休暇
「この長い待ち時間を体験すると今まではしっかりと不法入国してたんだなぁって実感するわ。」
入国手続き待ちの行列を並び、些か面倒な手続きをして正規ルートで入国を果たしたヨウは誰にも聞こえないようにぼやいた。観光地だけあって全自動化された手続きはスムーズであったが、人数が多く数十分の待ち時間を要した。
≪アルドでは入国審査とかしなかったの?≫
「わかんない。全部ヒメじいちゃんがやってくれたし。」
今、ヨウがいるのはウォール諸島共和国の北部に位置する帝国派遣軍が統治するパイロープ帝国領ナール島。ここには世界横断鉄道の駅が建設されている。何故帝国領に入国手続き所が儲けられているかというと国の治安を守る為であった。
ウォール諸島共和国は主要となる3つの諸島と帝国領であるナール島で形成されているため四方は海であり海上からであれば不法入国し放題である。故に国内のセキュリティは高水準にあるのだ。
ラカと呼ばれる球体にプロペラの羽根がついた自立型飛行監視機器に国中が監視されており、正規のルートで手続した登録のある入国者と国民以外のものが映れば即座に帝国軍が昼夜問わず見張る警備室に通報がいく。点在する国の警護隊と巡回中の帝国の派遣軍に知らされ捕縛される。
監視の目がないところはプライベートな空間と民間人の居住内くらいだろう。道にも店にも公共施設にもいたるところに固定型と自立飛行型の監視機器があるのだ。それについては入国時に説明があった。
「見張られてるって嫌な感じ。でもこれって警備室に調律師がいたら見つかるんじゃない?」
羽虫のように飛行するラカを見ながら、例の如く雪の結晶を模した髪留めと化したヴィクトルにヨウは不安な声をだす。
≪俺と一緒にいる限り君の姿も声も電子機器に映ることはないよ。それに君が持っているのは帝国軍の技術を凌ぐネブリーナの偽造用ティスクだから安心してバカンスを楽しむといいよ。≫
「バカンスっていってもさ。」
ヨウは手続きの後にインストールされたウォール諸島共和国の観光案内アプリを起動する。
付与された知識で多少のことは分かるが国旗と主都と名産品という一般常識レベルの少ない情報量であり国名しか知らない島国に無計画で来た気分だ。
≪とりあえず、ウォール旅行の王道セルノース諸島に行ってみようか。ヨウは王道って好きでしょ。まずはスタンダードプランで楽しんだら?≫
「そんなハワイ旅行といったらオアフ島みたいに言われても。」
突然遊べと言われて気分を切り替えられずにいたヨウだが、いつまたヴィクトルの気がかわって苛酷な環境に放り込まれるか分からないと思い立ち観光案内アプリから公共交通機関を調べる。海路からも行けるが空路もあるようだ。
「取りあえずセルノースに行って宿泊場所探してバカンスのプランを考えるしかないかなぁ。っていうか私未成年だけど大丈夫なの?今更だけど。」
≪成人の年齢は統一されてないし、国によっては実力さえあれば成人前でも自立可能だからヨウより幼い子も一人旅してるし問題なし。そもそも今のヨウは成人済みだよ。≫
「え?」
成人の年齢は12歳から24歳の間だが国によって異なる。ヴィクトルの用意した偽造用ティスクにてヨウの国籍はイエロ連合王国となっており、イエロ主都ライラでの成人年齢は13歳だ。つまりヨウは成人女性という扱いになっている。
≪ヨウってさ、一応レイモンドから一般常識詰め込まれてるはずだよね?なんで常識的な事知らないの?≫
「いや、知識としてはあるよ?知識としてはね?でもさ取って付けたようで現実味がなくて信用できないんだよ。」
≪患ってる妄想力って役に立たないんだね。≫
鋭い言葉に少しだけ傷ついたヨウは押し黙って世界横断鉄道の駅と併設されている民間人用の空港へと向かうのだった。
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参列者の投げる色とりどりの花弁が舞い散り神輿のような乗り物で運ばれる花嫁、嫁入り道具を持った人が列をなして歩く。まるで花魁道中のようだ。
先頭には神官が祝詞を述べながら祝いの舞を踊りながら歩き、嫁ぎ先へ行くらしい。
「綺麗。」
≪ヨウも女の子だね。≫
純白の衣装に包まれて花弁を浴びる女性を見てうっとりと呟くヨウにヴィクトルは余計な一言を告げる。2人がいる場所はセルノース諸島ラモア島のリゾート地の中心にある大通りだ。現地人の居住区とは離れており本来であれば婚姻の列など出来るはずがない場所だが花嫁が現地人でなけらば話は別だ。俗にいう海外挙式というものだろう。
