5.贈り物ですよ、お客人
素敵だぁ
良い情報がいくつかと悪い情報がある。
まずは良い情報から。
コロッセオでの戦闘は経験値が貰えるらしい。それからデスペナも無いようだ。
この2つとクエストクリアは、ライツィにリスポーンさせられてからステータスを確認して知ったため確実な情報だ。
正直な話、あれで経験値無し! デスペナ! クエストもう一回!
なんて言われたら、当分の間はコロッセオに足を運ばなくなったことだろう。
それからシークレットクエストについて。
こちらは特に期限とかなく、いつかクリアしてね、みたいな漠然としたものだった。
一先ず、『OIG』での大目標としてクエストクリアを据えることにした。
いつになるかは分からないが、リベンジすることはもう決めているのだ。丁度良い。
それで悪い情報なのだが……。
「どこなんだ、ここ?」
場所が分からなくなってしまっていた。
リスポーンしたポイントが見慣れない部屋の中だったのだ。まさか、既に上書きされているとは思わなかった。
いや、装飾や置かれた小物、並べられたベッドを見るに医務室か何からしいことは分かる。
マップを見れば、現在地はコロッセオの位置を指していた。どうも街中はある程度詳細に見られるようだが、建物の中までは教えてくれないようだ。痒いところに手の届かない仕様にもどかしさを覚える。
とにかく、コロッセオの医務室に送られてしまったようなのだが、周囲が無人であることやいきなり知らない場所に放り出されたことで困惑していた。
もう一度部屋の中を確認するが、6つも並んだベッドにテーブルに置かれた茶請けのお菓子、活けられた花や飾られた絵画などがあった。
ベッドが多いとは思うが、ゲーム的な意味があるのか。まあ医務室だしなと疑問を飲み込む。
一応触れてみたが、やはりただのベッドであった。
そこでふと思う。
ここは本当に医務室なのだろうか。
出入り口の扉の向こうからは何やら騒ぐ声と言うか、盛り上がっている様子が漏れ聞こえてくる。
また、ベッドが並べられてはいるが、この部屋に薬が置かれているような様子はない。医者の姿や見に来る看護師もいない。
ゲームだからかもしれないが、空気の匂いからも医務室とは違うように感じられる。
しかし、ならばこの部屋が何のためにあるのか分からない。
やたら多いベッドとそれに合わせて広い部屋に首を傾げながら、まずは外に出てみるかとドアを開ければ暗い廊下に繋がっていた。
恐る恐る廊下に出てみれば、後ろで扉がひとりでに閉まる音がした。
振り向けばそこには何も無い。
扉は消え去り、廊下がずっと伸びているだけだ。
「なんなんだ、ここは……」
状況が飲み込めず戸惑う。
ゼンザイは石造りの暗い一本道に放り出されていた。灯りも少なく、窓や出入り口は見られない。
コロッセオ内部にこれほど長いの直線の廊下を用意出来ると考えにくいが、しかしマップの表示はコロッセオのままだ。
いや、ゲームだからこそか?
インスタンスマップの可能性に思い至る。
有り得ないことではない。むしろその可能性は高そうだ。
しかし理由が分からない。普通にリスポーンしていないことに首を捻る他ない。
果たしてどんなイベントのフラグを踏んだのか。
「……とすれば、きっかけは何だ?」
「先ほどの戦闘です。資格を示した戦士よ」
声は突然聞こえた。前後左右に視線を巡らせるも、暗い廊下には私1人だ。
しん、と静まり返ったそこに他者の気配はない。
身構えていると、さらに声がした。男なのか女なのか、声の調子からは分からない。
「今、姿を現しましょう」
そう言うと、暗い廊下の向こうに闇が集まりだした。
モヤモヤと形作りながら、徐々にその大きさを増していく黒い塊。ただ、その様子を見ていることしかしか出来ない。
廊下を覆う影よりも、深く重い黒が人の形となる。
「ふふ、初めまして。新しき戦士よ」
柔らかな口調に敵意はなく、目が無いと言うのに感じられる視線は穏やかなものだった。ただ少しねっとりとしていると言うか、湿度のある話し方をしている。
「貴方に贈り物を用意して来ました。今回は特別です」
「贈り物? どうしてまた、そんなものを」
「見れば分かると思いますよ」
影から腕らしきものが伸ばされる。端がもろもろと崩れるのと再生するのを繰り返していて、見ていて背筋がぞわぞわとする。
どうぞ、と差し出された白い袋を怪しいとは思いつつも受け取り、インベントリへと収めた。
《〔初心の革防具一式〕を受け取りました。》
メニューから所持アイテム一覧を呼び出し確認する。
……なるほど。初心者向けの防具か。
そう言えば、武器は最初から持っていたが防具は無かった。てっきり自分で買うものなのかと思っていたが、どうやら違ったようである。
ヘルプには、戦闘チュートリアル後に受け渡しと書かれていた。
コロッセオ勢は戦闘チュートリアルが負けイベとなっているために、リスポーン後の受け渡しになったのだろう。
「それからこれは、コロッセオからのプレゼントです」
影はさらに何かを寄越してきた。硬貨のようだ。
そちらも受け取り、インベントリへと収めようとする。だがそれよりも先に、私が触れたと同時に光となって消え失せた。
《〔称号:エヘイエーの戦士〕を取得しました。》
称号!?
驚きに目を剥く。声にならない声が漏れた。
「ふふ、気に入られたようで何よりですよ。お客人。
私の居る方へ進めば1つイベントが、反対の方へ進めばコロッセオのロビーに出ます。
お好きな方をお選びください」
「いや待ってくれ。これが普通なのか? 」
影は愉しげにくつくつと笑う。ぽろぽろと解けながら、身体を左右に揺らしていた。
「そんなわけないでしょう。
先の戦闘において、貴方は偉業を成したのですよ。本来ライツィは一撃までしか受けないはずだったのです。しかし貴方は、二度までも彼女に攻撃を当てて見せました」
「……いや、それのどこが偉業なんだ? 運が良ければ誰でも出来るだろう」
「いえいえ、少々運が良かろうと無理ですよ。あの娘にダメージを与えるなど。
そう! 貴方はライツィにダメージを与えたのです。攻撃へのカウンター、スキルの発動、無防備な部位への攻撃であったこと、クリティカルの発生……。様々な要因が重なり、ライツィは僅かですが手傷を負いました。
貴方がそれを為したのです。我らの予想を超えて」
素晴らしい! と影は歓喜に叫ぶ。
さすがに大袈裟な。ゲーム的な処理が反映されるなら、それはそもそも可能だったはず。
そんな気持ちが態度から透けて見えたのだろうか。
影は呆れたような視線を送ってきていた。さらには頭まで振っている。
「まあ、貴方はそれで良いのでしょう。
さて、進むか戻るか。それを決めるのは貴方です。
如何しますか? 」
気になったことを1つ尋ねる。
「……このイベントは他にも誰かが発生させていたりするのか? 」
「ここで会えるのは今回が特別です。
この後に控えるものについては、早くても明日くらいでしょうか。いえ、日付が変わる頃には辿り着くかもしれませんね。
因みに断られた場合、再発生させるまでもっと時間が必要でしょう」
それを聞いたからではないが、腹が決まった。何せ特別なのだ。
面倒事が起きる可能性には少し悩むが、答えを決めるのに時間はそれほどかからなかった。
折角の機会だ。
ならば、進む他あるまい。
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因みに称号はユニークとかではないんで、割と頑張れば普通に入手できます。