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異世界派遣社員の渇望  作者: よぞら
花の章
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小花

 よくある異世界の知らない世界で小説やゲームのような冒険や恋愛をしたい。

 ある日突然、足元に魔法陣が表れて異世界へ行き神様に力をもらって最強の冒険者や特別な力を持った聖女となり世界を救う。

 現地の人に慕われ、心強い仲間と共に敵勢力を倒して英雄となるのだ。

 自分ならば魔法やスキルを上手く使いこなして渡り歩いていけると妄信していた。

 日常の中でそんなことを妄想していた。しかし、実際に体験すると想像していた異世界とは何もかもが違っていた。

 特別な能力など使えず、目の前で起こる現実の暴力は怖くて動くことも出来ない。何をすればいいのか、どうするべきなの分からない。恐怖と不安でヨウは泣き続けていた。


「ピーピーピーピーうっせぇな。へし折るぞっ。」


 蔦に拘束されたままのルカの低い声に大げさなほど体を震わせるヨウ。後片付けをしていたネオが指を鳴らすと、蔓がルカの口元を猿轡のように覆ってふさぐ。

 どこからともなく伸びてくる蔦はヨウーにも忍び寄る。


「やだっ。やだぁぁぁぁ。こんなん、やだっ。もう帰りたいっ。」


 自身にも巻き付く蔦にヨウはパニックを起こして泣き叫ぶ。


「ウホウホうるさいニャ、ゴリカ。ヨウちゃんも後で迎えに行くからお外で少し頭冷やすんだニャ。」


 もう一度、ネオが指を鳴らすとヨウの体はライネの屋敷から瞬く間に引きずり出され、ガラスの割れるような音と一緒に外に頬り出された。

 地面にたたきつけられると同時に全身に鋭い痛みが生じたが、ヨウはすぐさま立ち上がり走った。恐怖で泣き叫びながら逃げることだけを考えた。

 泣き続けた顔は涙でぐちゃぐちゃに汚れ、啼き続けた声は嗄れてしゃがれている。踵が露出しストラップや留め具もないミュールはいつの間にか脱げており、瓦礫の道路を走った素足はは擦りむけて血がにじみ出る。

 足の痛みにバランスを崩し、膝や掌を激しく擦り剝きながら転んだ。

 焼けるような痛みに声も出せず、ボロボロと涙をこぼしながら蹲った。自身から流れる血を見たヨウはルカとライネが繰り出した暴力と逆再生するように治る傷を思い出して吐き気を催す。

 喉が熱いと頭で感じたときには込み上げる気持ち悪さを抑えられずに胃の中のものを吐き出していた。

 頭を抱えて蹲る。そして狂ったように肌を掻き毟った。肌に爪跡が赤く浮かび上がる。いつの間にか怪我をしていた頭部から流れる鮮血が雨に混ざって目に入った。何もかもが赤く染まる。

 恐怖で気が狂いそうだった。


「大丈夫ぅ?」


 頭上から聞こえた声。反射的に上を見上げると木の枝に誰かが座っていた。白いロングコートの知らない人だった。


「汚い泣き顔。ブスが一層際立つねぇ。」


 フードを深く被っている為、顔は見えない。体格はヨウより少し小さいくらいの小柄な人。声は中性的で性別の判断が出来ない。でも、おそらく男だろう。


「……誰?」


 当然の質問に誰かは笑う。


「君が先に名乗りなよ、ブサイクちゃん。」


 からかう様に言うと彼はフードを取る。出てきたのは銀髪で水色の瞳を持つ天使のように美しい顔を持った少年だった。


「お迎えにきたよ。最弱勇者?」


 ゾクリっと背筋に悪寒が走る。初対面の人間が己の事を言っていた。気持ちが悪い。それよりも得体の知れない恐怖感が体を強張らせた。

 金縛りにあったようにヨウの体は動かなくなった。何か言おうとするが頭に何も浮かばず、体が震えた。少年はヨウの頬に手を置くと無理やり視線を合わせた。


「あーあ、付与が消えてるね。ほんと役立たずじゃん。」


 白に近い水色のにやけた瞳。嘲笑う様な目に感じたのは憤怒ではなく恐怖。

 怖い。

 その単語だけが脳内を支配する。手が震えて、足が痺れる。背中に冷たい空気が漂い呼吸が乱れ、ヨウの意識は真っ白になった。





。+・゜・❆.。.*・゜hunger゜・*.。.❆・゜・+。





 酷い頭痛とともに意識が浮上するヨウのに額に冷たいものが置かれた。痛みが和らいで気持ちがいい。呻き声を上げて重い瞼を開けるが焦点が合わなかった。ぼやけて見える人影は寝ている己の看病をしているようだ。

