海上
王道とは物事を進めるにあたり、正しいと思われる方法の事である。
正攻法、定番、定石、典型ともいう。
異世界転移とは現実世界に生まれた主人公が超常的な能力や現象で中世ヨーロッパのような世界観の世界へ手にするという特徴を持つジャンルである。
尚、実際の中世ヨーロッパのように狂った性事情や汚物を道へ廃棄、入浴禁止などによる最悪な衛生環境が起こす感染症など都合の悪いことは反映されていなかったりする。
さて、話は戻るが王道とは型に嵌った無難な事である。
現実世界での職場や学校、家庭などでは爪弾きにあったり目立たなかったりする主人公が突然異世界に転移し何故か美少女もしくは美青年と出会いギルド組織に案内され珍しい能力が判明するしたのち、冒険やダンジョンなどで強いモンスターを倒したり誰も手に入れられなかったアイテムを見つけたりして大活躍することが王道パターンだろう。
主人公は現実世界の知識と異世界へ転移する過程で得た特殊な能力を駆使して無双し、異性にもてはやされ町民からは祭り上げられ国家権力者からも一目置かれる存在となることも補足しておく。
とにかく最初からクライマックスの強さを持ち、街や国が抱える問題を次々と解決して所々危うくも大けがなどはすることもなくあれよあれよという間に英雄となることが定石だ。
「そこで質問です。2013年の地球で平凡に生活していた何の特技も知識もない14歳の普通のごく普通の女の子が異世界に飛ばされて与えられたはずの能力は使えず、会話可能の溶けない手のひらサイズの雪の結晶とシーリゾートを楽しんでいるのは何故でしょう?」
≪君の趣向で楽しむ王道とやらがフィクションだからじゃない?いい加減現実見て自身のモブっぷりを自覚しなよ。≫
青い海に浮かぶ巨大なウミガメ型の船に設置されたプール脇のデッキチェアに寝転がりながらぼやくと飾りのように髪に留まる角板付樹枝と呼ばれる形を模した雪の結晶が透き通るテノールで辛口のコメントを返した。
「モブって言うなクソジジィ!」
≪口が悪いよ?ヨウちゃん。≫
「気持ち悪いからちゃん付けやめて!」
クソジジィと呼ばれた雪の結晶もといヴィクトルは何度も繰り返された同じような会話のやり取りに楽しそうに笑った。
「せっかくの異世界で魔王討伐する勇者とか自由気ままな冒険者とかじゃなくて800年の引き籠りの更生と存在するかわからない裏ボスの殲滅ってどんなクソゲーだよ。そして元の世界より文明も科学も発展してて気分は原始人よ。異世界に必ずいる空想生物はいないし、イケメンとの出会いも恋愛イベントもないし、魔法も使えないし、ファンタジーの片隅にも置けない最低ジャンルの異世界転移じゃん。」
≪そもそもヨウがしつこく語ってくる王道とやらは根暗で内向的でさえないやつの妬みと僻みと欲望が編み出した下膳で都合のいい妄想でしょ。現実世界で目立ちもせず役にも立たない奴が世界が変わっただけで活躍できるわけないじゃん。≫
言いながらヴィクトルは氷の解けたトロピカルドリンクを半分凍らせる。取るに足らない事だか人間だった頃のヴィクトルは1億人に1人と言われる程の美少年であり知能もかなり高く主人公気質の見た目と能力を兼ねそろえていた。
≪それにしても良い天気だね。最高のバカンス日和だ。≫
「一年半も飲まず食わず休まずで歩き続けたんだから、このくらいのご褒美当然だし。」
≪全ての行動に見返りがあるって思ってたら人生生き辛いよ。損得勘定も程々にね。≫
「うるさいし。」
イルカのような海洋生物が水上をはねた。環境が似ていると動物の進化も似るヨウだ。
ヨウたちが乗っている巨大なウミガメ型の船は超巨大な豪華客船でありホテル、ショッピングセンター、公園、娯楽施設、マリーナ、飛行場など、海上で多くの宿泊客を収容するために必要な施設で構成されている。一つの街が丸ごと船になったような客船だ。
≪それにしてもさ、デザインはヒラヒラで可愛いけどヨウが着ると半減するね。≫
「おいこら。」
ヨウはトップスがフレア、ボストムがキュロットパンツで白いレースデザインのビキニを着用している。色を合わせた白い麦わら帽子には青いレースリボンがついており可憐だ。
ヴィクトルの言うとおり、平凡なヨウの容姿では愛らしいデザインの水着の魅力は発揮されないだろう。しかし、不快に感じたヨウはゴミを見るような視線を送った。
「異性の見た目にチクチク難癖付ける男なんて顔がよくても最低だから。どうせヴィクトルもB型の女は面倒くせぇとか言って貶すタイプでしょ。」
≪でた、日本人の理解に苦しむ血液型性格診断。血液型と性格に関連性はないよ。人の性格の半分は遺伝だけど残りの半分は環境に影響されて形成されるんだからね。間違った知識で他人の性格を決めつけるなんて恥かくだけだから改めるべきじゃない?≫
見当違いなまともな答えにヨウは面食らうも頬を膨らませてそっぽを向く。
「私じゃないもん。クラスの男子だもん。」
≪14にもなって随分と稚拙な会話繰り広げてるね。平和だからできる事か。≫
プールの正面に設置されたテージで軽快な音楽と共にショーが始まる。その音をかき消すように頭上を軍用機が雲を引いて飛んでいった。
「なんか最近うるさいね。」
ヨウたちがウォールでバカンスを初めてひと月近く経ったがここ数日軍用機の飛行頻度が多発している。島の監視機器や警備する派遣軍も増えたため煩わしくてセルノースのホテルから海上を浮遊する客船のホテルに移動したのだ。
