6.ラフファイター
『──皆様ぁ! 次の一戦は、将来有望な新人たちによるものとなりまぁす!!』
コロッセオ中に朗々と男の声が響く。
「司会」と呼ばれる彼は、コロッセオでのイベント進行を執り仕切っているそうだ。
『本来! 新人はコロッセオのメインステージには立てません。
……ですがぁ!
ですが、今回は特別に────』
口上を聞き流してメニューと向かい合う。
影が消え去る間際に残した一言。『装備もスキルも空きがありますね』。
それに気付かされ、慌ててセッティングしている最中なのだ。
因みに今居るのは、あの暗い廊下を抜けた先のコロッセオ舞台裏。ステージ登場のための控えスペースである。
これから私はタイミング良く出て行かないといけない。
……のだが、それ以上にステータスだ。無駄な空きは勿体無い。出番までに大急ぎで整えていく。
経験値が入っていることは確認していたが、それで上がったレベルやステータスに割り振るポイントは放置していたのだ。
言い訳するなら、戦闘が連続するとは思っていなかったのだ。気を抜いていた。一段落したと思っていた。
今考えれば分かることだが、最初に目覚めたリスポーン地点は控え室だったのだ。医務室ではなく。
あそこでゆっくり調整するべきだったのに飛ばしてしまったから、影は去り際に一言残したのだろう。
とりあえず空欄は埋めた。そう言うとなんだか学生の定期テストみたいだな。
出来上がったものをザッと確認していると、司会が私を紹介し始めていたことに気付く。
参ったな、もうすぐ出番のようだ。
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<名> ゼンザイ
<レベル> 5
<メイン職業> 闘士
<称号> エヘイエーの戦士
<ステータス>
⚫STR【50】(+5)
⚫INT【10】
⚫VIT【25】
⚫MND【30】(+3)
⚫RES【25】(+3)
⚫DEX【10】
⚫AGI【20】
⚫LUC【10】
⚫保有強化値【0】
<スキル>
⚫【インパクト】 ⚫【パワーガード】
⚫【シールドバッシュ】⚫【キュア】
⚫【ヒール】 ⚫【踏ん張り】
⚫【筋力強化】 ⚫【精神強化】
⚫【祈り】 ⚫【抵抗強化】
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とりあえず強化用のポイントは振り切った。
先のライツィとの手合わせ、あれは本当にお試しだった、で感じた不足を補うために、まずAGIにいくらか割いた。当初の想定とは少し変わるが、それは仕方の無い話だ。
あまりはちょちょいと他のに足して完成だ。
スキルについては、防御と回復、補助を目的に取得した。……キュアは正直コロッセオ向きではないため、後で交換するかもしれない。
並び替えもしておきたいが、残念なことにそこまでの余裕は無かった。
もうすぐ私の紹介も終わる。
今回は特別な試合だ。異例なのだ。
客人初のコロッセオデビューであるから、こんな大々的に開催されているのだ。
新人の試合はたとえデビュー戦であっても、サブのステージだと言う。これは横で警備に立つ住民に聞いたから確かな話だ。
つまり、私は客人を代表しているようなものと言える。いや、さすがに飛躍したか?
だがそう思うと少し緊張する。
まあ、このイベントは先行特典のようなものだろう。
自然と頬が緩む。
紹介が終わったタイミングで、歓声を浴びながらステージに上がる。
好奇の目と応援の声、それから飛ばされる野次を一身に味わう。
これは、今この瞬間ここにいる私だけの権利だ。
「ははっ」
観衆の熱情に身体の芯から揺さぶられる。
血が沸き立ち、全身に力が満ち満ちるように思えた。
腹から頭の天辺まで駆け抜けた興奮が、口から笑いとなって漏れ出す。
先ほどの誰もいない空間とは違う。
観客がいる。
ただそれだけで、世界はこうも変わるとは。
──銅鑼が打ち鳴らされた瞬間、はっと目が覚めたような感覚だった。ふわふわと浮かんでいた心を引き戻された。そんな感じだ。
わずかに落ち着きを取り戻した頭が、まず最初に認識したのは振りかぶられた剣だった。
鉄の鈍い輝きに、脊髄反射で盾を構える。
盾を持つ左腕に痺れるような衝撃が走る。
その打ち込みをノーダメージで凌げたのは、正直なところ運だった。
力負けをしたものの、【踏ん張り】が効いたためによろけただけで済む。
構え直した瞬間に次の打ち込みが来た。
今度は左から右への薙ぎ払い。続けて切り上げ、袈裟斬り、逆袈裟、再び横に薙ぐ動き。
よく鍛えている。
動きに淀みが無い。滑らかに斬りかかってくる。
それらを弾き、防ぎ、様子を見る。隙を窺う。
一撃受ける毎にギシギシと盾が軋みをあげた。
相手の住民は大したものだ。
これでまだまだレベルが低い一般NPCなのだから、『OIG』はどんなシステムを積んでいるのだろうか。AIが優秀すぎる。
撃ち下ろしを逸らす。
だがまあ、慣れてきた。
確かに強いし、私よりもステータスが上なのは感じるがそれだけだ。
ライツィとの差を体感した後では、誤差に過ぎない。
袈裟懸けに斬って来たところにカウンターを合わせる。
「【シールドバッシュ】」
ガギンッと大きな音を立てて、相手の剣が弾かれる。タイミングは完璧だった。こちらを襲う反動は【踏ん張り】が無効にする。
このスキル思った以上に使えるな。
姿勢の崩れた剣士の頭目掛けて大振りの一撃。右から左へ振るったそれは、掠めながらも躱された。
だがそれで良い。さらに剣士の体勢は崩れ、次のアクションは封じられている。
踏み込み、腕を交差させるように左腕の盾を突き出す。盾の縁を相手の首元に差し込むように打ち付ける。
「【インパクト】」
肉が押し返してくる抵抗感と、何かの砕ける感触が伝わってくる。
ライツィの時はよく分からなかったが、感触も再現されているならこれが原因で離れるプレイヤーもいるのではなかろうか。
思考しながらも身体は動く。
突き出した盾を引き、同時に体を開いて右手のメイスを外に向けて振るう。
盾を突き込まれたことで喉元を潰され、呼吸も動きも止まった剣士にこの一撃は防ぎようが無い。
メキリ。
ガードも何もない、がら空きな頭へのクリティカルヒット。
もんどりうって吹き飛ぶ相手を追う。
スタンが入ったのだろう。頭部にもろに入ったからな。
受け身も取れず、剣士は地面に叩き付けられる。
力無く転がった彼に容赦なく追い打ちをかける。レベル的には格上なのだ。これでケリをつけるつもりで行く。
そこからはマウントポジションどころではない。滅多打ちだ。
相手は私よりもレベルが高い分中々仕留められず、何度も何度もメイスを振り下ろす羽目になった。
それでも振り下ろした回数が10を超えたところで剣士の姿が消失する。
それと同時に乱打される銅鑼を聞いた。
──試合終了。
完全勝利である。
歓声にメイスを振って応える。
司会からは『抵抗許さず』、『容赦のない』、『危険極まる』など野蛮な評価を頂いてしまった。それは甘んじて受け入れよう。……否定出来ん。
ご覧いただきありがとうございます。
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