンガやゲームの話をしていても、僕はミオちゃんに気を取られた。「もうお兄ちゃん、歩くの早い」と言いながら、確かな足取りでどこか楽しそうだ。お地蔵さんに花を置いている姿を見て、かわいいなと思った。
荒れた砂利道を曲がると、そのほら穴は突然あらわれた。
どうやって岩をくり抜いたのか、その方法は分からないが、自然の洞窟ではなく人工的な構造物だ。僕は直感でそう思った。ぽっかりと口を開け、奥の方は真っ暗でなにも見えない。外は明るいというのに、この先には想像のつかない暗黒の小宇宙がある。僕はいやに心臓が早くなり、浮き足立ってしまった。
「なかなか雰囲気あるな」
サトルが隣りでいった。目をキラキラさせて、その顔には好奇心が貼りついている。僕はまさかと思ってきいた。
「来たことあるんだよな?」
「いや、俺も入るのは初めてだ。いくら頼んでも子どもはダメだといって、じいちゃんが入れてくれないんだ」
「おい、本当か。そりゃまずいだろ、サトル」
僕は騙されたと思った。
「おいサトル、大丈夫かよ。怒られても知らないぞ。本当に行くのか」
「びびんなよ、ケンジ。ここにガーディアンがあるはずなんだ」
この辺りの山は岩盤が強く、日本軍の基地があって、戦時中ここで秘密兵器をつくり、サトルのおじいさんも手伝っていたというのだ。
「じいちゃんがばあちゃんに、わしのガーディアンはどこだって話すのを聞いたんだ。だから探すならここしかない。巨大ロボットはきっとある」
サトルは、心配すんな、今はもうじいちゃんのキノコ置き場だ。と言って、僕から懐中電灯を奪い、勝手に洞窟へ入っていった。
サトルはリーダーシップをみせ、またその度胸の良さにも感心する。引っ込み思案の僕にはないものだ。一度決めたら簡単に引くこともない。仕方なく僕とミオちゃんも、サトルの後についていった。
中は空気が冷たく、生臭い匂いも漂ってくる。道は迷路のようにいくつもあって、僕は後ろを振り返り、またきちんと戻れるか心配になってきた。ちょっと向きを変えれば、目隠しされたように何も見えない。ライトの明かりだけが頼りだ。
「ねえねえケンちゃん、ケンちゃんは見たことあるの?」
「えっ、なにを?」
ミオちゃんと手を繋ぎ、僕らはサトルの半歩後ろを歩いている。
「お兄ちゃんが言ってるガーディアン」
「ああ、そのこと。ううん。僕も見たことないよ。じつは僕もよく知らないんだ」
ミオちゃんに聞かれ、僕は本当にそんなものに興味があったのかあらためて考えてみたが、サトルの勢いに飲まれていたことに気づき、来なきゃ良かったと思い始めていた。サトルのわがままに付き合うと、ろくなことがない。カブスカウトで海に行った時、一緒に暗くなるまで遊んでしまいこっぴどく怒られたのを思い出した。
「なあ、こっちでいいのか。ちゃんとわかってるのか」
闇雲に進んでいるようにみえて、僕は前のサトルに声をかけた。
すると、サトルはいきなり立ち止まった。
「ダメだ、行き止まりだ。じゃあお前らはここで待ってろ。戻って見てくる」
「いや、待て! 待てってばーっ!」
聞く耳を持たず、サトルはライトを持ち去り、僕らは真っ暗闇に取り残されてしまった。
「ケンちゃん、怖いよお」
ミオちゃんがからだをくっつけてきた。
「大丈夫、僕がついてるから」
普段なら照れてしまうのに、僕は条件反射でミオちゃんを腕の中に抱き締めた。かわいそうに少し震えている。ミオちゃんはミルクのような甘い匂いがした。
リュックをおろし手探りで中を探る。マッチを擦りロウソクに火を着けた。ミオちゃんは膝を抱え、その大きな目には涙が光っている。僕はいとおしく、胸が張り裂けそうになった。
「そうだ。お菓子があるんだ。ミオちゃん一緒に食べよう」
こんな時こそ、僕がしっかりしないといけない。勇気付けてミオちゃんの不安を取り除こうと必死だった。
寄り添って座り、イチゴポッキーを二人でかじった。ミオちゃんは、おいしいね。と喜んでくれた。その言葉に僕は救われた。ほっと安心し、なんだか自分に自信が湧いてきた。
なにかと振り回され、うっぷんが溜まっているサトルの話をした。学校では毎日三回は先生に怒られている。無鉄砲でわんぱくなサトルの問題行動を打ち明けると、ミオちゃんもうなずいてクスクス笑い、心が通じ合った気がした。
僕はミオちゃんに頼りにされ嬉しかった。暗い洞窟の奥で取り残された心細さはなく、むしろ心があったかくなっていた。
ふと手になにかが触れた。地面にあったそれはふわっと柔らかい。拾い上げて、ロウソクの明かりに当ててみた。
楽しくミオちゃんとおしゃべりしていると、ライトの光りが見えた。サトルが走って戻ってくる。
「ダメだ。ロボットがいない。あちこち探したけどなんにもない。ちくしょう、キノコしかない」
サトルはどこかで転んだらしく、シャツに泥がついていた。痛そうに膝小僧も擦りむいて血がにじんでいる。だからといって心配や同情したわけではない。
僕はガツンと言ってやろうと立ち上がった。
「おい、サトル。これを見ろ」
「なんだそれ」
ライトの明かりによく見えるよう、ひろげてやった。
「うわっ、きたねえセーターだな」
「これはセーターじゃない。もちろんガーディアンでもない」
サトルはわからないといったふうに、首を傾けた。
「いいか、サトル。これは、カーディガンという洋服だ」
洞窟内は静まり返った。
ミオちゃんはニコニコしながら両手で口を抑え、笑いをこらえていた。