47."苦肉の策"の苦肉が、この場合私になるってわけ
──パチリ、と目を開ければ、見知った天井が視界一面に広がる。
宿屋の一室。いつもログアウトに使っている部屋である。
『OIG』のサービスも開始からもうすぐ2ヶ月が経つ。
その最初からであるから、この部屋とも気付けば長い付き合いだ。
今ではもっとランクの高い部屋を借りるだけの余裕はあるし、他の宿屋に移ってもいいのだが、なんだかすっかり居着いてしまっていた。
ヨアヒムとの試合後、彼からはこう言われた。『レベルが100になった時、決着をつけよう。』
クエストの発生だ。内容はレベル100への到達と騎士ヨアヒムとの三度目の決闘、その勝利。
タスクがどんどん積み上げられていく。
まだあと30近くレベルを上げなければいけない。結構な道のりだ。
幸いにして期限は切られていないが、それでも一日二日では無理な話である。
レベル100を目指すこと。
騎士ヨアヒムと決闘し、勝利すること。
戦神の陣営についたため、エヘイエーの動向について探ること。狙いとしては、ギーメル家が取っ掛かりになる。
寝転びながら整理していけば、To Doリストは大したことなかった。
なんだ、単純なことばかりじゃないか。
少しほっとした。
ムクリとベッドから身体を起こす。
部屋の中は常と変わらず薄暗かった。
そこに落ち着きを見出だしながら、メニュー画面を開く。
そして、ここ最近の習慣であるメッセージの確認を始めた。
私の悪癖であり、度々フレンドに苦言を呈されていたメッセージの未読。
さすがに宜しくないと、ログイン時には一度確認することを意識付けするようになったのだ。
仕事に追われている時の感覚を思い出すのだが、フレンドに迷惑をかけ続けるわけにもいかない。ゲームとはいえ人付き合いをしていく以上、悪癖は改めなければ。
周囲からの言葉もあって、私は最低でも日に一度は運営からのお知らせとフレンドメッセージを確認するように決めた。
そうした流れで確認をするようになったのだが、そう毎日何かがあるわけではない。メッセージが送られてこない日もある。
この3日ほどもそうで、オクタウィ臼が定時連絡のように寄越してくる街の出来事について以外は届いていなかった。
だが今日は違う。
メッセージが届いていることを告げるアイコンが、堂々とその存在を主張していた。
『ゼンザイへ
ハタヤ食堂で待つ
ツバメより』
短く、簡潔だ。果たし状かな。
用があるのは分かるが、それ以上の情報を渡して欲しい。メッセージなんて送ってきてる時点で用があるのは分かっているのだ。
呼び出された先はよく知っている。
ツバメになりたい、お気に入りの食堂だ。
いつぞやクエストで西の村に赴く前に集合地点にした店である。
住人の女将にすっかり惚れ込んだ彼は、飽きずに通い続けているらしい。
会う度に魅力を語るものだから、二、三度行っただけなのに気分は常連だ。
……ただ、最近はその話もあまり聞かされていなかったね。
最後にツバメと会ったのはいつのことだったか。
思い返すと、しばらく連絡をとってもいなかった。薄情なようだが、互いに用がなければ放っておけるくらいの距離感なのだ。
ちなみに、ツバメとは反対に細かく連絡をしなければいけないパターンもある。
オクタウィ臼なんかがそうで、こちらから奴に情報を与えてコントロールしなければ、勝手に動き回って鬱陶しいことこの上ない。それでもなんだかんだで許されているのは、与えた以上の情報を渡してくるリターンがあるからこそだろう。
まあとにかく、ツバメに会うのは久しぶりなのだ。
パパッと身支度を整える。
姿見にちらりと私が映った。
ベージュのチュニックにカーキのズボン。地味な男だと苦笑する。今日も彼はスーツで決めているだろうに。
♦️
「やあ、久しぶりだねえ」
「……久しぶりってほどでもないんじゃないかな?」
予想通り、ツバメは相変わらずのスーツであった。バッチリ着こなす姿は商社の営業のようだ。
どうしてゲームでまでそんな格好をしているのだろうね。気にならないこともないが、特に聞くほどでもないので小さな疑問は思考の海へと放り投げる。その内質問するかもしれない。しないかもしれない。その時の私に任せよう。
テーブルを挟んだ向かいの席に腰掛けながら、いつから待っているのかを彼に尋ねれば、もう一時間になるとの答えが返ってきた。
「おいおい、ずっと待っていたのかい? 気の長い男だねえ」
「ゼンザイはログインする時間が固まっているからね。当たりをつけて待っていたのさ」
今日はいつもより遅めだけれど仕事でも長引いた?
そう茶化されながら聞かれたのだが、トラブル対応をしていた残業を思い出してしまう。急に現実へと引き戻された気分になってしまった。
それが顔に出ていたのだろう。
ツバメは、リアルの話はマナー違反だったと謝罪の言葉を口にした。
気にするなと伝えて、背もたれに体重を預ける。
先ほどのやり取りくらいでへそを曲げるような子どもではないつもりだ。
それより気になるのはツバメが呼びつけた用件である。
一時間待ったと言う割に、テーブルの上はずいぶんと小綺麗だ。食事をしたとは思えない。
さすがに軽食を注文してあるが、それだってろくに手がつけられていなかった。
「……で? 私に何をさせたいんだい?」
本題を話すように水を向けると、ツバメは何やら言い淀む。
はっきりと話せ、らしくない。そうつつくと、観念したように頼みごとを口にした。
「……イベントに、出て欲しいんだ」
「イベント?」
どうしてそんなに言いづらそうなのか。
……いや待て。運営からのお知らせを見た記憶がある。
サービス開始2ヶ月を祝うイベントがどうとか、街でお祭りがどうとか、舞踏会がどうとか……。
舞踏会?
