赤い夢
三題噺もどき―さんびゃくはちじゅうきゅう。
山が燃えていた。
「――は」
目の前には、赤く染まる山があった。
紅葉かとも見紛う程に、赤く紅く染まった山があった。
どこまでも聳え立つその山はいかに大きいものかと想像に難くなかった。
「――」
もしかしたらこの赤は、紅葉の赤なのではないかと思いたかったが。
ごうごうと音を立てるその山は確かに燃えていた。
頬が熱い。熱に当てられている。
ときおり跳ねる火花が肌に刺さる。じりと痛む。
空気が重苦しい。呼吸をするたび喉が焼ける。
「――」
ただ何が起こっているのかも分からないまま。
そこに立ちすくむことしかできない。許されていない。
山が燃えたとて、小さなこの身一つでは何もできない。
たかが一人の人間が、この巨大な赤を相手に太刀打ちなんてできない。
そう分かっているはずなのに、体が動かない。
逃げようともできずに、ただ茫然とここに居る。
「――」
赤が広がる。
炎が広がる。
赤が広がる。
炎が広がる。
「――」
一面に広がる。
視界いっぱいに広がる
ごうごうと音を立てる。
巨木の倒れる音がする。
「――」
ぐるりと視界をまわしてみても。
広がるのは赤だけ。
炎が地面を照らしている。
揺らめく赤はいっその事美しくさえ見える。
「――」
赤。炎。紅。炎。赤。赤。紅。赤。赤。
赤、紅、あか、紅赤、あか紅あか、あかあか紅あか赤、アカ赤赤あか紅アカ赤赤あか紅、赤紅あか、紅赤あか紅あか、あか、あか紅あか、赤アカ赤赤あか紅アカ赤赤あか紅赤紅あか紅赤あか紅あかあかあか紅あか赤アカ赤赤あか紅アカ赤赤あか紅赤紅あか紅赤あか紅あかあかあか紅あか赤――――――
――――白
「――は」
ぞわりと。
寒気が走った。
「――」
突然浮かび上がった白。
それは、ちいさな顔だった。
真白な血の気のひいたような顔だった。
「――」
赤の中に浮かぶ白。
白。
無表情なその顔は。
1つ。2つと。生まれていく。
「――」
聳え立つ赤とは違う恐怖が。
浮かぶ白にはあった。
「――」
それが。
じり―と。
こちら側に寄ってきた。
数を増やした白い無表情なその顔が。
じわりと。
「――」
逃げなくては。
そう思った。
もう。ここがどこで。
これが何で、何が起こっているのか。
分からないが。
「――」
逃げなくては。
そう思っているのに。
身体は動かない。
固まったまま、茫然と見ている。
それしか許されてない。
「――」
そうこうしているうちに。
聳え立つ赤はごうごうと燃え続け。
浮かび上がる白は近づいてくる。
「――」
残り数メートルほどのところに。
白い顔が浮かんでいる。
作られた能面のような表情に。
「――んなさい」
唇が勝手に動いた。
「――めん、なさい」
涙があふれていた。
「――ごめん、なさい」
のどがひりつくほどにいたい。
「――ごめ、んなさい」
「―ごめんなさい――ごめんなさい、ごめんなさい。」
こぼれるそれは、果たして何に対しての謝罪なのか。懺悔なのか。
自分でもわからないのに。留まることなくこぼれていた。
歪む視界の中で。
目の前にまで迫った白い顔が。
にたりと、笑った気がした。
――――――――――――――――っ!!!!!」
びくりと体が跳ねた。
酷く汗をかいている気がする。
全身が熱い。
「――」
普段は仰向けで寝ているのに。
なぜか体を抱え込むようにして寝ていた。
何かに怯えて、何かから隠れるように。
「――」
小さく体が震える。
汗をかいているせいで一気に冷えてしまったんだろう。
きっとそのせいだ。
「――」
僕は。
私は。
俺は。
儂は。
吾は。
「――」
何も知らないし。
何もしていない。
お題:紅葉・抱え込む・無表情