44.リベンジマッチはお前だけじゃない
5時間。
それがこのゲームでのデスペナルティの時間だ。
現実の時間に合わせて設定されたそれは、ステータスの低下や取得経験値の減少、操作性の悪化などのバッドステータスを与えてくる。まさに罰則と言う他ない。
運営としては「死ぬくらいなら頭冷やしておいで」なんて考えているのだろうか。
実際、デスペナ中のプレイヤーはログアウトして解消を待つ者が大半だ。
めげずに作業をしたり狩りに行ったりする猛者もいるが、ほとんどは諦める。まあ、私もそうだった。
コロッセオロビーなんて目立つ場所でキルされた後、身体にのしかかる怠さを億劫に思いながらゲームからログアウトした。
思えば初めてのデスペナルティである。
どうせなら味わいたくはなかったし、受けるなら受けるでもう少しシチュエーションを凝りたかったものだ。
強敵に惜しくも敗れてとか、未開のダンジョンで冒険中にとかあっただろう。いや、ないか。外を冒険していない私がそんな場面に遭遇することは出来ない。
でもねえ。裏切りを詰められて、という流れはもうヤクザ物やクライムアクションのノリではないか。ジャンルが違う。
その日はもうデスペナで動けないことから他のゲームに移り、翌日もそのまま色違いを厳選していてログインしなかった。
──1日空けてのログイン。
宿屋で目が覚めた。
画面を見てゲームをしているわけではないのだしずっと起きているわけだから、目が覚めると言うのはおかしいように思うのだが、実際そうとしか表しようがない不思議な感覚だ。
さて、1日ログインしなかっただけだというのに随分と久々な気がしてしまう。
……文句を言いながらも楽しんでいるということか。
己れの思いを再確認しながらもそれはそれとして。
デスペナルティを受けたことは飲み込んでいるが、それを押しつけられたことを承服しているわけではない。
端的に言えば。
「──覚えとけよ……」
いつか倒すリストが更新された。
執事、ひいてはギーメル家にこの恨みはぶつけてやろう。いつになるかは分からないが。
称号が剥奪されたとのことで、ステータスをチェックしていく。
ベッドに腰掛けてメニューを操作する。
確かに称号欄が空欄になっていた。
ついでにスキルも1つ消えている。
デスペナルティにスキルのロストが含まれるとは聞いたこともない。掲示板に書かれてもいなかった。
何故だ。
消失していたのは【獣の勲詩】。レベルが60になったことで開放された空き枠にセットしたものだった。
効果は単純なステータスへの強化で、効果量も特筆に値することはなかったはずなのだが。
スキルが消失したのは称号の剥奪に関連しているはずだ。
ランダムか、あるいは何か理由があるのか。
ふと天井を仰ぐ。
バグの可能性。脳裏を過ったろくでもない発想。
……いや、それは考えなくて良いと自分に言い聞かせる。
発生自体はあり得る。だが、その可能性を念頭に置いては何に対しても疑ってかかる必要が生まれてしまう。確証が得られれば運営への通報は必須だが、今は無視して良い。
メニューをいじり、ステータスの他に異常がないか。アイテムに変化はあるか。装備に影響は出ているか。クエストはどうなっているか。確認を進めていく。
己れのキャラクターが成長していることを確認するのは楽しい。RPGの醍醐味の1つと言えるのではなかろうか。
これがペナルティの確認でなければ、心の底から喜べていただろうに。
諸々を見ていったが、全く変わりは無いようである。
──いや、もう1つ。変化があった。
確認作業の間に、フレンドメッセージが届いたのだ。
送り主はオクタウィ臼。
内容は、会えるかどうかを聞くものだ。
一軒の店を指定して、返信を送る。
ほどなくして受け取った了承を流し見ながら、宿屋を出る。
行き先は『幻想庵』。うどんを食べられる数少ない店だ。
♦️
「いつもの店! 今日だけ否定! 理由が不明!
