10.鍛冶屋はある種のロマン
──さてさて、調べた結果としてはまず「手遅れ」と言わざるを得ない。
もうどうにもならんくらいに拡散されていた。
公式サイトと公式の動画チャンネルにコロッセオデビュー戦動画は掲載されていて、今から申請して下げてもらってもと言うところだ。
もちろんやらないよりやった方がマシなのだが、運営としては掲載中止は考え直して欲しいと考えているようだ。問い合わせた時にやんわりとそう告げられた。
結局のところ、諦めるしかないようである。
仕方ないから運営の肩を持つか。
幸いなことに、プレイヤーネームは拡散していない。動画では見た目しか分からないのだ。
それにキャラクターのビジュアルは特徴が薄いため、本人か聞かれたとしても他人の空似でごり押し出来るはずだ。そもそも聞かれるかも分からない話ではあるし。
加えて、コロッセオ外に出なければ接触するプレイヤーの数自体を抑えられる。
地下街にはいくつもの店があった。当分の間そこで過ごせるはずだ。
経験値やお金稼ぎも全部試合で賄える。
しばらくやり過ごせば私のことなど忘れ去られるだろう。
つまり、コロッセオとその地下街に引きこもる。それが今後の方針となる。
と言うか、しばらくどころかずっと引き籠れるだけの環境であるため、外に探索に出る必要性が無いとすら言える。
……今後の見通しが立つと少し気が楽になった。
やることそのものは今までと変わらない点が良い。
因みにオクタウィ臼から聞いたウサギが暴れる動画も視聴した。他人があたふたするのは見るだけなら実に面白かった。個人的には、ボウリングよろしくプレイヤーの集団を突進で撥ね飛ばすシーンが気に入った。
私は戦いたくないが。
今回の予定としては、まず装備の更新だ。
さすがにいつまでも初期装備とはいかない。火力も防御力もほぼほぼ0のこれらは飾りにも等しい。
それに使い続けても破損しないのが初期装備の利点ではあるが傷まないわけではない。無理に使い続ければ、わずかな性能値が低下するとあっては変えざるを得ない。その低下も既に始まっているとあれば、装備更新は喫緊の課題だ。
目星はつけてある。
地下街中央の広場に面した鍛冶屋で扱っている武器を見た。購入可能になるまで資金も貯めた。
……防具は後回しだ。残念ながらそこまでの余裕が無い。
武器を買った残りで届くのは、かなり低いグレードの物だけだった。初期装備と大差ない物に買い換える必要があるとは思えない。
そうしたわけで、入店である。
ドアを開ければ備え付けのベルがチリンチリンと音を立てた。
木張りの床と壁には傷やへこみがあり、幾本もの槍が立て掛けられていて、数打ちの剣が無造作に突っ込まれた箱が置かれていた。あまり広くない部屋の隅には、西洋甲冑が飾り台に立てられている。
武骨な男がカウンターにいた。
背の高くないその男は、いかにも鍛冶屋然とした風貌であった。肩幅の広いガッチリした体格に、熱で縮れた髪、節くれだった太い指とゴツゴツした拳に太い腕は火傷の跡だらけだ。
白いシャツの上から作業用の分厚いエプロンを着けた彼は、つるりとした顎を撫でながら言った。
「金は貯まったか? 若いの」
本人的には小声のつもりだろうが、とても大きく通りの良い低い声だ。
このグレゴリーという鍛冶師は、武具店を経営している住人だ。
意外と親切と言うか、聞かれたことにはきちんと答えてくれる上に、求めれば武器選びの助言もくれた。今回の装備更新において大いに助けとなってくれた御仁だ。
彼の薦めに基づいて、今回選んだのはこちら。
〔ブロンズメイス〕:攻撃力 16
〔バックラー〕:防御力 12
品質が良いので満足している。品質は装備の耐久力に直結するため、かなり重要なファクターだ。だがこの装備耐久値、【鑑定】系統のスキルがなければ見られない曲者で、頻繁に鍛冶屋に持ち込んでメンテナンスをする必要がある。
メンテナンス費用で防具を買う資金が貯まらないぞ。
因みに初期装備から比較して、攻撃力は倍になった。防御力にいたっては盾だけで元の三倍近くになる。
いかに初期装備が弱いかがよく分かるというものだ。
実際に、装備が良ければ勝てただろう試合もあった。と言うか一番最後の試合がそれだ。そこで負けたため、防具は置いておいて武器だけでも先に更新しようと決めたのだ。
盾だけでも早めに更新しておけば良かった、とあの時は後悔した。
この2つを購入して手持ちはもうすっからかんになった。
アイテムまで売り払う羽目にはなっていないから無一文まではいかないが、それでもクレジットは500かそこらだ。
さて、折角装備を更新したのだ。
十全に扱えるようにステータスの方も調整しよう。
とっておいたポイントをささっと割り振って完成だ。
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<名> ゼンザイ
<レベル> 9
<メイン職業> 闘士
<称号> エヘイエーの戦士
<ステータス>
⚫STR【55】(+6)
⚫INT【10】
⚫VIT【30】
⚫MND【30】(+3)
⚫RES【30】(+3)
⚫DEX【15】
⚫AGI【20】
⚫LUC【10】
⚫保有強化値【0】
<スキル>
⚫【インパクト】 ⚫【パワーガード】
⚫【シールドバッシュ】⚫【キュア】
⚫【ヒール】 ⚫【踏ん張り】
⚫【筋力強化】 ⚫【精神強化】
⚫【祈り】 ⚫【抵抗強化】
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スキルはまだ変化していない。早々、強化だの進化だのをしていてはゲームバランスが壊れてしまうため仕方の無いことだが、待ち遠しいものではある。
【キュア】をどうするかはまだ悩み中である。
結局活躍する機会はほぼ無くスキルセットの枠を潰しているだけなのだが、しかしいざとなった時に役立つ可能性を考えてしまって外すに外せないでいる。多分別のスキルと交換した方が良いのだろうが、なんとなく愛着が湧いてしまっていることも原因だ。
いつか化けるのでは、そんな思いが消えない。
対人では腐るだけと言う私の冷静な部分は、ぼんやりした期待に抑え込まれていた。
スキルのセット枠は最大15まで拡張されるらしいが、まだまだ条件が満たせていない。とりあえず、レベルを15まで上げなければ1つ目の枠を開放出来ないので、試合をバリバリこなす他無いようだ。
何か新しいものを増やしたい気持ちもあるのだが。儘ならないものだ。
ステータスの方は良い具合に育ってきているのではなかろうか。
ここから先はSTRとMNDを優先的に伸ばしながら、バランスをとりつつ育成していく感じだろうか。
強化系スキルの小数点切り上げがえらすぎる。どう考えても今のところこれが一番すごい。
装備を更新してステータスも強化した。
心機一転、新たな試合に挑むとしようか。
これが記念すべき十戦目である。是非とも勝利で飾りたいものだ。
コロッセオメニューから試合へのエントリーを選択する。
武器の慣らしをしていないがいけるだろうか。
ボタンを押したり何かを決定したりした瞬間に重要なことに気付くのは間々あることだと思う。
今がそうだ。気持ちを切り替えすぎて、頭からそれがすっぽ抜けていた。
「しまっ……!」
対戦が決定し、試合会場であるあの箱の中へと転送される。
開始までにどうにか慣らさなければ……!
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現時点でのゼンザイの戦績は9戦7勝2敗です。
9戦目は火力不足と低い防御力でダメージレースに負けて敗戦しました。まあ、もう一敗の方は普通にボコられましたが。