落花
≪調律師の固有能力は十人十色。その能力は本人の使い方次第。ルカの能力は『力』。性格と同じく能力の使い方も単調で力任せ。私の痛覚無効付与を上回り、調律師に痛みすら与える破壊力は圧倒的です。アーシーの能力は『糸。』糸に伝わる電気信号で有機物を操るのみならず、糸そのものを拘束、切断、移動と物理的に利用し応用をきかせて能力を最大限に使いこなしてますが糸に頼りすぎて身体能力はヨウにも劣る最弱。まぁ、調律師は老化もしない代わりに成長もしませんからね。≫
宙に浮かぶ無数の水鏡の中心でレイは淡々と言葉を綴る。
その言葉の通り、新式の調律師は良くも悪くも身体的変化がない。与えられた能力を使いこなす以外に成長の伸びしろがないのだ。
≪ガイの能力は『音』。一見、攻撃に適さない能力ですが音波を投射する事により聴覚器官や脳にダメージを与え、時には音波による振動で物体を破壊することができます。更にガイは持ち前の身体能力を生かして音に乗り音速移動を可能にしました。戦闘センスもかなり高い。敵となるとやっかいですね。≫
音に乗って移動するガイは瞬間移動をしているようにしかみえない。翻弄され2人がかりでも劣勢である。ルカの怪力も、アーシーの糸もガイに触れる事すらできないでいた。水鏡に映る3人を見ながら話すレイにシドは頭を抱えている。
「生存確認すら諦めたガイの無事を喜ぶべきでしょうか。反逆行為を嘆くべきでしょうか。」
≪シド、辛いなら無理に調律師を続けなくてもいいですよ?ネオの強制送還にもライネの破棄命令にも心を痛めたのでしょう。≫
地球での不祥事による解雇通告などとは訳が違う。調律師の解雇処分は命を伴う。シドとレイが全調律師の命を握っているようなものだ。シドの前任達が統括の業務を投げ出したのは責任を背負いきれなかった事が最たる原因。
「今更ですよ。それに私が派遣した調律師の行く末を見届けるまでは私の責任です。」
≪……シド。≫
顔を上げたシドは悲痛な表情を浮かべながら腕を差し出す。レイは羽ばたいてシドの腕に留まった。
≪シド、調律師を転移しているのは私です。全ての責任は私だけにあります。≫
これからするべき決断に痛ましい表情をするシドを気遣うレイ。シドはレイの羽根を数回撫でると固く閉ざしていた口を開いた。
「……レイ、ガイの強制送還プログラムを起動してください。」
≪プログラムを承認。待機時間2700秒で起動します。≫
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「ライネさん、どこに行くの?もう訳分かんないんだけど。」
肩に担がれてされるがまま運ばれているヨウは不貞腐れながら聞いた。展開が早すぎて自分の置かれている状況が理解できないのだ。まるで背景に花が舞う少女漫画のヒロインが血しぶきが飛び散る少年漫画に迷い込んだかのように何をすることも出来ない。
「ドロシーの本体がある所。ネオは強制送還されたしガイも時間の問題。俺が壊される前にケリを付ける。」
「こんな異世界嫌だよ。」
当たり前のように行われる暴力と命のやり取り。ゲームや漫画、映画の中で日常的に目にして慣れていると錯覚していた。
現実に思い知らされる。
「転移なんてせずに死んでいればよかったって後悔した調律師は少なくないよ。」
ライネが笑いながら皮肉を言うと同時に足が地を離れて体が宙に浮く。
突然のことに周りを見ると石や瓦礫も無重量状態となり、雨や水溜は球体となり宙に浮かんでいた。
「ぴぎゃっ。」
高速で飛んできた何かにライネが弾き飛ばされ背後の植物に浸食された建物に激突する。ヨウは悲鳴を上げて頭を抱えた。
「ヨウ。無事か?」
呼ばれて閉じていた目を開くと逆さに映る景色と見知った老人がいた。その肩には蜂蜜色の猫が張り付いている。
「ヒメじいちゃん?」
地に足がついているヒメは怖がるヨウの頭をなでた。いつの間にか瓦礫もヨウも地面に降りている。
「何度もすまん。今度こそ護る。」
「ヒメじぃちゃぁぁぁぁん。」
なんとも頼りになるヒメの貫禄にヨウは抱き着いた。
「ヒメ、俺はドロシーさんの本体を見てくる。」
「案内御苦労。気を抜くなよ、ウメ。」
身軽にヒメの肩から降りた蜂蜜色の猫はそのまま瓦礫を抜けて走り出していった。
