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異世界派遣社員の渇望  作者: よぞら
雪の章
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南国

 『ラグジュアリーな空間で特別な一時を。』


 そんなキャッチフレーズがヨウの頭に流れる。

 白基調のインテリアは高級感が漂い、ホワイトウォッシュの木目調の床も、家具も上品でオーシャンビューから飛び込む青い景色が映えた。


「いやっほーい。」


 ヨウは南国デザインの天蓋付きベッドへダイブした。ふかふかで絶妙な柔らかさで全身が包まれる。


「人間って最高…。」


 陽のにおいがするクッションに顔を埋め、目を閉じて深呼吸。常人であれば心地よい睡眠へと誘われたことだろう。常人であれば。


「このまま20時間くらい寝たいよう。」


 睡眠を必要としない調律師の身体能力を持つヨウに眠気が訪れることはない。腹も減らなければ不調すらなかった。人間が生きるために必要とする欲求が悉く失われている。


≪なんか、便利なようで不便だね。寝ることもできないなんてさ。≫

「人間やめたジジィに言われたくないよ。」


 ヨウはベッドから起き上がると浴室へと向かった。頭に張り付く雪の結晶もといヴィクトルを剥がして洗面台の棚に放り込むと服を脱いで丸型のバスタブに湯を張りながらシャワーを浴びて体を洗った。備え付きのバスボムを放り込み水色の白乳色に染まったバスタブに浸かる。壁一面の大きな窓からは絵画に描かれたかのような水平線。


「生き返るぅ。」


 汚い話だが年単位で入浴していないにも関わらず、体に汚れもなく臭いもない。しかしながら毎日入浴の習慣がある日本人としては苦痛であった。

 ヨウは手際よく用意しておいたトロピカルドリンクを飲みながら久方ぶりの入浴を味わう。


≪宿泊費くらいでく怖気づいてた割には満喫してるじゃん。≫

「覗かないでよスケベ。」


 いつの間にか頭上で輝いてる雪の結晶にヨウはお湯をかけた。しかしお湯は雪の結晶をすり抜けてバスタブに戻る。


≪君の裸なんて見られたところで価値もないでしょ。むしろ見るほうが哀れだと思わないの?≫

「クソジジィ。」

≪それじゃ、バカンスの計画でも立てるとしようか。≫


 再びヴィクトルはヨウの手首にあるティスクを再び起動する。


「あのさ、どうやって操作してるの?」


 少なくともティスクを起動するには指でタッチするか音声操作するかしか方法がない。ディスプレイを表示すれば視線による操作も可能だが雪の結晶を模しているヴィクトルには指も視線も存在せず無言なのだ。


≪デジタル信号送ってるだけだよ。≫

「何それ。」


 デジタル信号とはコンピューターが電気信号でデータを表現することだ。地球では電気信号のOFFとONで0と1だけで数を表す二進法にて処理している。R-0009でも表示する記号は異なるが二進法を使用しているため勝手は一緒だ。


≪生物も機械も結局は電気信号で起動しているからね、配列さえ理解してれば簡単だよ。≫

「わーすごい、ジジィすごい。」


 理解を諦めたヨウは棒読みでヴィクトルを称えて拍手をするとヴィクトルの起動した観光案内を見る。表示される画像にはアクティビティや観光用イベント、マーケットなどの賑わう景色と観光名所やホテルの美しい景色があり地球全域の南国アイランドリゾートの夢を詰め込んだような絵面だ。


「ハワイとバリとプーケットとサイパンとモルディブとパラオとニューカレドニアとカリブ海とタヒチと沖縄と世界中のリゾート地を良いとこ取りして詰め込んだって感じなんだけど。」

≪ここまで再建したのがレイモンドと調律師だから自分たち好みに欲張ったんじゃない?≫


 言われて合点がいく。

 アルドの主都は古い時代の日本と中国を混ぜたような風体であったし、イエロの主都はベネチアに似ていた。パイロープはアトランティスを模しており内装はミコノスのような白い街並み。ネブリーナは雪に埋まっていたがニューヨークのマンハッタンのような高層ビル群が立ち並んでいた。そしてウォールには世界各国のアイランドリゾートとビーチリゾートを詰め込んだような島国だ。

 過去の科学技術は遥かにR-0009の方が高いが世界が崩壊してから復興するにあたって調律師が主導的に携わったのだから地球の技術やデザインが大いに反映されたのだろう。

 現在の科学技術も地球よりすすんでいるが発掘された遺物によるロストテクノロジーが復活したに過ぎない。


「今いるところがセルノース諸島の主要都市ラモアでしょ。ここだけでも色々あるね。」

≪水中スクーターで海の散歩とか面白そうだね。≫

「海のお散歩は散々やったじゃん。せめて水上のアクティビティにしようよ。」


 北西部に位置するセルノースはウォールの中で最も観光業が盛んな区域だ。マーケットや宿泊施設、アクティビティや観光客用のイベントなど定番のリゾートプランも高級なリゾートプランも揃っている。