≪少し妙だから調べてみようか。≫
「調べるってどうやって?」
≪ヨウの持ってるティスクに備わってる機能は個人情報の偽造だけじゃないからね。捜査と諜報に適した機能も入ってるから。≫
言いながらヴィクトルは操作を始めるが空中ディスプレイに並ぶ文字は見たこともない記号の配列だ。R-0009の標準的な言語は自動翻訳され、読み書きも付与で備わっている筈だが読む事すらできないということはマイナーな言語か一部の機関が使用する暗号化された文字なのだろう。
≪なるほどねぇ。≫
「1人で納得しないでよ。」
同じ画面を見ているというのに文字が読めないというだけで何も分からないヨウはヴィクトルに説明を促す。
≪どうやら俺たちのここでの目的地に逃げ込んだ何かの容疑者を捕縛するために大規模な作戦があるみたいだね。≫
「えええええええ。」
ヨウ達の目的地は海神が住まうというウォール諸島共和国の中心にある無人島だ。島の住民からすればかなり神聖な島らしく神官以外は足を踏み入れないという常人ならば立ち入る事すらない曰く付きの場所。
「なんか巻き込まれるの嫌だしほとぼり冷めるまでここでバカンスでいいよね?ね?」
始祖に会う過程で調律師に見つかるのは仕方がないとして、わざわざ騒ぎの最中に乗り込んで現地人とまで揉めることは避けたい。ヨウとしては誰にも見つからずにこっそりと入って事を成し遂げこっそりと出てきたい。
≪そうだねぇ、ちょっと軍のデータベース覗いてみてから決めようか。≫
「こんな石ころでハッキングとか。」
≪ハッキングは基本的に相手のデイバス上で行うからこっちのスペックは関係無いよ。いや潜り込めるかどうかで多少は関係あるかな。≫
アポロが月に行った時の指令室のコンピューターのスペックはスマートフォン1機にも劣るというが、科学が進むと高スペック機能をもつ機器は小さくなるようだ。
≪これかな?調律師がヘマしてウォールの警護隊と帝国の派遣軍に追われてるね。この人に見覚えある?≫
言われて表示された画像を見ると銀髪の少年のような少女のような人物が映っていた。全調律師の情報を見たのは1年半ほど前だが微かに記憶に残っている。
そもそもR-0009では髪色や瞳の色が地球より多彩でありゲームのキャラクターのようでヨウとしては調律師の容姿はとても覚えやすかった。
「あー、なんとなく?」
≪こっちは?≫
次いで表示された画像には明るい銀髪に白に近い水色の瞳をした天使の顔のような少年。患っているヨウのストライクゾーンを射抜く容姿だというのに顔を見ただけで祖母の手作り梅干しを食べたときのように表情が歪む。
「……アーシーじゃん。何したわけ?」
≪人に危害を加えたらしいよ。見回りをしていた警護隊と軍の数人が軽傷から重傷。民間人一人が重傷。≫
綺麗にまとめられた報告書のようなモノがずらりと並ぶ。先程の文字列と違い現地の共有の言語で書かれておりヨウにも内容が読める。
「なんか極秘とか軍事機密とか書かれてるんですけど。」
≪そりゃ覗いちゃいけないところ覗いてるし。≫
ヴィクトルのハッキング能力が有能なのか軍のセキュリティが脆弱なのか定かではないが機密事項がこうも簡単に閲覧できるとは由々しき事態だろう。
≪あ、この人。≫
「知り合いでもいるの?」
≪別に。≫
心なしか呆れの溜息を吐いたヴィクトル。表示されている画面にはパイロープ帝国の軍服を着た男と島の警護隊が表示されている。調律師の被害を受けた人物達だ。
≪事情が変わった。バカンスは終了だよ。先にやる事やっちゃおう。≫
「説明してよ、説明。」
ヴィクトルの話はいつも一方的で分かりにくく理解できるとは思えないがヨウとしては何の説明もなく次の行動へ移したくない。
≪面倒だから騒動に便乗してちゃちゃっと終わらせてこの国から離れるよ。≫
「もう一つの悪だくみが終わるまで休暇じゃなかったの?」
≪誤魔化してるんだから気づかないふりするのがいい女のすることだよ。≫
真面目なのかふざけているのか飄々としたヴィクトルの態度にヨウは溜息を吐いた。フィレナキートで一時期黙り込んだときから様子が変なのだ。
「仕方ないから誤魔化されてあげるよ。」
ヨウは帽子を取るとデッキチェアの横に置いた巾着タイプのリュックから元々着ていた服を取り出すと水着の上に着用した。
≪それじゃそろそろ悪い事しようか。≫
「せめて世界の救済とかいいなよ。」
≪善行なら犠牲は出てないよ。≫
髪に留まるヴィクトルを睨みながら帽子を折りたたんでリュックに入れて背負うとヨウは船尾に向かって歩き出す。
「悪ぶるのダサいから止めてほしいんだけど。」
≪ヨウの幻想的な妄想よりは論理的だよ。≫
目クソ鼻クソな言い合いをしながら1人と1片は船尾に設置された柵に乗るとエメラルドグリーンの海へと飛び込んだ。
そのまま海底まで沈むと迷路のような珊瑚礁の中を歩くのだった。
◆王道…物事を進めるにあたり、正しいと思われる方法の事。
◆異世界転移…何かしらの超常的な現象もしくは人為的に現在とは異なる世界へ移動すること。
◆エキィーユ…ウォールの所有するウミガメ型の超巨大豪華客船。定められた船路を一定の速度で遊覧している。客の乗り降りや物資の補給は全て空路から行われており陸に停泊するのは数か月に一回のみ。
主人公が役立たずのまま世界を歩き回った漫遊記(笑)はバカンスの終わりで終幕です。
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