 風邪を引いていたのかもしれない。

 とてもひどい夢を見ていた。


「……お母さん?」


 早く安心したくて虚ろな意識の中、小さな声で呟くと人影は笑った。


「可愛い寝言だな。」


 聞き覚えのある声が耳に届く。その声の主をヨウは知っていた。


「ウメさん…?」


 乾いた喉から掠れた声で名前を呼んだ時、急激にヨウの思考が覚醒する。


「馬鹿っ。急に起きるな。」


 起こさせまいと伸ばしたウメの腕は間に合わず、ヨウは飛び起きた。


「うう…。」


 瞬時に目の前のものが渦巻き、反転したかと思うと胸が焼けるように熱くなって胃から喉へと上る。


「ほらみろ。」


 ウメは呆れた顔で洗面器をヨウの前において背中を摩った。極度の眩暈と頭痛に苛まれ何度か吐いて苦しみ、まともに思考が働く頃には再び寝かされていた。その額には目覚めたときと同じように冷たいタオルが置かれている。


「ちょっとは良くなったか?目覚めの気分は?」

「うぅ……夢なら覚めて。」


 掠れた声で涙を流すヨウを笑うとウメはベッドの隣に置かれた椅子に座った。

 目が覚めて夢だと思っていた。夢なら良かった。体は色々な個所が痛み、胃液に血が混ざるほど吐いたというのに吐き気がする。恐怖が戻り体が震えた。


「飲めるか?」


 そういってウメはすすり泣くヨウの口元へ吸いのみを近づけた。中には透明な液体と黄色と青の宝石のような粒が入っている。明らかに怪しい飲み物だ。


「……なにそれ?」

「エリクサーって言えば喜んで飲むか?」


 今、即刻入院したいと願うほど体調が悪くなければヨウはウメに枕を投げつけて椅子を振り回して暴れていただろう。誰もかれも将来黒歴史になるであろう患いをつつくのはやめてほしい。


「俺と違って、お嬢ちゃんは数時間以上の長い間付与が消されてたからボスの力が充満する部屋にいるだけじゃ治らねぇみてぇだからな。これ飲んで戻らなかったら一回ボスんとこ行かねぇといけねぇ。」


 言われてヨウは渋々、吸いのみを口に含む。恐る恐る中身を口に流すと無味無臭であり、喉が渇いていたこともあって難なく飲み干せた。


「ボスの力の結晶を水に溶かした溶液なんだがボスの出汁って言ったほうが伝わるか?」

「飲んだ後に変なこと言わないでよっ。」


 ウメのとんでもない説明にヨウは起き上がって抗議した。怪しい水が効いたのか今度は眩暈も吐き気もおこらない。別の意味で吐き気がするが、もう吐くことはないだろう。


「お、戻ったみたいだな。」


 付与が消えて黒だった髪は銀髪へ、瞳も碧と翠に変色した。薄れていた知識や耐性が戻った事で不安定だった精神も落ち着いてきた。


「……もう、やだ。」


 泣きわめいていた自身のみっともない姿を思い出してヨウは羞恥にうなだれる。何が起こっても調律師が混乱に陥らないよう付与には恐慌に対しての耐性も含まれていたのだから全ての付与を失っていたヨウが取り乱したことは恥ではない。


