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異世界派遣社員の渇望  作者: よぞら
雪の章
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砂漠

 王道とは物事を進めるにあたり、正しいと思われる方法の事である。

 正攻法、定番、定石、典型ともいう。


 異世界とは地球とは別の法則が支配する世界であり別次元の星、未来または過去の地球、同次元同宇宙に存在する惑星、ゲームや小説の世界等、時空や次元のみでなく空想すら飛び越えて現代の地球とは異なる理で成り立っている世界である。


 さて、話は戻るが王道とは型に嵌った無難な事である。

 異世界転移による異世界では炎や水、風や地、光や闇などを自在に操る魔法や特殊なスキルが使えたりする事が一般的である。

 中世ヨーロッパに似た文明や世界観のファンタジー世界であり、科学や機械文明は劣っており魔術や幻想動物が発達している事が定石だ。


「そこで質問です。車っぽいものは空を飛び、電車っぽいものは海を走り、電子機器は現代文明の数百年進んでいる20世紀の少年が夢見た22世紀のような未来都市が現存する世界で蜃気楼すら見えない灼熱の砂丘を歩いているのは何故でしょうか。」

≪答えは何度聞かれても君が物語の主人公ではなく地味なモブだからじゃない?≫


 空は灰色の雲がかかっているというのに天使の梯子のように降り注ぐ光でじりじりと肌が焦げそうな砂漠を歩きながらぼやくと先導する角板付樹枝と呼ばれる形を模した雪の結晶が透き通るテノールで辛口のコメントを返した。


「モブって言うなクソジジィ!」

≪口が悪いよ?ヨウちゃん。≫

「気持ち悪いからちゃん付けやめて!」


 クソジジィと言われた手のひらサイズの雪の結晶もといヴィクトルは気にも留めずにひらひらと輝いている。砂漠の中で冷気を放ちながら。


「しかし調律師ってすごいね。130度くらいの中で汗もかかないなんてね。」

≪いくら暑くても130度は盛りすぎでしょ。冗談は顔だけにして。≫

「またもやカルチャーギャップってやつか。俺は華氏度で言ってるんだけど。」


 ヴィクトルの聞きなれない単語にヨウは首を捻った。一人と一片は生きた年も違えば母国も違う。ジェネレーションギャップやカルチャーギャップで会話が成り立たないことは多々あった。


「かしど?」


 華氏度は、ファーレンハイト温度目盛によって計測した温度の単位である。水の氷点を32度、沸点を212度としており水の氷点と沸点の間は180度に区切られている。

 一方、ヨウ含む地球の日本人が使用する温度の単位は摂氏度。

 摂氏度またはセルシウス度は、水の凝固点を0度、沸点を100度とするもだ。


≪……知らないならいいよ。≫


 微妙に空いた会話の間に、ヨウは馬鹿にされた気がして腹を立てた。イライラしながら空を見上げると一筋の白い直線と二つの三日月型の天体が見える。


「それにしても月みたいなのが二つもあって環が付いているってそれだけは異世界っぽいね。」

≪月じゃなくて第一衛星ミラと第二衛星エルね。因みに君が太陽って言っている恒星はレアだよ。地球の科学で言えばR-0009には環を維持する程の重力がないから現実的にリングができる事は不可能なんだよね。≫


 言いながらヴィクトルは砂をまき散らして襲い来る巨大なミミズを一瞬で凍らせる。取るに足らない事だか人間だった頃の雪の結晶は天動説が真実だとしても気にもとまらないほど科学にて興味がなかった。。


≪更に付け足すなら第二衛星のエルはR-0009の衛星じゃなくて第一衛星ミラの衛星だよ。≫

「衛星の衛星ってこと?」

≪専門家はサブ衛星って名前で呼んでるよ。地球では仮説上の天体だよね。≫


 地球が存在する宇宙の物理法則では、衛星が公転している惑星の潮汐力などの影響によりサブ衛星の軌道は不安定になるため、一時的にしか存在出来ないと考えられる。公転する衛星や惑星と衝突しサブ衛星は宇宙の彼方へ吹き飛んでいく可能性が高い。

 サブ衛星が長期間安定に存在するためには公転する衛星が千キロメートル級のサイズで大きな質量を持ち、公転する衛星が惑星から比較的離れた軌道を公転しており、サブ衛星の質量が衛星質量の10万分の1以下であり、衛星の衛星の軌道が衛星から遠すぎず近すぎもしない距離にある、という複数の条件を満たしている必要がある。

 しかしながら第一衛星ミラも第二衛星エルも条件を満たしてはいない。


≪俺たちがいるレア52星系では珍しくないけどね。第6惑星のR-0009だけじゃなくて他の惑星でもサブ衛星の存在は普通だし、衛星に環があることも稀じゃない。≫


 亀の甲より年の劫と言うべきか、ヴィクトルはかなり物知りである。地球で生きた年月は15年だというのに地球の知識にも長けていた。突然の天文学の蘊蓄を聞かされたヨウは長い溜息を吐く。


「そういえば青っぽい月には海があるんだっけ?赤っぽい衛星は赤い海があるとか言う?」

≪くどいようだけど月じゃなくてミラだよ。赤いほうはエルね。因みにエルの赤は溶岩の海だよ。≫

「海は海なのね。」

≪ミラは白い平原に青い海が広がる幻想的な衛星だけどエルは白い岩石に赤い溶岩が流れる地獄の衛星だね。≫


 さらにミラは昼と夜の温度差が激しく、昼の最高気温は石が蒸発するほどの高温にまで達する。夕方から宵口にかけて急激に冷え出し朝方まで石の雨が降るのだ。


≪ミラもエルも地球の物理学が破綻するよね。ほんとに理の違う次元の宇宙に来たと実感するよ。≫

「そんなオイシイ知識は地球の自室で知りたかったよ。変なところで現実的だよね。ファンタジーなんだから月と太陽でいいじゃん。」

≪楽しい話が聞けてよかったね。ファンタジーじゃなくてリアルだからね?そろそろ現実を受け入れて患っている病気を治したらどうだい。≫


 素直に現実を見ろと言ってくる雪の結晶に言い返す事無くヨウは口を閉じる。

 沈黙したまま、1人と1片はうだるような暑さの砂丘へ消えて行った。

◆ミラ…R-0009の第一衛星。白い砂丘地帯に青い海がある幻想的な星。

◆エル…R-0009の第二衛星(サブ衛星)。溶岩の海に石の雨が降る過酷な環境。

◆レア…R-0009を照らす恒星。

◆環…R-0009の環。13個存在する。


因みに華氏130度は摂氏54.44度。砂漠を身一つで歩くって人間じゃないよね。

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