表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界派遣社員の渇望  作者: よぞら
水の章
8/41

壮途

「ヨウちゃーん」


 使いこなすことすらできない能力で何をどうして裏ボスと隠しボスを攻略するのかとへこたれていると服装の変わったチルがスタジアムへやってきた。胸元の空いた白シャツにタイトなミニスカートに黒いストッキングと無駄にセクシーだ。


「この4日間、試行錯誤しているみたいね。」

「4日?」


 時計もなく夜にすらならない空間で時間の経過が分からないうちにかなりの時間が経っていたようだ。水も食料も睡眠も要らず疲労のない体は便利であり不便である。スタジアムに時計が置いてあるが表示が地球と異なりあまり時間経過感覚の参考にならない。


「その様子だと時間もわからないくらい頑張っていたみたいね。」


 4日前と何一つ変わらないヨウとスタジアムを見回すチルの背後から人影が現れた。


「ヨウちゃんに紹介したい人がいるの。補助調律師の通称ヒメ。貴女専属の護衛よ。」


 そう言って紹介されたのはどこにでもいそうな容姿で桃色がかった灰色の髪と浅葱色の瞳を持つ杖を付いた老年の男性だった。


「ヒメェ!?」


 縁側で教本片手に老眼鏡かけて囲碁か将棋の研究などをしていそうな老爺の名前がヒメとは失礼と分かっていても三度見してしまった。それも護衛とは仰天である。お世辞にも強そうには見えない。重そうな荷物を持っていたら親切な人に声を掛けられ、バスや電車などでは積極的に席を譲られそうな守られる側の見た目だ。


「あはは。わかるわ。どう見てもヒメって顔じゃないわよね。シドさんのネームセンス疑うわ。あ、でもヒメちゃんは元警察特殊部隊でとても強いから安心して。剣道、柔道、空手の有段者だし狙撃経験もあるのよ。固有特殊能力の重力操作を使いこなして人間離れした動きするしね。」

「何それずるい。」


 自分は攻撃性があるどころか役に立たなそうな能力で使えてすらいないというのに。ただでさえ強そうな経歴の人に有能な力を授けるなど不公平だ。天は二物を与えずと言う諺は無能な人間の為の慰めだと認めざるをえない。


「お話は終わったかな?お嬢さん方。」


 コホンと咳払いをして縁側でお茶をすすっていそうな普通の老人の声でヒメが話かけてきた。本人を前にしてかなり失礼だったかもしれないとヨウとチルは笑ってごまかした。


「俺は補助調律師の姫乃 清。2009年の67歳だ。護衛任務を40年しているから腕は信用して欲しい。名前は好きに呼んでくれていい。」

「じゃあ、ヒメ爺ちゃんで。」

「あはははははっ」


 ぶっきら棒な頑固爺と失礼を自重しない小娘のやり取りにチルは腹を抱えて笑った。


「あー面白かった。じゃ、役者が揃ったところで勇者ヨウちゃんの冒険をはじめましょうか。」

「いや、私の能力まだ使えないんですけど。レベル0なんだけど。」

「あー。四苦八苦してたからボスに聞いてみたら能力の開花は才能に左右されるし状況にもよるから刺激を与えたほうがいいって助言されたのよ。それを聞いたシド統括からさっさと現場に出して実践させろですって。就職氷河期世代はスパルタよね。」


 もはや残念過ぎで言葉も出なかった。未だにヨウの能力は無能で未知のままなのだ。




。+・゜・❆.。.*・゜hunger゜・*.。.❆・゜・+。




 ヨウは絶望に顔を歪ませたまま最初に勉強をした石造りの部屋へ連れてこられていた。隣にはヒメ、正面にはチルが座りテーブルにはアフタヌーンティーのようなティーセットが並んでいる。

