45.沈黙は金だけど武器にするには心もとない
「──無論、報酬は出そう。
客人には対価を用意して交渉すべし、と決められていてな。絶対のルールなのだ」
いきなりリベンジマッチを持ちかけてきた割には、少年騎士の発言は理性的と言おうか。
最初に感じた印象よりも話が通じそうに思えた。
戦闘を強制するでもなし。つまり、クエストとしてリベンジマッチを受けろということだろう。
まずは話を聞いてみよう。そう思い、オクタウィ臼の隣に座らせ、話の続きを促す。
少年騎士は大きく頷き、かけうどんを注文した。
……違う、そうじゃない。
「ん? こうした店で注文しないなど許されぬ行いだぞ」
それはその通りではあるのだが……。
ちらり、とオクタウィ臼に目配せをすると、彼は小さく首肯した。どうやら、会計は持ってくれるらしい。
期待したものとは若干ズレた反応が返ってきた。
注文の品はすぐに運ばれて来て、三人でしばしうどんを啜る。
放置してあっても麺が伸びないのは、ゲームならではだ。現実でもこうならカップ麺がふやけてしまうこともないのにね。
汁まで飲み干して、一息ついたところで少年騎士が話し出した。
ヨアヒムと名乗った彼は、街を守護する警備隊の一員であると言う。
彼を含む面々は、職務の一環としてコロッセオ参加者の調査を行っているそうだ。その調査の中で昇格戦の相手を務めることがあり、私と戦ったわけである。
負けたとは言え制限がかけられた戦いであったため、当初は気にしていなかったとヨアヒムは語る。
だが、その相手であった私はエヘイエーの配下でも特に大きなギーメル家に出入りをしていた。さらにその繋がりは中々切れず、浄罪官のジョブを得ても続いていく。
様子を探る必要がある。警備隊はそう判断した。
調査の人員として選出されたのがヨアヒムだ。
一度コロッセオで戦っていたのが理由であった。
「──少しいいかい?」
「なんだ」
ヨアヒムの語りを遮ることになるが、疑問は解消しておかなければならない。
躊躇うことなく口を挟んだ。
「話を聞くに、結構前から私のことを調べていたみたいだけれども」
「何も貴様に限った話ではない」
そう言ってヨアヒムは指を三本立てて見せた。
「聞いているだけで三十人。その内の一人が貴様なだけだ」
……それは、多いのか少ないのか。微妙に反応に困る数字である。
いやさ、全プレイヤーの数を把握しているわけではないから確たることは言えないが、数千ともすれば万を超える中の三十人と考えれば大層なことだ。ただ、一クラス分ほども居ると思うと希少性は薄れてしまう。
オクタウィ臼も何とも言い難い表情をしていた。ぽそりと呟かれた「頑張ればこの店に詰め込める」という一言は無視をする。是非とも頑張らずにいてもらいたい。
私たちのことは放って、ヨアヒムは脱線していた話を戻す。
調査は私が浄罪官のジョブを得て、暫くしてから始められた。
話を聞くに、カルマ値を測った頃には既に監視をしていたと言う。
教会にも警備隊の手は入っていて、私のカルマ値が低いことからエヘイエーの側に付いたものと見なされていた。
「だが今は違う」
分かるだろう、とヨアヒムは言った。挑戦的な瞳が向けられる。
私がエヘイエーから離れたことを指しているのはすぐに理解が出来た。
掲示板を見ていて分かったことなのだが、所属している陣営を変更するプレイヤーはそれほど多くない。一度属したならそのままにするのが大多数であった。
もちろん、少数派もいる。
中にはコロコロと変更するような検証勢だっていた。
中立あるいは無所属が最大勢力で、次点がエヘイエー。戦神は三番手に甘んじているのが現状だ。
恐らく、エヘイエーの側にいながらどちらにもつかないようにしていたことで、私は何かのフラグを立てていたのだろう。
その何かが今回の出来事だ。
エヘイエーからの追放と、戦神陣営からの接触。
思わず眉根が寄るのが分かった。眉間にシワが出来てしまう。
何が影響するのか分からない。今勧誘を受けていることだって、果たして吉と出るか凶と出るか。