「さーて、戻ったなら仕事開始だ。外にいるから着替えたら言えよ。」


 ばさりと乱雑に着替えをベッドに置き、ウメは退室の為に立ち上がる。


「え?仕事?ちょっとは休ませてよ。」

「調律師に休憩は必要ねぇ。んでお嬢ちゃんはまだ何一つしてねぇだろうが。」

「……ブラック企業。」


 ヨウの訴え空しくウメは部屋から出て行った。仕方なくヨウは着替える。簡素な寝間着を脱ぎ、膝や足に巻かれた包帯を外すと傷は痕も残らず綺麗に治っている。

 着替えを待たれるというのも嫌で、フードのついた黒いワンピースとショートパンツに着替えるとブーツを履いて部屋からでた。

 煙草を吸いながら待っていたウメはそのまま歩き煙草でヨウを案内する。


「あのさ調律師って煙草吸って意味あるの?」


 沈黙が気まずくてヨウは素朴な疑問を口にいた。薬物にも毒物にも耐性を持つ調律師がニコチンを摂取したところで快楽を感じる物質ドーパミンが放出されるとは考えつかない。まさか煙草を吸っている仕草がかっこいいから喫煙を続けているなどというダサい考えではないだろう。


「意味はねぇな。ただ、昔の癖でな。吸ってると考えがまとまるんだ。」

「ふーん。」


 とりとめのない会話をしながら廊下を歩き、とある部屋を開けると床だけ水の張られた全面鏡張りの一室についた。

 中に入るとヒメと白い少年がいた。


「ヒメ爺ちゃん。」


 ヨウはヒメに駆け寄る。しかしヒメはとても険しい顔をして頭を下げる。


「ヨウ。すまなんだ。」

「ヒメちゃんのせいじゃないでしょぉ?おおかたロリババァが箱庭の空間捻じ曲げて逸れさせたんだよ。」


 謝罪するヒメを口悪くフォローした白い少年。ヨウは若干の苦手意識を覚えながら身を縮める。


「ほら、自己紹介くらいきちんとやれ。」


 ウメに促され、白い少年は面倒くさそうに溜息を吐いてフードを取った。


「僕はアーシー。統括直属の実働調律師だよ。」

「シドさんの?」

「アルド支部の調律師が激減しちゃったからね。急遽助っ人にきたんだよね。」


 軽く言うが事態は深刻だ。10名程いたアルド専属の実働調律師で安否確認ができているのは1人もいない。芳しくない状況だ。


「ユキはいねぇの?」

「洗礼整形の引き籠り似非王子が来るわけないじゃん。」

「洗礼整形って言わないでくれる?」


 ウメの問いに悪口で返したアーシーの言葉に壁の一面になっている鏡からユキの声が響く。その鏡は今まで映していた室内を移さず、同じ作りの部屋に立つユキの姿を映していた。

 隣の壁の鏡にはヨウの父親の数倍はダンディな椅子に座る中年の男性と一羽の白い小鳥が映っている。彼らの後ろにはチルの姿もあった。


≪久しぶりですね、ヨウ。≫


 小鳥から発せられたこの野太い声は顔から六枚の羽の生えた生物、レイと同じだ。


「レイさん?」

≪はい。これがR-0009での私の依代です。≫

「合わせ水鏡での姿は?」

「あれは調律師がすんなりとチュートリアルを受けられるように転移者に合わせて幻想的な姿に変身していたんですよ。」


 ダンディな中年の男性から聞こえた聞き覚えのある声にヨウは目を見開く。


「シドさん?」

「はい。」


 にっこりという効果音が聞こえてきそうな笑顔にヨウは開いた口が塞がらなかった。その容姿なら変身する必要ねぇだろイケメン爆発しろと顔が語っている。


「アルドに入って早々大変でしたねヨウ。皆さんそろったようですし各所報告と作戦会議を始めましょうか。」


 ヨウを労わるシドは長い足を組みなおし、不敵な笑みを浮かべながら場を仕切った。

◆白い少年改めアーシー…統括直属の実働調律師。

◆エリクサー改めボスの出汁…ボスの力の結晶を水に溶かした溶液。黄色と青の宝石のような粒が入っている無色透明無味無臭の液体。

◆調律師…休息を必要としない体に造り替えられた社畜。

◆ロリババァ…調律師達が使用するネオの呼び名。

◆洗礼整形…調律師達が使用するユキの呼び名。


シドはハゲ・チビ・デブではなくダンディなオッサン。

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