 全員食事を必要としない体だが、食べる楽しみは失っていないようだ。


「それにしてもヴィーと破壊神(アポック)の捜索なんて大変ね。彼らは何所でも生きられるから捜索範囲は陸空海の世界中どころか宇宙まで。おまけに破壊神(アポック)は身体的特徴以外不明ときたもんよ」

「チルさん。なんでそんなに嬉しいそうなの?」


 前途多難。お手上げ状態ではないか。最近のゲームは一度クリアしたり、数々の条件を満たさないと裏ボスや隠しキャラは現れないがこれは現実だ。攻略情報0な上にコンテニュー不能の一発勝負なのだから辛い。


「2人ともとっても美人らしいわよ?800年前に世界を滅ぼす破壊神(アポック)を見た人は神様に例えたらしいわ。ヴィーの素顔も神秘的よぉ。チュートリアルのシドさんは逞しくていい男だったけど作り物だものね。」

「私のときは綺麗な男の人だったよ?」


 48歳の中年男性が中身の美青年とはたしかに厳しいものがある。それ以前にヨウは3次元の男に興味はない。2.5次元なら大好きだがTVや雑誌の中での遠い存在に限る。同年代の男子等子供っぽくて論外だし、父親はスイカ腹の中年男性だ。


「チル統括補佐。いい加減真面目に話せ。」


 話の進まない状況に痺れを切らしたのはヒメだった。生活指導の鬼教師も老化したらこうなるのだろうかと呑気にドーナツを食べながらヨウは思った。


「ヒメちゃんは女の無駄話に耳を傾けたほうが良いわよ。怒鳴り散らさないだけマシになったけど、昨今甲斐性だけじゃ女はついていかないわ。」

「無駄口を叩くな。小娘が!俺を誰だと思ってる!」

「昔気質の大黒柱気取って威張り散らして定年後に奥様に捨てられた上に、お子さんもお孫さんも疎遠になって孤独な老後を過ごすことになった可哀想なお爺ちゃんでしょ?」


 図星をついたチルの冷静な返しにヒメは頭から湯気が出そうなほど怒り音を立てて立ち上がる。開いた口から罵詈雑言が飛び出す前に、ヨウがフォンダンショコラを詰め込んて塞いだ。


「ふごっ。」

「ヒメ爺ちゃん血圧上がるよ。」

「あら、ヨウちゃんナイス!」


 手際の良すぎるヨウにチルは拍手を送り、ヒメは口いっぱいに入れられたフォンダンショコラをなんとかするために咀嚼しながら座った。その目は恨めしそうにヨウを見ている。


「家の爺ちゃんも頑固でねぇ。母さんと爺ちゃんの喧嘩みたいだったよ。」


 他意はないだろうがヨウに母と同列に扱われたチルは密かにショックを受けた。その様子を感じ取ったヒメの機嫌は回復しざまあみろという視線を送る。正面から受け止めたチルは大きめの咳払いをして真面目な表情をする。


「まぁ、手がかりが全くないわけじゃないの。ここ数十年、ウォールのα元素濃度が他の浄化地帯に比べて濃くなっているの。そのせいかα元素変異種が異常発生しているわ。α元素変異種処理専門の調律師を派遣してなんとか被害を食い止めている状態ね。」


 浄化地帯は始祖の箱庭だ。α元素が皆無に等しくなる筈が濃度が高まり、α元素変異体の異常発生など道理が通らない。


「そしてこの四日間でアルドにいた調律師が複数人、消息を絶ったわ。全員アルド専属の諜報員だったの。」


 現在活動する調律師が消息不明になることは消滅する以外にない。全ての調律師を管理しているシドが見失ったとしてもレイが世界の何所に居ても見つけ出せる。全ての調律師はレイの眷属であり、つながりを断つことは出来ないはずだ。同じ始祖でない限り。


