11.十戦目にして初めての出来事
お待たせしました。申し訳ない。
まだ銃は無いんですよ。
次の試合の相手は弓使いの青年だった。
線の細い優男なのだが、これまでの対戦相手たちと大きく異なる点が1つある。
それは彼がプレイヤーであると言うことだ。
プレイヤーアイコンとネームが頭上に表示されている。
『ジマーマン』。どうせなら大工になれよ。
情報収集をしている時にその名前は見ていた。
コロッセオスレで強いと名を挙げられていたプレイヤーだ。
そして何よりも私にとってはこれが対プレイヤー初戦となる。
そう、初のPVPである。
「テンション上がるなぁ」
これまで対人とは言え、全てNPCが相手であった。どう変わるのか。あるいは変わらないのか。
楽しみでならない。
例によって体育館のようなベージュの箱の中に立ち、開始の合図を待つ。ゴングではなく銅鑼だが。
慣らしについては諦めた。
使い慣れていない武器であるという情報を敵に与えることはないし、何よりみっともないからだ。ぶんぶんメイスを振り回していては格好悪いだろう。
なのでここはぶっつけ本番でいく。
ゲームなのだ。
やりたいように、それでもってどうせなら格好良くいきたい。
それで死ぬならしょうがない。どうせリスポーンするのだから。
軽く左手でバックラーを構え右手でメイスを握り締めて、対戦相手であるジマーマンを観察していく。
彼は弓使いだ。
短弓を一張り持ち、矢筒を背負っている。腰の辺りには短刀が。サブウェポンだろうそれは接近戦への対策だろう。
身に付ける革鎧は私のものと変わらない初期装備だ。しかし油断ならない。これはつまり、近付く前にあるいは被弾せずにお前を殺すと言う宣言であるからだ。
試合開始前ながら重心を後ろに置いて臨戦態勢な彼は、眼光鋭く私を見ていた。
こちらが観察していたように彼もまた観察しているのだ。
そしてその顔には苦いものが浮かんでいる。
どうやら気付いたようである。
──この勝負、総合的に私が有利だ。
ダァンッ、と銅鑼が打ち鳴らされた。
試合開始である。
こちらが踏み込むよりも先に、あちらは後ろに跳んでいた。
「【シュート】!」
唸りをあげて矢が襲い来る。
狙いは頭部。
掲げたバックラーの端に当たり弾けた。
さらに続けてスキルを用いず放たれた矢を恐れずに、盾を構えて前進していく。
冷静に矢を盾で受け止めながら距離を詰める。
AGIは奴の方に分がある。私はAGIが低いからね。
だが、この場においてそれは大してディスアドバンテージとはなり得ない。
そもそも現時点で、弓使いはコロッセオに向いていないのだ。
引き撃ちをしようにも壁のせいで範囲に限りがあり、曲射をしようにも天井がある。
開始位置は近すぎる上に、一撃で殺しきれるだけの火力がまだ無いために接近を許しやすい。
その上さらに盾を手にした相手など、天敵に他ならないだろう。
矢をつがえるジマーマンの手付きに淀みはなく、素早くかつ丁寧だ。
放たれた矢を盾で防ぐ。
あと、3歩。
彼の弓は美しい。
乱雑さとは無縁な、確かな修練を感じさせる。
だが、だからこそ読みやすく防ぎやすい。
あと、2歩。
彼は手順を省略出来ない。
染み付いた動作を無視できない。速めることは出来ても、捨て去ることは出来ないのだ。
必ず狙いを定める一瞬のタメが生まれる。
あと、1歩。
残念ながらこれは競技ではない。
比べるのは的に当てる正確性ではなく、敵を倒す力だ。
「……くっ!」
0歩。間合いに捉えた。
肘を支点にメイスをコンパクトに振り下ろす。
遠くへ放るように打ち下ろした一撃は、相手からすれば伸びてきたように思えたことだろう。
防御しようと咄嗟に出された弓を押し退け、左肩を打ち据える。
♦️
──(そのタイプかよ!)
