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異世界派遣社員の渇望  作者: よぞら
花の章
16/41

徒花

「右側の歯がほとんど欠けたんだけど。」


 口内の血と折れた歯を吐き出し、口元の血を拭いながらライネはぼやいた。普通の人間ならば顔面骨折の重傷の部類に入る傷は流れる血が蒸発しながら再生していく。理が違う旧式の調律師といっても人外であることは間違いないらしい。

 ゴリカちゃんといわれた短髪の女性の体には植物が巻き付いて強制的に椅子に着座させられている。何とか抜け出そうと藻掻いているが巻き付く蔦はびくともしない。ライネは凍結させる力を使っていたのでネオかドロシーの能力だろう。


「はい、どーぞ。」

「こんな状況で呑気に茶が飲めるかっ。このすっとこどっこい。」


 花柄のティーカップを差し出すネオに短髪の女性は罵声を浴びせるが、彼女は構わずティーカップを持たせて荒れた部屋の片付けを始めた。

 壊れたドアの残骸、ひっくり返ったテーブル。飛散した食器と食べかけの食べ物。展開の変動が激しくてヨウは情報処理が追い付かず、置物のようになっている。何より怒鳴り散らす短髪の女性が怖くて目に留まりたくないのだ。


「単身で乗り込む勇気は称えるけど、力で解決しようとする考えなしの脳筋は愚かだよね。君はもう少し狡猾さを身に着けるべきだと思うよ。」

「うっせークソジジィっ。」


 ライネの忠告にも噛みつきそうな勢いで暴れる女の目の前に蔦を伝ってドロシーが近づく。


≪ルカちゃん、お茶でも飲んで落ち着いてくださいまし。≫

「あんたまで一緒になって何やってんだよっ。始祖に反逆まがいのことされたら私たちは何を信じればいいんだっ。」

≪始祖同士だからといって同じ信念を持っているわけではありませんわ。≫

「ボスと仲違いする気かよ。」

≪元々彼と仲間になった覚えはございませんし、オリガを飲みこんでなければ私は彼を800年前に処分してました。≫


 冷たいドロシーの言葉に短髪の女性は息を飲む。

 内容のわからない会話が続く中、気を持ち直したヨウは淡々と掃除をするネオにそっと近づいて耳打ちをする。


「…あの、えっと、ネオさん?今、どうゆう状況か聞いてもいいですか?」

「あのゴリラは実働調律師の通称ルカ。統括直属の諜報員。一応、こっちは反逆側だから規定に則って捕縛に来たら逆に捕縛されて逆切れ中ってところ。証拠隠滅も隠密もしてなかったしそろそろ頃合いだったニャ。」


 不穏すぎる回答に聞かなければよかったと後悔した。ヨウはあまり考えないようにしていたがライネとドロシーは複数の調律師に手をかけ、ネオは協力または黙認している。調律師のなかではかなり過激な反逆者ということだ。


「なんでライネさんはゴリカちゃんって呼ぶんですか?」


 とにかく現実逃避にとヨウの口からでた質問は明日の天気よりどうでも良いことだった。


「彼女の能力は超怪力。人間の頭蓋骨を軽々粉砕するどころが鋼鉄もへし折ることができるから調律師の一部はゴリカって呼んでるニャ。過去に本人の前で女ゴリラって呼んだ調律師がへし折られてたし。」

「へし折るって何を!?」


 ヨウの絶叫にゴリカちゃん改めルカが持っていたティーカップを床に叩きつけた。


「ごちゃごちゃ五月蝿いんだよ。こっちが話しているんだから黙ってろ。」


 八つ当たり交じりで怒鳴られ、ヨウは身を縮めてうつむく。美人が激昂するととてつもなく怖い。否、ルカの迫力ある怒り方は美人でなくても恐ろしいにちがいない。


「やだ、こわーい。ゴリカ、こわーい。」

「キモイんだよ、ロリババァ。へし折るぞっ。」

「自分が外見年齢30代だからって外見年齢20代前後ってゆーか10代に見えちゃうネオに嫉妬しないでほしいニャン。」

「うっぜーなっ勘違いババァ!」


 ルカは32歳で調律師になり勤続年数13年の45歳、ネオは22歳で調律師になり勤続年数約50年の72歳。外見年齢も精神年齢も実年齢も10代前半のヨウは繰り広げられる年増同士のキャットファイトに震え上がり硬直している。


「ネオに八つ当たりするなよ。それより君たちの希望の最弱勇者様の御前だよ。挨拶ぐらいしたらどう?」

「無能の依怙贔屓に媚びる気ねぇわっ。」

「怒鳴らなくてもいいでしょ?ゴリカに本当のこと言われて可哀そうなヨウちゃん。」


 それぞれの貶し言葉をライネ、ルカ、ネオから発せられ、もはや反論する気も起きないヨウであった。確かに今のヨウは無能であり役立たずかもしれないが好きで無能でいるわけでも異世界にいるわけでもないのだからもう少し慎んでほしい。


