終末
R-0009での約1000年前。
増える人口によるエネルギー・資源・食糧の不足問題は深刻化していた。解決する上で始めた研究の思わぬ副産物で創造されたものが転移装置だった。
移住可能な星への移動手段として造られていた装置の試作品にもならない失敗作だったらしい。人の移動は地球からR-0009への一方通行のみであり中途半端に分解されて転移してしまう粗悪品だった。
失敗に思われた装置だったが1度だけ転移を成功させていた。転移した異世界人もとい地球人は膨大なエネルギーを浴び量子にまで分解され、再構造される転移の過程で特殊な力を持った全く別の生命体へと変異していたのだ。
それが調律師の中で始祖と呼ばれている最初の転移者だった。
現地人には稀人と呼ばれ新人類として歓迎された12人の始祖はそれぞれ活躍もしたらしい。
「しかしながら、異能力を持ち生身で宇宙空間へ行ける身体となってしまった彼らを人とは呼べません。これでめでたしめでたしとなりませんでした。」
老化しない身体、不死の身体。知り合いもいない孤独。人外として酷使される状況。受け入れられず耐えられなくなった転移者がいた。オリガと呼ばれた女性だった。
転移して200年近く経った頃、オリガの精神は正気を失った。
破壊行動に走った彼女は当然他の転移者に粛清され、多勢に無勢で敵うはずもなく追い詰められた。彼女は転移装置と融合し己の生命エネルギーを使い、世界の破壊を強く願いながら一人の地球人を転移させた。オリガの強烈な破壊願望により呼ばれた地球人の力は桁外れだった。
仮称、破壊神。
神々しい金髪の髪に深い海のような碧眼。神話の天使の様な美しい姿をした災いだった。
「終末日、一日どころか数時間にして大地は焼かれ、海は血に染まり、川や水源は毒水へと変わり果て、の舞い上がった大気は光りを通さず、夜も昼も無くなった。そして現れた異形の生物たちが生き残った生物を踏みつぶした。悪魔を信仰した人々はは神との戦いに敗れ、神に選ばれなかった全ての人々が死ぬ。まるで黙示録の様な惨劇だったそうです。」
「異世界に地球の話持ってこられても。だから終末日なんて呼んでるんですね。」
「地球の信仰を持った者の災いですからね。名前を誰も知りませんしハルマゲドンやラグナレクと迷ったみたいですがシンプルにアポカリプスにしたみたいですよ。」
全て終末を意味する単語だ。安易な仮称だが地球から来た調律師にはシンプルでよいのかもしれない。
「ってゆーかラグナレクって北欧神話じゃん。色々とごちゃまぜじゃん。」
「よくご存知で。」
シドに博識だと感心されるが琴線に触れる単語はネットで調べてノートに纏めていたのだ。勉強机のお年頃単語ノートは3冊目を迎えようとしている。勉強もこれだけ捗れば良いのだが、それはそれだ。
「唯一の救いは破壊神が地球の空想作品に興味がなかったことです。いくら実現可能な能力があったとしても知らない事は出来ようはずがありませんから。」
世界の破壊を最後の審判になぞったからそれなりの災いにはなったが神に選ばれたものは助かると言う救いがあった。
もしアニメやゲーム、SF映画の出てくるような現実離れした空想を現実に具現化したならば無慈悲な破壊能力でR-0009は星ごと消し飛んでいただろう。
「11人の始祖は犠牲を出しつつも破壊神を封じ血の海となった海溝に沈めました。始祖の1人でもあるレイはオリガを飲み込み転移装置の理を作り替えました。」
4人の始祖は破壊神に塵灰にされて朽ち果て、生き残った5人の始祖は荒廃した世界を浄化する為に供犠となった。相打って破壊神を封じたヴィーと呼ばれた始祖は生死も消息も不明となっている。
「供犠となった始祖が浄化を終え静かに眠れるまで世界の調和を保つことが新たな転移者の役目です。だから調律師と呼ぶようになりました。災いも大変でしたが後始末はもっと大変です。」
過酷な環境と残留する終末日の力、仮称α元素の影響で生き残った人間を含む動植物は突然変異を起こし、超進化した。中には数分から数時間で変化したものもいた。
「ゴブリンとかトロールとかオークとかリザードマンとかオーガとかの出現ですか?」
「ステレオファンタジーの世界から離れましょうか。」
心なしかシドの否定が早くなっている気がする。王道の異世界生物の存在をことごとく否定され、夢を壊された気分だ。