「え?今の猫ちゃんってウメさん?」
パキン。
何かが弾ける音に視線を向けると、ライネが吹き飛ばされた先の建物が浸食した植物ごと凍り付いている。音を立てて砕け散り、ばらばらに崩れた建物の中からゆっくりとライネが歩いてきた。
ヒメはヨウを後ろに庇い、杖を前にして臨戦態勢に入る。
血が蒸発しながらライネの傷が治っていく。
「アーロンの能力、再生不可を凍らせたか。」
調律師を粛清する特命調律師であるアーロンには痛覚無効と再生能力を無効にする能力がある。しかし、ライネは調律師の能力すら凍てつかせる力を持つ。自身に施されたアーロンの能力を凍結させたのだろう。
ライネは旧式の調律師だ。再生能力があり、人より体が頑丈であるが新式の調律師ほど完璧ではない。短時間で傷を負わせれば負荷が蓄積して再生が間に合わなくなる。
ヒメは再び自身を中心に無重力化した。
ライネもヨウも地と一体化していないモノは全て浮かび上がる。
「さて、どうする?」
ヒメの挑発にライネは腰の長剣を抜くと身近な障害物を足場に空中移動して斬りかかった。しかし繰り出した先制攻撃は杖で簡単にいなされ、追撃も止められる。
無重力では地面に縛り付ける束縛だけでなく、重力があるから地面に踏ん張りを利かせて筋力を有効活用することができる恩恵も喪失するのだ。
「うわっ、ちょっと。」
驚くヨウの声にヒメが振り返るとヨウは四方を氷の壁で覆われて捕らえられていた。睨むヒメの網膜にライネが口元を吊り上げる姿が映る。
「貴様っ。」
ヒメは重力を2倍にしてライネに掌打を打つ。
重力の増加は体重の増加。重量が多ければエネルギーがある。常に全力を出せて疲労のない調律師の体だからこそ成しえる技だ。
吹き飛ぶライネにヒメは重力を減量して駆け出すと再び重力を倍増して左ストレートに続き、右手の杖で左右に打ち込み柄でアッパーを入れ、肘打ち、後ろ回し蹴りでライネが宙を浮いたところで連続回し蹴り、振り上げ後ろ蹴り、背面宙返り蹴りと連続コンボを入れ、相手が地に落ちると同時に飛び踵落としを見舞った。
プロゲーマーが操作する格闘ゲームキャラクターのような流れる連続技に、ヨウは眼を丸くした。
最後の踵落としなど過重なまでに重力を加え、体重が1トンを超えるヒメの垂直落下は隕石の落下エネルギーに匹敵する。直撃したライネはひとたまりもないだろう。
「絶えず変動する重力の中、俺に勝てると思うなよ若造。」
勝利のファンファーレが聞こえてきそうなセリフに、ヨウは思わず拍手をした。
「……ぐっ。」
完勝の余韻もつかの間、ヒメは息切れを起こして両膝をつく。見れば桃色かかった灰色の髪も緑の瞳も白髪交じりの黒髪と黒い瞳になっている。
体のいたるところに凍傷のような赤黒い痣ができている。
「不用意に触れるなんてダメじゃないか。500年、依代専属護衛を続けた俺に勝てると思わないでね、坊や。」
地に伏したヒメを前に服だけボロボロになった無傷のライネが笑っている。
「ライネさんやめてっ。」
ヒメにとどめを刺そうと冷気を放って振り上げたライネの剣はヨウの声で不自然に止まる。
「ライネさん?」
しかしライネはヨウの声など聞こえないかのように一点を見つめていた。その態度に底知れない危機感を感じたヨウが再び名前を呼ぼうとしたとき、何かを感じる。
例えるなら真夏に肝試しをしているときに何もない暗闇に感じる戦慄に似ていた。
「少し、遊びすぎたかな。」
ライネは軽口を叩くが、その額には新式の調律師には流せない冷や汗が滲み出す。
息を呑むのと同時に聞こえたのは何かが壊れる音。何かがここに近付いてくる気配。逃げなければならないと本能が叫ぶのに体が動かない。
バクバクと動機が激しくなり、呼吸が荒くなる。手足が冷えて痺れ、喉の渇きを感じた。ライネは身体に異常をきたすほどの威圧感に襲われていた。
「ラーイネくーん。遊びましょー。」
ゆっくりと近付いてきたソレは灰色の瞳と翠と緋のオッドアイをした男だった。
◆重力操作…ヒメの固有特殊能力。重力の強弱を周囲を巻き込んで自在に操作できる。
やっと書けたヒメちゃんの戦闘シーン。格ゲーの連続コンボ技は現実では重力操作しないと無理だと思いました。




