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69.レベリング


 雷鳴のごとき轟音を響かせて、戦植と大剣が撃ち合わされる。それも一度や二度ではない。一息の間に五度。さらにそれが継続する。


「【パワーストライク】!」

「【裂空・大回転斬り】ィ!」


 噛み合った一撃が弾け、間合いが開く。

 面白い、と口元が綻ぶのを自覚できた。


 レベリングの為にコロッセオにこもり続けているのだが、こうも真正面から撃ち合いに応じる相手は久々だった。同じ地平に立つはずのプレイヤーは挑戦者のように振る舞い始め、何かにつけて小細工を弄するようになってしまった。

 いや、工夫を否定するつもりはない。ただ、否定しないからと言って好んでいるわけではないのだ。なるほど、これがツバメを苦しめたものの一久片か。そんな風に思わなくもなかった。



 その巨剣が霞んで見えるほどの豪腕。唸る剣風は触れずとも身体を持っていきそうになる。



 これほどの使い手はそう見ない。

 ステータスもそうだが技量においても優れている。先ほどから大剣は地を抉ることなく、しかし正確に急所目掛けて振るわれていた。いくら戦槌を撃ち合わせて、その軌道を捻じ曲げようと立て直してくる。


 立ち会う相手に興味のフォーカスが向く。

 剛剣の戦士の名はオズワルドと言った。住人か。そう思ったがそれはすぐに頭上のアイコンによって否定された。彼はプレイヤーだ。

 立ち回りに対人戦への不慣れさが滲むところを見るに、普段はモンスターを狩るハンターなのだろう。


 顔面に迫る鉄塊を戦槌で打ち払い、お返しとばかりに石突を叩きつける。それをオズワルドは鎧の肩で受け止めた。ガツンという鈍い手応えは、その分厚い鉄板に威力を殺し切られてしまったことを伝えてくる。

 互いに引いて、仕切り直しだ。


「すげえな」


 オズワルドの感心しきった呟き。それに何がだと返せば、彼は言った。


「俺と正面からやり合える奴はそういないと思ってたんだがな」


 傲岸。

 自身の力に絶対的な信を置く者のセリフであった。

 ざわりと胸の深い所で何かが蠢く。


「ここに来ても大した奴と会わなくてな。こりゃ期待外れかと落胆したところにあんただ。俺は心底驚いたね」


 オズワルドは笑う。コロッセオと言うくらいなんだから対人ガチ勢だと思ったんだがなあ。


「……ならその評価はここで、覆してあげないとねえ」

「いや、気を悪くしたらすまんな。俺は、正直者なんだ」


 呼気を整えながら重心を落としていく。

 あちらも迎え撃とうと構えを正した。


 煽られていることは嫌でも分かった。

 オズワルドにコロッセオ全体が、対人勢というプレイスタイルそのものが舐められている。

 努めて冷静さを保ちながらも、心の奥底ではメラメラと対抗心が燃え上がっていた。


 なるほど。対人勢でないオズワルドが容易く勝ててしまえたのなら、軽く見てしまうことは仕方のないことであるかもしれない。良い勝負が出来るものと思って来ていれば、一層残念だろう。


 しかしそれは、私の知ったことではない。


 苛立つ気持ちを力に変えて。

 体勢を低く、滑るように踏み込む。見様見真似のツバメの歩法。劣化もいい所だが、それでもオズワルドの反応はわずかに遅れた。


 身体の後ろに隠すように振りかぶっていた戦槌を、腰の入ったスイングで叩きつける。

 横合いからの一撃をガードするも、たまらずよろめいたところを連続して殴打していく。

 ここは一気呵成に、ひたすらに打つべし!