「ちなみに異形となった彼らを総じてα元素変異体と呼称しています。」
見た目はさほど変わらないが生命力が格段に上がっていたり、理性を失い狂暴化したりしたのもいる。α元素汎用式と呼ばれる異能力を使えるものも現れた。800年たった今ではα元素工学などという部門も出来上がるほど精通してしまった異物。
「α元素は貴女の知る言葉で魔素みたいなものですよ。あ、2013年でのファンタジー界隈ではマナが主流でしたかね。α元素変異体は魔獣や魔族。α元素汎用式は魔法や魔術。α元素工学は魔法学とほぼ類義語と思っていただければ理解しやすいでしょう。破壊神は世界を壊した魔王や魔神と言い換えれば貴女には分かり易いでしょうか。」
「なるほど。」
聞きなれた知りえる言葉に言い換えられただけで、パズルが完成したように理解した。ファンタジーに興味ない者が聞いたら疑問と質問の大だパレードだろう。
「なんにせよ、R-0009の理は崩れてしまいました。」
こればかりは浄化を終わらせた後、転移者を失くして時間をかけてα元素の力の衰退を待つしかないようだ。1000年かかるか2000年かかるか目途はつかないが。
浄化している始祖たちは千数百年もすれば生命エネルギーを使い切り消滅する算段だ。オリガを飲み込み新たな転移装置となったレイも半機械化している為、組んだプログラムで自壊可能となっている。
「転移者は帰還すればR-0009に異物は消え、残りは時が解決するでしょう。」
問題は封じられただけの破壊神と消息不明のヴィーだった。
力が制御されていない転移者である始祖は未来永劫生き続ける。特に異例に異例を重ねた破壊神力の底がなく厄介だ。
現在の浄化率は800年で4割。どれほど世界に影響を及ぼすか分からないため、浄化の時間が残っているうちに片づける必要がある。
「R-0009の時間軸で40年程前、血の海の底に沈んだはずの破壊神の生命信号を察知しました。とても微弱で位置までは分かりませんでしたが。」
信号を拾った付近で調律師を派遣したが見つけることは出来なかった。そもそも破壊神を見た者は呼び出したオリガと封じたヴィーのみ。転移装置と融合したオリガごと飲み込んだレイは残像すら見れなかったらしい。
判明しているのはわずかな身体的特徴のみ。だが金髪碧眼など世界にどれだけいる事か。
「難航が続いて28年経った時、今度はヴィーの生命信号を察知しました。とても大きな力でしたが調律師を向かわせて辿り着く前にヴィーの生命信号も途絶えてしましました。」
始祖が能力を使うときや感情の起伏が激しい時、レイや供犠となった始祖たちが察知するらしい。同時に転移された始祖たちは繋がりがあるようである程度の居場所などを感じ取ることが出来るのだ。
破壊神は規格外なため、α元素を感知する特殊な機材でないと感知不能と不便なことだ。
「長い前置きでしたが本題です。貴女の任務はヴィーと破壊神の捜索。ヴィーを探し出して味方に引き込み、これから与えられる固有特殊能力で破壊神を殲滅させてください。」
「ふぁっ?」
まさかの内容に葉湖は食べかけのドーナツを手からも口からも落としてしまった。
落としたドーナツは床に飲み込まれて跡形もない。掃除の必要がなくて便利だと現実逃避を始めるが良くも悪くもない葉湖の頭脳は思考の逃避行に失敗した。
「殲滅って……。」
捜索まではやらされるのではないかと薄々推測していたが殲滅とは予想外である。知りえる言葉で表すならチート能力盛り盛りのレベルMax転移者を倒せという事だ。
始まりの街で『勇者よ、隠しキャラを探し出し製作者がノリで作った攻略難易度SSSの裏ボスを倒してこい』なんて事を王様に言われた気分である。完全に無茶ぶりだ。
「当然ですが拒否権はあります。便利な能力が付与されますし、特別報酬もありますから全ての話を聞いた後、検討してみてください。」
続いたシドの説明によると拒否権は有。途中棄権も可能。元の時代の世界に帰ることが出来る。
契約は1年毎に更新され任務の途中だとしても更新時に棄権可能。途中棄権の場合は特別報酬を受け取ることは出来ない。
任務達成の特別報酬として帰還時に人生の中で戻る時期を選べる事はもちろん記憶を持ったまま戻る事が可能だ。つまり記憶を持ったまま人生をやり直す事が出来ると言うのだ。破格の報酬だろう。
