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36.報酬の二重取り


「──それで、アドバイスは要らないかい」

「むむっ…………、そうですね。このところ負けが先行していて、わたしとしても苦しかったところです。

頂けませんか?」




 明くる日。


 こちらの申し出に悩む素振りを見せたものの、セイロンはすぐに受け入れた。


 私としてもありがたい。どうにも、たった一戦で20000CP(コロッセオポイント)の稼ぎを得るのは心苦しかったからね。


 損得の天秤はなるべく平衡を保ちたいものである。それがフレンド登録をしている相手ならなおのこと。

 ……そのフレンドをさっぱり忘れていたのだから、謝罪の意を込めて多少はサービスをしておきたい。



 さて、いつものように銀縁メガネ亭である。

 ここは立地が良い上に店自体の雰囲気も穏やかで心地よく、ついでに店主や給仕の人当たりも良い。


 いや、そう感じる原因は分かっている。

 ここが良いのは語るまでもなく明らかなのだが、私にとって他の店の居心地そのものがあまりよろしくないのだ。

 歓迎されていないことが察せてしまうのである。

 薄々感じるところはあり、何とはなしに疑問には思っていたが、それも少し前に氷解した。


 カルマ値が悪さをしていたのだ。

 オーラが出たり威圧感があったりするわけではないが、カルマ値が低いと住人からは近寄りがたかったり何となく印象が悪く受け取られたりするらしい。

 かなり早い内に掲示板で見たその情報は、記憶の底へと放置されていたが先日カルマ値を測定した時に甦ってきた。

 好感度とは別に計上されるというそれは、どうしたって住人に影響を与えると言う。


 つまり、好感度を上げない限りカルマ値の影響が上回るのだ。


 通いつめている銀縁メガネ亭以外の店、特に初めて立ち寄った店で、カルマ値の影響から素っ気ない対応をされるのは当然というわけだ。


 そういうところは実にクソゲー。何でもかんでも実装して意味合いを持たせていくと、収拾がつかなくなるということを運営は分からなかったようだ。




 内心で吐き出した不満を心のゴミ箱へと放り込み、セイロンの方へと意識を戻す。

 昨日の決闘(PVP)の感想戦だが、話すことは決めていた。


「正直に話せば今のセイロンは、まあ、怖くないねえ」


 そう。怖くないのだ。

 初見こそ面食らったが、決定的に火力が足りない彼女は相手を脅すだけの恐怖が無い。


 それはセイロン自身も理解していたようで、渋い顔をしていた。

 お構いなしに話を続ける。


「魔法の弾幕は驚いたけれどねえ。

一発一発が痛くないから、ダメージ覚悟で踏み込めるのがよろしくないよ」


 あれでは軽戦士タイプしか落とせないだろう。

 私のような神官戦士や、重鎧を着込んだ戦士あたりなら耐えられてしまう。


 確かに数は驚異だ。

 だが脅威ではない。

 ここはゲーム。HPが残る限りは死ぬことのない仮想の世界。

 どれだけHPを削られようと、死ななければ安いのだ。……私も言われるまでは気付かなかったけれどもね。


「ツバメにも言われましたが、やはり火力不足ですか」


 あいつならそれくらいは指摘するだろう。

 他の面々からは何を聞いたかと問えば、やはり似たようなことを言われていた。


 火力は大切だ。

 チャンスで仕留め切れなければ、容易く逆転を許してしまう。

 セイロンで言えば、最初に足を止めさせた所が最大のチャンスだ。あそこで倒すまでは行かずとも、痛手を負わせられれば良かった。

 だから、火力不足と言う点には同意ではある。


 あるのだが。



「……私のとは違うねえ」



 どう言うことだと視線で問われる。

 その瞳には苛立ちが滲んでいた。昨日見た虚空のようなそれとはまるで違う。


 まあ、今の今まで話していたことをひっくり返せばそんな目をされるのも当然か。

 そんな反応をされるだろうと承知の上で口にしたのだ。

 落ち着いて聞くよう手振りしつつ、私の考えをセイロンへと語り始める。


