46.勝負に勝って試合に負けた
来年もどうぞよろしく。
とりあえずで頷いてはいけない。何となくで認めてはいけない。
嫌と言うほどに聞かされて、体験を通して身に染み付いていたはずだったのだが。
ゲームだからと迂闊であった。
いや、元々リベンジマッチに受けて立つつもりではあったのだ。とは言え、失敗した感は否めない。オクタウィ臼も可哀想なものを見るような目を向けてきたし。
ただまあ男に二言はないように、口にせずとも態度で示したならばそれを突き通さねば格好がつかない。
ここからノーとは言えないし、事ここに至っては言うつもりもなかった。
そうしたわけで、コロッセオである。
鎧を纏った少年騎士と向かい合って立つ。
リベンジマッチと言うことでメニューから申請を飛ばしてみたのだが、NPCであっても問題ないことは発見だった。
後で掲示板にでも書き込もう。
ヨアヒムは全身を隙間なく鎧で覆い、その印象はロボットにも通ずる無機質なものとなっていた。
全体的に装飾の少ない実用性を重視したデザインに、申し訳程度の縁取りが花を添える。
面を下ろしたその姿はさながら鉄人形と言ったところか。
中身を知らなければ気付かなかったことだろうが。鎧を纏った彼は元よりも二回り以上大きかった。
背丈も胴回りも、上から着ていることを差し引いても随分と違う。
私は現実の鎧を知らないので、もしかしたらそういう物なのかもしれないとは思う。ただ、ここがゲームの中であることを考えると、何かしらの意味がありそうだった。
その直感を裏付けるように、ヨアヒムの身体からは目を凝らさなければ見えないほどに薄く湯気のようなものが立ち上っている。
スキルか、もしかしたら鎧が特別なのかもしれない。
そう当たりをつけながら、悟られないように分析を続ける。
カウントダウンは始まっている。
この猶予もあと20秒。
短い時間で拾える情報を根こそぎ集める。
首筋にチリチリとした火傷に近い痛みが走る。
危機感。警戒心。そうしたものが呼び掛けてきていた。
ここに来る前の口振りからして、前回出会った時のヨアヒムは本気じゃなかった。
少し違うか。
今が本来の彼だ。
制限なり加減なりを取り払った、純然たる実力。
騎士ヨアヒムはプレイヤーと大きく隔たった力を有している。
そう。私よりも遥かな格上だ。
パワードスーツめいた全身甲冑に儀礼的な装飾の施された剣を腰から吊るし、佇む騎士にかつてのような焦燥はない。侮りも怒りもない。
悠然と立つ姿には落ち着きと、喜びが満ちている。
全力で打ち破る。
そんな意気込みを、言葉無くとも全身が語っていた。
──あと10秒。
私が盾を構えてメイスを握りしめたのに対して、ヨアヒムは両の手をだらりと降ろしたままである。
小動ぎもせず、彫像のように佇む姿に変わりはない。
だがその姿に、明確な変化が起きていた。
燐光。
鎧の縁取りが淡く光を放つ。
ぼんやりと薄い輝きともに、幽かな赤光が煌めく。
──あと5秒。
圧力が増していく。
ヨアヒムの存在感は刻々と大きくなり、もう目を離すことが出来ない。
いやこれ、勝てないね。
ライツィ。エヘイエー。
彼女らとは比べるまでもない。だが、私よりも確実な高みにいる。
ヨアヒムはゲーム的な強者だ。
勝ち目のある敵として、乗り越えるべき障害として配された存在である。
そして、その勝つべきタイミングは今この時ではなかった。
──あと3秒。
「……ハハッ!!!」
笑いが漏れる。
堪えきれなかった。
上等だ。
タイミングがずれるのは攻略において間々ある話。思い通り行かない方が普通であるのだ。
そこからのリカバリー。それこそが真に求められる力だ。
無様は晒せぬ。
リベンジマッチを望まれて、呆気なく敗れることは出来ない。
きちんと足掻いて満足させた上で散らねば、フラグも立たぬと言うもの。
後ろ向きなポジティブさが心に火を灯す。
思考が加速し、勝つ気でありながらも敗北への覚悟が決まる。
背反した思いが噛み合わさって、全身の血潮が脈動した。
──あと1秒。
目にもの見せん。いざ!