「スエギィア諸島は行かなくてもいいかも。無人島とか何がいいのか分からないし。」

≪無人島は体験したし、工場見学とか体験とか興味ないしね。≫


 南部に位置するスエギィア諸島は水産業が盛んであり漁港や水産加工物の工場が多いという。あとは珊瑚や貝、魚類の牙などを使用した特産品の制作工場や加工工場、造船所などと工場地帯が多く、観光客を受け入れているのは工場の体験や見学、小さな島々に設置された無人島貸し切りの宿泊施設くらいのようだ。


「フィレナキート諸島の神のいる島って、ヤバい宗教だったりする?」

≪ああ、海神祀ってるってやつだね。でもウォール全体で主要的に信仰してるみたいだし守り神みたいな立ち位置でしょ。≫


 ウォールの中心から東部に位置する主都フィレナキート諸島。半分は観光業に携わっているがセルノース程盛んではない。ユラと呼ばれる織物の産地でコアな観光客が行くような穴場的な場所が多いようだ。観光案内もセルノースほど多くない。

 フィレナキート諸島で最も面積の広い島は無人島であり神が降り立つという胡散臭いキャッチフレーズが書かれている。


「首から頭蓋骨のネックレスぶら下げた民族とか出てきたらイヤだなぁ。」


 バラエティ番組のコントなどで秘境やジャングルを冒険していると原住民に出くわして火あぶりにされそうになるなどというものがよくある。そんな感じで葉っぱを腰に巻いた民族が出てきて神の生贄にされたらと思うと身震いがする。


≪一度滅んだとはいえ地球の数千年先の高度な文明を築いてたんだからヨウの想像する原始的な文化は現存しないよ。多分。≫

「なんかセルノースだけでいい気がする。」

≪フィレナキートはどのみち行くからね。≫


 ヴィクトルの言葉にヨウは的中率の高い嫌な予感がする。


「もしかしてくてもさ。」

≪もしかしなくてもこの国が信仰する神様が目的地だったりするかもね。≫


 神殺しがいかなるもとかなどという映画の台詞がヨウの頭を駆け巡る。その土地で信仰する神に手を出すなどタブーだろう。


「調律師の敵どころか世界の敵になりそうで怖いんだけど。」

≪嫌な事はしばし忘れて楽しく遊ぼうか。≫

「楽しめない楽しめない。そんなこと聞いて楽しめない。」


 嘆くヨウだが、数十分後には満面の笑みでエンターテイメントショーを見ていた。水と炎を使った激しいダンスは嫌なことを忘れて狂喜するほど魅力的である。

 そこから数日、ヨウとヴィクトルはセルノースリゾートを大いに満喫した。海上のアクティビティも海中のアクティビティも軒並み網羅し食事とショッピングも梯子した。休息も睡眠の必要もないヨウは時間も関係なく遊びつくす。そしてはじめは興味を毛ほども移さなかったスエギィアにもちゃっかり足を運んで物作りの体験型アクテビティを楽しんだ。造ったところで持ち帰る場所もないというのにやめられずにいた。

 ホテルの一室には二度と着ることができない服やアクセサリー、手作りのブレスレッドやガラス細工が部屋の隅に重なっている。


「青い海、白い砂浜、まぶしい太陽!更に蝶々だらけ!」

≪太陽じゃなくてレアね。≫


 そして事のついでにと胡散臭い宗教のあるフィレナキートで遊んでいたりする。色鮮やかな蝶々が島中を舞っており幻想的な景観だ。


「異世界最高!」

≪何もかも忘れられるね。≫

「大事なことは忘れないでよジジィ。」


 ヨウ達がいるところはフィレナキート諸島の七番島ザージュの岬。海の向こうに八番島エイヴァが見える。1日1島のペースでフィレナキート諸島の島を渡り歩いてきた。

 ドバイのパームジュメイラを連想する街並みに思わず溜息混じりの感嘆の声を漏らした一番島クーでセレブのような一日を過ごし、一面真っ白なホワイトビーチがある二番島ルーアでは海水浴を楽しみ、赤系のシーグラスで埋め尽くされたレッドグラスビーチのある三番島パルダではビーチコーミングに勤しみ赤いハート型のグラスビーチをゲットした。