どうしてさ、yeah !」
出会ってすぐ、開口一番にやらしいところを突いてくる男だ。
騒がしい振る舞いに誤魔化されそうになるが、それはロールプレイングとしてであって、その実オクタウィ臼という男は思慮深い。
その頭の回転故に向けられた視線の裏の裏までをも読んで、軽んじられていることに憤っていたほどだ。……難儀な男である。
彼がエヘイエーの側に属していないことを、私は聞かされている。
中立的なプレイヤーは、コロッセオにおいてはそれほど多くない。どちらかには近付くものだ。
だが、この男はそうではなかった。
あえての中立。
私よりもよほど完全な中立は、見事と言う他ない。何が見事かと言えば、住人にも周知して浸透させたことだろう。
どのような手管を用いたのか。住人間のネットワークをオクタウィ臼は活用して、自身がエヘイエーの敵ではないことと戦神の敵でもないことを両立して広めてみせた。
ついでにチョコチョコと情報を摘まんでは掲示板に流していた辺り、本当によく分からない。オクタウィ臼の手法も分からないし、形の決まっていない世間話の中に情報を鏤めるゲーム側も理解が及ばない。
むっと口を閉じた私を、オクタウィ臼はニヤニヤと笑いながら見た。
「縁が切れて、面が割れて、店から消えた。オーケー?」
一々読み解く必要がある。それがまどろっこしい。
彼の悪い癖だ。
ロールへの理解があるから、とオクタウィ臼は私と話す時に遠慮をしないのだが、真面目に話をしようとすると障害にしかならない。
うどんを挟んで男二人。
向かい合って苦笑した。
「……あー、普通に聞きましょうか。
エヘイエーと切れて、素性の割れていたあの店は使いにくくなった。だから、こっちの店を指定した。で、合ってますよね?」
「正解だよ。ついでに言うとあの店はエヘイエーの目が届く、かもしれないねえ」
オクタウィ臼の目が細められる。
「ならここを選んだのは尚のこと正解ですよ」
屈強な男は優しげに語る。
この『幻想庵』は戦神の陣営にあること。それから、戦神の力によってエヘイエーの影響は排されていることを。
戦神を信仰する高位の神官が店の運営に噛んでいるらしく、周辺まで含めて戦神の色に染められているのだと言う。
……色についてはよく分からないがエヘイエーは周囲を白く染めるようだし、そうした力による汚染のようなものだと理解した。
とにかく安心して良いらしい。
「エヘイエーの方も指名手配をしているわけではないので、それほど気を遣わなくていいんですけどね」
「……そうなのかい?」
「はい、そう聞きましたよ。それに規約違反したわけでもないですから」
そこでオクタウィ臼は少し黙ると、おずおずと規約違反をしていないのか確認をしてきた。
思わず舌打ちが出てしまったのも仕方ない話だろう。
「それで、どこからそんなに情報を得ているのさ」
当然の疑問だろう。
オクタウィ臼は陣営問わずに様々な情報を握っている。いささか以上に握り過ぎなくらいだ。
深く考えずに出した問いに、彼は何でもないように答えた。
「クエストですね」
「クエスト?」
「内容の詳細は明かせないんですけど、住人との繋がりが強化されるんですよ」
そんなものもあるのかと感心してしまう。
クエストの多様さに唸る私に、オクタウィ臼はさらに続けた。
「あとはプレイヤーからの聞き取りですね。誰かさんみたいに1人でぷらっぷらしてる方が少ないですから結構色々聞けますよ」
シニカルな笑みまでトッピングして、こちらを刺しに来た。優男みたいな真似だが、ドレッドヘアの厳つい男がすると恐喝にしか見えない。
メッセージを放置しがちなことは謝ろう。
ただ、文章すらあのノリで寄越してくるオクタウィ臼にも問題はあるはずだ。
私も悪いし君も悪い。両成敗だ。
「でもゼンザイは、私でなくてもメッセージを見ないでしょう?」
白旗を揚げる他ない。無条件降伏である。
自覚している悪癖の1つ。現実の反動か、ゲームではフレンドとのやり取りをお座なりにしてしまっていた。
そう、オクタウィ臼に限った話ではない。黒潮丸やらジマーマンやら、頻繁にメッセージを送ってくる相手のは未読が溜まってしまっていた。
目を逸らしてうどんを啜る。
うん。味わうどころではない。
くつくつと笑ったオクタウィ臼は、いつの間にか減ったうどんの替え玉を頼みながら言った。
「まあそれは良いとして、本題に入りましょうか」
「本題?」
頼みごとをされましてね。
そう口にしながらオクタウィ臼が右手を挙げる。
ガタリ、と後ろのテーブルから立ち上がる音がした。
「会いたいとのことで、連れてきてしまいました」
いやはや申し訳ない。
オクタウィ臼が形ばかりの謝罪をする中、テーブルの脇に子どもが立つ。
「──戦士よ」
聞き覚えのある声だった。
口調もどこかで耳にしたものだ。
ただ、子どもと関わったことがあっただろうか。
このゲームで交流のあった住人は全て記憶してあるくらいに少ないし、彼らは皆大人だったはず。
かといってプレイヤーというわけでもない。アイコンが異なる。
こいつはNPCだ。
「……あー、どなたかな?」
戸惑う私を笑うオクタウィ臼へ一瞬ガンを飛ばして、不満げな表情を浮かべた少年に問う。
柔らかく、かつ丁寧に。
子ども扱いをすれば話が拗れる。そんなことを直感的に悟っていた。
私の問いに少年はふん、と鼻を鳴らした。
予想はしていたが面白くないといった様子だ。引き絞られた唇がへの字に歪んでいる。
「仕方のない男だ」
そう言うや否や。
瞬きの間に少年は甲冑に身を包んでいた。
音もない刹那の換装。
変身ヒーローなら落第であろうそれは良い。
騎士の鎧。そちらに驚いた。
何故なら私は一度目にしたことがあるからだ。
叩いて伸したことすらあった。
「昇格戦の時の……!」
「ハッ! ようやく思い出したか」
鎧を震わせ少年が笑った。
素顔は初めて見るのだから分かるわけがないだろ。喉まで出かかった呟きをどうにか呑み込んだ。
代わりに飛び出したのは疑問だ。
「……何をしに、来たんだい?」
そう問えば、少年は真っ直ぐに私を指差した。
磨き抜かれた鎧が周囲を反射していた。
目を丸くした私が映っている。
「決まっているだろう」
少年は告げる。
──リベンジマッチは客人だけの特権じゃない、と。
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