70.協調性のある個人主義者という矛盾した存在
さて、アセイズム攻略のための班は三つに分けられる。
一つは央城の監視を行う班。何かしらの動きを見せないか見張りをし、状況が動いた際に柔軟な対応を求められる難度の高いグループだ。
撤退や救援の判断をするのもここであり、リーダーに黒潮丸が配置されている。本人は渋っていたが、船頭役として頑張ってもらう他ない。
もう一つはギーメル家に突入をかける部隊だ。私はここにいる。
最も小規模なグループであり、これまでの挑戦では一番安定していたグループでもある。
やはりどうしても、人数が増えるとそれだけ動きにくさが出てくるものだ。指揮官を決めていても意思の伝達にラグが発生してしまう。しかしこの班は元から人数が少ないお陰でその辺りの影響が抑えられていた。狭い場所で戦うこととも噛み合いが良く、勝算のあることが実感できる分雰囲気も良い。
最後の一つがベート家に向かうグループだ。シフやセイロンたちの班である。
この班は、三つの中で最も人数が多いために連携で難儀しているとシフはこぼしていた。ギーメルよりもベートの方が現れる敵が多い故に致し方ない話であるが、苦しんでいる彼女には同情する。
人数による制圧力に期待したいところだ。
それぞれの班が敗走しつつも集めた情報に、他のプレイヤーから得た話も含めて分析するといくつか分かったことがあった。
まず、央城の動きについて。
基本は静観であるが、二つの条件のどちらかを満たすと増援を放つことが判明している。それは各家から送られた使者が城に到達した時と、戦闘開始から四十分間央城が放置された時だ。
央城監視班は、使者を止めることと定期的に城へ攻撃を仕掛けることが求められる。
それから、祠の間について。
繋がる廊下は一本のみであり、通れる人数にも制限があるそうだ。ただ、その具体的な人数は不明であった。
また、罠の類いは無いようだが、門番がいると言う。詳細は不明。知っていて濁されたというよりは、分かるより前に負けてしまったようである。
アレフに聞かされた通りであれば、パーティでの挑戦とソロでの挑戦に分けられるのか。ギーメル家で誰が待つのか、何とはなしに予想が出来る気がした。
警備隊はまだ動いていない。変更がなければまだ今日までは央城と連携しない。ここが出張ると事態がややこしくなってしまう。付け入る隙を与えないためにも、迅速な対応が必要になってくる。
可能な限り、最速での突破。それが求められていた。
「──時間だ」
ギーメル家の屋敷の前で、本隊からのメッセージが届く。
午後十時、状況始め。
たった一行のそれを合図に、総勢九名で敷地へと踏み込む。
門を通過すると同時に空気がひりつくように変化する。肌を刺すような緊張感は、既に何度も味わったものと同一だ。
街中での戦闘行為への制限。
それがこの敷地内では取り払われ、敵意が剥き出しとなって浴びせかけられている。
「散開ッ!」
散り散りになることで、飛来する矢を躱す。
元より連携は望めない。
少数精鋭と言えば聞こえはいいが、パーティを組めないあぶれ者であるのもまた事実。仲間と合わせることよりも、個人の力量で押し通る。それがこのグループに適した形であった。
屋敷の玄関まではまだ遠い。
馬車を回すためのロータリーを挟んでいる。この開けた場所で、屋敷からの射撃を受けてしまうことが問題だった。前回まではそれによって戦力を削られてしまっている。
だから──。
「<アヴォイディング・ブラー>」
解決策が用意された。
輪郭がぼやけて動きが大きく見えるようになるそれは、魔法による援護だ。相手の照準を阻害する上に、いくらか遠距離攻撃を歪める効果まで付いている。
「こっちを見ろやぁ!」
さらに魔法使いは掲げた右手で、薬剤の瓶を握り潰す。砕けた容器から滴る薬品は、離れていても刺激臭が鼻を突く。咳き込みながらも彼は笑った。
狙い通りに、彼目掛けてギーメル家の兵士が殺到したからだ。
他の八人を送り込むための囮。
彼は見事にそれを果たした。遠距離攻撃から味方を守りつつ、敵を自身に引き付けて。
十秒と保たずに死に戻る羽目となったが、それでも彼は玄関が開くところを見た。屋敷に突入する背中を見送りつつ、笑いながらポリゴンとなる。
玄関ホールは閑散としていた。
それも当然だろう。襲撃されている状況下で賑わっている方がおかしい。
だが、何か妙な予感がした。
「……警戒しろ」
同じように感じているのだろう。誰からともなくそう言い出して、ゆっくりと進んでいく。
魔法使いの献身のお陰でこちらは九人欠けることなく揃っている。
順調だった。だがそれが恐ろしい。
玄関ホール中程まで来た。
異変はない。
しかし警戒は解けなかった。
敵がいないのだ。
前回はここであちらこちらから襲いかかられて、祠へと向かう廊下に入る前に全滅させられた。うんざりするほど敵がいたし、常に怒号を張り上げなければ意志疎通が出来ないような有り様だったはずだ。
だと言うのに今回はいやに静かだった。
人の気配も全く無く、廃墟に入り込んだのではないかと錯覚してしまう。
何か失敗したのかと不安になってくる。
「撤退を提案」
「いやむしろ進むべきだ」
「ならいっそ走るか?」
「時間制限の類いかもしれない。ありかもしれん」
戸惑いながらも八人一塊で進む。
祠に繋がる廊下はもうすぐだった。その手前で奥の様子を探知しようとする。私は不向きであるため、少し下がって辺りを警戒する役割だ。
「ヨウ素、探知を頼む。…………ヨウ素?」
呼び掛けられたプレイヤーの返事はない。いやそもそも姿がない。
「全員いるだろ!?」
誰かが叫んだ。
慌てて点呼がとられようとした時、フッと明かりが消えた。玄関ホール全体が闇に飲まれる。
「来るぞ!」
幽かに見えるものの輪郭を頼りに各々が動く。
金属音が飛び交い、苦鳴と呻き声がそこかしこで弾ける。
闇に乗じた襲撃者がいた。
幸い、目指すべき場所は近い。
「廊下へ走れ!」
その声に押されるように。暗闇に視界を奪われる前まで見ていた、祠に繋がる方へと駆け出そうとする。
直前で気付く。踏み出した足元の絨毯、それの感触が寸前までと異なっている。
直感的に理解をした。体の向きが、あるいは位置が変更されていることに。
罠だと注意をするよりも先に、何人かの悲鳴が響いた。
思わず舌打ちしてしまう。
貴重な戦力のロスである。視界を潰されたことと奇襲のコンボによって浮足立った奴らをはめられた。
「くそっ」
「今探知をかける!」
ポーン、と軽い音が走り抜ける。音響による探知だ。
続けて、左後方で明かりが灯される。
「あそこだ!」
今度は罠ではない。確信とともに明かりの下へ走る。
近付けば味方の気配が分かった。まだ無事なのが集まって来ている。
胸の奥に安堵する気持ちを感じた。
──そうして一歩。
廊下へと踏み入った瞬間、目も眩む閃光とひどい船酔いのような気持ち悪さが身体を包み込んだ。
ご覧いただきありがとうございます。
評価、いいねをいただけると大変励みになりますので、よろしくお願いします。




