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淋しい二人。

作者: 島津 光樹

「もうずっと会ってない兄さんがいるんだ。」(嘘だけど)


 飲み会の席で肩を落としてそう言えば、大体の奴が興味深そうに聞いてくる。

「え~、なんでぇ?」

「…うち、親が離婚しててさ。兄さんは父さんに、俺が母さんに引き取られたんだよね。」

「…あ~…、そうだったんだ…。」

「フクザツな家庭事情、ってヤツ?」

「ん~。多分、親父が浮気したとかじゃなかったのかな?母さんの実家のばぁちゃんちでも、親父の話はタブーだったし。良く分かんないんだよね。両親が離婚した時、俺まだ小さかったからさ。父さんなんかいないのが当たり前だったから、それは別にいいんだけどさぁ。会えるなら、兄さんには会ってみたいと思うよ。」

「うんうん…。会えるといいねぇ~。」

 心優しい女の子なら、ここで大抵涙ぐむ。

「その兄貴の写真はないのかよ?」

「あるけど…。離婚した後に、母さんが父さんの写ってる写真ほぼ全部処分しちゃったから、これしかないんだよね…。」

 俺はそう言って、スマホのデータを呼び出す。小さかった頃の俺の顔が二つ並んでいる写真をデータにしたモノ。

「わ!双子だ!」

「そっくりじゃん!」

「どっちがお兄さん?」

「…どっちだろ?正直、同じ顔過ぎて俺にも分かんないや…。」

 同じ顔過ぎると言うか、同じ顔なんだから当然だ。だって、これ加工した写真だから。俺に双子の兄がいるなんて、嘘。両親が離婚したって言うのも真っ赤な嘘。


 俺の母さんはいわゆる未婚の母。父親は一晩限りの相手で、名前も顔も覚えてないらしい。そんなんだから、小さい頃の父の日イベントは憂鬱だった。今はプライバシーの問題で少なくなってきてると思うが、俺が小学生の頃には『日頃の感謝を込めて、頑張っているお父さんの姿を作文に書きましょう』って課題があったんだ。当然書けない。

「うち、父親いないんで…」

 そう言うと、担任の顔に憐憫が浮かぶ。

「ごめんなさい…。気付かなくって…。お父さんじゃなくても、お祖父ちゃんでもいいのよ?」

「じぃちゃんもいません。いるのは、ばぁちゃんと母さんだけです。」

「そぅ…。お母さんはこの前の母の日に書いたもんね…。じゃ、お祖母ちゃんでどうかしら?」

 書かなくても良いという選択肢は無いらしい。

「……はい。」

 で、ばぁちゃんについての作文を書けば、学級参観で廊下に張り出されたクラス全員の作文を見て、俺に憐憫や好奇の目が向けられる。前者はいいけど、後者は迷惑。だって、根掘り葉掘り聞かれたくない。人生の恥部じゃんか。でも、可哀想って思われて、大事にはされたい。

 そう、俺はいつだって愛情に飢えている。誰でもいい。誰かに、皆に、俺を愛してもらいたい。多分、俺の心はずっと満たされてない。注がれてきた愛情が絶対的に足りてない。

 小さい頃は、ずっとばぁちゃんに預けられていた。母さんは大抵、夜中に酒の匂いをプンプンさせて帰ってきた。夜職だったんだろう。

「たらいま~。」

 酒臭い息でそう言って、俺の頭を撫でると、そのまま風呂に入って夕方まで寝てた。俺が学校から帰ってくる頃にのろのろ起き出すと、どこかへ出掛けて行った。夏休みも冬休みも友達んちみたいにどこかに旅行に連れて行ってもらったことなんか、一度もない。最初は「お土産」って言ってキーホルダーをくれた友達も、俺がもらってばかりで一度も返さないともうくれなくなる。俺の前を素通りして「これ、海行った時のお土産。」「サンキュー!俺は田舎に行った時の…」なんて繰り広げられるやりとりを見るのは、しんどかったな…。

 友達関係を維持するにもお金が必要なんだ、って子供心に思ったよ。だから、そっから誰ともつるまなくなった。かといって、いじめられるかと言えばそうでもなかった。俺は空気みたいなもんだった。いるけど、皆の目には映ってない、みたいな?昨今いじめが問題になってるけどさ、俺から言わせれば、いじめに合う奴はまだ、人として認知されているんだと思う。俺の存在は他の連中にとっては眼中にも無かったんだ。いじめの対象にすらならなかった…。


