23.迷子でないけどお呼び出し
街まで戻ってきて、最初にしたのはスキルの交換だった。
【チャージ】はお役御免となり、【パワースイング】を代わりにセットする。
こちらのスキルも効果自体は単純で、武器を振るった時の攻撃力に補正がかかると言うもの。便利遣いが出来そうで、あらかじめ目を付けていたものだ。
思考を巡らせつつ、コロッセオを目指して歩く。
街に戻って感じるのは、やはり寒々しさだ。
プレイヤーの姿があるため人影はある。だが、どうしても活気がない。
いっそ、ゲームらしくないくらいにNPCの姿が見られない。
存在しないわけではない。店に入れば誰かと会うことは出来た。
しかし、外には居なかった。不思議なほどに。
白く美しい街並みは、冷ややかに輝いている。
レベルが30に到達したため、セット枠が解放された。のだが、後でいじれるように一旦おいておくことにする。
職業が1段階解放されて転職が可能になったためだ。新たなスキルの習得に期待が持てる。
現在の私は闘士というジョブに就いている。次のステップは何になるのだろうか。
央城とコロッセオの双方が、視界の中で激しい自己主張をしている。
他に目立った建物が無いのだ。
どれも同じように白く、似たように美しく、判で押したようにそっくりだった。
つまり、特徴がない。
どこを歩いても変わらぬ街並みは迷子を量産してしまいそうだ。
屋台や露店商が集まる区画だけは別物と言えるだろうが、街の南側、それも端に近い方しかない。
ステータス欄にはメイン職業と書かれていた。と言うことは、サブ職業もあるのではなかろうか。
これまで全く情報が無かったものだが、他ゲーではよくあるものだしそう的外れな予想ではないだろう。
これまで勝手にアンロックされることはなく、誰かが言及することもなかった。
これ、転職が条件に絡んでいると見たね。
転職はゲームにおいて1つの節目だ。何かのトリガーになっていることは十二分にあり得る話。
その何か、を類推していく時にサブ職業は筆頭格として挙げられるものだと言って良いだろう。
近しいカテゴリに存在するもので、関わっていても無理はなく、システム的に共通していておかしくない。
コロッセオの手前まで来た。
そそり立つ白い石壁は相変わらず大きく、迫力があり、威圧されそうになる。
街をろくに出歩いてこなかったため、コロッセオの中に居て外観を見ることがなかった。
出たとしてもまじまじと観察したことはなく、こうしてじっくり見るのは初めて来た時以来かもしれない。
最初に来た時も仰ぎ見ていた。だが、それよりもライツィとの遣り取りばかりが記憶に残っている。
どうしてだろうか。
立派な門も、精緻なレリーフも、滑らかな加工も、既に見ているものだからか心を打たない。
ゲームだからか?
