12.恩義からの依頼
「スポンサー?」
あれから試合を何度か繰り返して、通算で15試合を終えたところでコロッセオロビーに呼び出された。
出向いてみれば個室に案内され、スポンサー契約の話を持ちかけられた。
クエストの予感である。
「ええ、有望な選手をサポートしたいと考える方は少なくありません。そこでこれは、という選手をこちらから紹介させて貰っているのです」
貴方もいかがですか? そうコロッセオの職員に問われれば、お願いします以外の答えを持ち合わせていない。
多分、これは既定路線だし。クエスト進行に必要だろう。
言外に有望だと褒められたら嫌ではないし。
Noと答えた時にどのように話が進んでいくのか。気にならないでもないが、私が確かめなくても良いだろう。
どうせその内検証班が頼まれずとも調べ始める。
さて、私が二つ返事で頷いたことで、コロッセオ職員のナイスミドルはにこやかに一通の封筒を取り出した。
「紹介状です。これを持って、街区南大通り四番のお屋敷に向かってください。門衛に渡せば取り次いでもらえますので」
手触りの滑らかな紙で作られたどこから見ても上等な封筒だ。縁に装飾や箔押しされた飾り文字がきらびやかである。
(なるほど、クエストアイテムねえ)
そう思いながら受け取り、インベントリに収める。
ミニマップにマーカーが追加された。これがその目的地だろう。
インベントリでの表記は『コロッセオからの紹介状(ギーメル家あて)』となっていた。貴族か何かだろうか。
箱庭に貴族がいるとはヘルプに書いていなかったのだがなあ。
コロッセオを出て、そのギーメル家とやらに向かうことにした。
思えば街を探索するのはこれが2度目になる。
少ない。いや、仕方がないのだ。
オクタウィ臼から掲示板で触れられていたことを聞いた日からコロッセオに籠っていた。過剰な気遣いかもしれないが、序盤に悪目立ちをすると後に引くものだ。なので引きこもりは正解なはず。
しかしそろそろ外も気にはなっていたところで、運良くタイミングも良くクエストが発生した。
さすがに間が空いたことだし、気にされることは無いだろう。
そんな判断の下、街へと繰り出せば案の定と言おうか。誰にも注意を向けられない。
なんだかそれはそれで寂しいな、と矛盾した思いを抱きながら目的地へ足を運んだ。
綺麗な白い街並みを歩く。
敷き詰められた石畳に汚れはなく、白磁の石壁は陽の光をキラキラと跳ね返して肌が焼けるようだ。
大通りでも人の数は少なく、ゆったりと歩きやすい。
フラフラと道沿いの店先を覗きながら、ミニマップを頼りにギーメル家を探す。
……いや、本当は少し前から見当が付いているのだ。
何せ大きな邸宅が延びた道の先に見えている。
マーカーはあの辺りを指しているし、あれだけ目立つ屋敷なら何かあるはずだ。例えばクエストとか。
「……違わなかったかあ」
思わず呟きが漏れる。
やはり目的地は、道の向こうからも見えていた邸宅で合っていた。
近くで見ると圧倒される。
リアルでこんな建物を見られるのは、それこそ文化財とかになるのではなかろうか。いや、田舎の大地主あたりなら案外これくらいなのかも。
詮無きことを頭の片隅で考えながら、コロッセオ職員に言われた通りに門衛と話をつける。
ゲームだからかすんなりだ。
ここで躓かれても困るだろうからね。
アポイントメントも無いのに家主と会えるらしい。
中へと招き入れられ、執事らしき人物に先導されて応接室に通される。
あれよあれよと展開が進むことに困惑を隠せない。もう少し面倒な流れを想像していたのだが。
「ようこそいらっしゃいました。お客人」
応接室ではソファに腰掛けて家主が待ち構えていた。
「央室二十二家門が一つ、ギーメル家当主のアロイジアです。どうぞよろしく」
彼女は続けて、『お客人らに敬えとは言いません。好きに話してください』と言った。
アロイジアは穏やかな空気を纏った上品な老婦人だ。
華美ではない落ち着いた色合いの衣服と、意匠のシンプルな装飾品を身に着けている。いかにも上流と言った人物で、誇示するまでもなく周囲に知らしめるだけの雰囲気があった。
イメージとしては、庭園でハーブティーを嗜むような感じか。孫の話をにこやかに聞いていそうだ。
アロイジアに自己紹介をすれば、話は早速スポンサー契約の方に転がった。
「それでゼンザイ殿。貴方にお願いがあるのです」
ああ、来たな。腕試しか。
要人からのクエスト前には差し込まれることが他ゲーでもあった。
「すぐにとは言わないけど、ゼンザイ殿に倒して欲しい相手がいるのですよ」
予想と違う。
これは何だろうか。最終的な目標を明示するとかか?