「私が違う時間、たとえば3歳の時に戻ったら14歳の5月29日から先はどうなるんですか。」
「時空的な話になりますね。分岐点で平行線の時間軸が増えるだけですよ。14歳で貴女が消息不明になる時間軸と3歳から人生やり直す時間軸が枝分かれして増えます。タイムリープとかパラレルワールドとか聞き覚えありませんか?それに近い原理だと受け取ってもらえれば。」
数多くの分岐点で時間軸は無限に枝分かれするものだから消息不明になった時間軸で親が悲しむかもしれないなどと深く考える必要も気に病む必要も不要とのことだ。
「基本支給で身体調和と身体強化が行われます。」
R-0009人に混ざっても違和感がないように身体の調和がなされ、危険から身を守る為に様々な耐性や再生能力などが備わる身体に強化されるらしい。
「人間でなくなりません?」
「人間の形をした何かですね。全ては調律師を守る為の標準措置です。かなり危険なこともありますし場合によっては怪我も日常茶飯事ですから。」
「なるほど。」
さらに救済措置として言語や文字の自動翻訳能力、一般常識の付与が行われるらしい。
「なんて便利な。」
「始祖たちは言葉の違いに苦労したらしいです。転移者同士でさえ言葉の壁に相当悩まされたらしいですよ。」
右も左も分からない世界に放り出されて言葉も分からず文字も読めないのであればお手上げだ。言葉が分かった所で世界の情勢や一般常識を学ばねば身動きが取れない。任務遂行にスムーズに入れるように至極当然の措置なのかもしれない。
「そして固有特殊能力が付与されます。ユニークスキルと言った方がわかりやすいですか?」
そこまで話してシドが笑顔を消して真面目な顔をしたので葉湖はグラスを置いて佇まいを直した。
「他の調律師の力は制御されて付与されますけど、特命の貴女には任務の都合上始祖に近い無制御のまま付与されます。覚えておいてほしいのは強すぎる力は破滅しか生まない事。私は情報しか与え得られませんがいざとなったら他の調律師を派遣して必ずサポートしますから少しでも辛くなったら頼ってください。」
「分かりました。」
任務を聞かされた時は狼狽えたが、すでに冷静さを取り戻し前向きに検討している様子の葉湖。シドは肩の力を抜いて再び微笑んだ。
「では最後に質問はありますか。」
「リヴァイアサンはいますか?」
「地球の空想の生き物は存在しません。」
不満そうに顔を歪める葉湖だが、ぶれない質問内容にシドは楽しそうに笑った。
「貴女は話がスムーズで助かります。一つの事象に対して納得するまで説明すると時間がかかって仕方ありませんから。」
深く考えずにそうゆうモノなのだと受け入れてもらわないと教える側も辛い。転移の原理や付与の構造、レイの機能の詳細など説明したところで専門用語のオンパレードなわけで用語の説明も付随され脱線に脱線を重ねてしまう。
「何が起こっても何を見ても冷静に対処できる不屈の精神の持ち主か、何でもかんでも『わぁ、凄い』で受け入れられるアッパラパーでないと務まりませんからね。私は発狂して平静を取り戻すまで数時間かかりましたし状況把握には数十日かかりましたが。」
「はい???」
褒められたのか貶されたのか。前者の不屈の精神の持ち主でありたい。アッパラパーとか綺麗な顔と良い声でなんという事を言うのだ。
「以上、チュートリアルを終わります。いってらっしゃい。」
シドが笑顔で手を振ると再びあの横断歩道に戻っている。強制的に変動する視界と姿勢についていけず、無意識に一歩踏み出すと数刻前に沈んだ水たまりに落ちたのだった。
◆オリガ…800年前、境遇に耐えられず破壊に走った始祖。転移装置と融合する。レイに喰われて消滅した。
◆仮称アポカリプス…800年前、神話の天使のような容姿をした天災を起こした破壊の転移者。現在消息不明。
◆ヴィー…800年前にアポカリプスを封じた始祖。現在消息不明。
◆始祖…転移の過程で全く別の生命体へと変異した12名の最初の転移者。現地では稀人・新人類などと呼ばれた。1名は転移装置。1名は行方不明。5名は消滅。5名は浄化の供犠。
◆α元素…世界に残留するアポカリプスの力。無機物、有機物問わず影響を与える。
ゲームなら読み飛ばすチュートリアルその②