1.私ではない私になる
息抜きで書いていたものが溜まっていたので放出しようと思います。
《──Welcome to 『Ours Inner Garden』!》
《ようこそ、いらっしゃいませ。我々は貴方の来訪を歓迎します。
この箱庭には、今、変革の時が訪れています。
それがより良いものとなるように、貴方の助力を期待します。
武器を振るい、戦うも良し。物を作り、売るも良し。住民と親交を深めるのもまた良し。全てが貴方の選択次第です。
どうか悔いることだけは、無いように。
──では改めて。我々は貴方の来訪を歓迎します。》
そう書かれた薄い水色のボードが1枚、何もない空間に浮かんでいた。
他には何もない。壁も天井も床もなく、そもそも私の身体もない。
波間に漂う感覚ともまた異なる。ただそこにいることだけが分かる。
そんなぼんやりと白く輝く空間で、メッセージだけが存在している。
だが驚くことはない。
これはあれだ。キャラクターメイキングの前にちょろっと入った演出だ。
VRMMO『我らの箱庭』。
箱庭ならminiature gardenだろうと思うが、わざとそうしているからには何か意味があるのだろう。我らって誰だか分からんし。
それで、そのゲームを起動したのがほんの少し前になる。
ゲームの中に入るという感覚にもとうに慣れた。精度こそ低いがVRゲームは他にいくつもあるのだ。経験はそちらで多少なりとも積んできた。
どういう仕組みで五感の再現をしているのかは知らないが、別に自分で組み上げる物でもなし。スマホのように使い方さえ知っていれば困ることはない。
他のゲームによくある荘厳なBGMや世界観を紹介するオープニングムービーなどは無く、起動してすぐにこの空間に放り出されていた。
ある意味インパクトは抜群だ。
一山いくらのクソゲーでもタイトルロゴくらいは入れるぞ、多分。
さてどうしたものかと思案していると、チカリとボードが光を発した。
《2回目以降のログイン時には、この空間にタイトルが表示されます。ご心配無く。》
見透かされたかのような、いや真実、考えを見られていたのだろう。
あまりにもピンポイントなメッセージだ。
しかし初手からなんだか煽ってきてないか?
ちょっと不安になってきた。対応に我を出してくるあたり、クソゲーな感じがする。
だがこちらの思いなど知ったことかと、メッセージは更新される。
それに対して、文字通り手も足も出ない私は眺めることしか出来ない。身体が無ければ邪魔することも勝手に進めることも出来ないわな。してやられた気分になる。
《これより、箱庭を探索する貴方の分体を作成します。》
メッセージボードにそう表示された途端、私は身体を持っていた。
「うおっ!」
突如として出現した手足と、それを通して伝わる感覚に思わず驚きの声が出る。
この場所寒いのな。明るいし、てっきり暖かいのかと思ってたわ。
簡素なシャツとズボンは現実の私の持ち物ではないが、手足を見たり身体を触ってみれば現実の私にそっくりだ。他ゲーよりも再現度が上回っている。
次世代機の触れ込みは伊達ではなかったと言うことか。……これ、次世代どころかそのまた次くらいまで行ってないだろうか。
指先まで血が通う感覚すら再現するのは、さすがに正気の沙汰と思えないんだが。
しげしげと指先を観察していると、メッセージボードが再び更新された。
《気に入られたようですね。では、ステータスの設定をしていきましょう。》
そこでふと思う。
このままではリアルバレするのでは?
現実そっくりな感覚や体つきに合わせて、顔もそっくりな可能性は高い。
別にイケメンにしたいわけではないが、さりとてネットの海に素顔で飛び込むのは憚られる。
自意識過剰と言うか警戒のし過ぎと言うか。しかしネットリテラシーを叩き込まれたこの身なれば、きっと素顔ではゲームを楽しめなかろうと思う。
そんな危惧に反応したのか。
気の利くメッセージボードは、鏡のように私の顔を映し出した。初めてこいつに感心したかもしれない。
やはりと言うべきか。
現実の私にそっくりな顔がそこにあった。
メッセージボードに手を伸ばせば、タッチやスワイプで操作が出来るようである。
ある程度自由に顔を作れるみたいだ。正しくメイキング。
だが1つ、困ったことがあった。
悲しいことに、私にこの手のセンスは無いのだ。
いっそ皆無と言って良い。
眼や髪の色を変えるとしても、似合う似合わないがあるだろう。職業柄、ピアス染髪はNGなために興味はあれどやったことがない。
つまり、完成図の予想もその良し悪しの判別も難しい。
と言うかそもそものセンスに欠けているのだ。年中ジャージかスーツだし、髪型はこざっぱりしていれば良いといつも理容師に任せきりだ。
お洒落が分からん。
数秒悩んで思考を止めた。
出来ないなら出来る奴にやってもらおう。
あと、もうちょっとファッション誌に目を通そう。
キャラクターメイキングの画面左下には、あるコマンドが。
《テンプレートから選択しますか? yes/no》
承諾してテンプレート1を選択する。2でも3でも良かったが、1番目ということは万人受けするだろう。
そうして、道行く人10人に聞けば10人が普通と答えるだろう成人男性が爆誕した。
黒髪黒目の純日本人な顔立ちに、太くも細くもない眉、大きくも小さくも高くも低くも無い鼻。えらがはっているわけでも、髭が生えているわけでもない。
ひたすらに普通。別に格好よくも悪くも無い、印象の薄い顔だ。
強いて特徴を挙げるのならば、少し切れ長な目くらいのものか。
ザ・無難。
そう形容するべき顔に満足する。
いや、ここからリアルの私に繋げるのは無理だ。全くの別人であるからな。
まず、ゲーム内のこいつの顔を覚えることが難しいだろうよ。特徴が無さすぎて記憶に残らないタイプだ。
さすがに無個性過ぎる気がして、前髪を後ろに撫で付けてみた。オールバックにしてみたところ、前髪が一筋垂れて額にかかる。
ああ、これでいいな。
ちょっとばかり胡散臭さが出て、ただ者じゃない雰囲気がある、ように思える。
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……テラフォのジェットが好きなんですよ