 よく「一匹狼は格好いい」なんて聞くけどさ、それは確固たる意志を持って、大勢の中で一人でいる事を選択した、友達が沢山いる恵まれてた奴のことであって、俺みたいに誰にも相手にされない最初から孤独な奴とは全然違うと思うんだよね。誰にも相手にされない「独り」は、孤独で淋しいよ…。独りでいると、何が普通か分からなくなるんだ。少し、精神がおかしくなるんだろうね。だって、人との距離感が分からないんだもん…。

 独りでいるうちに、一人が嫌になって、俺は友達の空想に浸る。イマジナリーフレンドって奴?でも、フレンドじゃダメだ。だって、友達はケンカ等の些細なきっかけでいなくなる。何があっても俺と縁が切れない奴が欲しいって思ったら、双子の存在を思いついた。元は一つだったのに、生まれる時に分かれてしまった片割れ。それはある意味、最強の運命。それって最高じゃね?


 そっから、俺は居もしない双子妄想に取りつかれた。小学校二年生の時からだから、かなり年季が入っている。中学の時にばぁちゃんが死んで、高ニの時に母さんも死んだ。当時の担任が色々世話してくれて、なんとか葬式を上げて、いくばくかの遺産を手にした俺は一念発起した。地元を離れようと思ったんだ。こんな片田舎の狭いコミュニティを抜けて、誰も俺を知らない所へ行こうと思った。受験勉強を頑張って、関東にある大学に進学した。世間ではF大なんだろうけど、俺には夢みたいな場所だった。入学式を終えて講堂を出れば、どんどん渡されるサークル勧誘のビラ。誰もがそれなりにオシャレで、毎日が楽しそうだ。ここなら、俺にだって素敵な友達がきっと出来る。浮かれてた。必修と選択の授業を選択して、講義を受ける。気になるサークルを覗きに行く。けど、なんだろな、この疎外感は…。割と高校からの仲良しで既にグループが出来てる感じ。俺みたいな田舎出身者は少ないのかな?


 そう思いながら参加した新歓コンパ。まだ酒は飲めないけど、ノンアルのカクテルでも雰囲気だけで充分酔える。周りはほろ酔いの同期や先輩達。俺は虚勢を張りたかったのか、悩める青年を演じていた。そこで出たのが、冒頭の科白。

 緩い文芸サークルだが、皆、優しかった。そのうちの一人が言った。

「なぁなぁ。この写真、俺のスマホに送ってくんない?ついでに、連絡先交換しようぜ!」

「そうしよ、そうしよ~。」

 そう言って、皆がスマホを出す。俺が出したコードがすぐに読み込まれ、あっと言う間にグループに加えられる。そこに送る俺の双子写真。

「ついでに今日の写真も撮ろうぜ!」

パシャリと一枚。早速共有。

「いつか、会えるといいな!」

 そう言われて、その日の飲み会は終わった。一気に二十人の連絡先を手に入れた俺はホクホクしていた。だって、そうだろ?友達百人出来るかな♪じゃないけど、ここに来て、俺は漸く二十人と交友関係を持った、って事だろ?嬉しくない訳が無い!大学デビューは大成功だ。


 その日以降、俺はサークルの奴等とつるむ様になった。

「今日、目覚ましかけ忘れてて寝坊した…。」

「うわ~、サイアク!」

 そんな他愛もない一言にも返事があるのは嬉しい。小中とぽつんと隅で食べてた給食や高校時代に一人非常階段に腰掛けて食ってたコンビニ飯より、学食で友達と喋りながら食べる三百円のカレーの方が断然美味い。楽しい毎日だったからさ、忘れかけてたんだよね。俺に双子の兄がいるっていう設定をさ。


          ***************


「コウ!コウッ!」

 二年生に進級したある日、大学に行ったら凄い勢いで友人の渉が駆け寄って来た。

「もしかしたら、これ、お前の兄貴じゃね?」

 スマホには某SNSの画面。そのアイコンは俺そっくりの人物の顔写真だった。

「ほぇ?」

 驚きのあまり、変な声が出た。ドッペルゲンガーか?

