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64.高い壁ほど乗り越える楽しさがある


「ドンマイドンマイ」

「……うっせ」


 呆気なく敗れ肩を落として戻ってきたシフに声をかけると、彼女はいつもより元気無く答えた。

 なんだかんだと言いながらも、負けてしまったことが不服らしい。

 可愛らしいところもあるじゃないかと微笑めば、なに笑っていやがると噛みつかれた。


「待たせたな、ゼンザイ!」


 二度の戦闘を終えて、なお力の有り余った様子のツバメが笑いながら近づいてくる。その目は変わらず澱んでおり、不思議なほどに余裕がない。

 今からやるのか。そう問えば、怖じ気づいたかと煽られる。


 やはりどこか、いつもの彼らしくない。




 そこで一つ、気付きたくないことに気がついてしまった。

 彼らしくないとは思っていたが、実際ツバメはいつも通りでないのだ。

 余裕がなく、焦りを覚えている。そしてそれを隠しきれていない。

 理由までは分からないが、確実に変調を来たしている。


 思い返せば、黒潮丸との戦いでも無理を通す場面があった。

 <マナ・フラッシュバースト>だったか。全方位への攻撃を、ツバメは強引に切り裂いた。HPを削られながら押し通ったのである。

 普段の彼なら、そんな選択はしなかったはずだ。一度引いて、長期戦にシフトしていたことだろう。



「おいおい、本当に大丈夫なのかい?」


 思わず心配の声をかけると、問題ないとツバメは答えた。

 その嘘を暴くよりも先に、彼の目に気圧された。

 真っ直ぐにこちらを見据える瞳は、何をくべたのか、爛々と燃えていた。どんよりと濁りながら、ギラギラとした光を放つそれに息が詰まる。



 ああ、まったく彼らしくない。



 切羽詰まった、終わりに抗う者の瞳だ。……少し、違うかもしれない。抗うよりも自棄になっているような、一つの結末を受け入れられない者の目をしている。

 そこに余裕はなく、落ち着きもまた失われていた。


「準備をしろ」


 ツバメは低い声でそう告げた。

 もう自身を取り繕うことも出来ない彼に、どうしてか私は悲しくなる。










 ♦️










 武器を手にしてツバメと向かい合う。

 手の中にある戦槌〔大地讃頌〕は今日もずしりと重たい。

 一瞬、思考がそちらへと吸い寄せられた。


 先ほどまでの話に出てきていた大地の母。それと何か関わりがあるのだろうかと疑ってしまう。


 さすがに無いかと頭を振る。

 棚売りの品が伝説のアイテムだ、なんてことがあってたまるか。

 雑念を追い出し、目の前の難敵に集中する。



 ツバメの様子はおかしく、普段通りの彼とはかけ離れていた。不調であることは誰の目にも明らかである。とは言え、強敵であることに変わりはない。

 ましてや、得物を刀に持ち変えているとなれば、苦戦は必至。

 これまでの試合で確信していることとして、ツバメの本領は剣士にない。掲示板ではサムライ擬きだのと呼ばれていたが、彼は真実サムライなのだ。であれば、刀は慣れ親しんだ得物であると言えた。剣よりよほど馴染みがあるに違いない。



 姿勢を低く、臨戦態勢へと移る。



 だからなんだ。

 勝てない理由を並べて満足するのか。

 相手の強さに無条件で屈するのか。

 であればゲームなど止めてしまえ。

 今日こそ勝つぞ。今度こそ勝つぞ。そう心に闘志を燃やすべきなのだ。



 唇の端が吊り上がっていくのが分かった。



 血液が燃え滾る。心の臓から送り出され、炎が全身を巡り行く。

 エンジンはこの上なく好調だ。あとはそれを上手く使えるかどうか。


「リベンジマッチさ」



 銅鑼が鳴る。



 立ち上がりは静かなものであった。

 ゆっくりと円を描くように、互いに間合いを計り合う。牽制混じりに構えを変えてはいるが、すぐさま突っ込んでは来ないと互いに理解していた。


 ざりざりと足元で砂が擦れる。その音だけが、この場を満たしていた。

 息を整え、機を窺う。


 十秒、二十秒。……やがて一分が経った。

 緩やかな足運びで、最初の立ち位置からぐるりと真反対の場所に立つ。


 分かっている。こちらが攻めるべきであることは。

 気概の問題、だけではない。

 活路を開くのはいつだって挑む者だ。動かなければ何も変えられない。

 待つだけなら誰でも出来よう。だが、勝つためになるか?

