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9.未知との遭遇

ウィーーーーッ!!!!


「よぉう!

あんたが1番目だねえ! いいねえ! 風格があるよう!」


 何度目かの試合を終えて、地下街に戻った途端に脇から声をかけられた。

 陽気で親しげで、少し軽薄そうな低い声だ。

 なんだこいつ。と声の方を見やれば、そこには大柄な男が立っていた。

 ドレッドヘアを垂らした髭の濃い男だ。


 あまりのインパクトに返事を忘れる。


「おいおい、無視かい? 無作法かい?

そいじゃあ、お先に自己紹介!

俺はオクタウィ臼さあ!

よろしく頼むよ、ご同Hi(ハーイ)!!」

「……あ、ああ。よろしく、オクタウィウス。私はゼンザイだ」

「あー、ソーリー。

オクタウィ臼は最後が漢字の臼なのさ。

本物へのリスペクトは欠かせない。あくまで俺は別物さ!」


 空に指で文字を書きながらオクタウィ臼と名乗ったプレイヤーは、にこやかに手を差し出してきた。

 それに応じて握手する。


 

 まずは名前に呆気にとられていた。

 オクタウィウスは古代ローマだかの偉人の名前だ。世界史で見た気がする。チョイスもそうだが、そのまま名乗ろうとしない姿勢と良い、ギャップがすごい。



 オクタウィ臼はドレッドヘアに髭の大男だ。目鼻立ちがはっきりしていて顔が濃い。サングラスが似合いそうだがまだ無いからか、隠されていない円らな瞳は優しげだ。ギャップがすごい。


 日に焼けた肌を革鎧で覆って、弓と矢筒を背負っている。狩人のようだ。サブウェポンとしてナイフが腰に提げられている。一緒に可愛らしいウサギ型のアクセサリーも。ギャップがすごい。



 改めて見てもインパクトの強い人物だった。

 思わずまじまじと見てしまったが、それに怒るでもなく納得の様相を見せているのは本人の慣れか人の良さか。


「いきなり声かけて面食らうのは分かるぜ!

でも少し話ながら飯食らおうぜい!」

「……ああ、そのラップみたいな口調は?」

「失礼しました。これはロールプレイなのですが、初対面では控えるべきでしたね」


 ──いきなり落ち着くなよ。

 物腰柔らかに丁寧な態度をとられると、ギャップがすごすぎて脳がバグる。

 オクタウィ臼はきっと社会人だ。それもバリバリ働いているタイプの。急に背筋がビシッと伸びるとこちらまで釣られて居住まいを正してしまう。

 リアルの詮索はご法度故に私も触れる気は無いが、ロールプレイの方に戻してもらうべきだろう。


「いやいや、すまない。口調はさっきのままで構わないよ。

そうだな。どこか店に入ろう」

「おおう、サンキュー!

ならコロッセオに入り浸りなyouにオススメがあるよう!」



♦️



 オクタウィ臼に連れられてやって来たのは、地下街の中央から少し北に外れた店だった。

 道すがら聞いたところでは、地下街では珍しくうどんが食べられるそうだ。

 彼の好物らしい。ゴボウの天ぷらトッピングが一番好きだと言っていた。

 私は何を聞かされているんだ。



 うどんを待ちながら向かい合って座る。

 店内は外観通りそこまで広くないが清潔だった。古びているものの小綺麗で、味は想定していたよりも期待が持てそうだ。


 小さなテーブル席のために対面の圧迫感がすごい。

 わずかな時間だが話した印象として、オクタウィ臼は悪い人間ではなさそうだった。

 口調に反して喋り過ぎないと言うか、聞くことが出来るタイプなのだ。

 ロールプレイで取っつきにくさはあるが、意外と付き合いやすそうであった。


「それで、私に何の用かい?」


 雑談、美味しい店や良い武具店の紹介と他プレイヤーの失敗談、を遮りこちらから切り出す。

 正直なところ、でかいウサギが暴れまわった話はもっと詳しく聞きたいが、それよりも先に聞くべきことがある。


「私が一番目、とは何のことか教えてくれるよね」


 視線が逸らされた。

 気まずそうに瞳がさ迷う。そこまで描画出来ることに驚きつつ、圧をかけていく。


「これ、コロッセオに入った順番の話だろう?

なんでそんなのを知ってるのさ」

「あー、……そうだねえ。よく分かったねえ」

「何人知ってるんだい」


 逡巡の後、オクタウィ臼は口を開く。「みんなさ」と。

 みんなだと?

 それが誰を、どれだけの人を指すのか分からず戸惑う。

 すると、私が何か口にするよりも前にうどんが来てしまった。


「食べ終わったら教えるよう」


 一時休戦である。

 そうして2人でうどんを啜る。


 うまい。

 駅の立ち食いみたいな味わいだ。高級感は無く、素朴と言えば良いだろうか。

 鰹と椎茸の出汁の違いまで再現され、飲んでいてじんわりと落ち着くつゆ。やや柔らかめの細目のうどん。少しのねぎとほうれん草。




 つゆを飲み干して空になった器を机に置き、ほうっと一息吐く。


「さっきの話だが、みんなはみんなさ。不特定多数だよう」

「はあ?」

「公式が動画を出したのさ。プレイヤー初のコロッセオデビュー戦、ってね」

「はあっ!?」

「驚くよなあ、無理もない。でも利用規約でプレイの様子を動画化するのは公式の権利なのさ。削除させるには申請が必要だよう」


 うわぁ、と呻きながら天井を仰ぐ。

 うまかったはずのうどんの味はとうに忘れて、口の中には苦いものが広がっていた。

 精一杯好意的に捉えて、有名人になったというところか。

 普通に考えれば晒し上げだ。

 げんなりしてしまう。


「まあ、でも。遅かれ早かれ俺らはきっと気付いたよう! そいつは間違いない!」

「……どうしてだい?」

「あんた、養成室に居なかったからな。1度も姿見せないでコロッセオデビューまで漕ぎ着けるのは、サービス開始直後じゃ無理さあ!」

「マジかぁ……」


 盲点、いや迂闊だっただけか。

 クエスト『戦士の証明』をクリアしても、デビュー戦はすぐに受けられないらしい。

 その後にはレベル上げや課題クリアでデビュー戦が組まれるとのこと。

 コロッセオでデビューしなければ付随した施設の開放はされないため、この地下街に居るプレイヤーはその準備段階でほぼ全員が顔見知りになっているのだと言う。あくまでサービス開始から間もない現在だけの話だと言うが、問題なのは今なのでそれは何の気休めにもならない。

 それでその全員に含まれていないのが私で、偶々見つけて声をかけたのがオクタウィ臼になる。


「あー、……しっかし俺たちが一戦か二戦しかしていないのに、もう七勝とはねえ! やるねえ! とんでもねえ!」


 呆れたようにオクタウィ臼が言った。


 そんなことまで知られているとは。

 だが多分これも公開情報なのだ。

 まあコロッセオなので、戦績については仕方ない。それよりも、この分ではもっと色々公開されているだろう。サービス開始前とはだいぶ環境が変わっているに違いない。

 一度調べ直しておく必要がある。


 うどん屋を後にしながら、今後の予定を立てる。

 情報収集に、武器防具の更新、更なる試合に、ステータスの割り振りか。

 情報収集をリアルで優先的に行って、他は次のログインで良いだろう。


 これでログアウトすることを伝えると、オクタウィ臼はフレンド申請をしてきた。

 拒否することでもない。その場で受諾する。

 なんとまあ風変わりだが、初フレンドである。



ご覧いただきありがとうございます。

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