「まさか、あー。……舞踏会に出てくれって話では無い、よね?」
返ってきたのは弱々しい肯定。
一瞬、そんなに小さくなることはないだろうと思った。だが、そんな思いもすぐに消え去る。
舞踏会、となれば踊ることになる。
誰が? 頼まれているのだから私がだ。
だがそれは、一人ではない。
「え、本気で言ってるのかい?」
ゆるゆるとツバメが頷く。
そして彼は続けて言った。真剣なキメ顔まで作って。
「僕と一緒に舞踏会に行ってほしい」
「嫌だよ」
考えるまでもない。ノータイムで却下である。
何が悲しくて男友達と舞踏会になぞ出なければならないのか。
「いや頼むよ! そう言うのも分かるけど刀を作るのに参加賞が必要なんだ!」
「だったら他の奴を誘うことだねえ」
「もうゼンザイくらいしか頼めないんだ!
そりゃ僕だって女の子の方が良い! でも断られた!」
だろうね。気のない相槌を打つ。
ツバメは悪い奴ではないが、それはそのまま良い奴だと言うことでもない。
付き合いがあるからそれなりに理解が出来ていると自負するが、彼は面倒くさいタイプの人間だ。人当たりの良さに誤魔化されるがフレンドを厳選して突然切ったりは平気でするし、コロッセオ前で有望な新人を物色して試合を吹っ掛けたりする。
自分に正直なのだ。
だからなのか、コロッセオ外の用事に付き合ってくれるようなフレンドは少ないらしい。
いつぞや自分から話していた。
コロッセオに留まっている女性プレイヤーは少ない。その中でもツバメのお眼鏡に叶うようなプレイヤーであれば、舞踏会に出るよりも試合をすることを選ぶだろう。
よしんば舞踏会に興味がある相手を引けたとして、その相手がツバメと舞踏会に行くかはまた別の話だ。
可哀想に。
憐れみの視線を向けると、ツバメはテーブルに擦り付けんばかりに頭を下げた。
「この通り!」
「嫌だよ、興味もないことだしねえ」
きっぱり断ってもツバメは諦めない。
どんなことをするのか、どんな報酬があるのか、どれくらいの時間で、どこでやるのか。イベント概要の説明を交えて、どうにか私を説得しようとしてくる。
それらを聞き流していたが、一瞬だけ表情が揺れたのを彼は見逃さなかった。
「央城の奥が気になるんだね」
「……いや、そんなことはないさ」
「嘘が下手だよ」
央城の奥へと立ち入るチャンス。そう聞いて、ふと思ってしまったのだ。
エヘイエーに央城の上部で会うことが出来るな、と。
別に仲良くなろうなんてことは考えていない。
もう決定的に袂を分かっているつもりだ。
ただ、行けば会えるような口振りであったことや、ヒントを振りまくような遊び心を考えた時に、イベントで央城に出入りが出来るとなって待っていないとは思えなかった。
きっと、プレイヤーが来ることを望んでいるだろう。
欲が染み出してくる。
クエストを進められるかもしれないという欲が。記念イベントの最中にさらなるイベントを引き起こせるかもしれないという欲が。借りを返せるかもしれないという欲が。
じわじわと心を染める。
それを気取られた。
「舞踏会のスケジュールを見ると、休憩と参加者の入れ替えの時間がある。
分かるよね。こっそり抜け出すことは可能だよ」
「……行かないよ」
「陣営を変えたのが気になるなら大丈夫。仮面舞踏会だから顔は隠せるし、運営からカルマ値で爪弾きにしないってアナウンスも出てる」
「…………断る」
「そもそも舞踏会に行ったからって一緒に踊らなきゃいけないみたいじゃないし、冷やかしに行って参加賞を貰えさえすれば良いんだよ」
「………………」
逃げ道を塞がれていく。
ツバメもツバメで遠慮無しに詰めてくる。
微妙に断りにくい感じのところを突いてくる上に、どこから仕入れたのか懸念点まで潰されてしまった。
こちらの気持ちが揺れていることを察したのだろう。
攻めどころと判断したツバメが協力の報酬を吊り上げていく。
正直な話、金銭は欲しい。
以前よりも装備のメンテナンスや更新をこまめに行うようになったため、費用が嵩むのだ。
ギーメル家がスポンサーについていた時は用意をして貰えたが、警備隊はそんなことをしてくれない。
武器屋に繋ぎはつけてもらえたが、後は自分でどうにかしろというスタンスであった。
細かく数値を刻みながら上がっていく報酬の額。
積極的に行きたいわけではないが、絶対舞踏会に行かないとは思えなかった。
利害の天秤が傾けられ、心がついに了承へと動された。
「……はあ、分かったよ。行くよ」
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