3.突撃! コロッセオ
《無窮の旅人たるゼンザイ殿》
《これより貴方は『我らの箱庭』に降り立つこととなります。
我らは貴方に使命を与えません。
我らは貴方に指標を与えません。
貴方は、貴方自身の意思と手によって、貴方の行くべき道を切り開くべきなのですから。》
《……ただ。》
《ただ一つ、貴方に願いたいことがあります。》
《我らは不完全なるもの。完璧を追い求めるもの。完成を夢見るもの。》
《どうか、貴方の進む先を魅せてください。》
《この箱庭には様々なものがあります。多くのことが出来るでしょう。それらはきっと貴方を楽しませるはずです。》
《そしてそれらを踏み越えた先で、我らは貴方を待っています。いつまでも待ち続けます。》
《来るべき時に貴方の得たものを、可能性を、成し遂げる何かを見せて欲しいのです。》
《我らは不完全なるもの。完璧を追い求めるもの。完成を夢見るもの。》
《我らは願っています。満たされるその時を。
我らは待ち続けます。貴方への期待を抱いて。》
《──いつか我らと見えるまでの、貴方の旅路に祝福のあらんことを。》
ステータスを設定し終えると、メッセージボードには数字しか表示されなくなっていた。
──266。265。264。263。262。
何かと思えばカウントダウンのようだ。
ゲーム開始。と言うか、箱庭の開放までを数えているのである。
──243。242。241。240。239。
カチカチとカウントダウンが進む間に、ステータスを設定した後に手元に出現した手紙を開く。
ふむ。これはあれだな。
冒険の目的とかそういうアレだ。メインストーリーとかグランドクエストとか、そういう呼ばれ方をするだろうアレだ。
いずれこの『我ら』と名乗っている相手と出会うのだろう。読んだ感じとして『我ら』は神様か何かに近いように思える。
封印でも解くのか、探し出せば良いのか、はたまた労せず出会うのか。
何にせよ、それまでに経験を積めと言うことだろう。
「だが出会うのは、だいぶ先だろうな」
メタ的な視点で読むならばゲームのタイプとして、そんなに早く神様みたいな大物は出せないはずだ。プレイヤーは私一人ではない。進行をあまり急げば、待っているのはサービス終了になってしまう。
──61。60。59。58。57。
気付けば残り1分を切っていた。
さすがに心が浮き立つ。いよいよだと思えば、胸が弾む。そう、私はワクワクしていた。
何が出来るのか。
何をするのか。
とりあえず、戦おうとだけ心に決めて、減っていく数字を見つめる。
あと30秒が待ち遠しい。
──30。29。28。27。26。25。……。
カウントが0となった時、私は眩い光に包まれた。
♦️
光が消え去ると、辺りは一変していた。
それまでの何もない空間とは違う。
喧騒に包まれていた。
私はどこかの広場の端に立っていた。見回せば、同じようにキョロキョロとする人影がいくつもある。
そこでようやくゲームが始まった実感が湧いてきた。ゴクリと唾を飲む。
大きな広場だ。高さが7~8mくらいある噴水を中心に、半径100mほどの円形に石畳が敷き詰められている。
だがその広々とした空間を埋め尽くさんばかりの人、人、人。まさに人の海だ。
あっという間に人で溢れ返ってしまった。
とんでもねえ人手だわ。
押し流されるように広場から離れていく。
人混みの暑苦しさまで再現するとか、力の入れ所間違ってるだろ。
ミニマップによれば、先ほどの広場は中心であるらしい。
何の、と聞かれれば、何もかもと答えるのが正しいだろうか。
この街の中心かつ箱庭の中心であり、『OIG』そのものの中心であるらしかった。
詳細なマップから呼び出して見れば、ちょろちょろと説明が書かれている。
噴水になっていた3体の女神像が街に結界を張っていて、その手にある水瓶が魔力の循環を促進して箱庭を安定させているらしい。
そういう設定があるのか、と感心しながら広場から少し離れた道端でマップを眺めていると、街の南側に気になるものを見つけた。