「もっと可愛い服にすればよかったかな。」
ヨウが今身に着けているのは白地にメヘンディアートのような青い花模様がプリントされたワンピースと白い麦わら帽子だ。今まで手ぶらだった背中には巾着タイプのリュックを背負っている。
前合わせをサイドで結ぶデザインにフードが付きゆったりとしたワンピースは、ウォールで量産されているプアプアと呼ばれる民族衣装でありバカンスとはいえ隠密活動は続けなければならないヨウが身に着けるには無難なものであった。
≪服は可愛いと思うよ。服はね。≫
「もう少し優しくしてくれても良いんじゃない?」
≪猿に冠って言わないだけ優しいでしょ。≫
「クソジジィ。」
流石にヨウが身に着けていたノースリーブのフード付きワンピースでは国柄に合わないため、宿泊先を決める前に観光客用のアパレルショップにて新調したのだ。シンプルかつ丸いフォルムとはいえ黒一色で喪服か何かの制服のようなデザインであるワンピースはナール島を出てから少し浮いていた。
「今まで気にならなかったけど群衆に紛れるとけっこう目立つ服着てたんじゃない?」
≪そうかもね。人目につかないのはヨウのモブ臭のおかげだね。≫
「ねぇちょっと、毒舌やめて、私のライフはゼロよ。」
≪何言ってるか理解できない。≫
ヴィクトルの毒舌に傷つきながら大通りから小道を抜けた先でも大通りのような賑わいだった。
各国の名産品が並ぶマーケット通りのようだ。
アルド公国の花と果物が使われた食料品と装飾品。イエロ連合王国の織物やガラス細工などの工芸品。ジュビア東方連邦国の機械仕掛けの小物。ネブリーナ皇国の美容の薬品。パイロープ帝国の装飾小刀などの鉄製品。ウォール諸島共和国の水産加工品と珊瑚や海洋生物の歯や角で作られたアクセサリー。
中にはヨウの知識にない国の名産品も置かれていた。よくよく考えれば浄化地帯の外には人型のα元素変異体が暮らしているのだからそことのやりとりがあるのだろう。
この通りにいるだけで世界旅行が出来る気分になる。
「とんでもなく広いし人多いしなんでもあるね。」
ヨウは通行人の邪魔にならないよう建物の壁際へ寄るとティスクにある観光用アプリを起動する。体は疲れてないし元気がはつらつとしているが精神衛生を保つための宿泊場所を探す事にしたのだ。
「何処に泊まろうかなぁ。ってか高っ。」
画面に並ぶおすすめの宿泊施設は日本円に換算すると一泊5万円~10万円の価格帯だ。最安値のホテルは一泊2万円以上かかるというのに六畳くらいの広さにベッドと机がありユニットバスがあるだけでビジネスホテルのような作りだった。更に低価格帯のホテルはカプセルホテルのような寝台のみの狭い空間のため論外である。
「これって安いの?高いの?標準なの?」
ヨウが付与された一般常識にも地球での知識でもリゾートホテルの相場などない。そもそも旅行での宿泊先を決めるのも料金を払うのも親であり知る機会がないのだ。
≪好きなところに泊まればいいじゃん。一応、そのティスクには一般人が一生暮らせる程度の金額がチャージされてるはずだし数日贅沢したって問題ないよ。≫
「え?いやいやいや、何それ怖い。」
手首にぶら下がっている石ころに一般人の生涯年収が入っているなど恐れ多い事だ。親の養育下にある14歳の少女からすれば千円でも大金だというのに莫大な金銭を持たされて喜べるはずがなかった。
≪めんどうくさいな。おすすめの一番最初に出てきたやつでいいじゃん。はい決定。≫
「待って待って待ってぇ。」
手も指もないのにどのように操作しているのか空中に表示された画面が瞬く間に動く。
≪とりあえず5日で決済っと。じゃ、いくよ~。≫
「信じられない。」
驚愕の金額が表示されて支払いが一瞬で済まされた。ヨウは犯罪でも犯したような気持になりながら思い足取りで地図に表示された宿泊先へと進むのだった。
◆プアプア…ウォールの民族衣装。元々は日差しを遮るローブだったが現在は普段着として着用している。袖のあるなしや丈の長さの違いなど様々なバリエーションが存在する。
◆ウォール諸島共和国…海の都と呼ばれる3つの諸島と帝国領の島からなる国。観光地の為、他国からの出入りが激しいため監視セキュリティが高水準。
ボクの豪華な夏休みが始まる。




