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66.窮鼠こそが猫を噛むのだ

修正をしました。


 肩口に叩き込まれた強烈な一撃。


 体内を刃が通り抜ける異物感。

 そしてそれを上から捩じ伏せる不自然なまでの自然さ(・・・)。そうあることが当然であるかのような、正しいことなのだと言わんばかりの刀の振る舞いは背筋をも凍らせる。


 両断。



 袈裟よりの一刀が完全に決まった。






「……んん?」


 刀を振り下ろした姿勢で固まっていたツバメから、何か納得いかないような呟きが漏れる。


「ああ、そうか。ゲームだからか」


 にこやかな声。明るさと余裕の戻った笑みを孕んでツバメは言った。しぶといなあ、と。


「がはぁっ! はぁ、はぁ……」


 止まっていた呼吸が戻り、冷えきった肺が空気に焼かれた。

 咄嗟に跳んだのか。自分でも記憶が定かでないが、いつの間にかツバメとの間合いがまた開いている。

 喘ぐように息をする。ゲームであって偽りの呼吸でありながら、落ち着くために身体が酸素を欲していた。




 死んだ。




 あの瞬間、それを確信していた。

 死ぬはずがないのにそう思わされた。

 ゲームであることを忘れていたのは、心が負かされてしまったからだ。


 情けなさに涙が出る。

 なんのかんのと言いながら、舐めていたのは私の方ではないのか。ツバメの強さは知っていたはずなのに。

 ほんの一瞬で形勢逆転だ。私は彼の気迫に圧されてビビってしまっていた。

 ああ、まったく、なんたる無様か。愚かさか。


「両断されても死なないとそうなるんだね。初めて見たよ」


 ……私だって、初めてなるわ。


 HPは風前の灯火。生き残っているのは【九死一勝】のお陰だが、奇跡に二度目はない。


 両断されたはずの胴体は、脊椎でのみ繋がっていた。斜めに真っ二つにされた上で、背骨の棒一本で支えているのだ。

 【信仰の途】が強引に回復させているためである。HPが0でなく、かつ状態異常の判定が打ち消されたが故に、ゲーム的な処理の都合上行動不能とならないのだ。

 しかし、実際に切断はされてしまっている。そこの帳尻を合わせるために、切断されたはずの背骨だけが繋ぎ治されていた。

 HPバーは回復と消耗が高速で表示され、震えるように増加と減少を繰り返す。


「はははっ! なんだそれ、バグだろ!」


 ツバメは楽しげに笑っていた。


 私だって自分のことでなければ笑ったはずだ。

 少しの身動ぎで上半身がぐらつくし、見た目は半死人……。と言うか、ただの死体だ。

 しかし、笑うなと抗議しようにも恩恵を得ているのは私であるし、うっかりすればそのまま上半身が滑り落ちそうでヒヤヒヤする。


 とてもじゃないが、笑ってなどいられない。





 ゲームが壊れてしまったかと疑いたくなる挙動を見せるHPバー。生死の反復横跳びは、思わぬ成果を私にもたらす。

 全てを覆し得るだろう鬼札を、私は躊躇いなく切る。【飢えたる月夜(エンプティ・ムーン)】、欠けるほどに力を増す月光が極大へと達していた。



「【月光砲填(フルムーン)絶唱(メテオ・インパクト)】」



 こんな反則みたいな方法で使えるようになるのは今回限りだろうが、今使えることが重要なのだ。

 対モンスター、それもボス向けの攻撃。

 直撃せずともこの距離なら巻き込める。


 〔大地讃頌〕が地面を叩いた瞬間。

 もはや音として処理できない衝撃と震動が放たれ、土砂が天井まで爆ぜて辺りは土煙に覆われた。



 死んだはずだ。

 反動で吹き飛び転がった床から起き上がりながら、そう自分に言い聞かせる。

 死んだはず。勝ったはず。

 HPバーは消し飛んだだろうし、軽装甲のツバメが耐えられるはずがない。




 透かすように土煙の向こうを見る。

 結果など、とうに分かっていると言うのに。



 ゆらり、と人影が見えた。

 ああ、まだ生きているのだ。


「……ハ、」


 立っている。

 残ったHPはほんの一ドット。


「ハハ…………」


 まだ戦える。

 まだ終わりじゃない。


「ハハハハハハッ!!!」



 笑いが止まらなかった。

 ミシリ、と戦槌を握る手に力がこもる。


 ……そりゃそうか。

 即死攻撃への対策に根性系のスキルを積むだけの余裕が彼にはある。死ににくさという面では私と同じ。

 ツバメのHPは削れたものの、それで私が有利になったわけではない。

 精々がイーブンか。

 だが、死に瀕したことでツバメのスキルが起動する。全身に赤い光のエフェクトが走るのを見た。


「ハハハ……」


 まったく笑うしかない。

 ここで更に強化を乗せてくるのか。



 胸が、胸だけではない。全身が熱かった。

 痛みのフィードバックは抑えられているとは言え、ここまで大きな損傷となれば意識への刷り込みが起きる。致命傷を負ったと言う認識が自分の首を締め上げるのだ。ノーシーボ効果に近いか。