顔を上げて南の方へと視線を向ければ、建物の間からわずかに覗いている。マップにあった通りかなり大きい。
目的地決定である。
──石造りの白い建物が並ぶ街を駆け抜け、マップで確認したそれに向かう。
近寄ることで全貌が確認できるようになったが、視界に収まりきらない程に大きい。
ちなみに街並みは地中海沿岸をモチーフとしているのか、白い建物が大半を占めていた。石の壁を漆喰で塗り固め、青やオレンジのようなカラフルな屋根が乗せられている。
家々はそれほど背が高くない。2階建て、あるいは3階建てくらいまでが主流のようだ。
だから大きな建物は結構目立つ。
目的地もそうであるし、その他にもいくつかある教会のような建物は周りよりも一回りは大きい。
そして何よりも目立つのが、街の北側にある白亜の巨城だ。
白一色のその城は、マップを確認するに広々とした丘くらいの敷地面積を誇っていた。尖塔の高さも飛び抜けていて現実の高層ビルのようであったし、本丸部分はどれだけの人数を収容できるのか見当もつかない。
見ていると遠近感が狂ってしょうがないほどだ。
さて、街を駆けること数分。ようやく目的地に辿り着いた。
周囲にはチラホラとプレイヤーの姿が見える。
そうだよな、気になるよな。私もだ。
ぐっと見上げる。
そそり立つ石壁。
コロッセオだ。
ローマにあるそれが、修復された形でゲームの中にあった。
「おぉ……!」
思わず感嘆の吐息が漏れる。
すごいな。
迫力も熱気も存在感も圧倒的だ。
中から響いてくるどよめきや歓声が、私の肌を焼くようだった。腹の底にずしりときて、全身が揺さぶられる。
高揚感に誘い込まれるように、コロッセオの入り口に向かって歩き出す。
階段を上り入り口を踏み越えた瞬間、何か切り替わるような感覚があった。
遅れて気付く。
先ほどまでのコロッセオにあった騒々しさ。それが綺麗に無くなっていた。
声一つ無い、時の止まったような静寂が辺りを満たす。
周囲を見回せば、他のプレイヤーの姿も住民の姿もない。
がらんとしたホールに私一人だけだ。
「──やれやれ、まったく。こちらに来たばかりのはずなのに、いの一番にこんな所へ来るとは。客人らはみんなこうなのかい?」
背後。
入ってきた入り口の方から、からかうような女の声がした。
勢い良く振り向けば、逆光の中に人の影が。
「何故来たのか、なんて無粋な問いはしないよ。ここがどんな場所かくらい察しているだろうからね」
声の主が私に近付くにつれ、少しずつその姿がはっきりしてきた。
背の高いスレンダーな美女だ。宝塚で見るような格好良さと華やかさがある。
ウルフカットの紺色の髪は深海のようで、キリッとした目はエメラルドよりも鮮やかな緑色に輝いている。
薄紅のローブを纏う品のある立ち姿は、位の高い神職に似ていた。
「……どなたかな?」
「ああ、済まないね。紹介がまだだった。私がこのコロッセオの総支配人にして、戦神の神殿長たるライツィだ。よろしくね。……まあ、これは分体だけど」
そう言って、彼女はへらりと笑った。
人っ子一人いないコロッセオのホールで、妙齢の美女と向き合う。現実ならいささか緊張したことだろう。この先の話がどう転ぶか、そこに意識が囚われて挙動が不審になるものと予想が出来た。
だが、ここはゲーム。
ましてや相手は美人だろうとNPCなれば、肩に力など入ろうはずもない。
つまり、私は特に気負うことなくライツィとの話を進められた。
聞けばどうやら、ライツィは客人たちが今日この箱庭にやって来ることを知っていたらしい。
それで動向を見守っていたところ、初っ端からコロッセオにやって来た連中に興味が湧いたのだと言う。それで、分体を生成して1人ずつコロッセオを模した異空間に誘い込んだのだとか。
話を聞いて合点のいったことがある。
これ、チュートリアルなのではなかろうか。
仰々しい肩書きの着いた明らかに重要なNPCが出張ってきているのだ。何も理由がないとは思えなかった。
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