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Solomon's gate (試作_6回目失敗)  作者: にしてつ
第二章 義勇兵暮らし
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ブリスコーの日常

 アイルは明け方に目が冷めテントから這い出た。空は紫色に輝き遥か天高くに尻尾を巻く巻雲が朝焼けの光を受けて虹色に輝いていた。


 アイルは昨日の焚き火の後に薪をくべて再び火をおこした。そして土瓶を火にかざして昨夜のんだ出がらしのお茶を出した。彼は草むらから突き出た石灰岩の石に腰を下ろすと、冷たい空気を頬に感じながらお茶をすすった。高山地帯の朝方は夏でも寒く冷え込んだ。遠くにはウルゴーン山脈の堂々たる山並みが、空と地上の境界線を刃の崩れた歴戦の剣のように刻んでいた。


 やがてテントからアベルが這い出てきた。彼の長い金髪が朝焼けの横日に橙色に光り輝いた。

「おはよう」アイルは声をかけた。

「おはよう」彼は応えた。彼は伸びをしてアイルの隣りに座った。

「昨日眠れた?」

「まあまあかな。昨日はとことん疲れたから」

「そうだね」

「ルイのことは残念だったね」アベルは一息ついていった。

「ああ」

 アイルはアベルにお茶を注ぐと、街をみおろしながら静かに座っていた。

 アイルは言った。「お前の剣見せてれない?」

「いいけど」ジョシュアは遺跡の中に入り細剣を持ってきた「ん」

 アイルは剣を引き抜き朝日の陽光に照らした。細身の刃が夜明けの茜色の光を反射した。金細工の持ち手がなめらかな曲線で照らされていた。

「綺麗な剣だね」アイルは言った。「振っても?」アベルはうなずいた。

 アイルは剣を振るった。朝焼けに輝く細剣は燐光の軌跡を描きながら空気を裂き軽やかにしなった。

 アイルは剣を仕舞い、尋ねた「エルザ達はどこにいるの?」

 アベルは応えた。「家の中で寝てるよ」

 「ふうん。あいつらって偉い人なのか?」

 アベルは答えなかった。

「ま、どうでもいいけどね」

 

 陽が高くなり山の斜面が明るい陽気に包まれたころ、ドワーフの一団が大荷物を背負って坂道を上ってきた。男も女も背丈の二倍はあろうかという高さの荷物を背負っていた。彼らにはエルフ達のさらに奥、山の斜面沿いの家々と洞窟があてがわれたらしい。荷降ろしをしている彼らのもとへ、ゴードンが挨拶に向かった。ゴードンはスホルト難民の暫定的なリーダーになった。男性的なたっぷりの髭を蓄えた屈強なドワーフたちに囲まれていたも、ゴードンの分厚い肉体は彼らに見劣りしなかった。アイルはそのことを誇らしく思った。

 ジェイがアイル達のもとへやってきた。

「おい」彼は言った。「ご近所さんみたいだな」

「おっす」アイルは言った。「ずいぶん大荷物だな」

「おばちゃん達早くに避難したって言ったろ。それでヴェリザードまで物資を買い込みに行ってたんだと」

「ヴェリザードで暮らさないのか?」アベルが訊いた。

「バーロぅ、あんなとこ土地高すぎて住む家なんか買えねーよ」

「積荷はなんなの?」アイルが訊いた。

「大工道具とか膠とかだな。あと白檀とかいろんな木か」

「木なんて奥に生えてるの使えばいいんじゃないの?」アベルが言った。

「勝手に取っちゃ駄目なんじゃない?ああいうのは包囲されたときに薪に使ったり緊急の建築資材に使ったりするんだ。あとこの谷間の大きさなら獣もたくさん自生してるだろうしね」

「へぇえ」アベルが気のない返事をした。

 三人はそのままぼんやりと座っていた。奥の遺跡の方から金槌で何かを打ち付ける音が響いてきた。見ると、

ドワーフ達は遺跡の外壁をハンマーで叩いていた。遺跡がどれだけ建築物として劣化しているのか反響音で確かめてから補修に入るらしい。ドワーフらしい気の長いやり方だった。エルフやトリコロ村の人間たちは、ドワーフに遺跡を調べて貰う代わりに、彼らは3日分の食料を用意することになった。