「火力不足だとは思うよ。

でも、それ以上に決定力に欠けている。私はそちらの方が問題だと思うのさ」

「……同じでは?」


 そう感じるのも分からないでもないが、私の中で火力不足と決定力不足は明確に異なる。



 火力が低くともHPは削り切れる。

 数で押しても良いし、防御力を下げるデバフをかけても良い。急所に当ててダメージをかさ増ししたり、状態異常でハメ殺したりするのもありだろう。

 じっくり考えればもっと手段は湧いてくるに違いない。


 対して決定力が足りない場合はどうか。

 火力はあれども倒せないとなれば、それはもう相手に当たっていないのだろう。防がれたのか避けられたのか。

 火力は十分あるのだから当てさえすれば勝てるはずだ。その当てる力が決定力である。



 そう言ったことを話せば、セイロンは納得したように頷いた。


「必要なのは、相手を倒すための工夫ですか」

「少しズレているかな。工夫はしているのだから、あとはそれを活かしきるのさ」


 魔法使いは弓使い以上にコロッセオとの相性が悪い。

 私はそう思っていたし、掲示板での評判もそうであった。


 だが、戦ってみて少し考えが変わった。

 魔法使いは初めの内こそコロッセオに不向きであるが、もしかすると化けるかもしれない。








「それは……。いえ、可能ですね。

……ですが、そんな」

「可能ならやって良いということだよ」


 悪魔の囁きのようにセイロンを促す。

 犯罪を勧めているかのようだが、ルールにも倫理にも抵触しないはずだ。多分。

 カルマ値は元から低いために当てにならないが、きっと下がることは無いだろう。


 セイロンは少々の逡巡の後、ゆっくりと自身のステータスをいじり始めた。


 私が勧めたのは大したことではない。

 ショートカットを入れ換えてもらっただけだ。



 渋るセイロンから聞き出したことだが、彼女の戦法は2つのスキルと1つの魔法が支えていた。

 詠唱時間(キャストタイム)を1度だけ0にするパッシブスキルと、火力を下げて魔法の高速連続発動を可能にするアクティブスキル。それから、コストを踏み倒す魔法。

 スキル2つは存在を予想出来ていたが、魔法については想像を上回ってきた。


 MPの消費、詠唱時間、クールタイム。それらを30秒間(・・・)無視するという魔法は、バランスブレイカーになり得るものだ。

 申し訳程度に付いた長いクールタイムや適用制限、反動なんかを差し引いても強すぎる。


 恐らくこれ以上には発展しないであろう魔法の話を聞いて、私は確信した。

 コロッセオで住人の魔法使いともマッチングしていなかったが、そいつらは皆揃って上にいるのだ。

 魔法使いとして戦える水準は、遥か上。

 レベルが50にも届かない雑魚どもとは、正しく一線を画しているわけだ。



 そんな魔法使いになってくれるよう期待しながら席を立つ。コロッセオでマッチングするようになれば、対戦相手のバリエーションが増えて楽しいだろうからね。


 次に戦う時はどんな手を使って来るか。

 私には手が割れているのだから、今とは違う作戦が必要だ。その時が楽しみである。




 どのゲームでもそうだが、やはり踏み倒しは強い。『OIG』にも存在していることが確認出来ただけでも収穫であった。

 スキル版のそれを取得したい気持ちはある。だが、それ以上に相手がそれを持っていても驚かずに済むことが大きい。

 知っているのといないのでは、天地ほどの隔たりがある。



 もしかすると、20000CPなんて目じゃないくらいの報酬を得てしまったかもしれない。


 悪いことをしたという罪悪感と、対等の取り引きだと言い張る意地汚さが同居していた。



 こういう時はコロッセオに行こう。

 頭を空っぽにするに限る。





 ──後日、掲示板で炎の壁を視界一面にバラ撒いて焼き殺す魔法使いの話題が出ていた。

 うまく行ったようで、私も鼻が高いよ。




ご覧いただきありがとうございます。

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