31.リベンジマッチは1つじゃない
反省会の翌日。
試合に向かう前に、装備を予備と交換していく。
ツバメに両断されたことで完全に破壊されてしまった盾だけでなく、受けに回って傷だらけにされたメイスと腕甲もダメになっていた。ズタボロだ。何本も深く抉る傷が走り、左手の腕甲は辛うじて繋がってはいるものの、最早鎧としての機能を果たしていない。
薄片鎧は交換するか迷ったが、まだいけるのではないかという思いが勝った。
歴戦の勇士のような印象になるのではなかろうか。傷だらけの鎧なんて渋いだろう。防具の見た目は使い込んであればあるほど良い。
仮に現実であればベコベコの鎧なんて着るのはご免だが、ゲームならそれほど躊躇いは無い。
確認してみようと、宿屋の一室で完全武装をしてみた。
……姿見で今の私を確認して頷く。
「いや、無いわ」
ダメだね。格好良くない。
平和な宿屋に戦士の亡霊が出現していた。良くて敗残兵。通報は免れない。
改めて考えてみれば当たり前の話か。
傷だらけでも格好良く見えるのは、それまでの経験や潜ってきた修羅場が透けて見えるからである。
翻って私の鎧は、どう見ても致命傷を受けている。切り飛ばされた装甲や貫通創は雄弁に死を物語っていた。
一方的に負けたであろう痕跡を見て、かなりの使い手だと感心などするまいて。
ついでに、腕甲が予備と交換されているのもみっともなさを加速させていた。
全体的にボロボロの中で、そこだけが綺麗なために浮いて見えるのだ。あまりに不自然で何か勘繰りたくなってくる。
おかげで、装備更新の途中で資金が尽きてしまったとしか形容できない存在が姿見に映っていた。残念なことに、それは私である。
いそいそと全身の装備を予備へと替える。
下手に残すようなことは考えない。胴も腰も足元も総取っ替えだ。
ゲームは着替えが楽で良い。
現実なら鎧なんて着られないが、メニューから装備を選択するだけで済む。
……鎧下とかどうなっているのだろうね。さすがに素肌の上に直では拷問に思えるのだが。そこはゲーム的な処理なのだろうか。
ある種の逃避をしながら着替えを済ませる。
再度姿見で確認をすれば、そこには全身を鎧った不審者が。
よくよく考えるまでもなく、宿屋でなんて格好をしているのだ。
滅茶苦茶似つかわしくない。
ただ、平和な宿屋に重武装の戦士が佇む違和感を除けば、悪くはない。
まあ、性能も見た目も同じものであるからね。
ボロにされる前はそれなりに気に入っていたデザインだ。
もうこのまま、試合にエントリーしようか。
普段着へと戻すことを止めて、メニューからコロッセオタブを開く。
マッチングは早かった。
♦️
「──君かあ」
正面には見覚えのある戦士が立っている。
一見すると剣士。
片手剣を携えながら盾を持たないスタイルは、掲示板で勇者スタイルと呼ばれるそれによく似ている。
だが、それとは似て異なることを私は知っていた。彼は剣士ではない。
この身に敗北をもって刻み込まれた彼の名は、『よーすけ』。
格闘家だ。
彼とのマッチアップは何戦ぶりになるだろうか。久々と言うような時間は経っていないはずなのに、懐かしさすら感じていた。
借りを返す。
その思いが燃料となり、全身を巡る血潮がぐんぐん加速していく。
何の因果か。
友に敗れ、己れの改善点を教えられたその翌日に、かつて土をつけられた相手と再び見えるとは。
「ハハハッ。ドラマチックで燃えてくるよ」
「何の話だ……?」
困惑するよーすけに、こちらの話だと返す。
悪いね。勝手にテンションが上がってしまっていて。
よーすけは持っていた剣をインベントリに格納した。手は割れているからね。
一応、あちらも前に戦っていることを覚えてくれているようだ。
アップライトな構え。前回は驚かされたものだ。
小刻みなステップに前蹴りを織り交ぜて、隙を見て拳やプランで畳み掛けてきたスタイルは、中々他に見ない。
私も含めて多くのプレイヤーは、折角のゲーム世界で武器を使わないなんて選択は頭に無いものだ。
現実の己れに合わせたのだろうか。動きに慣れがあった。
にしても、ムエタイか。
空手やボクシングの方が出会しそうだというのに、そちらはまだ使い手に遭えていないのだが。
緩やかに身体を前後に揺らしリズムをとりつつステップを刻み始めたよーすけに対し、こちらも盾を構えつつ腰を落とし迎え撃てるように備える。
勝つための方策は頭の中で組み立ててある。
後はそれを実行できるかどうかだ。
──銅鑼が鳴る。
「【スーパーガード】!」
「【風虎掌】っ!?」
遠距離からの先制攻撃読みのスキルが刺さる。
わざわざ剣をしまったのはブラフだよね。遠間から攻撃出来る手が他にあるなら、私でもそうするよ。
こちらの読み勝ちだ。風の塊を撃ち破りながら前へと出る。
間合いを制すること。それがこの試合を左右する。
私も彼も得意な距離が噛み合わない。故に有利を押しつけた側が勝利を得るのだ。
「【エアロブースト】!」
加速するスキルで、自分の土俵に持ち込むつもりか。
だがそれは、前に見た。
「【パワースイング】」
直線上を遮るようにメイスの打撃を置いておく。進むか退くかの分岐点を作り出す。
わざわざぶつかるわけもなく、ここで下がるのもまた悪手。
採るべきは回避だが、そのためには減速が要る。
そこ目掛けて、スキルの効果が乗った盾を叩き込む!
