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異世界派遣社員の渇望  作者: よぞら
花の章
20/41

花嵐

「うっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁうぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん。」

「もう少し可愛い悲鳴出してくれませんかね?お姫様。」


 バイクのようなものだと思っていた二輪車が上に下に道なき道を垂直走行すればいくら年頃の女の子でも可愛い悲鳴など出るはずもない。恐慌耐性があったとしても反射で悲鳴が出てしまう。絶叫マシーンが好きでも悲鳴が出る現象と同じだ。

 余談だが人間は驚いたり恐怖を感じた時には緊張を緩めるために叫び声が出る。

 脳の中には扁桃体という不安や恐怖に直結すると活動する場所があり、それが活動すると交感神経が活発化して緊張したり不安や恐怖を感じたりする。叫ぶことでそれを緩める副交感神経の活動が高まるという原理だ。


「ひっぐ、ぐぐぐぐぐぎぃぃぃぃ、ぎゃぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあああ。」


 繰り返す急加速と急減速で重力加速度を感じながら90度近い角度の瓦礫を登り、登り切ったあとに浮遊感を感じたかと思えば垂直落下に加速しながら90度近い角度の瓦礫を下る。

 スピードが変動する度にヨウが形容しがたい悲鳴を力の限り出していた。


「苦しくないんでどうでもいいんですけど首絞めないでもらえます?服じゃなくて腰か背中に引っ付いてもらうとありがたいんですけど。」


 要望に応えてヨウは叫びながら掴んでいた服から男の背中に縋りつく。ベルトがなければ度重なる加速と減速に振り落とされる速度なのだからヨウも必死だ。

 この男、壁を壊し鏡を叩き割って入室するという奇行を披露したのち、ダンスを申し込む紳士のように優雅に挨拶したかと思えばヨウを俵のように担ぎ上げてかっさらった。

 そのままジェットコースターよりアクロバティックなドライブをしながらライネ側に寝返った調律師であり、夏休みに酒をたしなみながら川遊びをしていたら流されてR-0009に来たなどと必要のない情報まで聞かされた。

 通称ガイと紹介された男にヨウは物理的にも状況的にも振り回されている。

 ヨウは護衛であるヒメを任務に出して別行動をさせたシドを頭の中で呪った。毎朝、洗髪不可避の寝癖が跳ねる様に呪った。ついでに足の長さが5センチメートル縮むようにも呪った。更に髪の毛が3割がた寂しくなるように呪った。


「お姫様、しっかり捕まってっ。」

「え??ちょっ。」


 忠告を入れたガイの背中越しに映った景色が信じられず、何の対策もできぬまま車体を通じて衝撃が伝わる。ヨウは衝撃で口の中を噛んだ。痛みはなく直ぐに傷は塞がるが口内に血の味がする。

 車体はそのまま道であっただろう場所の真ん中で止まり、ガイは二輪車から降りた。

 ヨウは後部座席でベルトに繋がれたまま呆然としてる。


「今、轢いた……人……轢いた。」


 垂直落下に近い角度で崩れた建物の壁を降りた車体は着陸地点にいた人影を撥ね飛ばしたのだ。人影はプロ選手に蹴られたサッカーボールのように数十メートル飛んでいき植物に浸食された廃墟に激突して土煙を上げている。

 唖然としながらブツブツと呟いているヨウに構わず、ガイは道端に倒れるもう一つの人影に駆け寄った。

 腹部から血を流し続けているライネだった。ガイはライネを襲っているアーロンを撥ねたのである。


「手酷くやられましたね。生きてます?」


 ガイの問いかけにライネは自嘲気味に笑いながら口元を歪めた。経験と能力だけであれば勝てない相手ではなかったのに反撃も受身もせず一方的にやられていたのだ。無条件で恐怖を与えるアーロンの能力は厄介だ。


「…ガイ、ドロシーのところに連れていって。」

「でも、ケガが…。」


 心配するガイをよそにライネは腹部の傷を自身の能力で凍らせて止血した。迷っている時間はないのだと察したガイはライネを担ぐと二輪車に戻る。


「え?ライネさん!??なにその傷っ。きゅ、救急車ぁぁぁぁぁ。」

「…うるさい。」


 ひどいケガを見て騒ぐヨウをライネは一括する。そして再び二輪車は日本ならば一発免停どころか免許取り消しになるであろう危険運転で走り出した。


「ライネさん、再生しませんね。やっぱり応急処置してからにしませんか?」

「無理は承知だよ。俺だけ安全圏にいるわけにもいかないし。」


 ライネを片手で担ぎ、片手運転だというのにガイの運転能力は低下するどころか先程より速く感じる。戦闘機のアクロバティック飛行のような走行で普通に会話する2人をヨウは絶叫しながら畏怖の眼差しで見ていた。