「ビックリした?ビックリしたよね~?」

 渉が嬉しそうに言う。俺は頷くのが精一杯だ。

「俺さ~、コウが双子の兄貴がいる、って教えてくれたあの日から、密かにコウの兄貴を探してたんだよね~。今はネットがあるからさ。あの小さい頃の写真を皆に拡散してもらったの。最初は「会えるといいですね。拡散させてもらいます」っていうリプばっかだったんだけど、半年位前に「もしかしたら、生き別れの弟かもしれません」ってリプが来て…。個人情報だから、ってんで、そっからはその人とダイレクトにやり取りしてたんだけどさ…。コウの写真送ったりしてるうちに、確信に変わったみたいでさ。今日、アイコン画像を自分の写真に代えるからコウに見せて、って言うから見せた!ど?そっくりっしょ!な?一回会ってみなよ!」

 そんな満面の笑顔で言われたら、双子は嘘だなんて言えない…。

「あ、あぁ…。でも、向こうも忙しいだろうし…、そんな急には…」

「へーき、へーき!実は事前に打診しといたんだよね。双子だから当たり前だけど、俺らと同じ大学二年で、都内の大学に通ってるって言ってたから、今日にでも早速会えるよ!最初の顔合わせだけ俺がついてってやるから、会えたら二人で積もる話でもしなよ!」

 そう言うと、素早い指の動きでメッセージを打ち込む。すぐにポコンと通知音がした。

「よっしゃー!今日の夕方オッケーだって!場所はU駅の改札口って!」

「あ、あぁ…。」

 仕方ない…。こうなったら、そのドッペルゲンガーに会って、「人違いですね」って言えばいいんだ。俺は覚悟を決めた。その日の講義は全然耳に入らなかった。教室の一番後ろで、渉が教えてくれた俺の兄だと言う人物のSNSをずっと遡って見ていた。

 一年程前に作られた“kyomo-gyunyugaumai”というアカウント。「想」というユーザー名。『大学生になりました。これからよろしくね!』と書かれたプロフィール欄。ウェイ系かと思ったが、上がっているのは大抵コンビニの新作の写真と「今日はバイト。疲れたよ~。」とかなんてことない日常の呟き。後はひたすらゲームの共有情報。フォローしてるのは殆どがゲーム実況者。フォローはざっと五百人。対してのフォロワーは二十人だった。自分ではあんまり発信しないタイプで、やたらと「良いジャン!」マークを押していた。

 ………なんだか、良く分からない。一体、コイツは何者なんだ?過去のやり取りを見るに、リプ欄で話が合った奴とは直接やり取りをするタイプらしく、表立ってはどんな人物か分からない。青がメインのコンビニに良く行く事とゲームが好きなんだな、って事位しか分からなかった。


「よっし!コウ、行こうぜ!」

 今日最後の講義を終えて、渉が声を掛けにくる。

「なんだよ?お前ら今日、サークルこねーの?」

「ワリィ!今日は、コウの生き別れの兄貴に会いに行く日だから!」

「マジ!?渉、とうとう見付けたの?」

「おう!でも、まだ本人かは分かんない。これからコウとごたいめ~ん!そしたらまた戻ってくんわ!」

「おけ!良かったな、コウ!それで今日は一日上の空だったのかよ!」

 バシンと背中を叩かれる。

「…うん。なんか、キンチョーして…」

「良かったじゃん!兄貴だといいな!」

 皆に口々に祝われて、俺は渉と電車に揺られてU駅を目指す。帰宅ラッシュで人々がせわしなく行きかう改札口の近くに、所在なさげに立つ俺そっくりの人物を見付けた。

「お~い!おまたせ!」

 渉が大きく手を振ると、ドッペルゲンガーがこっちを見た。会釈する。

 人混みをかき分け、対面する。鏡を見ている位にそっくりだった。

「今日はありがと!会うのは初めてだね!俺が「焼き鳥隊長」こと氷川渉。コイツが兄貴を探してるっていうコウ!うわ!こうして見ると、ホントそっくりだな!こりゃ、双子で間違いない!良かったな、コウ!部外者の俺がいると込み入った家庭事情の話とか出来ないだろうから、俺はこれで!後は二人でよろしくやってくれ!」

 一気に言うと、満足そうに笑顔で渉は去っていった。待って…。俺を置いていかないでくれ…。

 気まずい沈黙が流れる。


「えーと…。いきなり店に入るのもなんだから、公園でも歩きながら話をしない?」

「あ…うん。」

 とりあえず改札口を出て、博物館前を通り過ぎる。まだ早い時間だってのに、そこら辺に座って、カップ酒を飲んでる人達がいる。木々の後ろにうっすら見える青いビニールシート。ごみごみした街だ…。

「会えたらもっと嬉しそうな顔をしてくれると思ったのに、浮かない顔だね。」

「え…。えと…。自分そっくりの顔が目の前にあるのが不思議で…。」

 しどろもどろで俺は答える。なんと言って切り出せばいいか分からない…。俺に双子の兄はいない、って言えばいいのか?でも、嘘だとバレたら、ネットでさらされて叩かれる?渉が関わっているだけに下手を打てば、折角の交友関係を失くす事になる。それは嫌だ…!ここはやはり、少し話して「すごく似てるけど兄さんじゃなかった。他人の空似でした」という事にしよう。うん、それがいい。