 打って出なければ機先を制される。

 そうなればお仕舞いだ。

 こちらが場を握らなければ勝ちの目は無い。


 それが分かっていながら、しかし一歩を出せない。

 踏み込もうとする瞬間、そこに合わせてツバメの構えが変わる。

 読まれていることがこちらの動きを掣肘する。



「ゼンザイ」


 ツバメに声をかけられた。

 そこに穏やかさは無い。あるのはおどろおどろしい怒りだけ。


「へっぴり腰だな」


 らしくない煽りだ。

 言い慣れていないことがハッキリと分かった。


「……ハッ。もう少し掲示板で学んだ方がいいんじゃないかい。育ちの良さが透けているよ」


 ああいや、わざわざ学びに行くようなところじゃないか。


「……お前!」


 今日のツバメに余裕は無い。

 だから簡単に乗ってしまった。普段の彼なら笑い飛ばすような軽口でも過剰に反応をする。

 どうでもいいことのはずなのに、彼は怒りを抑えることが出来ない。


 ツバメが呼吸を乱し、その刀の切っ先が小刻みに揺れた。



 それを見た瞬間、身体は既に動き始めていた。


 十歩に満たない間合いを三歩で踏み潰す。

 力一杯に地面を蹴り飛ばし、弾けるようにツバメへと迫る。


 やっと見せた隙。それを逃さずに山猫のように襲いかかる。



 まずは当てる。それを第一目的に据えた一撃は、強さよりもコンパクトに振るうことを重視したものだった。

 右から左へミートさせる打撃。予備動作を簡略化し、とにかく早く相手へと届かせる。


 ツバメの反応がわずかに遅れる。それでも刀を撃ち合わせてきた。

 弾かれるよりも先に引き、二撃目へと繋げる。

 さらに三、四、五と連続して撃ち込む。

 軌道は同じ。それで良い。ひたすらに早さを追求する。回転数を上げて押し切るのだ。

 六、七、八。足りない威力は武器の重さが補ってくれる。遅れた反応を置き去りにして、防御を抉じ開けようとしていく。


 たまらずツバメが半歩引いた。それを好機と見る。

 〔大地讃頌〕を槌頭すぐ下に持ち変えながら、刀の間合いよりも奥へと詰め寄る。


 そして、足元目掛けて石突きを突き下ろす。杭を打ち込むように。あるいは銛を刺すように。


 ダンスを踊るような近さでは、刀をまともに振るうことなど叶わない。同様に戦槌も振り回せないが、突き込むのなら話は変わる。


「くっ……!」


 距離を離そうとするツバメに食らいつき、足元を乱す。まだ掠めるだけだが、ダメージは確実に与えられていた。



「っがは……!」


 掌打一発、顔へとめり込む。

 たまらずたたらを踏み、その間にツバメは逃れてしまう。


 再び開いた間合い。

 先ほどまでよりそれは遠い。距離的な話ではなく、心理的な問題だ。

 もう一度詰め寄るのは難しい。そういうことだ。


「まあ、そう簡単にはいかないよねえ」



 HPはこちらが優位。

 掌打一発では大したダメージとならない。自動回復によってすぐに補填される程度だ。

 対するツバメは、直撃こそ避けているが何度か足を小突かれている。削れたHPの回復も緩やかで、長期戦になれば私が勝つ。……ように見えるだろう。



「どうやら、少しは本気になったのかな」


 ツバメが身に纏う空気の変化。

 彼の雑念が少しは消えてくれたようだ。研ぎ澄まされ、透明感と鋭さが増していく。



 ああ、そうでなくては。

 気の抜けたライオンを狩ったところで自慢にもならない。

 恐ろしい敵であるからこそ、挑む甲斐があるというもの。


 前哨戦は終わり。

 ここからが本番となる。











ご覧いただきありがとうございます。

評価、いいねをいただけると大変励みになりますので、よろしくお願いします。


〔大地讃頌〕

父を讃える母の歌。

これは大地による讃頌である。

元は戦槌ではなく、指揮棒であった。

長い年月を経て削れ落ち、残った芯棒部分にあたる。本来は石突きの方が上。

武器屋にあったのは戦神のせい。かつて央城から奪い取ってきたアイテムを自陣内にばら蒔いたのだ。

他に〔大地讃歌(大剣)〕や〔大地頌歌(弓)〕がある。どれも所持しているだけで、────からのヘイトが上昇する隠し効果がある。




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