メイスは囮さあ!
「……っ、ぐぉあ!!」
もろに食らって、よーすけはよろめく。
ここだ。
直感が囁きかけてくる。
崩した。攻め立てろ。削れ。
「【衝撃注入】【スパイク】」
庇う左腕に遮られる。
構うな。行け。
「【シールドスラム】」
踏ん張る右膝を打ち砕くように振り下ろす。肉を潰す感触。
よーすけの左腕で衝撃が弾けた。骨の砕ける音を聞きながら、さらにメイスを振るう。
機動力を潰せ。
足を殺せ。
メインウェポンたる脚部を狙いながら、ガードを掻い潜るように頭と胸と打撃を加える。
「っ、ぐう……。【皎虎旋風撃】っ!!」
その場に崩れ落ちながらも、スキルの力で放たれた剛拳。
それを盾で受ければ威力を殺しきれず、後ろへと弾き飛ばされた。
よーすけが唸りながら立ち上がる。
身体は右へと傾ぎ、足に力は入らないようだ。両の腕もダラリと垂れて、構えることも出来ていない。
死に体。
だが、目の光は消えていなかった。
仕留めきれなかったのだ。
手負いの獣ほど恐ろしい。ましてやそれが、相討ち上等と決死の覚悟を秘めた戦士なれば。
ああ、なんと心躍ることか。
彼の様子を見るに、間合いを詰めることなど無理だろう。一歩踏み込めばそれだけで、身体を支えられなくなるに違いない。
放っておいても私の勝ちだ。
だから。
「いいねえ。受けて立つとも」
あと一撃。それで終わりだと言わんばかりに、固く握り締められた右の拳。
その挑戦に乗る。
勝負を捨てていない拳士の、一撃で殺すと言う挑発に笑って応える。
ゲームだからこそ、とれる選択だ。
相手を舐めているわけではない。
私が欲しいのは完全無欠の勝利。
私の戦闘スタイルで、瀕死になった相手のHPが失くなるのを待つ?
バカなことを言ってはいけない。それのどこが格好良いのか。
全力を受け止めて、その上で捩じ伏せるから格好良いのだ。
メイスを肩に担ぎ、地を這うように低く駆ける。
彼が消える前に、私の手で引導を渡す。
「【衝撃注入】【パワースイング】【スパイク】」
三重に起動したスキルとともに、メイスを振りかぶる。
よーすけも右腕を振り上げている。だがその動きには、錆びた機械のようなぎこちなさがある。
これなら私の方が速い。
万全ならともかく、負傷した今なら先に届く!
確信を持って踏み込む寸前、研ぎ澄まされた感覚がそれを捉えた。
よーすけの左手がわずかに動いていた。指で何かをつつくような、操作するような、そんな小さな動作。
罠だと直感した。スキルをキャンセル。それと同時に、右へと跳ぶ。
「【ソニックスラッシュ】」
振り抜かれる腕の軌道から外れるように。
使わないものと思っていた剣から逃れるように。
全力で跳ぶ脇を、スレスレで剣が通過していく。
よーすけの見開いた目と視線が交錯する。
そこには純粋な驚きがあった。
必殺の策への自信と、それが通用しなかったことへの驚嘆。
……そうだった。
彼は策を弄する男だ。
それは最初の試合で味わったことだというのに、頭から抜け落ちていた。
勝負を諦めていないからこそ、彼がどんな手を使ってくるかは分からない。
何とも油断のならない手合いだ。
だがそれでも。
紙一重だろうと磐石だろうと勝ちは勝ちで、負けは負け。
「これで一勝一敗。
次も勝つよ。よろしくねえ」
「……今度は度肝を抜いてやるよ」
別れの挨拶を交わして、思い切りメイスを振り抜く。
大した抵抗もなくよーすけの胴をぶち抜き、ポリゴンが爆散した。彼のHPはもう限界だったようだ。
勝者は私。
リベンジの達成に心が震えた。
同時に、更なる戦いを求めてしまう。
転移モニュメントへ送られながらも、私は既に次へと思いを馳せていた。
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