40.勝ったけど勝ってないし、何なら負けまである
避けられたのは、必然だ。
確信を持って首を傾ければ、擦過音とともに一筋の線が顔の脇を通り抜ける。
当たれば死んでいただろう紐の槍。
狙いは明白。
前回の再現だ。
写し身はうっすらと笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「「たった数日で見違えたものだ」」
「ハハハッ。どうもありがとう」
その速さを、その鋭さを、一度体感していることは得難い経験である。
アドバンテージと言っても良い。
手札が割れているというのはそれだけ大きな損失なのだ。お陰で動きや狙いを予想出来た。
だが、予想だけで躱したわけではない。
秘密はアクセサリにある。
両足に装備した〔パダプティコンの羽根飾り〕は、AGIと反応判定に補正をかけてくれる。セットで装備しなければならない制約上、枠を2つも食ってしまうがそれだけの働きを見せていた。
高まった反応速度とそれに追随して動く身体。
もちろん、私のAGIは補正をかけても大したものでないことに変わりないが、それでも前回の私とは比にならない。
あの時は見えなかった一撃に目が追い付いている。
あの時は気付きもしなかった隙が分かる。
あの時は勘に頼った回避を、予測によって成り立たせられる。
連続して放たれた紐を、身をよじって避けていく。
被弾は無い。
鎧を掠めることもなくやり過ごす。
「「ほう」」
とは言え、まだ勝負の舞台に上がれただけだ。
ここで踊るには、距離を詰めることが出来なければならない。
前回はたった三本の物量に押し潰され、防御も回避も儘ならなくなりズタボロにされた。
さて、今回はどうだろうか。
一歩踏み込んだ足目掛けて紐の槍が飛ぶ。
さらにタイミングをずらして肩にも。
メイスで足元を払い、盾で肩を守りながら前進する。
金属の削れる悲鳴を聞くも、私には精神的な余裕があった。
行けるという手応えを感じていた。
慢心や油断ではない、確かな実感。
前回は写し身を甘く見ていたが今回は違う。
余計なことを考えず、目の前の相手に集中出来ている。
──攻めに出る。
足に力を込めて、さらに前へと踏み出す。
元よりこちらが不利なのだ。覆すには賭けが要る。勝算をもって挑む他無い。
連続して突き込まれる槍を凌ぐ。防いで、捌いて、逸らして、いなす。
調子は良い。見えているし反応も出来ている。
それでも、少しずつ。
どうしても少しずつ消耗し始めていた。
防具を削られ、HPバーが減っていく。
【信仰の途】も【パーセバランス】もフル稼働だ。とったばかりの【克己】もその有用さをありありと見せつけていた。
膝を掠めた槍が鎧の隙間から肉を抉った。
盾で受け止めれば刺すような衝撃が腕を貫いた。
フェイントも織り交ぜて、写し身は私を翻弄してくる。
写し身を中心として円を描くように動く。
狙いをずらして、被弾を可能な限り抑えていく。
隙はあるはずだと自分に言い聞かせる。
攻めることは大事だが、無理をしてはいけない。落ち着いて、写し身の動きの癖を探していく。
「「さあ、どうする?」」
放たれる槍の勢いは衰えず、無尽蔵に思えるほどに撃ち込まれる。たった三本であるはずなのに、それ以上の数に思えるほどだ。
絶え間なく突き出される槍は消耗など微塵も感じさせない。
腿を覆う鎧を擦り、肩を打ち据える。
防いでいるはずなのに、防御を抜けて被害が出る。
じり貧だった。
自分が追い詰められていることは、それこそ痛い程に分かっている。
だが、堪える。
攻めたい気持ちも、三度目に持ち越す諦めも、それらを呼び起こす苛烈な攻撃も、心も身体も持ち堪えさせる。
微かにだが、勝機が見えつつあった。
槍の動き出しが、起こりが捉えられるタイミングがある。
どうしてだかは分からない。
ただ、攻撃が来ると予感するのだ。
それがなければ、きっと疾うに穴だらけとなっていたことだろう。
顔目掛けて飛んできた攻撃を打ち払う。
希望は持てても、現実は非情だ。
じり貧であることには変わりない。
どうにかしてこちらに優勢な形を作らねば……。
勝機は未だ確たるものとは言えない。
だから。
だからこそ。
「前へ!」
突然の方向転換に、わずかに槍の狙いが甘くなる。身体を捻り強引に躱しながら前へ。
掠り傷は必要経費だ。
割り切って一気に詰める。もう止まれない。
歩みを緩めればそこで終わり。走り切る他無い。
それでも、物量によって為す術なく敗れるより余程良い。一度目のような覆しようのない敗北とは違う。可能性を抱えて走る!