いやしかし、この話の流れだと了承すれば契約が成立しそうだが。
「相手は?」
「ハルバルティア様です」
「……ハルバルティア?」
聞き覚えがある。
たしかあれは、『OIG』始めたての……。
クエスト欄を開けば、受注中の一番下に堂々と記されていた。
──────────
シークレットクエスト:『この澄ました笑みを打ち砕いて』
貴方であれば届くのでしょうか____。
クリア条件:コロッセオ総支配人"眩き怒り"ライツィ・ハルバルディアに勝利
報酬:???
──────────
これだ。
「それは、"眩き怒り"ライツィ・ハルバルティア、で合っているかい?」
アロイジアの目がすぅっと眇られる。
「二つ名を知っているのなら話が早い。そのハルバルティア様に相違ないですよ」
ルートが変わったというか、階段を一段飛ばしたような感覚。
多分この話は、本来シークレットクエストに続くストーリーだったのだ。どれだけの段階を踏むのか分からないが、準備を重ねて開示されるはずだった。
だが私は、最初から受諾している。それを確認されたのだ、おそらく。
(フラグは二つ名を知っていたことかな)
「お願い、受けていただけますよね」
圧をかけられている。それを感じ取れないような鈍い男ではない。
この言い様のない威圧感までをも再現しているとは大したものだ。商人プレイをするなら結構苦労しそうである。
まあ、受けるには吝かでない。
元々受けているところに、重ねて同じ条件を受け入れるのだ。私に不利益は無いだろう。
「ああ、受けよう。……しかしどうして倒そうなんて考えているんだ?」
疑問を受けてアロイジアは口を閉ざしてしまった。ただ、この沈黙は逡巡によるものである。
言うべきか言わざるべきか。どちらを選ぶか思考しているのだ。そんな間を彼女らは使いこなす。
静かに待っていると、やがて老女は質問に答えだした。
「……ハルバルティア様は不死なのですが、それ故に苦しんでおります。私どもはそれから解き放ちたいのです」
「不死、ねえ」
「ええ、不死です。老いず、衰えず、死にません。六代前の当主が遺した日記にも登場しています」
それは驚きだ。伝承だけではないのか。
だがそれが何故苦しみとなるのだろうか。
私の疑問を見透かしたように、アロイジアは言葉を紡ぐ。
「不死は戦神による祝福と聞いています。神殿長が受け継ぐのだとか。私の知る限り、神殿長はあの方しか居りませぬからそこは不明瞭ですけど。
内容としては、敗けぬ限り死なぬのだそうです」
「それはまさか……」
「ええ、そうです。一度も敗けていないのです。
人としての寿命をとうに超えてしまったあの方は、死した肉体を祝福で無理に生かしています。摂理に反した行いは魂を傷付けてしまう。
これをどうにかするために、貴方の力を借りたいのです」
大きく息を吐き出しながら天井を仰ぐ。
ああ、まったくえらい話である。
話を聞いて、1つ腑に落ちたことがあった。
いくら凄いとは言え、分体を作るなど人から外れ過ぎていやしないか。そう感じていたのだが、何のことはない。ライツィは本当に人から外れていたのだ。
「まあ、いいか。受けると言ったからには受けるよ。受けるけどねえ」
「……何か?」
「もっと良い奴が居たのではないかねえって」
老婆は笑いながら否定する。そんなことはないと。
「そもそも今のお客人たちでは、あの方に万に一つも勝てませんよ。それこそ私にも勝てないんですから。
でも将来は分からない。私たちとは異なる尺度で生きている貴方たちならもしかしたら、と可能性に賭けてみたのです。
貴方に声をかけたのは一番目に条件を満たしたからですよ」
がっかりしました?
悪戯っ子のように笑うアロイジアに、怒りなど湧いてこなかった。
力の抜けた笑いが漏れた。
言葉にされてはいないが、早く強くなれと急かされている。
全くもってその通りだろう。今は一端にプライドを持てるほどの力が無いのだ。故に、些末事に気を散らしている余裕など無い。
──その後はスポンサー契約を正式に結び、いくつかの決め事をした。
活動の場が本格的にコロッセオに限定されてくるが、今までと大きくは変わらないことだろう。
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アロイジアはいくつかの情報を抜いて話しています。食えない婆さんですね。