「さて、前置きは良いだろう」
リベンジマッチの話をしよう。ヨアヒムはそう切り出した。
主題に戻ってきた。
形としてはクエストになるらしい。
受諾した時点で最低限の報酬を、条件を満たすことで上乗せがあると言う。
「報酬は貴様が苦しんでいるだろうものだ」
ヨアヒムは一拍置いてから続けた。
装備だ、と。
「鍛冶屋に口を利いてやる。エヘイエーから離れては伝手が無かろう。装備の更新が出来るように取り計らおう」
言われて初めて気付いたのだが、確かに装備の更新が滞る状況にあった。まったく迂闊と言う他ない。
頼らないようにと思いながらも、結局ギーメル家の力を借りてしまった部分はあった上、訪ねる度に装備を受け取ってきていた。
CPのショップを活用したり、プレイヤーの鍛冶師を探したりはしたが、どうしても限界はある。
装備に関しては元々軽視しがちであったが、さすがに度が過ぎた。
思い返せば、今身に着けている物だって、レベルに対して控えめな性能をしている。
粗忽者の極みのような真似だ。
ゲームを楽しむ者として、あるまじき失態に口の中で苦い味が広がる。
居心地の悪い沈黙がテーブルを覆う。
互いに互いの様子を探る。張りつめてはいないが弛緩してもいない空気が居座っていた。
やがて、ヨアヒムがその沈黙を打ち破った。
「──戦士よ。
貴様はかつて我が問いを不粋と切り捨てたが、今一度問おう」
「何故、戦うのだ」
反射的に笑ってしまいそうになったが、ぐっと堪える。
直感した。これはフラグだ。
答え方如何によって、得るものが増えも減りもする。
同じように切り捨てるか。もっともらしい理屈を捏ねるか。答えない、なんて手もあるか。
何が正解だろうか。
「戦士よ、何故戦うのだ」
繰り返される問い。
嘘を並べ立てるのは避けた方が良いだろう。理屈を捏ねたところで真意を見透かされてしまっては意味がない。NPCに嘘発見が出来ないと考えるのはいささか楽観的だ。
誤魔化しがきかないことを前提に答えるのが安牌だ。
では不粋だと切り捨てたとして、以前の解答の焼き直しと捉えられないだろうか。
わざわざリベンジマッチなんて表現をしてきた辺り、ヨアヒムが多少なりとも感情的な何かを抱いていることは察しがつく。
その感情の大小は分からないが、わざわざ逆撫でに行くのはどうなのか。
……まあ、良い結果はもたらさないだろうね。
答えに窮してしまう。
どう答えたものか。
唐突に。
弾けた、閃きが。
──このまま黙っていれば、どうなるだろうか。
湧き上がったいたずら心に従い、毒にも薬にもならない言葉を吐こうとした口を固く閉ざす。
ただ、自信ありげに大きく頷いて見せる。
じっとヨアヒムがこちらを見ていた。
オクタウィ臼も口を挟まず、黙って私の答えを待っている。
三者がそれぞれ黙り込んだテーブルで、緩やかに時が流れていく。
三十秒が過ぎ、一分が過ぎた。
「ふむ」
やがて、ヨアヒムが何かに納得したかのように声を漏らした。
彼は二度三度小さく頷いてから、言葉を紡ぐ。
「なるほど。言葉で語るを良しとせぬか。
戦う理由を戦うことで語る。それもまた一興」
リベンジマッチを受けてくれるな?
ニヤリと煽るような笑みを浮かべるヨアヒム。
私は深く考えもせず首肯した。
ワンテンポ遅れて。
おかしさに、何か策を練られていたことに気付く。
腕を組み満足げなヨアヒムと、わずかに天井を仰ぎ見るオクタウィ臼。
──狙い通りに転がされたことに、私が思い至るまであと十秒。
ご覧いただきありがとうございます。
評価、いいねをいただけると大変励みになりますので、よろしくお願いします。
オクタウィ臼は、この少し前にエヘイエー側から依頼を受けていたため、カルマ値やら立ち位置やらを調整するためにヨアヒムの人探しを請け負っていました。
因みにヨアヒムからの提案を受けることは賛成ですが、黙って受け入れるなんて無条件降伏に等しい真似をゼンザイがした時にはさすがに呆れていました。