「それで?ルカは絶体絶命のピンチだと思うんだけどさ、こっちに側に来る?それとも消える?」

「どっちもごめんだね。薄汚い裏切り者めっ」


 無理に笑みを浮かべて話す言葉に、ライネは心外とばかりに首を振って言葉を返した。


「俺は調律師としてR-0009を戻すことに尽力しているだけ。こっち側に来るなら詳しい事情を話すよ。」

「宗教の勧誘より胡散臭ぇんだよ、ボケジジィ。」

「ルカ、地球での俺たちはもう死んでいるんだ。君たちは報酬に目が眩んでるみたいだけど人生やり直して幸せになれる保証なんてないんだよ?」


 ルカは悔しそうに唇をかむ。ネオは眉をひそめた。ヨウは何を話しているのかさっぱり分からなかった。どうゆうことだと説明を求めてネオを見れば、その答えは残酷なものである。


「ほとんどの調律師は地球で死ぬはずだった人間。レイさんの能力と繋がりやすい水の中でね。私は海難事故で海に投げ出された時にここに呼ばれた。はじめは生き延びるために調律師を承諾したけど、そんなに悪い人生じゃなかったし過ぎ去った時を無理に戻す必要ないって思ってるニャ。」


 ネオは諦めたわけでなく地球での己の運命を受け入れたのだ。だからこそ、ドロシーとライネに協力している。


「誰もかれもお前らと同じ考えになると思うなよ?人生かかってるんだ諦められるかっ。」

「ルカ、希薄は希望は捨てたほうがいい。人生に2回目はないんだよ。」


 睨み合う、ルカの翠とライネの琥珀の瞳。双方が不気味な笑みを浮かべた。


「てめぇは旧式だから諦めてんだろ。もうここでしか生きていけないもんな。」

「シドが統括になって200年。報酬制度が導入されて140年。未だに任期満了して報酬を貰った調律師は0。例外が一人いるけど、ほとんどの調律師は長すぎる任期と苛酷な任務に当初の目的が色あせて途中で辞めてしまう。ここでしか生きれないのはルカも一緒だよ。」


 先ほどの寝室でのように空気が凍てつく。ピリピリと刺すような痛い空気。重力が二倍になったかのように押しつぶれそうな重い空気。

 無言のままライネはルカの白い首に手を伸ばす。男特有の筋張った大きな手が音を立てて食い込んだ。ミシミシと骨の軋む音が聞こえ、接触している肌から凍り付いていく。


「放してくれるかな?」


 ライネの口から冷淡に一言だけ放たれた。ルカを締める腕ににヨウが抱き着いたからだ。


「聞こえないの?」

「やだっ」


 ヨウは腕を更にきつく抱く様に掴む。それでもルカの首を絞めるライネの力が緩むことはなかった。


「なんでこんなことするの。突然こんなとこ連れてこられて、訳分かんない話されて、訳分かんない内に人が殺されそうになってて、訳分かんないよっ」


 ヨウは叫んだ。一人だけ蚊帳の外のまま展開が進み、人が殺されそうになっている。暴力現場など2013年の日本にいたヨウにとってはファンタジーだ。

 ゲームや小説の世界のように、当然のように繰り広げられる暴力に順応できるわけがない。

 感情が入り乱れ、元々情緒不安定だったヨウが嗚咽を零しながら本格的に泣き出すまで時間はかからなかった。


「あははは。」


 笑い声がする。首を絞められているのに、まるで苦しみなどないかのようにルカは笑っていた。

 ライネは目だけ動かしてルカを睨む。感情のない冷たい瞳。その瞳に恐怖を覚えたヨウは全身の力を奪われたかのように脱力してライネの腕から離れる。

 剥き出しの殺意で威嚇するライネの姿と首を絞められながら笑うルカに怯えた。


「奇遇だな?私もなんでボスや統括がてめぇみたいな小娘に肩入れするのか訳分かんねぇよ。」


 高笑うルカに、ライネは手を離した。くっきりと首についた赤黒い手形が逆再生のように治っていく。


「処分されないのですか?」

「興が覚めたよ。ネオに任せる。」


 それだけ言うとライネはドロシーを連れて荒れた食堂から退室した。

◆ゴリカちゃん改めルカ…統括直属の実働調律師。固有能力『力』

◆調律師…地球にて水中で命の危険に晒された者。


えっと、ちょっと暴力的な描写が出てきたんですがどこまでがR15の許容範囲ですかね?

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