「トグマは家の補修手伝わなくていいのか?」アイルは金槌の音が響く上方の遺跡を指差しながら言った。

「おれはああいうのは好かん。戦士だからな」トグマは応えた。二人は特に追求しなかった。


 アイルは村仕事の手伝いを申し出たが、怪我の大事を取って断られた。彼らは三人で釣りに出かけることにした。

 

 彼らは城門を出た。門前には馬車を引いた商人の群れが列をなして並んでいた。荷車の中には果物などの食料品のほか、剣や黒光りする甲冑を載せた荷馬車もあった。昨日戦闘があったばかりなのに、前線基地までやって来て商売する彼らの商魂には恐れ入った。アイルはその場で果物商と交渉し、りんごを3つ買った。


「釣りかあっ!?」城門の上の兵から声がかけられた。アイルは棹を掲げて応えた。「俺も行きてえなあっ」兵は笑いながら嘆いた。


 門を出てすぐ眼前にラインベルクの鷹揚とした流れが広がっていた。人間の争いごとなど露知らず、大自然はあるがままの姿で何千年も変わらぬその営みを続けていた。夏の草むらは日差しを浴びて美しい緑を一面にたたえていた。しかし一歩城門を出ると、鼻をつく刺激臭に覆われ彼は顔を背けた。土手の上流ではオークの死体が一箇所に積み上げられ燃やされていた。煙とともに肉の焼ける甘ったるい匂いが漂ってきた。硬質の肌が裂け、腸詰めの様に弾けた皮膚からピンク色の肉がむき出しになっていた。彼らは下流へ移動した。


 アイルは歩きながら餌を探した。アイルは道ばたの草むらのふくらみに目をつけた。霜をつけた土のようにこんもりと盛り上がり、穴の空いた茶色い土くれの塊があった。アイルは素手で湿った土をえぐった。膨らんだ土は簡単にほぐれ、掘り返された土の上には大量のドバミミズがうねうねとうねっていた。

「お~」アイルはひとりにやにやした。アイルは木箱に大量のミミズを確保すると、土手の下に降りていった。土手の草むらはまだ朝露に湿っていた。彼らは下流へと歩き小さな流れ込みまで歩いていった。


「岸に近づかないで」アイルが言った。彼は草むらにかがんで針にミミズをつけた。硬質な感触で手の中で暴れまわるミミズにアイルは期待を膨らませた。これは”いいミミズ”だ。彼は水面を目視できない位置から餌を川面に投入した。竿先にすぐに反応があった。

「よっ」アイルが勢いよく竿を立てた。ぬっとりとした荷重に竿はしなり、小気味よい振動がアイルの腕から肩に伝わった。彼の心臓が高鳴った。「ナマズかな?」アイルは言った。

 水中から魚を引きずり出すと、果たしてそれはナマズだった。ピチピチと爆ぜるような音を立てて草の上で転がり回り、身をくねらせると葦の間をかき分け逃げようとした。アイルはスカリにナマズを入れると、それを水中に放った。

「よくわかったね」アベルは言った。

「感覚。釣りは得意だからね」アイルは応えた。

「一発で釣れたな」ジェイが言った。

「餌がいい。かなり生きのいいドバミミズだよ。四日前に雨降ったばっかだから。これ使ってみ」アイルはアベルのために大きなミミズを選んで針に付けた。

 アベルはアイルの指示で流れ込みの奥へ移動した。そしてアイルのやったように岸から離れて池の淀みに餌を入れた。しかし反応はなかった。アベルが立ち上がろうとすると、アイルが手振りで待てと静止させた。

『一分待て』アイルは小声でそう言った。

 そうして一分間茂みに座っていると、突然竿先に強烈な荷重がかかり竿のされた。

「思いっきり引け!!立っていい!!」アイルは叫んだ。

 はたして言うとおりにアベルは立ち上がり全力で竿を立てた。全長二フィートはある巨大なレンギョがごぼう抜きになった。

「ハクレンだ」アイルは言った。「今夜は土鍋だなあ」

 

 彼らはそれから三時間ほど釣りをして二十匹のナマズを釣った。アイルはホクホク顔で足を踊らせながら家路についた。あまりの喜びように他の3人までつられて笑った。


 昼飯は昨日と同じく家の外で作られた。ドワーフたちが運んできた大きな鍋に火がくべられ、煮炊きの雑炊が振る舞われた。ネネたちは市場でシソの葉を買ってきた。あいかわらず具の少ない雑炊だったがシソの香りに食がすすんだ。ナマズはまたぶつ切りにされスープにされた。女衆が下町の店から使われない鶏ガラをたくさん確保してきた。鶏の脂が浮くナマズのスープは滋養たっぷりで身体に染み渡った。