 その熱を、苦しみを、疼きを、違和感を。身体を動かす燃料へと変える。気力を燃やすための薪として扱う。


 ツバメの口角が吊り上がる。

 私の戦意が失せていないことを喜んでいるのが、隠すことなく露になっていた。


 向かい合った私の口元も、きっと弧を描いていることだろう。


 難敵が完全に復活を遂げたことが確認できたのだ。それは厄介であるが、追うべき背中は立派である方が嬉しくなる。




「良いじゃないか、ゼンザイ。その身体でどこまで動けるか……。見物(みもの)だな!」


 ツバメが腰を落とす。先ほどまでよりも前傾姿勢で、より低く身体を倒している。

 飛びかかる寸前の山猫、折れるギリギリまで撓んだ棒。あるいは引き絞られた弓のようであった。

 腰だめに刀を構えたその姿は、踏み込んで斬るつもりであることを如実に語る。


 ……ありがたい。

 来てくれるのなら、盛大に迎え入れようじゃないか。


「行くぞ!」

「……来い」


 さらに深くツバメの身体が沈み込んだ瞬間、それが聞こえた。



「【八軌轍条──」



 力を溜めるようにバフのエフェクトが弱まる。

 ツバメの身体がブレた。


 時が圧縮される。


 色が抜け落ちて、輪郭が溶けて混ざり合う。その中でツバメだけがハッキリと認識出来た。

 コマ送りのようにパラパラと動く彼。だが私の腕は重い。まるで粘性の高い液体に浸かったかのように抵抗がかかる。


 刀が増えた。正確にはそれを振るう腕が。

 腰だめの一刀。袈裟の二。逆袈裟の三。首を薙ぐ四。胴を割く五。撃ち下ろしの六。撃ち上げる七。そして、胸を突く八。

 コマが送られるごとに一つずつ増えていく。


 やがて、それは来た。



「────戴天】」



 神速の八刀がほぼ同時に襲いかかる。

 ゲームだからこそ実現する飽和攻撃。

 銀光が花開き、血の花弁が散るそんな未来が見えた──。








 金属の擦れる音。それから軋む悲鳴が辺りに広がる。

 銀の光は輝きを失い、血の花は咲く前に萎れた。

 抑え込まれた刀と、突き出された戦槌。


「まさか止められるとは……」

「……いや、危なかった」


 スキルは不発に終わり、膠着状態へと陥る。



 ツバメのスキル【八軌轍条戴天】。八連撃を同時攻撃へと変えるそれは、まさに必殺技であった。アクティブな攻撃用スキルを持たないツバメが、唯一保持する殺し技。回避不可、防御貫通という破格の性能を誇るのだが、代償に二つ弱点があった。

 一つは相手に予習させるということ。バランスを取るためか、八連撃を放つ前に相手はその起動を知ることが出来る。だがツバメは、これを問題視していなかった。それくらいはハンデであり、自分の剣速であれば踏み倒せる程度の些末な話だと考えていたからだ。

 二つ目は始点が止まると全ての攻撃が停止すること。あくまでも連続攻撃であるため、一刀目が止められるとその先は続かないのだ。しかし受けに回れば止まらず上から削り切られ、回避は許されないとなれば、これを狙うのは至難である。また、自身の技への信頼からツバメはこれを無視していた。

 その結果がここにあった。



 至近距離でツバメと目が合う。

 睨み合い、それから同時に破顔した。


「で、どうするんだよ。ここからボクを殺せるのか? 少しでも抑えが緩めばボクの勝ちだ」

「ハハッ! 当然、手はあるとも」

「何!?」


 戦槌から手は放せない。抑えが緩めばツバメが勝つのは真実だ。

 抑え込む姿勢を続けたままではジリ貧である。であるのだが、彼は見落としをしている。



「【貫通(ディストーション)歪杭(・パイル)】ッ!!」



 私に打つ手が無いと彼は考えていた。だがそれは違う。

 このスキルは、武器を起点にノーモーションで(・・・・・・・・)杭状の力場を生成する!



 ──ガボンッ!



 音を立ててツバメの腕がひしゃげる。と、同時にHPが0となった。

 ゲーム故に多少の調整はあろうが、身体のどこに当たっても一くらいなら削れるのだ。


「しまっ……!?」


 驚きの声を上げながら、ツバメがポリゴンの粒となって砕け散った。



 運任せな部分はあれど勝ちは勝ち。

 ようやく挙げた一勝に、私は自然と拳を突き上げた。










ご覧いただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「罪滅星」は「飢えたる月夜」に強化されて無くなってませんでしたっけ。
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