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異世界派遣社員の渇望  作者: よぞら
雪の章
37/41

天空

 王道とは物事を進めるにあたり、正しいと思われる方法の事である。

 正攻法、定番、定石、典型ともいう。


 勇者とは勇敢なる者、勇ましい者に捧げられる称号である。多くの者が恐れる困難に立ち向かい偉業を達した者であり英雄と似た意味で使わる事が多い。ファンタジー作品においては災厄を振り払う者の職業的な意味合いを持つ。

 ステレオタイプな勇者であれば邪悪とされた存在である魔王討伐を最終目標にパーティという集まりで行動する。基本的に女神や精霊などの神聖な存在から加護を受け、聖剣のような伝説の剣を武器とすることが多いだろう。

 マイナータイプとしては勇者という立場にいながら周囲からの裏切りによる絶望から復讐を誓うダークヒーローのような勇者もいる。

 同じくマイナータイプとして称賛される立場と権力を利用して悪事を働く悪徳な勇者も存在する。これは脇役や悪役が主人公の場合に多いだろう。


 さて、話は戻るが王道とは型に嵌った無難な事である。

 異世界転移における主人公は勇者となり魔王を倒すために味方を集め切磋琢磨しながら冒険することが王道パターンだろう。

 勇者でなければ聖女、神子など格式高い立ち位置が与えられて魔王に匹敵する邪悪なものを神聖なる力で退けるような大役が用意されている。

 主人公的立ち位置の人物に巻き込まれて不遇される場合もあるが序盤のうちに絶対的な権力や最強の武力を持つ第三者が現れて味方となり優遇され主人公的立ち位置の人物を押しのけて勇者のようなポジションへ収まることが定石だ。


「そこで問題です。大役が用意されているのにも関わらず成し遂げどころか最弱勇者と罵られ、一応最強の第三者は味方になるどころか体を人質に強制的に協力させているこの状況を考えると私は控え目言ってモブなのでしょうか。」

≪君の人生に限り君が主人公だから自信持ちなよ。≫


 天空の鏡と形容されるウユニ塩湖のように鏡張りの幻想的な風景が広がる浅瀬を歩きながらぼやくと先導する角板付樹枝と呼ばれる形を模した雪の結晶が透き通るテノールで優しいのコメントを返した。


「……今更優しくしないで。」

≪どうしたの?ヨウらしくない。≫


 ヴィクトルはキラキラと輝く小さな雪の結晶を纏いながら項垂れるヨウの回りを飛び回る。


「あたし何人の調律師を氷漬けにしたの?あの人たちって冷凍保存されているだけだよね?始祖さんたちは水晶みたいにしちゃったし、各地で雪降ってるし。」

≪君の精神衛生上ノーコメントにしておくよ。≫


 言いながらヴィクトルは上空より急下降してきた鷲のような生き物を一瞬で凍らせる。気を使ったコメントは質問に答えているようなものであり、ヨウを絶望の淵から叩き落した。


「これ何路線の勇者なの?闇落ち?悪徳?それともバットエンドな悲劇のヒロイン?」


 ヨウはこれまでヴィクトルに身体を操られ、各国に点在する始祖達を結晶化してきた。これは世界中のα元素を同時利用する基地局にする為であり1万歩譲って納得している。しかしながら味方であるはずの同業者にも上司にも説明する場すらなく、ヨウを止めようと当然のように立ちふさがるのだ。そんな彼らをヴィクトルは容赦なく氷漬けの氷像にしてきた。質問をはぐらかすあたり、不死のはずの調律師の運命は暗いものなのだろう。

 転移前、平和に暮らしていたヨウは害虫すら殺めることの出来ない小心者だ。精神安定的にも便利な付与を持っていたとしても耐えがたい事である。


≪上を向いて歩こう、ヨウ。お空がきれいだよ。≫


 ヴィクトルでの言うとおり、空を見上げると13の環が白い筋となり青空に映えていた。少し前までは真っ赤な水面と灰色の空でおどろおどろしい風景であったが、次の目的地である浄化地帯が近いのか空が澄み渡っている。しかし、目的地が近いことで余計に落ち込んだヨウは再び首を垂れた。


