49.壊れたラジオみたいな奴と頷くだけの私
「──待たせたかな?」
「いや、僕も今来たところだよ。……なんだ、このノリ気持ち悪いな」
舞踏会イベント当日。
央城から少し離れた広場でツバメと待ち合わせだ。来てみてから気付いたが、ゲーム開始時に転移してくる広場だね、ここ。
差し出された仮面を受け取る。
アクセサリーであり、身元を隠す仮面は彼が用意していた。スポンサーから貰ったらしい。
特にそれと言った効果はなく、イベント中だけ効力を発揮するようだ。
「燕尾服か。どこかの執事みたいだね。モノクルもしてお揃いにしたら?」
「止めてくれないか。ぞっとする」
注文をする時には頭から抜け落ちていたが、ギーメル家の執事も燕尾服なのだ。
奴に一度殺されている身としてはお揃いなど御免である。ただ、シルエットや雰囲気が似てしまうのはどうしても避けられなかった。細かなところやポケットチーフに違いはあるのだが、ツバメのようにどこぞの執事を知っていれば頭に浮かんでしまうのだろう。
ごめんごめんと謝るツバメは、あまり普段と変わりがなかった。
元々、ゲーム内だというのにスーツを好んで着ている変わり者なのだが、彼は今日もスーツである。精々いつもよりも仕立てが良さそうに見えることくらいしか変化がない。
いじり甲斐のない男である。
ストレートにその評価を投げると、ツバメは軽く笑って言った。こう言うのは着慣れ感も大事だからさ、と。
服に着せられている感が拭えない私はぐうの音も出なかった。
仮面を着けて、連れ立って央城へと向かう。
怪しげな二人組だが、今日だけは問題ない。
あちらこちらに同様のコスプレ染みた人影が見られるからだ。皆、央城に向かうプレイヤーである。
歩いていると分かるのだが、意外と女性プレイヤーが多い。グループでドレスアップしている。
なるほど、集団を作ることでナンパ除けをしているのか。パーティなんかの遊び仲間が丸々参加しているなんてこともあるかもしれない。
男性プレイヤーもいないわけではない。総数としては女性を上回っているだろう。
だがこちらは一人か二人で動いていて、大きな集団はほとんど作られていない。私たちも二人だしね。
バラけているために、実際よりも少なく見えるようだ。
次第に縁日のような混み具合になってきた。
もうすぐ央城なのだろう。気づかぬうちに連れて来られてしまったようである。
やたら大きいものだから遠近感が狂う上に、人が多いため流されるように進んでいて歩いた実感が無い。
央城の門は開け放たれ、プレイヤーをみるみる吸い込んでいく。
私とツバメもその一部となり、飲まれるように入城した。気分は鯨に呑まれるピノキオだ。
違うのは私は一人でないということ。いや、ピノキオもゼペット爺さんと一緒だったか。私たちは大勢だということが違うところになるのだろうね。
ゆらりと空気が揺らめいたかと思えば、そこは大きなダンスホールだった。
門を通り抜けた瞬間、薄いベールをくぐったような感覚がした。まるで暖かい空気と冷たい空気で層が分かれているような、質の違いで隔てられているような感じだ。転移とも異なる不思議な感覚。
外界との隔絶という文言が脳裏に浮かぶ。
考えてみれば、ここは敵の首魁の腹の中と言っても過言ではない場所。
ひょっとすると、これはまずったか。
いやいや、周りにはプレイヤーが大勢居る。何か異変があるわけでもない。
おそらく妙な感触は、インスタンスな空間への振り分けか何かだと思われる。
大人数を収容するために、城内に仮のダンスホールが並行して存在してもおかしくはない。
まだ慌てる時ではないはずだ。
虎穴に入らずんば虎児を得ずと言うだろう。
ここはある程度の危険を承知で、踏み込んでいく覚悟が求められるタイミングだ。
と言うか、既に虎穴なのだから虎児を得られなければ一方的な私の敗北である。
きらびやかなシャンデリアが天井で輝き、楽団の演奏がホールを満たしている。
豪奢なシャンデリアはガラス細工のように煌めいていて、天井に六方の影を描きながら目映く光を放つ。
ダンスホール内も白を基調にした様相であったが、央城の外観に比べればかなりカラフルだ。壁面や柱の彫刻には金や青の縁取りがなされ、床には濃い紅色の絨毯が一面に敷かれている。
緑や黄色、空色などの色とりどりの光の玉が、宙を飛び回ってダンスホールを照らす。
シャンデリアの輝きの向こう、天井いっぱいを使って描かれた人物たちは生きているように動いていた。既にダンスを踊り始めている。
アクロバティックにドリンクのグラスが飛び、フルーツのドラゴンが軽食をサーブしていた。
魔法のお城の舞踏会。
そんな、絵本に出てきそうな空間が広がっていた。
朗らかな様子に毒気が抜かれる。
身構えていたのがバカみたいに感じてしまう。
気を抜いて良いわけではなかろうが、この空間はイベントを楽しんでもらうことが目的なのだと五感に訴えかけてくる。それを少しは信用しても良いかと思えた。
まあ、このイベントは運営による仕込みなはずなので、ある程度の安全は担保されているであろう。
「……なんだよ、そんな変な顔して」
隣に立つツバメが、私の肩に手を置きながら笑いかけてくる。
考え事をしているのが表情に出ていたのだろう。自分でも顔の筋肉が強張っていることが分かる。
目頭を揉みほぐしながら「何でもない」と答えた私に、彼は飛び回るグラスを掴み取って寄越してきた。順応が早いね。