「あの―」

 俺が口を開こうとした時、ドッペルゲンガーが喋った。

「コウってどういう字を書くの?」

「え?あ…渉から聞いてない?」

「うん。焼き鳥隊長はコウって言う名前と写真と簡単な情報しか僕に教えてくれなかったから。」

焼き鳥隊長?あ、渉のアカ名か。

「だから、僕も「ソウ」って名前しか教えなかった。でも、君の写真を見ているうちに、他人じゃない気がしてきてさ。だから、ずっと君と話したかった。今日、こうして直接会えて良かったよ。」

 にっこり微笑まれて言われたら、邪険に扱うのも違うかも、と思った。

「健康のコウと書いてヤスシって読むのが本名だけど、ヤスシって響きが嫌だからコウって名乗ってるんだ。」

「そっかぁ。僕もね、耳偏に公園のコウに心って書く聡って字でサトシなんだけど、ソウって名乗ってる。そんなところも、僕達似てるね。やっぱり、双子だからかな?」

 …うっわ!感性似てる!やばっ!コイツとは話が合う気がしてきた。


 その時、顔にポツンと水滴があたった。

「うわ、雨!」

「折角だから、どこかに入ろうか?」

 俺達は地下にある昔ながらの喫茶店に入った。店内にかかるBGMと程よい客同士の会話が丁度いい。ちょっと込み入った話をしても、誰も気にしなさそう。大きなパキラの鉢植えの後ろの隅の席に案内される。注文を取りに来た人が俺達を見てビックリしてた。珈琲セットが来てから「今日はわざわざありがとう」と伝えて、核心には触れない他愛のない会話をして時間をやり過ごす。自分から触れないのもアレだけど、ソウからも肝心の件について聞かれないのはドキドキする。言おうか言うまいか…。悩んでいたらソウが言った。

「――ていうのはどう?」

「ごめん…。良く聞いてなかった。もう一回言って?」

「折角こうして会えたんだから、これまでの時間を埋めるように一緒に住まない?って言ったの。」

「え?」

「焼き鳥隊長から聞いてるよ。今、こっちで一人暮らししてる、って。僕は父からの援助もあって、そこそこいい2LDKに住んでるから、一緒に住まない?一部屋自由に使ってもらって構わないよ。ここからすぐ近くだから、気になるなら見に行く?」