「わたしって主人公だよね?きっと出番も見せ場も少なくて不遜な扱い受けているに違いないよ。」

≪君の人生の主人公だけどこの世界の主人公じゃないからね?俺が優しくしてるからってモブの分際でつけあがらないでよ。≫

「モブって言うなクソジジイっ。優しくするなら最後まで優しくしなさいよ。中途半端なロクデナシ!」

≪元気じゃん。君も俺もこの世界に来た時点で積んでるんだから諦めなよ。≫

「14歳で人生積むとか私が何したの。」


 夢も希望もないヴィクトルの言葉にヨウは水面を叩いて抗議した。しかし返ってきたものは欲しい返答とは斜め上にそれた者である。


≪何言ってるの。ヨウがこの世界に来て約1年半。R-0009は地球時間に換算すると1日が36時間で1年が687日あるんだ。R-0009の1年半は37098時間。つまりは1545日。単純に計算すれば4年と2か月と25日と18時間経っているんだよ。生きた年数でいえばヨウは18歳超えてるよ。≫

「え?何それ?じゃ、ヴィクトルは何歳なの?妖怪じゃん。」


 R-0009でヴィクトルが過ごした時間を地球時間に換算すると約1000年などという可愛い時間では無くなる。もはや化石だ。


≪俺が地球で生きたのは15年と3ヶ月。R-0009に来たのは992年と7か月前。さて俺はいくつでしょう。≫

「電卓ください。」

≪知力の低い人間と話すのは疲れるな。≫

「せめて紙と鉛筆頂戴よ。それよりR-0009の人って短命なの?」


 1年半が4年にもなるならば、30年未満で日本の平均寿命を迎えることになる。ともなれば年単位で計算すれば若くして寿命を迎えるのではないだろうか。


≪昔の平均寿命は70年くらいだったよ。今も国によっては長いけど、平均的には60行くかどうかかな?浄化地帯の外なら40歳くらいって聞いたことはあるかも。そもそも俺が言ったのは地球時間に換算した時間。次元が違うと時間経過すら異なるんだろうね。個体に影響する時間の流れが地球とは違うんだよ。≫

「あっそ。なら私の年も純粋に14歳と1年半でいいじゃん。」

≪俺たちは年をとらないから違和感が最小で済んでるだけで時間経過感覚は地球のままだよ。≫


 もはや発せられる会話内容が人外的なものであり、ヨウはそちらの方へ落ち込んだ。


「ちょっと待って、そしたらご褒美貰える100年って何年だよ。300年くらいあるんじゃないの?」

≪その辺は結構複雑みたいだよ。ユーレみたいな古い基準の調律師はR-0009の世界時間で過ごしているけど戻る前提の新しい基準の調律師達は地球での世界時間で過ごしてるんだって。だから君の言う特典付きで地球に戻れる100年は地球での100年だよ。R-0009だと35~36年くらいかな?≫

「一日の長さも違うのにどうやって過ごすのさ。地球の時計でもあるの?」

≪第一衛星の自転周期と公転周期が地球での1日と1か月の長さとほぼ一緒なんだよ。だから調律師達は第一衛星の時間を使っているんだ。≫


 第一衛星とは海が存在するという青い衛星ミラのことだ。地球時間にて24時間周期で自転、30日周期で公転しているのだという。つまりレアとミラの衝が12回起こると地球での1年と同等なのだ。


「ファンタジーなのに話が難しいんだけど、私に合わせて話すなら月と太陽で良いじゃん。」

≪何度も言うけどファンタジーじゃなくてリアルだから。地球じゃないんだから恒星が太陽で衛星が月なわけないでしょ。≫


 淡々と現実を語るヴィクトル。空には白みがかった青い衛星と赤い衛星、環が白い筋となっている。

 受け止めきれない現実に会話のなくなった一人と一片は鏡面の浅瀬の果へと消えていった。

地球の時間に換算すると……

R-0009での1日は約36時間になる。

R-0009での1か月は49日なので約73日間。

R-0009での1年は687日(14ヶ月)なので約1030日間。


っということで閏年など色々省いて単純に計算するとヴィクトルは2816歳……。

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