「処刑人を派遣するなんて統括は本気みたいですね。」

「ネオが強制送還されてドロシーの依代も壊されたよ。次は俺だろうね。そうなる前に決着をつける。」


 500年近く依代の護衛を務めたライネの戦闘能力は高い。シドが統括となった今は平穏に過ごしているが以前は争いが絶えなかった。純粋な能力はアーロンのほうが多いが、ライネの戦闘経験値を考えればアーロンの威圧して委縮させる能力がなければ怪我をすることすらなかっただろう。


「俺も見つかった時点で強制送還ですかね。ひえぇ、オラわくわくすっぞ。」

「ガイはいつも楽しそうだね。」

「人生楽しまなきゃ損ですよ?踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損ってことで。」


 景色が矢のように過ぎていくスピードで道なき道を登って下って跳ねて走行する中、落ちないようにしがみつきながらヨウは二人の会話を聞いていた。ライネの穏やかな口調とガイの嬉々とした口調に惑わされそうになるが事態はかなり深刻である。


「もう少しで着きます。」


 進行方向に大きな半球体のガラスドームが見える。他の建物は老朽化して崩れて瓦礫となっているのにその建物だけは綺麗な状態を保っていた。

 崩れかけた建物を転々と進むガイがかつては道であっただろうところへ降り、二輪車のスピードを徐々に落としていた時だった。先程アーロンを轢いた時とは比べ物にならない衝撃が車体を襲い、二輪車は複数に割れて乗っていた3人は宙へ舞い上がった。

 地面に落ちる数秒の間に空中で身体を捻り、ガイはヨウとライネを掴んで華麗に着地した。日本の女子中学生の平均をいくヨウと違ってガイの運動能力は体操選手並みに高い。二人を地面に立たせたガイは一歩前へ出ると優雅にお辞儀をする。


「ご機嫌麗しゅう。ゴリカちゃん。」


 視線の先で二輪車の残骸を踏みつけながらルカが指を鳴らしていた。走行する二輪車を素手で叩き割った張本人だ。


「てめぇら、楽に死ねると思うなよ?」

「陳腐な悪役みたいな台詞吐かないでよゴリカ。」


 ルカの陰から現れて呆れたように笑いながら糸を伸ばすアーシーをライネは射るような眼光で睨んだ。周囲の気温が急激に下がり、数秒で空気中の水分が凍って輝く。

 アーシーの糸すら凍り付き砕け散った。

 臨戦態勢に入ったライネの前にガイが立ち、次の一手を止めた。


「ライネさん。先に向かってください。俺が殿を努めます。」

「…ガイ。」

「今の俺、めちゃめちゃカッコよくないですが?可愛い女の子の観客がいないのが残念ですよ。」


 軽口をたたくガイに苦笑を浮かべると、状況を把握しきれずに座り込んでいるヨウを抱えてライネは走り出した。


「逃がすかっ。」

「はい、ストップ。ここから先は通しませんよっと。あれ?」


 追いかけるルカを止めようとするガイの体が何かに縛られたように拘束される。目を凝らしてみると細い糸が絡まっていた。


「君一人で僕たちを止めるつもり?無謀じゃない?チャラ紳士。」


 せせら笑うアーシーに慌てる様子もなくガイが嗤うと耳で聞き取れない程の高音が鳴り響く。ルカとアーシーは目の回るような無重力間を感じた刹那、水に落ちたように視界が歪む。

 聴音域から外れた高音が平衡感覚を狂わせる。


「鬼教官殿には俺の能力をきちんと見せていませんでしたね。」


 地面に膝をついた二人を見ながらガイは左手でコートの袖口に隠されたナイフを取り出し絡みつく糸を断ち切った。


「さぁて、踊りましょうか。ライネさんから俺が相手になったことを感謝してくださいね。」

◆ガイ…アルド支部専属の実働調律師。言葉使いは丁寧だが性格はパリピ。

◆お姫様…調律師がたまに使用するヨウの呼び名。

◆処刑人…調律師が使用するアーロンの呼び名。

◆チャラ紳士…チャランポラン紳士の略。調律師が使用するガイの呼び名。


通称を使っているのに仇名を付ける愉快な調律師達。

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