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74.リベンジマッチで届くとは限らない


 アロイジアがライツィ・ハルバルティアと同一人物であると言うのならば、当然その戦闘スタイルも同一であるべきだ。少なくとも私はそう考えていた。

 ライツィの戦いを目にしたのはゲーム開始直後のコロッセオでの一度のみだが、はっきりと記憶に残っている。あの時彼女は徒手空拳であった。もちろんそれが加減していただけの可能性は大いにあるが、しかし元のスタイルから大きく売離していることはあるまい。


そう思っていた。


「なにっ……!?」


 得物を取り出しただけならそう驚きはしない。

 だが杖を召喚したアロイジアは、一瞬で自身の周囲に祭壇を構築して見せた。

 祠とは別に、エへイエーとの経路を繋げ力の供給を受け始める。


「あら、驚くことはありませんよ」


 老婆は悠然と笑う。祭壇を形成したことで、心に余裕が戻ってきたようだ。


「ギーメルは女教皇を象徴とするのです。これくらい出来て当然でしょう」


言われてみれば当然か。だがそれを受け入れられるかは別だ。


 央室二十二家門はそれぞれ生命の樹の小径と対応しているだろうことは、私自身予想を立てたものであったというのに。失念していた。

 魔術師に対応したベートは謎の大火力術式を操っていた。それを思えば女教皇に当たるギーメルが、単身で祭壇を構築することくらい驚くべきことではないかもしれない。


「さてこれで形勢は俄然こちらに有利ですね」

「くっ」


 祭壇と言っても半透明の力場が展開されているだけだが、その効果は絶大だ。

 核であるアロイシアがその範囲内にいる限り、無尽蔵にエヘイエーから力が供給され続ける。

 HPとMPは回復を続け、瀬死になれば復活を果たし、時間経過とともに肉体に強化が施されていく。

 それをわざわざ明かしてこちらの戦意を挫こうなどと狡い真似をしてくれる。


「では。行きますよ」


 アロイジアが力場の中で軽やかに杖を掲げた。キラリと杖頭の宝玉が光を放つ。


咄嗟にその場で伏せた。狭いために逃げ場がない。

 熱線が宙を駆け抜け、空気の焼ける匂いがした。無抵抗で受ければ即死したに違いない。

 後ろにあった扉や壁がまとめて撃ち抜かれる。


「屋敷は後で直せば良いですからね、どんどん行きましょう」

「少しは加滅しろよ……!」


 無造作に撃ち出される熱線が床を、壁を、天井を焼く。わざと狙いをつけずにばら撤くことで回避をしづらくしてきている。

 避けられなかったものが皮膚を抉り、肉を焼く。

 幸いなことにそこまで速くないが、徐々に熱線の感覚が狭まり雨霞となることは容易く予想ができた。


 何とか打開しなければいけない。

 逡巡は一瞬。覚悟を決めて突撃する。

 正中線は戦槌で守りながら、後はお祈りだ。自己回復が間に合うことに賭けて、アロイジアとの距離を詰める。


「寄らせませんよ」


 立ち上がったことで狙いやすくなったのだろう。集中した熱線が一気に身体を焼く。

 思わず呻くがチャンスでもあった。意識が私に釘付けだ。

 懐から取り出し、祠へと投げたそれに老女は反応できなかった。


「なんです!?」


 熱線の放つ光を反射して軌跡を描きながら懐中時計が飛ぶ。




 ──カツン。




 思ったよりも軽い音を立てて懐中時計が祠に当たった。


 そして時計は床へと、落ちない(・・・・)


