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8.早かった出番


 試合のエントリーをして数分後、転移されたのは小部屋だった。


「狭いな」


 パッと見た印象としてはバスケコート2面分くらいだろうか。運動するには十分だが、弓や魔法は向かなさそうだ。天井もそこまで高くない。体育館という言葉が脳裏に浮かぶ。


「ッたり前ぇだろうがよ」


 ふと感じたことへの呟きに、反応があったことに驚いた。

 呆れるように吐き捨てたのは、まだ少年の面影を多分に残した茶髪の男だ。20に届いていないだろう。

 その乱暴な物言いには、自身を大きく見せようという思いが滲み出ているようだ。


 向かい合った試合相手殿に尋ねてみる。

 どうせなら1つ疑問を解消しよう。


「当たり前、なのかい?」


 へらり、と笑って問えば、たちまち青年は激昂した。

 さすがにちょっと沸点が低すぎやしないかい?


「あ"!? んなことも知んねぇのかよ!」


 青筋立てて怒鳴るNPCに感心してしまう。

 いや、大したものだなぁ。

 現実だとあまり近づきたくない手合いがしっかり再現されている。

 ゲームだからこちらも苛立ちを飲み込めるが、……いややっぱり腹立つな。むしろ暴力という手段が身近にあるせいで、容易く心に波風が立つ。


 ああ、ダメだダメだ。自分で挑発したのにそれで苛立ってはしょうがない。


「低ランクの試合にでけぇ場所が使われるわけねぇだろうが」


 ここはオレら用なんだよ。と、意外なことに茶髪君は話の出来るタイプのようだ。

 反抗期なのだろうか。

 根は良い子なのかもしれない。ならばストレートに素直なキャラクターにしてあげれば良いものを。NPCを生成するAIがひねくれているのだろうか。



 トントンと床を蹴る。

 木なのか石なのか。はたまたコンクリートなのかもしれない。薄いベージュ色の床は確かな固さを伝えてくる。

 壁も天井も同じ色の四角い箱。窓も扉も装飾もない。

 なるほどこれは、戦うためだけの空間なのだろう。照明も無しに薄明かるいのもそのためか。


 口の悪い彼の様子を伺うが、こちらの軽口にはもう乗ってこなかった。臨戦態勢ということだろう。

 先ほどまでより目付きが険しくなっていた。

 まだ武器を抜いてこそいないが、何時でも戦えるようだ。


 試合開始までにその身なりをそれとなく確認していく。

 軽装だ。身体の一部、主に急所を革鎧で覆っている。

 剣は細身の物を一振り。腰に提げたままだ。抜いてはくれないだろうか。ギリギリまで情報を隠すつもりか、厄介な。

 盾は無し。不人気なのだろうか。まだ2例目だがそんな予感がある。

 総じて評すれば軽戦士、それも手数で責めるタイプに思える。体格もひょろいし。

 ステータスで誤魔化せるのは理解しているが、低ランク帯のNPCがそこまで凝ってはいないだろうというメタ読みも含まれている。



『試合開始まで残り10秒──』


 天井から降ってきたアナウンスに気持ちを切り替える。

 さあ、デビュー2戦目。どうなるか。







『────開始』


 銅鑼が打ち鳴らされる音を聞いた。

 それと同時に盾を構えれば、軽戦士は既にこちらに駆けてきていた。手には細身の剣。サーベル、いやレイピアか。

 抜き放たれた剣身が光を反射する。──わずかな違和感。


 初撃は軽く、2撃目は少し踏み込んで、3撃目は最初より柔らかく。

 連続して放たれる突きは威力がまちまちで読みにくい。強く弾こうにも、深くは踏み込んで来ないために切り返しが早い。

 何度か剣先が掠めるも、ダメージそのものは大したことはない。だが、もろに食らうのは避けたいがために押し込めない。


 防戦を強いられることとなった。

 とは言え、こちらのビルド的に持久戦なら分がある。それは攻撃を防がれて有効打の無い軽戦士も承知のはずだ。

 はずなのだが。

 しかし彼は攻め方を変えずに、突きを放ち続けていた。


 更なる違和感。


 時間稼ぎのような攻撃を捌きつつ、こちらが攻めに回るタイミングを図る。

 じりじりとHPが削られていく。

 どこかで【ヒール】を挟まなければ。それをさせないための攻撃、にしては勢いが弱い。


 どうして牽制紛いの攻撃しかしてこない?


 こちらの出足を潰しに来るが、圧は弱い。

 急所を狙う素振りは見せるが、攻め気は薄い。


 違和感がどんどん膨らんでいく。


 体重を乗せない腕だけで放たれた突きを逸らす。


 これもそうだ。

 速さはともかく、重さが攻撃から消え去っていた。


 一歩踏み込んでみる。

 すると一歩分退がられてしまう。


 軽戦士の狙いを訝しんでいると、その手にある剣のぬらぬらとした輝きが気になった。

 やけに光を反射している。

 この部屋は確かに明るいが、そこまで光量があるわけではない。現に、私のメイスは別に光ったりしていない。

 何か違いが?




 パチリと何かが繋がる感覚。


「……毒か!」

「チィッ、気付きやがったか!」


 それまでよりも強く打ち合い、間合いが開く。

 それまでの打ち合いで微小な(カス)ダメージが蓄積していたと思っていたが、違ったのだ。

 HPの減少は毒によるものだ。


 オラついた性格に騙されていたが、この男は堅実に相手を攻めるタイプだったのだ。

 策を弄し、敵を罠に嵌める頭脳派だった。

 ……いや、私が迂闊なのもあるが。


「このまま削り切ってやらぁ!」


 威勢良く吠えながら、しかし彼は動かない。

 こちらを見る目に侮りはない。冷静に、敵を仕留めるべく算段を整える戦士の目をしていた。


「……しくじったな」

「あ"? 降参する気か?」


 そう、しくじった。

 私は直情的な性格だと決め付けて彼と相対し、そして策略をもって上を行かれた。NPCだからと舐めてかかったのがこのザマだ。

 いやはや勉強になる。獅子は兎を狩るにも全力を尽くすと言うが、私は獅子ではなかったようだ。


 だが。


「しくじったのは私だけではない。お前もだ」

「……ぁんだと?」


 偶然に頼っていると言うべきか。

 都合が良いと言うべきか。

 勝利の実感は湧かないものだが、持久戦なら(・・・・・)私に分があるのだ。


「【キュア】」

「は?」


 毒状態が解除される。

 そして。


「【ヒール】」

「…………てめぇ」


 HPが回復する。

 さすがに全快とまではいかないが、ダメージの総量はそこまでではなかったために仕切り直しだ。

 ここからはまた同じことの繰り返しだ。

 ただ今度はネタが割れていて、解決策も把握した状態での再開になる。

 どうなるかは目に見えていた。


 彼もそれは悟ったのだろう。

 だがその戦意は衰えていない。毒がダメなら剣技で、と考えたのだろうか。


 しかし、彼の失敗はもう1つあった。


「ははっ、動くには狭かろうよ」


 壁を背にした状態であること。

 じりじりと戦線を押し上げた私に対して、消極的な攻めとステップで時間を稼ぐ戦略をとった彼とでは使えるスペースに差があった。

 ただ、広く使えるから使いまくれば良いというものでもない。

 少しずつ少しずつ、下がらされていた彼にはもう後が無いのだ。


 もう先ほどまでの自由はない。

 彼は前進を選ぶ他無いのだ。


 そして私はそれを待ち構える。

 盾を構えて、スキルを用意して。


「詰みだ」

「っざけんなぁ!!」




ご覧いただきありがとうございます。

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