 昼飯の後、アイルたち四人はブリスコー全体を回ってみることにした。


 彼らは村の中央を流れる小川を遡って水源を見に行った。川は山間に入るとすぐに細くなり、時々礫石の地下に隠れた。か細く流れる水源の最上流に水源を示す石柱が立っていた。彼らはさらに山を上ったが、先が急峻な崖になっていたので引き返した。


 彼らは谷を下りアイル達の住居と反対側、西側の斜面の尾根伝いに歩いた。街の西側には長く住人が住んでいるのだろうか、屋根は補修され赤く統一された瓦で覆われていた。家と崩れた遺跡の壁との間に、洗濯物が紐にくくられて風にぱたぱたとはためいていた。

「そういえば風呂入ってないな。お前着替え持ってんの?」アイルはアベルに訊いた。

「まったく持ってない」アベルが応えた。

「ていうかさ、お前ら金持ってんの?」

「それがまったく持ってないんだ……だからどうしようかって話てるとこ」

「市場に質屋とかあるけどいまは金に変えないほうがいいよ。足元見られるから。しばらくは仕事で稼ごうぜ」


 彼らがさらに尾根を下ると職人街があった。屋根の煙突からもうもうと白い煙があがっていた。日干し煉瓦が広場一面に干してあり、焼いた屋根瓦がその横にきれいに並べられていた。アイル達の耳に鉄を打つ金属音が聞こえた。入り口を覗くと、赤く光る金属を叩いている鍛冶屋の作業場が見えた。


 かれらはさらに尾根を降りて、職人区と市場の間のスラム街にたどり着いた。飲んだくれのおっさんどもが昼から石畳に寝そべって豪快にいびきをかいていた。ここは見習い職人や流れ者が住み着く日陰の街だった。金のない新参冒険者や傭兵稼業の 荒くれ者もこういう界隈に好んで住んだ。血と喧騒が渦巻く下っ端区域はどんな都市にも存在した。

 アイルたちが通りをふらついていると、少年が狭い路地裏を走ってきた。

 少年は通りに出たところで、「待て!!」と叫ぶ男に後ろから肩を掴まれ、地面に引き倒された。少年はたくさんのりんごを抱えていた。そのりんごが引き倒された拍子に腕から転げ落ちた。少年は男に馬乗りにされ、顔面をタコ殴りにされた。

 アイル達が割って入り、男を少年から引き離した。

 「なんだてめぇら!!見ねえ顔だな。新参もんか!?」男は叫んだ。そしてアイルたちの腕の呪痣に目を留めた。

 「けっ。あんたら義勇兵か。その餓鬼が悪ぃんだよ、人のもんかっぱらいやがってよ」

 アイルは銭入を取り出した。

「いくら?」

「5カパーだよ。いっとっけどな、キリねえぞ」男は応えた。男は金を受け取りその場を去った。

 アイル達は少年を助け起こした。少年の体は痩せ細り、腹が頬は痩せこけ汚れていた。戦争孤児だろうか。

 少年の足取りはふらふらとおぼつかなかったので、アイル達は彼を家まで送り届けた

 

 アイル達は市場を廻った。活気に溢れた街の通りは屋台や売り子が立ち並び、とても昨日戦争があったばかりとは思えなかった。アイルは昨日見た屋台で串焼きを買い二人におごった。城壁へと続く階段には衛兵など誰も立っていなかったのでアイル達は登った。そして城門の上から外を眺めた。


 ラインベルクの対岸には果てしない平原が広がっていた。この平原とラインベルクの豊かな水量を生かして大規模な農耕が何度も試みられてきたが、その度に火竜の襲撃を受け放棄されてきた。地平線には霞がかった霧がかかり、その奥にはロードラン北部の都市ヴェリザードの高い城壁がうっすらと見えた。


 櫓の兵士たちの動きが騒がしくなった。彼らに釣られて川の上流を眺めると、騎馬兵の隊列が遠くに見えた。

 北部連隊の兵士たちが帰還したのだ。

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