 大剣の腹に手を当てて盾のようにしたオズワルド。それを上から強引に潰しにかかる。

 耐える姿に余裕はないが、しかし奥の手を隠しているのだろう。オズワルドの目は死んでいない。


 仕留めきるまで気の抜けない相手だ。だからこそ、私は常に先手を取りに行く。


「【衝撃(インパクト・)侵入(イントルージョン)】」


 打撃の衝撃がガードの上から透過するスキルを起動する。防ぐことなど許さない。

 振り下ろされた戦槌が大剣を捉える。


 ゴァァンッ。


 奇妙な手応えだった。まるで空のバケツでも叩いたかのような虚ろさに戸惑いを隠せない。


 地面を跳ね飛ぶ大剣。拳を振りかぶるオズワルド。振り切った戦槌を戻すのは間に合わなかった。


 顔面に拳が叩き込まれてたたらを踏む。


「形勢っ」


 連打。


「逆っ転」


 連打。


「だなあっ!!!」


 連打の嵐。

 一発のダメージは大したものではない。ノーガードで受けても自動回復がほとんど帳消しにしてくれる程度の火力だ。それは奴の武器は拳でないからである。

 しかし、反撃に移れない。一方的に殴られるままとなってしまう。

 オズワルドは威勢の良さと裏腹に、殴打をコンパクトにまとめてきている。回転率の高さによって、私を捕らえて逃がさない。




 ──オズワルドの側にそこまで余裕はなかった。苦し紛れの拳がうまくハマったものの決め手に欠けており、回復する相手のHPをこのまま削り切るのは現実的でない。

 相手の動きを封じることは出来ているものの、実質的な千日手である。スキルで火力を上げようにも、メインウェポンの大剣は吹き飛んでしまい、素手で発動できるものは無い。

 無理矢理にでも抜け出されれば、勝利の天秤は一気にあちらへと傾くだろう。それが理解できているから、オズワルドは攻め続ける他に無い。一秒でも早く倒すべく、拳の回転率を限界まで引き上げるのだ。




「うおおぉぉぉぉぉっっ!!!」


 絞り出すようにオズワルドが吠えた。

 思考の息継ぎ。それが生まれてしまった。己の限界に叫びを上げる。

 単純な動作であっても意識して行い続けると、動作の間にわずかな空隙が生じるタイミングがある。ましてやそれが、効率を求めて高速でバラバラの位置に拳を打ち込むこととなれば、必ずどこかに接続のズレが出てきてしまうことだろう。


 それを待っていた。


「【貫通歪(ディストーション・)(パイル)】!」


 戦槌から離した右手を、オズワルドの肩に置くように出す。ほんの一瞬の隙を突かれた彼は、右手を払い除ける前に突き飛ばされる。躱そうと身をよじったことで、胸元を叩く形になったのだ。


 ダメージが通る感触を確認するよりも先に、体を引いていた。右足を下げて左半身に構えながら、高々と〔大地讃頌〕を掲げる。

 素手では届かない、だが武器なら届く間合い。


 オズワルドの顔に悔しげな色が浮かぶ。

 勝ち誇りながら、彼に告げてやる。


「グッドゲーム」

「性格悪いぜ……」


 吐き捨てられたオズワルドの一言を聞き流し、スキルとともに戦槌を振り下ろす。


「【スイングダウン】」


 弧を描いた一撃が、オズワルドの脳天から股までを通り抜ける。ズドン、と地を叩いた衝撃が広がり、遅れてポリゴンの爆散が起きた。








 第一の街アセイズムを攻略するためのレベリングは、ここで終わりを迎える。

 タイムリミットが来てしまったからだ。

 邪魔が入る前のラストチャンス。

 目標であったレベル百には足りないが、出来る限りのことはした。あとは全力を尽くすだけである。


 私は引き続き、ギーメル家の祠に突入する班だ。

 今度こそ最奥まで辿り着きたいものであるが、そう簡単に行かないだろうことはこれまでの挑戦で嫌というほど思い知っている。


 それでも今回こそは、という思いを胸に抱き、集合地点に向かうべくコロッセオを出発した。








ご覧いただきありがとうございます。

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