「【スーパーガード】!」
盾を掲げて正面突破。
さすがに驚いたのだろうか。写し身の気配が揺らぐ。
三歩で間合いに捉えられる。
こちらの攻撃が届く。
写し身の細い目が、私をしかと見据えていることがよく分かった。そこにあるのは焦りか、戸惑いか。
感情など読み取れない。教えるつもりはないと言われているような気さえした。
「【パワースイング】【衝撃注入】【スパイク】!!!」
紐の挙動は直進のみで、攻撃を受け止めることは出来ない。弾くことが出来たように、私のSTRで振り払えてしまうからだ。
さらに理由は分からないが写し身はその場を動かず、また既に回避の間に合う距離ではない。
渾身の一撃。
捉えたことを確信した。
──肉を叩いた感触。
だがそれは、コロッセオで何度も味わい馴染みのあるそれとは少し違っていた。
鉄を叩いたような硬さと水を入れた皮袋のような柔らかさ。
身の詰まった重さと返ってきた手応えの軽さ。
相反するそれらが同居した不自然極まる感触に、思わず動きが止まる。
写し身は叩きつけたメイスの頭を、鉄の星を素手で掴み取り受け止めていた。
それは手だ。
手のはずだ。
恐らくは手で間違いない。
掌が二つあることも、指が五本より遥かに多いことも、青白い筋が脈打つことも、そのくせ爪だけは無いことも、何もかもが受け入れがたい。
しかしそれ以上に、手首から生えた赤子のような足がきつい。
不快感に肌が粟立つ。
ぶるりと身震いをした。それは闘争心からのものではない。
口の中がカラカラに乾く。
あれだけ苦労して詰めた間合いを、後退ることで外してしまった。
「「まともに人の形をしているとでも思っていたのか?」」
するすると衣の中に腕を戻しつつ、写し身は鼻で笑った。そんなわけがないだろう、と。その大きな角をこれ見よがしに揺らして見せる。
ああ、そうだ。元より人ではないと言うのに。
「「人間。少しばかり話をしよう」」
この身に手が届いた褒美だと、写し身は言った。
わずかに声が柔らかいように感じる。気のせいかもしれないが。
ただ、話をしようと言うが紐の先端は油断なく私を照準していた。
時間稼ぎの可能性を疑ってしまう。だが、そもそもの話としてあちらが格上だ。
駆け引きをするポイントは絞りたい。無駄に印象を悪くする必要は無いからね。
盾を構えたままゆっくりと頷けば、写し身は口元を緩めた。
「「過日は侮りを感じたが、此度は良い。その緊張、この一度に賭けたればこそのものだろうよ」」
大仰に芝居がかった口調。
自然と、写し身の機嫌が良いのだと察しがついた。
「「故に惜しい。何故、彼方についた。我が元に来ることも出来ただろうに」」
あちら? 我が元? 来る?
話が見えず戸惑う。
いや、改めて考えれば分かる。所属陣営のことだろう。エヘイエーと戦神のどちらにつくか。私は戦神についたと咎められているのだ。
しかし私は陣営に所属した覚えがない。わざと選んでいなかったつもりなのだ。
何か決定的な認識の違いがあるように思われた。
「「……ああ、やはり分かっておらなんだか。
浄罪官などになっているものだから、我が目を疑ったぞ」」
その言葉で職業が話の焦点だと理解出来た。私の選んだ浄罪官が、写し身からすると気に入らないらしい。
「「それは存在を戦神に寄せるためのものだからな。面白くないに決まっておろうが」」
「……何だって?」
「「選んだ後に称号を与えて食い止めたが、浄罪官はカルマを正に傾けるのが目的だ」」
予想外だ。
いや、名前的にはそちらの方がスッキリする。目の前の神格はどうにも邪神の類いのようであるし。
つまり、戦神に取り込まれかけていたところだったと……。いや、結局エヘイエーに取り込まれているじゃないか。
「「何を一人で騒いでおる……」」
勝手に人の陣営を左右しながら何を。そう思っても口には出さない。ただ強く睨むだけだ。
良い方に考えるなら、エヘイエーは手を出したり説明をしようとしたりこちらと積極的に関わりを持とうとしている。
ある程度友好的であると言えた。
「「一つ、面白いことを教えてやろう。央城とコロッセオには共通点がある」」
「……やたら大きいことかい?」
「「それは結果だな。共通したある物のために大きくならざるを得なかったのだ」」
ある物とは何なのだろうか。
写し身の口振りからすると実体のある物品のようだ。2ヶ所に分かれて置かれていると言うことは、ペアになっているのだろうか。
「「探してみると良い。きっと愉快なことが分かるはずだぞ。
ああ、それと……」」
我の写し身が姿を現せるのは、コロッセオの地下と央城の上部だけだ。
それだけ告げると、写し身の姿が靄のように薄れていく。
「っ! 待て!!」
写し身の身体が宙に解けていく。崩れて、バラけて、消えていく。
写し身が完全に消え去る間際。
ただ一言、汚泥のような怨みが纏わり付くように残された。
──ライツィ・ハルバルティアを殺せ。
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