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異世界派遣社員の渇望  作者: よぞら
水の章
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雪遊

「ジャジャーン。水鏡の箱庭が誇る調律師専用スタジアムよん。」


 眠気を誘う勉強が終わり声高々に紹介されたのは陸上競技場のような半球体のドームに覆われた広間だった。幸いなことに屋根があるので降り続く雨に濡れる心配はない。


「では、身体検査をはじめまーす♡」

「え??」


 そう言って身体測定後に新学期に体育の授業でやらされたような記憶に新しい種目をいくつかやらされた。

その結果が次の通りだ。


  身長154㎝

  体重45kg

  50m走7.6秒

  持久走(1000m)4分

  走り幅跳び310cm

  懸垂34回

  垂直跳44cm

  背筋72kg

  握力24kg


「学校で測った結果と変わらない。身体強化どこ行ったの?」


 具体的には学校で新学期に測ったものより良い結果の種目が多いが微々たる範囲だ。ヨウは愕然とチルに詰め寄る。


「身体強化は防御力の向上だもの。身体能力はそのままよ。でもエネルギー摂取不要でスタミナ無限だから疲れないでしょ。」

「高層ビルの上までジャンプしたり10mくらいの崖を飛び越えたり水の上歩けたり残像しか見えないくらい早く動けるんじゃないの?」

「そんな身体能力の人間いないわよ。」

「酷い。詐欺だ。」


 実のところヨウは身体強化をかなり楽しみにしていた。しかし結果は惨敗だ。確かに息切れもせず疲労感もないがそれだけだ。運動能力が地球のままだなど信じたくなかった。


「次は身体強化検査をするわよ。」


 涙目で脱力しているヨウに構わずチルは次へと進行する。


「身体強化検査?」

「付与がきちんとされているかの検査よん。」


 痛覚無効や再生能力、耐性などの人外能力が既にあるのだ。付与できていなければ取り返しのつかないことになりかねない。

 スタジアムの隅にあるガラス張りの空間へと誘導された。

 検査と言われて何をされるのか恐ろしく感じたが、椅子に座ったまま氷や赤い石を握らされたり細い針を刺されたりと簡易なものだった。多少の冷たさや温かさは感じたが不快にならない程度で、針に刺される感覚はあるのに痛みがないとは奇妙な感覚だ。


「問題なさそうね。さすが超再生能力。血が出る前に治ったわ。」


 氷は窒素で赤い石は焼石だそうだ。更に針には猛毒が付いていたたらしい。出来れば知りたくなかったと肝を冷やす。付与がなければ全身に冷や汗をかき、顔色は真っ蒼にかわっていただろう。


「息苦しいとか不快感とかある?」

「特には………」

「大丈夫ね。この部屋の中、真空な上にα元素高濃度になってるのよ。」


 体は平気だか気持ち的には意識を失いたい。ヨウはめでたく人外生物の仲間入りをしてしまったわけだ。チルの話では食事も睡眠も必要ないらしい。それどころか代謝も発汗も排泄もなく、爪や髪も伸びないとの事だ。

 もはや生物ですらない。某SF映画の人型マシーンですら肌が老化するというのに。


「今の私って何っていう生物に分類されるの?」

「異世界派遣社員の調律師じゃないかしら?落ち込んでいるところ悪いけど固有特殊能力の練習はじめましょうか。教育期間はなるべく短くしないといけないからね。」


 容赦ないチルを恨めしそうに見つめながら、ガラス張りの部屋から出るとなんだか開放感があった。真空やα元素の影響だろうか。


「さてヨウちゃんの固有特殊能力は天華蜘蛛だったわね。」

「名前からして良く分からない能力。そもそも天華って何?蜘蛛とか気持ち悪いし。」

「天華は雪の異名よ。。雪には癒しや許し、浄化等の意味があるから楽しみね。スピリチュアル的に蜘蛛は神様からの使者と言われていて、とても縁起の良い生き物だから落胆しないで。」


 特に白い蜘蛛は、普通の蜘蛛よりも神秘的なスピリチュアルパワーを持ち、見た人には必ず幸運が訪れると言われるほどの幸運のシンボルとの事だ。

 チルの言葉通り地球のスピリチュアル的な意味を聞くと無敵のラッキーアイテムのようだが、ここは残念異世界だ。糠喜びになるだけだと未知の能力への過大評価を落ち着かせる。

 そもそも雪は気象現象であり蜘蛛は気持ちの悪い虫だ。なぜ攻撃に使えそうな雷や強そうなクワガタではないのだろうか。


「じゃ、このスタジアムはヨウちゃんが好きに使って良いから能力使いこなしなさいね。」

「えぇ?使い方の指導とかマニュアルとか無いの!?」

「固有能力は人それぞれだから教えようがないのよ。ましてヨウちゃんのは特殊だしね。戦闘要員でもないから指導員もつけられないの。頑張ってね。Good Luck!」


 投げキッスを置き土産にチルはスタジアムから出ていってしまった。

 考えも纏まらず、右も左も分からず暫く呆然としていたがヨウは何とか気持ちを浮上させた。


「蜘蛛みたいに糸が出たり、雪女みたいに天候操ったりするのかな?ホワイトアウトォ!スノーホワイトォ!雪やこんこ霰やこんこぉ!」


 力の限り叫び、妄想の限り雪のイメージを強く浮かべるが結晶の一欠片すら出ることは無かった。

 その後も雪に関する適当な技名を叫んだり、瞑想したりと試行錯誤するが何も起こらない。


「雪……雪よ、出でよっ。樹脂六花!角板!広幅六花!角板付樹枝!樹枝付角板!十二花ぁぁぁぁぁ!柱状結晶群!」


 涙を浮かべつつ雪の結晶の種類を呪文のように叫んでいると心なしか空気が冷たくなったような気がしてくる。これはいい兆候だと続けていると、ヨウの周りだけチラチラと雪が舞った。


「おぉ!雪だぁ。」


 手に取った雪は一瞬で結晶が解けて水となる。ただの雪である。


「攻撃力0なんじゃ………」


 やっとのことで使えた能力は無力であるどころかなんの役にもたたなそうな事態が露呈した。

 そもそも雪は気象現象だ。なぜ攻撃に使えそうな炎や雷ではないのだろうか。雪に何ができるというのか。丸めて投げつけたところで攻撃力は皆無である。

 日本昔話に出てくる雪女のように口づけ一つで男を凍結させる能力ならば御免こうむりたい。まだまだ夢見る年頃であるヨウはまだ出会わぬ初恋相手の為にファーストキッスを大切に保管しているのだ。

 考えれば考えるほど思考は脱線し、軌道修正することもなく時間だけが過ぎ去っていた。


「そうだ、蜘蛛は?蜘蛛と言えば糸とか毒とか?」


 先程の天華のように蜘蛛をイメージしながら力の限り叫び出す。


「スパイダーネットォォォォ。スパイダーポイズン。アラクネ・インフィニティィィ!」


 適当な技名を力の限り叫び、妄想の限り蜘蛛を強く浮かべるが毒の一滴、糸の一本すら出ることは無かった。

◆天華蜘蛛…雪の異名。ヨウの固有特殊能力。


ゲームなら適当に読み飛ばす始まりの町のチュートリアルその②

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