♦️
銅鑼が打ち鳴らされるのを聞きながら、ヨアヒムは瞠目した。
これまでに多くの戦士を見てきたヨアヒムは、見た目通りの年齢ではない。少年の外見でありながら数十年の年月を重ね、その多くを戦場に捧げてきた。
数百を超える戦士とともに肩を並べ、コロッセオでは同じかそれよりも多くの数と相対してきたのだ。
そのヨアヒムでも、眼前の男の気迫は驚きに値した。
死兵。
言い表すのならばそれが的確だった。
彼は、ゼンザイは熱を帯びている。決して肯定的なものではないそれは、敵諸共に自身を焼き尽くさんとする業火だ。
兜越しに、ヨアヒムは信じられないものを見るような視線を向けていた。
ゼンザイは客人だ。
客人とは死したとしても甦ることが確約されており、この世界において輪廻の軛から解き放たれた存在だ。
コロッセオの外で死ねば、そのまま朽ちる他ないヨアヒムとはまったく違う生き物のはずだ。
それが、放てるような圧力だろうか。
自らへの問いに否と返し、ヨアヒムは一歩踏み出した。
漫然と暮らす住人ではなく、コロッセオのシステムに胡座をかく戦士ではなく、その有り様故に覚悟と離れた客人とも違う。
ヨアヒムは、ゼンザイを真に戦うべき相手と認めていた。
また、そんな相手を見出だした己れに喜びつつ、更なる一歩を踏み込む。
叩き付けるように振られた初撃。
渾身の力が込められただろうメイスを、ヨアヒムは軽く払い除ける。
さらに振るわれるメイスを、盾を、蹴りを受け止めていく。
時に掴み取り、時に叩き落とし、時に正面から押さえ付ける。
ヨアヒムとゼンザイの間には、圧倒的な力の差があった。
住人であるNPCにも個々にレベルが設定され、騎士たるヨアヒムのレベルは90を超えていた。
これはゼンザイの1.5倍ほどになる。
そこに装備による上乗せが加わり、能力値的にはレベル120相当となっていた。
レベル1が倍のレベル2に勝つことは十二分にあり得る話だ。
2が4に、3が6に勝つこともあるだろう。
だが、それを大きくしていった時にどうなるか。
10と20は? 50と100なら?
積み重ねた差は、歴然である。
ゼンザイのメイスが唸りを上げて振るわれる。
だがそれが、ヨアヒムに痛みを与えることはない。
見えない何かが隔てているかのように、ヨアヒムに届く前にメイスの軌道がねじ曲げられているからだ。全てを、防いでいた。
ヨアヒムはまだ剣を抜いていない。
確実な機を捉えてから、致命の一撃を放つ定石を守っていた。
スキルを使われようとヨアヒムは焦らない。
打撃系のスキルには共通の弱点がある。
打撃そのものが不発になる、いわゆる透かされた状態では効果が起動しないのだ。
スキルが発動待機の様子を見せた時だけ受け止めることなく、いなしてしまえば何も問題はなかった。
──頃合いか。
数十の打撃を受け止め、あるいは逸らし、ゼンザイの動きに息切れが見えてきた。
守りを固めたヨアヒムよりも、通用しない攻撃をし続けたゼンザイの消耗の方が大きくなってしまうのは仕方のない話であった。
とは言え、ヨアヒムは感心していた。
元より自身の方が格上であることは承知していたが、その自分がここまで防御に回ったのだ。
ヨアヒムが安全択を採った結果であるが、それでも2分近く攻め続けた点は評価出来る。
そう思えた。
評価出来る、ヨアヒムはそう考えてしまっていた。
慢心であったのだろう。
相手の攻撃を封殺している状況に、彼は自身の勝利を確信していた。
目の前の試合から、試合が終わった後に思考が傾いてしまったのだ。
叩き付けられる盾に肩を合わせ、メイスを左手で掴み取り、蹴り脚を踏み抜き動きを止める。
ヨアヒムは流れるように一連の動作をこなし、ゼンザイの攻め手を摘み取ったと見なして剣の柄を右手で握った。
その瞬間の驚きを、彼は忘れることが出来ないだろう。
至近で目を合わせた試合相手は、打つ手がないはずの死に体である男は、笑っていたのだ。
牙を剥くように獰猛な笑顔で、狙い通りだと喜んでいた。
大きくゼンザイが仰け反る。
振りかぶられた頭を兜で迎え撃つ。
頭突き。彼の最後の一手。
危うく足元を掬われるところだった。
そう安堵しながら剣を抜き放つ直前。
「────がぁっ!?」
ワンテンポ遅れて脳天を貫く衝撃。
視界の全てが朱に染まった。
何が?
ヨアヒムの思考を疑問符が埋め尽くす。
視界とバランス感覚、さらには思考までをも歪められたヨアヒムの拘束は容易く振りほどかれた。
押し退けられ、蹴り倒される。
ヨアヒムは追撃を覚悟した。
耐え抜いて反撃に転ずる。それ以外に道は無いと考えていた。
いくら待っても、追撃は来なかった。
面頬に滴る鮮血を拭い、視界を取り戻せばその理由は目に入った。
ゼンザイは既に死んでいたのだ。
死体は消え去り、後に残されたのは状況を飲み込めない勝者ただ一人。
いや、ヨアヒムにも一つだけ分かったことがある。
「やられた……」
ゼンザイに出し抜かれたということだ。
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2023年もありがとうございました。
虚を突くために一計を案じました。
拘束→頭突き→遅れて衝撃ですが、スキルが肝です。
ゼンザイはある程度指向性を持たせることに成功しているので、頭部で衝撃を生みヨアヒムの頭に流し込みました。
衝撃を発生させたスキルの発動は噛むことで達成しました。
口→ゼンザイの頭→ヨアヒムの頭の順で衝撃を流し込みました。
もちろん耐えられずにゼンザイの頭は吹っ飛び、HP1で踏ん張って攻撃をしてからの失血死という流れです。
後日、修正されました。