ジマーマンの心の内は驚きとわずかな納得に占められた。
プレイヤーはPVPが出来るか出来ないかで分けられるが、出来る中にも種類がある。
するのか、出来るのか。
大きく分けてこの2つだ。
PVPに積極的なのか消極的なのか、とも言い換えられるだろう。コロッセオに来ているような連中は積極的な面々になる。ジマーマンもそうだ。
だが稀に、どちらでもないプレイヤーがいる。
するだの出来るだのといった次元で思考していない彼らは、敵であれば倒して当然だと決めている。
VRである性質上、PVPと言うのは非常に精神的な負荷がかかる。画面上ではなく画面内で戦うのだから当然だ。
プレイヤーを相手にした時には、向こう側に人がいることをより強く実感する。相手が人間だと理解した上で、それを殺すことがどれだけ苦しいか。
さらには、感覚の再現や没入感がリアリティを引き上げる。
プレイヤーを、と言うよりも人に近い容姿の敵を殺せるというのは少数派なのだ。それもかなりの。
消極的ながら対人が出来るプレイヤーは、あくまで自衛を主とするのが大半だ。
積極的なプレイヤーは、コロッセオのようなそれを楽しむ同士が集まる場所に群がった。
しかしゼンザイのようなタイプは違う。
偶然コロッセオにいるだけで、楽しければどこでも良いのだ。なんとなく対人戦をしていて、とりあえずプレイヤーと戦っている。
するだのしないだの考える必要はなく、出来る出来ないを論じる必要もない。
ただ、敵を倒すゲームだから敵を倒しているだけなのだ。
ある種の思考停止。だからこそ彼らは悩まない。プレイヤーだろうとNPCだろうと平等だ。
確実に息の根を止めに来る。躊躇い無く殺しに来る。
今もそうだ。
加減することなくメイスが振り回され、ジマーマンは滅多打ちにされていた。
「ぐ……、があぁぁぁっ!」
必死に距離をとろうとするが、追いすがられ叩かれる。
防御体勢を固めて、被ダメージを少しでも抑えようとするので精一杯だった。
(少しは躊躇えよ!)
まるで遠慮すること無く振るわれるメイスに怒りすら覚える。
打たれるごとに鈍い痛みが身体の芯に響く。
左肩は初撃で砕かれて動かせず、弓は持っていることも出来ずに取り落とした。あったところで片手では射れないが。
右手に握るサブウェポンのダガーは頼りない。
「……ふ、ぐぅっ!」
また一撃貰った。リアルなら内臓が破裂しているだろう。
メイスが容赦なくボディにめり込む。
HPはもうすぐレッドゾーンだ。
きっともうすぐ止めを差しに来る。
そんな予感があった。
ジマーマンはダガーを握る手に力を籠める。
そこが狙いだ。こちらが追い込まれているからこそ気が緩んでしまうところを刺す。
先ほどまでのコンパクトな振りから一転、大振りの威力重視な一撃。
(来た!)
待ち望んだ瞬間である。
「【パラライズ】!」
まずは足を止めさせる。
近接補助用の状態異常呪文。麻痺で動きを鈍らせ、背後に回りクリティカルを取りにいく。
「【スタブ】!」
首目掛けてダガーを突き込む。
弱点部位はダメージが跳ね上がる。スキルによって攻撃力に補正をかけて、一気にHPを削るのだ。
さらにあわよくば出血状態の付与も狙っていく。
肉を裂く手応え。クリティカルだ。
ズブリと首筋に深く突き立てられた刃物は、自分がしたことと言えど気持ちの良いものではなかった。
奥歯を噛み締める力が強くなる。
そして、目が合った。
ぞわりと総毛立つ。
【パラライズ】を当てたのにゼンザイは動いていた。
効かなかったのか。
まさかもう回復したのか。
「【シールドバッシュ】!」
振り返り様に叩きつけられた盾は、ぐしゃりと音を立てて顔面を粉砕した。
吹き飛ばされた身体が力なく床に落ちる。
その一撃でHPが0となり、ジマーマンの敗北が決まった。
ゼンザイの勝利である。
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ジマーマンさんは銀行員です。