 宙に浮かび針がメチャクチャに回転する。 併せて祠が朽ち始めた。


「まさか……」


 絶句するアロイジア。私も言葉が出ない。

 時の加速、あるいは停止していた時を戻したのか。

言葉にすれば陳腐だが、実際に目にすると感動すらした。早回しで古びていく祠は神秘的だ。

 二人して立ち尽くす。

 祠は屋根が落ち、壁までが崩れ始めている。


 力の流れが乱れるのだるう。展開されていた半透明の力場が空気に溶け、アロイジアの祭壇が効力を失う。


「これは……。やられましたね」


 苦々しげにアロイジアが呟く。

 こちらの第一目標は達成された。懐中時計と桐が接触したことで央城深部に転移することが可能となる。

 悔しそうな彼女に勝ち誇った笑みを向ける。こちらの狙いを見誤ったお前の負けだ。


 そうして改めて戦槌を構えなおす私に、暗い顔をしたアロイジアが問うてきた。


「まだ、何かあるのですか?」


 戦意を喪失している老女は、目的を達したはずの私がすぐに逃げ出さないことが不思議そうであった。

 確かにこの場に残る理由はない。

 だが、この場でやりたいことが出来てしまった。クエストを果たした今なら、それが出来る。

いや今しか出来ない。


「さあ。ライツィ・ハルバルティア。尋常に勝負、と行こうじゃないか」

「……本気ですか」


 アロイジア、ではなくライツィへと勝負を挑む。こんな機会を逃すなんて損失に他ならない。

 いつかのリベンジを果たすのだ。

 不安なのはあちらの意思だが。

 執事のようになってくれるなという私の願いは聞き届けられたようで、 やがて彼女はくつくつと笑い出した。


「そうですか。リベンジを。こんな愉快なことはいつぶりでしょうかね」


 老女の姿にノイズが走る。加減など無粋ですねと悪戯が見つかったかのように楽しげだ。


「まだ余裕があるのかい。とんでもないね」

「当然でございましょう。その私から本気を引き出すのですから、相応の何かを見せてくださいね」


 気付けばそこに立っているのは老女でなく、長身の美女であった。

 ライツィだ。

 こうして見ると画影がある。


「三十秒。まずは生き残ってからだよ」


 答える前に拳が追る。

 反射的に首を傾けると、捻めただけで右耳が千切れ飛んだ。


 さらに三発をどうにか躱すものの四発目の拳を避け損ない、左腕を差し込みギリギリでガードする。防いだはずなのに後ろへ吹き飛ばされ、盾にした左腕もあらぬ方向に曲がってしまう。


「……せぇいっ!」


 右腕一本で振るった戦槌は易々と受け止められ、強引にむしり取られた。そのまま放り捨て

られてしまう。

 あまりの力の差に侮しがることも出来ない。


「あと十秒。頑張りなよ」


 励ましの言葉とともに速射砲のような拳が叩き込まれる。なんとか耐えるべく片っ端からスキルを起動し、少しでもダメージを軽減しようとするが焼け石に水。

 ただの拳でしかないはずなのに恐ろしい勢いでHPバーが削り取られていく。

 拳に合わせて衝撃を返す。当たる場所に杭状の力場を生む。

 カウンターを狙ったスキルたちも正面からねじ伏せられ、折れた腕まで盾にしてどうにか踏ん張る。

 被ダメージに応じた強化が入っていることが嘘のように HPが減るペースは変わらない。


「三」


 だがこれなら。ギリギリで耐えきれるという希望的観測が、倒れぬように体に気力を与えてくれる。


「二」


 横合いからの突然の衝撃。

 視界が横に倒れる。

 理解が追い付かない。

 私はまだ立ったままだというのに。


「一」


 首を折られた。

 思考が追い付けど身体は動かない。

 だらりと下がったガード。

 がら空きの胸にライツィの拳が吸い込まれるのを見た。






「残念。再戦はしばらく受け付けないよ」











 ──バチン。


 リスポーンしたのは屋敷の外。

 一緒に突入した仲間たちが待機しているすぐ脇に私は立っていた。


 負けた。


 完膚なきまでの敗北だ。

 圧倒されて、一方的に打ち倒された。

 手も足も出なかった。

 悔しい。それと同時にかすかに嬉しくもあった。

 まだまだ上があると言うことは、休んでいる暇などない証拠なのだから。



 だがしかし、そのプラスな感情が今は許せない。


 負けたことを純粋に悔しがれなくなったのはいつからだろうか。

 スポーツマンシップは大事なものだ。ただそれに支配され過ぎてやしないだろうか。もっとストレートに感情を表現しても良いはずなのに、理性的であろうとし過ぎているとさえ思う。


 これはゲームなのだから。


 ショックを受けていた。ともすれば負けたこと以上に。

 この殻を破らなければ。そんな焦燥感に駆られた。








ご覧いただきありがとうございます。

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