渡されたドリンクを一息に呷る。マナー的にはちょっとあれだが、そもそもグラスが飛んでいることの方がおかしい。気にせず空にしてしまう。
この舞踏会、主催の挨拶とかは特に無いらしい。
開会を告げるアナウンスに続いて、招待プレイヤーによるダンスの披露が行われると、あとはめいめいにダンスや談笑を楽しむ時間となった。
だいぶプレイヤーに投げっぱなしなイベントである。ただ、この辺りは管理や統制を意図的に廃した結果にも思えた。
運営側が窮屈になりすぎないように気を遣った末に、ファジーな感じになったように見えたのだ。
ツバメにそんな感想を述べてみれば、彼もそれに賛同した。
二人してグラスをどんどん空にしていきながら、運営の考えを予想していく。とは言え、当てずっぽうだ。的を射ているかは、運営のみぞ知る。
だが、正解なんてどうでも良い。
喧騒の中で笑い合い、好き放題に話し合う。
それだけで十分に楽しかったからだ。
ついでに、目の保養になる美人がそこら中にいるのも加点になる。華やかで良いね。
「──頼み込んだわけさ! 刀を打って欲しくてね、ゼンザイもその腕前にほれぼれするはずだよ。すごいからさ!」
「もう三回は聞いたよ。おかしいな、酔わないはずなんだけどねえ」
早口で語るツバメに呆れてしまう。
今回のイベントで得られるという参加賞の使い道について、私が水を向けた途端にスイッチが入ってしまったようだ。ツバメは、もうずっと話し続けている。
わずかに息継ぎを入れるものの、基本止まらない。
余程話したかったのだろうが、ちょっと鬱陶しい。
「打ってもらえるのは二尺四寸の打刀でね。他の作品も見事だからきっと良く出来るんだろうな。作刀されたのを三振り見せてもらったけどすごかったよ! あれなら斬鉄も容易いだろうね!」
「はー、すごいもんだねえ」
テンション高くツバメは語り続けているのだが、かれこれ十数分はこの調子だった。
演奏されている音楽も既に四度切り替わり、初めは踊らず様子を見るにとどめていたプレイヤーたちも次第にホール中央へと繰り出してきていた。
それを傍目に見ながら思う。斬鉄ってそうそう出来るものじゃないよね、と。
ツバメは自身の技量が卓越していることに自覚的だが、それでも時折無茶苦茶を言う。
今の斬鉄なんかもそうだが、以前には奪刀がどうのだの抜重で動くだのを要求されたこともあった。
反省会の中でいきなりそんなことを口にされた時は面食らったものだ。まず、抜重って何かが分からないのだから。今でも分からないが。
「刃文も美しくてさ! 湾れ刃なんだけど、均一に波打っていてね。幅も高さも揃えていて大したもんだよ」
「いいねえ」
気のない相槌を打つ。
ちなみに一度目の時には湾れ刃を含めて刃文についての解説もされた。
省いているということは多少、歯止めが効いているということなのだろう。いや、何を話したか覚えているのに同じ内容をリピートしているのはどうなんだ。
「……そろそろ良いかい?」
「もう終わりにしないとダメか」
まだ話し足りないのか。ここまでとなると、いっそ称賛する気持ちが湧いてくる。
だがもう話を止めてもらわなければならない。
舞踏会が始まり20分強が過ぎた。曲調が落ち着いたものに変わり、楽団周りに動きがある。
事前にイベント告知で見た休憩や移動の時間が近いのだろう。
シャンデリアの影が二つに減ったことが、時間経過を表しているのだと遅れて気が付いた。一つの影が五分ほどになるのか。残り二つとなれば、あと十分足らずで何かが起こる、かもしれない。
何にせよ、動くなら今だ。
舞踏会も良い具合に盛り上がっていてプレイヤーの動きを気にするような人物はおらず、邪魔が入りにくいはず。
イベントに変化が訪れる前に行動を起こすべきだ。移動がどのように行われるかは分からないが、転移されるなら逃げようがない。また、休憩によって周囲が冷静さを取り戻せば、抜け出そうなんておかしな動きは咎められてもおかしくない。
軽く手振りで別れを告げ、ツバメから離れて壁際に向かう。
彼は来ない。舞踏会の参加賞が貰えればそれで良いらしく、後は好きにしてくれとのことだった。
立派な扉だ。材質は分からないが、お高いことは理解できた。堂々と近寄る。挙動不審な振る舞いはかえって注目を集めてしまう。それが当然と見せられれば、大抵の場合は押し切れるのだ。
艶のある深い茶色のそれには、レリーフが刻まれている。
果実のなった一本の木。
指でついと撫でてみる。果実は十一個あった。
パシャリとスクリーンショットを撮りつつ、ドアノブを捻る。
滑らかに回るそれに鍵はかけられていない。
口元が歪むのが分かった。
重い扉を引きわずかに隙間を空けて、そこから滑るように廊下へと出る。
薄暗く冷え冷えとした様子は、ダンスホールの明るさとは真逆だ。
背後で静かに扉が閉まる。
漏れ聞こえていた音楽がパタリと途絶えた。
それが何よりも如実に隔絶を物語る。
──さて、探索開始だ。
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出会い厨のようなプレイヤーも存在しますし、実際ナンパも行われていますが、ゼンザイの視点では害がないため無視されています。まあ、彼は男ですし、それ以上にすぐ脇で何かやたら熱心に語る奴が居るので近寄りたくないですからね。
ツバメのお陰で煩わしい思いをせずに済みました。
シャンデリアは運営の気遣いで時計代わりになっています。それを周知しないから掲示板でクソ運営とか言われるのですけどね。




