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異世界派遣社員の渇望  作者: よぞら
雪の章
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水上

 独り言のようによく喋るヴィクトルを無視しながら崖を登り続けて4回目の夜を迎えた。

 やっと辿り着いた先はカルデラ湖のように水がある。その水上にはイタリアのヴェネチアを連想させる都市が建っていた。

 絶えず流れる雲のような霧が幻想的だ。とても切り株の上だとは思えない。


「本当にここ切り株の上?山の上じゃなくて?」

≪現実は小説より奇なり。さっさと行くよ。≫


 説明も説得も放棄したヴィクトルはヨウを適当にあしらって先を促した。ヨウは急斜面を転がらないように降りて水に入ると水上都市を目指して泳ぎ出した。


「こうゆう時ってさ、空飛べたり水上歩けたりしない?」

≪君が主人公ならできるんじゃない?≫


 ヴィクトルの辛辣な言葉に口を閉ざしたヨウは無様な平泳ぎもどきで急いだ。

 岸にたどり着いてよじ登ると街中に入る前にヴィクトルは髪飾りを模す様にヨウの髪に留まる。流石に人目のあるところで宙に浮いているわけにはいかないようだ。

 一体化しないだけ気を使ってくれたのだろう。


「すっごぉぉい。」


 建物も道路も全てが水上に建っている。アーチ状の橋がいくつもかかり、バスのような箱形の船が水上を走っていた。水上バイクのような乗り物もあるが、爆音を出すことなく白鳥が泳ぐように静かに優雅に進んでいる。

 夜だというのに多くの人で賑わっていた。

 ここが霧の都と呼ばれるイエロ連合王国の主都ライラだ。


「……凄い、異世界だ。」


 街に入った途端にすれ違う人々をみたヨウは感嘆の息を漏らした。


「シドさんの嘘つき。ファンタジー族いるじゃん。」


 身長が3メートルはありそうな体の大きい人、対して身長が1メートルに満たない体の小さな人。染めているのか天然なのか毛先だけ違う髪色の人、メッシュが入っている人。闇に解ける褐色の肌の人もいれば透けるような白い肌の人もおり、青色や黄色が混じる魚のような肌をした人も獣人のように毛皮で覆われている人もいる。髪や肌の色も多種多様で白目の色が黒い人までいたのだ。

 流石に耳が尖っていたり、角が生えている人間はいないがぬらりひょんという日本妖怪のように頭部が大きい人種はいた。


≪惚けてないで行くよ。≫

「観光くらいいいじゃん。」

≪「君は俺と一緒にいる時点で指名手配犯と同一なんだから隠密行動厳守。≫

「ぶー。」


 唇を尖らせながらヨウは人の海のような大通りへと足を踏み入れて、人込みに紛れる様に歩く。そこらかしこで人がぶつかり軽く謝る会話がする。余談ではあるが日本人の人込みでの回避能力は忍者と呼ばれるほど凄まじいらしい。


≪さすが主人公補正かかってないモブは景色に紛れるね。≫

「モブっていうなクソジジィ。」


 ヨウからすればヴィクトルは異世界転移者の勝ち組である。優れた容姿を持ち、転移の過程で最強に値する能力を手に入れて、世界を破壊する大魔王っぽい者を封印するという大活躍したのだから。

 その後、800年も大魔王っぽい者を封じ力尽き果てて見た目以外がヨボヨボになってしまったのだから羨ましいとは言えないが。


「ってゆーかさ、なんで隠密行動しなきゃいけないの?今の私は監視カメラにも映らないし全ての人感センサーに反応しないんでしょ?」


 ヴィクトルと融合したヨウは幽霊のような状態だ。赤外線、サーモグラフィー、監視カメラ、様々な機器に反応せず映像機器に録画されることもない上に全ての電子ロックを解除し通過できる。機械的なセキュリティは意味をなさなかった。


≪そうだね、全ての映像機器に映らないし反応もしないけどレイモンドの手先とバッタリ会ったら面倒でしょ。俺よりヨウの方ががっつり顔バレしてるんだし。≫

「あああ、そっかぁ。」


 アルド公国にいたころは初めましての調律師達に最弱勇者だの依怙贔屓だの散々罵られた。その時点で全調律師に顔を覚えられていたはずだ。ユキもヨウの事をちょっとだけ有名だと言っていた。

 そしてチュートリアルでのシドの話では各国に20人は調律師が配置されている。主都となると必ずいるだろう。箱庭に入ってしまえば確実に遭遇するだろうが人のいるところでの諍いは避けたい。


「つまんないの。」


 ヨウはげんなりと項垂れながら、恨めしそうに見渡す。


「ねぇ、あれ乗ってみたいよ。」

≪だから隠密行動厳守。≫


 路面バスのような乗り物を指差すが秒で却下され、せっかく人のいる都市だというのに公共交通機関を使うことなく歩き続けることになった。

 その過程で知った話だが切り株の根本にはいくつかの街があり、高さ4000メートルのひこばえを利用して作られたエレベーターやロープウェイのような乗り物がいくつか存在し数分で頂上まで来れたらしい。そのような文明機器があったとしてもヨウが使用できる可能性は皆無に等しいが、4日もかけて登ってきた苦労を思えば歯がゆさは消えない。

 街は活気立っているがヨウの気分はお通夜だ。 

 地球以上の文明の利器が揃っているというのに何一つ使えずに徒歩移動とは江戸時代の旅人よりも酷い状態である。


「にぎやかだなぁ。」


 多くの専門店や露店が並び、メインストリートはお祭りのようだ。織物、硝子細工、金工、陶芸など様々な工芸品が並び、食べ物の露店も多くある。

 香ばしい匂いに釣られるが先立つものがない。チルに貰った便利道具のティスクは沈黙を貫きただの腕輪と化している。ヴィクトルに呑まれたときにショートして全機能を失ったとのことだ。

 数日に一回でよいから人間らしいの時間を過ごしたいと思うことは贅沢だろうか。

 もんもんと消化しきれないやるせなさを抱えながらヴィクトルの指示に従って歩き続けると建物はあるのに人気のない一際霧の深い場所に着いた。

 まるで人を拒むような一寸先も見えない霧の壁。


≪この先にメルビンがいる。≫


 常人ならば決して踏み入れない濃霧の中へ躊躇することなく雪の結晶は入っていった。

◆イエロ連合王国…標高4000メートルの切り株の上にある湖に建てられた水上の国。

◆ライラ…イエロの主都。4千メートルの水の溜まった切り株上に建てられた霧の都。イタリアのヴェネツィアのような景観。色々な種族が共存している。


体の大きさや肌の色、毛色が異なる程度の種族はいる。

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