「消息不明の調律師の件はアルドにヴィーがいるんじゃないかって思うのよね。完全な始祖の力を使えて自由に動けるのはヴィーだけだもの。そして言う間でもなく破壊神(アポック)破壊神(アポック)に関係する何かがウォールにいると思うの。それならα元素濃度もα元素変異体の異常発生も説明がつくわ。今は各支部の調律師と追加派遣した調律師が重点的に調べているけど二人に関する決定的な手掛かりがなくてね。ウォールに関しては浄化している始祖の力が衰えた可能性も視野にいれてたけどご本人様はピンピンしているからありえないだろうし。」


 チルが青いサイコロ状の物体を弾くと、宙に映像が映された。真っ白い髪に赤い瞳の美少年と金髪に碧眼をした中性的な美人。ゲームのキャラクターならば絶大な人気が出るであろう完璧な容姿の二人だった。


「凄い……ズルい……現実にいるの?こんな人達。」

「白い方が1000年から800年前のヴィーで金色の方が当時の目撃情報を参考に作った破壊神(アポック)よ。少なくともヴィーはこの容姿で実在しているわ。」


 この姿を見せられた後に鏡をみたら立ち直れなくなりそうだ。性別すら超越した嫉妬すら沸かない圧倒的な絶対美である。


「とりあえず、貴女はヴィーの手がかりがありそうなアルドへ行ってくれる?現地には諜報員の統括直属実働調律師の通称ウメがいるわ。必要なものは管理調律師の通称ユキが手配してくれるから。」


 説明しながらチルがサイコロ上の装置を操作すると浅黒い肌に蜂蜜色の髪と目をした野性的な容姿の男と少女漫画から飛び出したような金髪巻毛の王子顔の男が宙に立体で映る。


「ウメとユキって……。」


 悪意的な作為を感じるネーミングセンスである。

 苦い何かを飲み込むようにジュースを啜るヨウへチルは青い立方体の石が付いたカフスとブレスレットを差し出す。ブレスレットは身分証明書のほか財布や地図機能など多機能ツールが入ったティスクと呼ばれる世界の必需品だ。カフスは専用の付属品でありイヤホンマイクと同等の機能を持っている。


「必要なものは現地で揃うからコレさえあれば手ブラで大丈夫よ。一応、全ての調律師と連絡取れるようになってるから。使い方はわかるわよね。」


 チルの確認にヨウは頷く。まるで最初から知っていたかのように使用方法が記憶されている。レイの洗礼は至れり尽くせりだ。


「アルドの行き方は頭に入っていると思うけどヒメが先導するわ。先ずは観光でもして楽しんでね。そのうちユキちゃんが迎えに行く手筈になっているから。」

「観光してて良いの?」


 メインストーリーそっちのけでサブストーリーやクエストなど寄り道は大好きだが、そんな呑気に過ごして問題ないのだろうか。


「ヨウちゃんは例外だからね。この世界に来た根本的な経緯からして私達とは違うのよ。」

「どうゆうこと?」


 その問いに、ただ笑うだけでチルが答えることはなかった。そうなればヨウは大人の事情と無理やり納得するしかない。


「ヨウ。行くぞ。」


 数秒の沈黙に焦れたヒメが出発を促し、有無を言わさず歩き出してしまった。


「待ってよ。ヒメ爺ちゃん。」


 置いていかれてはたまらないとヨウは慌ててヒメを追いかけた。


「いってらっしゃい。最弱勇者のヨウちゃん。」


 祖父と孫娘のような凸凹コンビの不穏な門出は誹謗中傷のような言葉で見送られた。

◆ヒメ…補助調律師専属護衛。姫乃 清。2009年の67歳+8年。固有特殊能力『重力操作』

◆ユキ…アルド支部の管理調律師。少女漫画から飛び出したような金髪巻毛の王子顔の男。

◆ウメ…統括直属の実働調律師。浅黒い肌に蜂蜜色の髪と目をした野性的な容姿の男。


ゲームなら適当に読み飛ばす始まりの町のチュートリアルその③

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