私自身の感性に疑いすら持ってしまう。
仕事帰りに自宅の玄関を見た時の方が感動しているくらいだ。
こんなことを知るくらいなら、中に籠っていた方が良かったかもしれない。
どうしてだろうか。
街に対して、私が好感を抱けていないことが不思議だった。
冷たい、あるいは排他的、はたまた無関心。
街からはそんな印象を受けていた。
白い、だけが理由ではないだろう。それだけでこのように感じるなら魔法か何かの類いになってくる。
どうしてだろうか。
三度、思考が同じ道を廻ったところで切り上げた。
これ以上考えたとしても答えは出ないだろう。
解答を導き出すためのピースが揃っていないように思える。
コロッセオの前に立ちながら、この1週間が脳内を駆け巡った。
ゲームを始めてから、コロッセオで戦ってスポンサーがついてコロッセオで戦ってフレンドが出来てレベルを上げてコロッセオで戦って装備更新してコロッセオで戦ってクエストを受けて……。
…………いや、いくらなんでもコロッセオで戦い過ぎだね。
世界の狭さに笑い出しそうになる。
「これは……。コロッセオから離れられそうにないねえ」
率直な感想が飛び出した。
己れの呟きに苦笑する。
『OIG』を続ける限り、ここが私の拠点になることは間違いない。
「……浸ってるとこ、悪いけどさぁ」
背後に誰かがいるとは思いもしていなかった。
驚きの余り前に跳んで距離をとりながら、声をかけてきた人物を確認する。
気だるげな声の主は、シフだった。
少し前に分かれた彼女がどうしてここにいるのだろうか。
すると、心の中を読んだように答えた。
「いや、アタシだって対人勢なんだからコロッセオ来て当たり前だろ」
それは確かに。
納得していると、しかし彼女は「でも今は違うんだけど」と否定を口にした。
「アンタを呼んでこいって頼まれたんだよ。クエストだってさ」
「クエストねえ。誰にだい?」
「言わねえ。そういう指定だから」
さて、私を呼ぶとは何者だろうか。
興味が湧いてきた。
候補はいくつか浮かぶのだが。
「……大人しくついてくんだな」
その方が良いだろうにシフは怪訝そうな表情を浮かべていた。
その気持ちは、分からないでもないよ。
「……アンタさぁ」
見覚えのある大通りを歩いていく。先導するはずのシフを置き去りにして。
「誰が呼んでるか分かってんだろ」
「まあ、そうだねえ」
悲しいことに私の知り合いは少ない。
その数少ない知人の家に向かう道を行くのだ。
すぐに目的地を悟った。
案内役をさせられながら、道化のような役回りになってしまったシフに同情はしてしまうが。
「…………アンタのその間延びした話し方。煽られているみたいでムカつく」
「ハハッ。悪かったねえ」
でも意味はあるんだよ。そう続けると、胡乱な人物を見るような視線を向けられてしまった。
あまり信じてもらえていないようだった。
「PVPで血気逸る心を抑えるために、わざと調子を外しているのさ」
「……アンタが?」
心外だ。私だってプレイヤーが相手となれば、いささか緊張はするものだ。
どうしたって現実を見てしまうからね。通して透かして想像してしまう。
私自身が勝手に考えてしまう。相手は今楽しいだろうか、と。それは止められない。
NPCはその点で言えば、とても楽で相手をしやすい。
「後は、ゲームだと忘れないためにしているよ。現実だと勘違いすれば困ってしまうからねえ」
「ふぅん、そういうもんか」
こうも感覚がリアルだと錯覚してしまいそうで怖い。区別がつかなくなることが怖い。
現実で戦うことなどできはしないし、私はそんなに強い人間ではない。至って普通の、何処にでもいる一社会人だ。
その認識を手放してしまうことは避けたかった。
そのために手っ取り早く、言葉を変えた。
話し方が変われば印象も変わる。それは他者からは勿論、自分自身でも同じ話。
『ゼンザイ』というキャラクターの仮面を被ったわけだ。
「まあ、少しは気を付けるよ」
「そうしろ」
「だけど君も気遣うべきだねえ。その叩きつけるような話し方は喧嘩の元だよ」
シフが黙り込む。
自覚はしていたのだろう。面白くはなさそうだが、否定をせずに受け止めている。
彼女もきっとロールプレイングをしている。
普段のぶっきらぼう、ともすれば乱暴な口調は素ではなさそうだ。
芯から染まっている感じではないのだ。印象がズレている。悪ぶっていると言うのが近いか。
大きく、あるいは強く。
シフという存在を見せつけようとしている。
誰に、とかではないだろう。誰に対してもだ。
彼女もまた、仮面を被っている。
窮屈な遊び方だと感じてしまうのは、外から見ているからだろう。
私のロールプレイは簡素なものだからね。取り繕う範囲も狭ければ、そもそも素に近い。
楽なものだ。
「まあ、好きにしなよ」
「………………ああ」
そう言うところが悪っぽくないんだよね。
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