39.指折り数えて君を待つ
男に二言は無く、倒すと決めたからには倒せるだけの準備が必要だ。
エヘイエーの写し身との一戦の後、破壊された装備を改めるためにギーメル家を頼った。
さすがに上から下までほぼ全部となれば、私だけでは用意し切れないからだ。
予備で賄えれば良かったが、写し身と戦った時がその予備に当たる武器防具だったのだ。それを見るも無惨な鉄屑に変えられてしまったのだから、もう残っている物が無い。
店で買おうにも金が足りなければ伝手も足りず、ついでに好感度も足りない。
無い無い尽くしとくれば四の五の言ってはいられなかった。
気は進まずとも、打てる手は打たねばならない。
何せ口には出来なかったものの、次会う時は覚悟しろと息巻いたのだ。
こちらも相応の支度をして行かねば、不作法と言うもの。
使えるものは何でも使おうと、アロイジアに装備を用立てて貰えないかと願えば、それはもう良い笑顔で了承された。
罠にかかった獲物を見るようなあの目は、思い返しても背筋に寒気がする。
一揃い丸々新調してくれると言うのだから豪気なものだが、気を抜くと勝手に陣営を決められてしまいそうで選択を誤ったのではないかと不安になる。
ゲームとしてそんな暴挙はあり得ないと冷静な部分が分析するが、油断をしてはいけないと思わされるほどにアロイジアの態度が変わったのだ。
浮わついていた。地に足がついていなかった。
相手を上手く乗せた勝利への確信のようなものがあった。
さすがにまだ、所属陣営は宙に浮かばせておきたい。
柵は少ない方が良い。
こういった類いは往々にして、入るのは簡単だが出るのは難しいものだ。
コウモリと罵られようと、立ち位置を明確にしないからこそ得られるものもあるだろうと思う。
さて、アロイジアに頼んだ装備は用意に時間がかかるとのことだった。
頭から足先まで一式は輸送やら調整やらに手間取られるのだとか。
……これもクソゲー仕草じゃないかね。
現実に寄せすぎて不便になっているのは笑えない。
お陰でイベント当日に揃うと聞けば呆れてしまっても仕方ないものだろう。いや、2日と少ししかかからないと思えば、現実に比べて遥かにどころではなく早いのだけれどね。
ただ、強制的に足止めを食らったことが良い方向に働いたこともあった。
情報収集の時間になったのだ。
イベント、スキル、試練、エトセトラ。
ギーメル家を訪れたプレイヤーや掲示板から知ることが出来たことは多い。
中でも最も目を引いたのは、『三度負けると試験官が変わる』という点。
既に何人もそれを体験したと聞けば、私もあと二回負ければ同様だろうとすぐに思い至った。
負けなければ、勝てば良いというのはその通り。
なおさら次の挑戦への準備を万全にする必要が出来た。
これはプライドだけの問題ではない。
負けが込めば救済措置があるということは、運営としても負けることが前提なのだ。
数をこなすのではなく、力をつけることや技術を磨くことを運営は望んでいる。
研究と熟練が求められているのだ。
他ゲーで言えば、特訓ゾーンやレベリングスポットに近いだろうか。あるいは、先生と愛称をつけられるモンスター……は少し違うか。
とにかく、ここからが大変だから準備をしてくださいね、と気遣われているのが分かってしまった。
ただ、だからこそ乗り越えることにリターンがある、のではないかと期待をしている。
レベル45で増えた枠には打撃の攻撃力に補正をかけるスキルを入れていたのだが、写し身との戦いで思うところがあり変更をした。
ある程度気軽に入れ換えが出来るところは『OIG』の個性だと思う。
いくつも試せるのはプレイしていて面白い要素だ。まあ、パターンが多すぎて妥協も必要になるが。
交換してセットされたのは【克己】。ダメージを受けても行動が中断されにくくなるパッシブスキルだ。
火力の増強よりも、戦闘の継続をとった形になる。
手や足を止めないのは脅威だと思うのだ。
死兵は恐ろしい。プレイヤーにそんな覚悟は無かろうが、しかし私たちは気軽に修羅の道に落ちる。
何なら死ななければ安いとする、ある意味最低な価値観すら有している。
相討ち覚悟。死なばもろとも。
そんな気構えを平気でしてしまえるし、外的要因を整えてやれば実際にそれをやってのけられる。それが私たちだ。
ゲームであるが故に、私たちは超常の英雄に手が届く。
このスキルでそこに一歩近付けるかもしれない。
……パッシブな火力増強も欲しいので、余裕が出来たら手を伸ばそうと心の中のメモに書き記した。あれはあれで良かったのだ。
スキルやステータスに問題はない。
装備も良い。
新調された板金鎧は確かな重さを感じさせるが、その重量感が頼もしく思わせてくれる。
薄片鎧と比べれば重くはなったが、しかし運動性は悪くない。関節の動きを阻害することはないし、ジャラジャラと耳障りな音を立てないのも良いね。ステータスに補助された動きは滑らかで、イメージしていたような鈍重さとは無縁だ。
盾は鏡面のように綺麗に磨かれ、縁は鋭く仕上げられて打ちつければ装甲ごとバックリと肉を割けるだろう。立派な凶器であった。
そして何よりも、メイス。
これまでの物より格段に重く、頑丈で、凶悪になっていた。一回り巨大化した頭はグレープフルーツほどの大きさで、鋭いトゲを放射状に幾本も生やしている。
そう、モーニングスターだ。
相手に出血を強いることが出来るのは実に私好みと言おうか。
ただこの先、これ以上に重量や大きさが増すようならその時には考えなければならない。片手で扱うには厳しくなってきている。
盾を捨てて両手で振るうのも、それはそれで有りだ。そう思わされた。見直しが必要だからすぐには決められないが。
アクセサリも枠を埋められるように吟味をして、準備は万端。
戦意も横溢となれば、後は結果を出すだけだ。
コロッセオメニューを操作して、『成身の儀』に挑戦をする。
ぶるり、と身体が震えた。
腹の底が熱くなる。
熱が指先足先の隅々にまで行き渡っていた。
「「人間」」
写し身は私を待つように立っていた。
あの時と変わらぬ性別の分からぬ美貌。陶器のような白い肌に、わずかに眉尻を緩めてこちらを見ている。揺蕩う髪も、どこか踊るようだ。
思い上がりかもしれない。
しれないのだが、楽しみにしてくれていたようなら少し嬉しくなる。
呆れたような口振りで写し身が言った。
「「中々来ぬから諦めたものかと思っていたぞ」」
予想外の一言に目を剥いた。
それではまるで。
まるで、本当に待っていたかのようではないか。
驚く私を見て、写し身は馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
そして続ける。
「「この身は写し身なれど、思いもすれば考えもする」」
人形と同じにしてくれるな、と写し身はこちらを流し目でじろりと見た。
細い目は相変わらず剃刀のように鋭く、こちらを威圧してくる。
「「まあ良い。先のような振る舞いをせず、全霊をもって挑んで来い」」
はためく衣。翻る布と這い出す紐。
今回は初めから三本とも操られている。
臨戦態勢。
加減も様子見もなく、端から潰す気での戦い。
前回であらかた試し終えたと言うことなのだろう。長引かせるつもりはないことが窺えた。
「「さて、人間。用意は出来たか?」」
「そうだねえ。十二分だよ」
良し、と写し身が頷く。
瞬間、銅鑼が叩かれる。
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