 浜辺の露店でマクラメペンダントへと生まれ変わったハート形のシーグラスを首から下げながら四番島ヴァーチでユラの機織り体験、五番島シーヌで川下りのアクティビティ、六番島オーレにあるダークビーチの恐ろしくも神秘的な風景の中をのんびり散歩して一日ずつそれぞれの名所を楽しみ本日は七番島ザージュにて隠れスポットと言われている魔術師の薬屋を目指していた。


「ねぇ、ねぇ、魔術師って本物の魔術師かな?魔法とか使ってくれるかな。どんな人かな。楽しみだなぁ。」

≪胡散臭いと思わないところが可愛いね。≫

「それ褒めてないでしょ。」

≪うん。≫

「少しは否定してよ、クソジジィ。」


 石畳の道を歩き進むと塔のような建物が見えてくる。岬の先端に聳える灯台のようだ。『モティール』と言う名の魔術師の薬屋だ。


「ちょいとそこのお嬢さん。」


 突然声を掛けられ振り向くと道端に設置された石造りのベンチに座る老人がいた。彼の視線はヨウへ向いており、回りには他にお嬢さんと呼ばれる年の人物はいない。


「私の事?」

「そうじゃよ。お嬢さん、あの店に用があるなら開いてないぞ。」

「え?なんで?」


 突然の忠告に驚きの声を上げると老齢の男は苦笑する。


「知らないって事は地元の人間でも観光客でもないのう。何しに来たんじゃ?」

「観光客だし。神殿スタンプラリーのついでに寄っただけだし。」


 フィレナキート諸島には一番島から八番島まで神殿がある。一般人が立ち入れる一番島から七番島の各神殿にはスタンプがおかれ全て集めた者には豪華賞品が当たる抽選券が貰えるのだ。


「つまらん物に時間を費やしておるのう。」

「うるさいよクソジジィ。」


 参加賞はユラ織で造られた蝶のコースターだが1等は1番島の高級ホテルスイートルームの宿泊券なのだから参加しないものはいない。


「口の悪いお嬢さんだ。」


 ヴィクトルと一緒にいるせいか高齢男性に対する暴言が日課となっていたヨウは指摘されて滑らせた口を押えた。初対面の人間には失礼すぎる態度だ。


「すいません。」


 気まずく謝るヨウと反対に老齢の男は人の好さそうな顔で笑っている。


「お嬢さん、あの店に近づいちゃいけない。経営しているのは魔術師じゃ。何を考えているか分からん得体の知れん奴でのう、それに店員に魔女がいる。見てくれは美しいが恐ろしい女だ。彼女の歌を聴くと魂を抜かれるぞ。」

「え?おじいさん、それ本当。」


 異世界らしい心が躍る内容にヨウは目を輝かせた。その反応を見て老齢の男は楽しそうに笑っている。その笑顔は大人が作り話で子供を怖がらせることに成功した顔だ。


「おじいさん、もしかして騙した?」

「騙したなんて人聞きの悪い。老人の戯れじゃよ。」

「えええええ。」


 接客以外の人との会話で心なしかはしゃいでいたヨウはガックリと肩を落として目的地に足を向けた。表立ったリゾート地から離れると揶揄われると聞いていたが正に現地人の洗礼を受けてしまったのだ。


「さっきも言ったとおりその店は開いてないぞ。」

「もう、その手にはのらないし。」

「言ったじゃろう?その店は開いとらんと。店主は気紛れで特に日中は開いている時の方が珍しいのう。まあ、来客に気づいた魔女が相手をしてくれるかもしれんが魔女さんはさっき出かけて行ったから期待せんほうがいい。」


 老齢の男の言葉にヨウの顔がショックに歪む。魔術師の薬屋と聞いて期待に期待を重ねていた分、立ち直れない。


「……おじいさん、それ本当?」

「残念ながら本当じゃよ。お嬢さん。」


 穏やかな老齢の男の眼差しににヨウは溜息を吐いた。


「御親切にどーも。」


 ヨウは恨めしそうに遠浅の海上に聳える5階建ての塔、魔術師の薬屋を見ると来た道を足取り重く引き返した。


「ショック、ついてない。毎日通ったら開いてるかな?」


 諦め悪く提案するがヴィクトルから返事が返ってくることはない。いつもはうるさいくらいに話しかけてくるというにに。


「なんとか言いなさいよクソジジィ。」


 ヨウがスタンプラリーを終えて参加賞のコースターを受け取り、セルノースのホテルに戻るまでヴィクトルは口を閉ざしていた。

◆セルノース諸島…ウォールの北西部に位置する。主要都市はラモア。観光業盛ん。

◆スエギィア諸島…ウォールの南部に位置する。主要都市はイェッタ。漁業と加工が盛ん。

◆フィレナキート諸島…ウォールの中心から東部に位置する主都。主要都市は一番島クー。


高級リゾートホテルとアイランドリゾート満喫中。

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