「え?あ…うん。」

「じゃ、早速行こうか。」

 さっさと珈琲を飲み終えると伝票を持ってソウは席を立った。

「俺の分…」

 お金を渡そうとしたら、笑って断られた。

「ちょっとは兄らしい事させてよ。」

「あ…、ありがと。」

 外に出たら、雨は上がっていた。通り雨だったようだ。

 少し歩いて、大きなマンションの前に立つ。ソウが番号を打ち込むとエントランスのドアが開いた。

「すげー!オートロック!」

 俺の住んでるボロアパートとは大違いだ。エレベーターにのって六階で降りる。その角部屋がソウの住まいだった。

「どうぞ。入って。」

 綺麗に揃えられた靴。靴箱の上にずらりと飾られている某RPGのモンスターフィギュア。

「ゲーム、好きなんだね。」

「うん。あ、そこ洗面所。手洗い嗽してね。僕もする。」

 それから、リビングに案内された。四台のモニターに繋がれたゲーム機各種。なんだかコードがぐちゃぐちゃしてる。

「がっつりゲーマーじゃん!」

「まぁね…。コウは?ゲームしたりしないの?」

「あ~…。うん…。俺、貧乏だったから、小さい頃、皆が持ってる携帯ゲーム機持ってなくて…。だから、なんかゲームをするっていう習慣がないんだよね。」

「ふ~ん…。じゃ、いつもは何してるの?」

「本読んでる事が多いかな。図書館はただで本を貸してくれるじゃん。今は、ネットでもいろんなサイトでいろんな話を読めるから、読みホーダイ!」

 俺はちょっとおどけて言った。

「そう…。」

 ソウは冷蔵庫から炭酸飲料のペットボトルを出して、俺に渡す。

「で、どう?ここに住まない?そっちが空いてる部屋だから、見てみてよ。」

「んじゃ。しっつれ~い!」

 オシャレなマンションにテンションがあがった俺は、勢いよくドアを開けた。壁一面に本棚があって、あとはガランとしていた。窓からさっきの公園の緑が良く見えた。

「お~!見晴らしもいいじゃん!」

「気に入った?」

「うん。」

「じゃ、引っ越しておいでよ。」

 満面の笑顔で言うソウ。いい奴だ…。いい奴だからこそ、ちゃんと言おう。

「嬉しいけど、それは出来ないかな。」

「なんで?」

「だって…。どんなに似てても、ソウは俺の兄さんじゃない。」

 そう言ったら、ソウの顔色が変わった。

「なんで言い切れるの?分からないじゃないか!」

「…分かるよ。」

「分かんないよっ!!」

「双子じゃなかったけど、同い年だし、もし良かったら、これからは友達として仲良くしてよ。」

 手を差し伸べたら、振り払われた。

「友達なんかダメだ!僕らは双子じゃなくっちゃ!」

 その剣幕にビックリした。

「ソ、ソウ…?」

「ダメだよ、コウ!友達じゃダメなんだ!友達は、些細なきっかけで僕からいなくなる!」

 ズキンと刺さった。大共感。それは俺が昔から思っている事。

「僕らは…双子でしょ?」

 縋るように俺を見るから、絆された。

「本当に双子だったら良かったんだけど…。ごめん…。俺、本当は一人っ子なんだ。双子の兄って言うのは、あくまでも俺の妄想。」

「知ってるよ、そんな事。」

「へ?」

 頭が混乱した。ソウは俺に双子の兄がいないって分かってて俺に会いに来たって事??

「妄想が現実になってもいいじゃん!コウは俺の双子の弟だよ!」

「え?いや…。流石にそれは…ダメでしょ。」

 そう言ったら、ソウの表情が変わった。

「コウさ、そんな事言っていいの?僕が焼き鳥隊長こと氷川君にコウの双子の話は嘘なんだって言ったらどうするの?コウは皆に「嘘つき」って呼ばれるんだよ?折角出来た友達もみ~んな離れていくかもよ?そもそもネットに流れたこの双子写真、加工した物でしょ?それも指摘してネットに流す?拡散に協力してくれたたっくさんの人達からも、コウは「嘘つき」って言われるよ?今はネットが発達してるからさ~ぁ、コウの特定なんかきっとすぐだよ。大学も本名もぜ~んぶさらされちゃうよ?いいの?そんなリスクを負う位なら、大人しく僕と双子でいようよ。ねっ?」

 言ってる事が怖い…。最後の同意を求める笑顔はもっと怖かった。

「コウはさ、淋しんでしょ?自分から絶対に離れていかない相手が欲しいんでしょ?それには友達や恋人じゃダメだよ。そんな関係の奴等はすぐにいなくなっちゃうから。でもさ…、双子なら話は別だよ。だって、元は一つだったから。分かる?僕らは二人で一つ。離れられない運命なんだよ?それって最強じゃない?」

 あぁ、どうしよう…。ソウがヤバい奴だって頭では分かるのに、考え方が怖ろしい程、俺に似ている。ソウの心が分かり過ぎる…。確かに、俺達は魂の双子なのかもしれない…。


「……分かった。じゃ、今日からソウは俺の兄さん、って事で。」

「うん!分かってくれたら、いいんだ。じゃ、早速引っ越しの手続きしようね!」

「あ…、待って。その前にお前の親父さんにルームメイトが出来るって話をした方がいいんじゃないのか?親父さんの金で家賃払ってるのに、勝手に住人増やしちゃダメだろ。」

「あ~。そんなの気にしないで。ウソだから。」

「え?」

「僕が大学生って言うのもウソ。ホントは二十三歳。ゲーム実況配信で食ってんの。そこそこチャンネル登録者もいて、投げ銭してくれる奴もいるから、ヨユーで一人暮らし出来るんだ。」

 そう言うと、スマホを開いて、某チャンネルを開いて見せてくれた。登録者数九十六万人。

「…すげーじゃんっ!」

「…べっつに。」

 そう言うとソウはスマホを閉じて、ソファーに投げた。

「ネット上でいくらチヤホヤしてもらった所で、リアルじゃ、ぼっちだ。配信を終えて電源を落とした瞬間、すっげー虚しくなる…。友人と思ってコラボしても、向こうにとっての僕はビュー回数を増やすだけの道具に過ぎない。恋人を作っても、デートより仕事にしてる配信を優先させてるうちにフラれる…。友人や恋人なんかじゃ、僕の孤独は埋められない…。何か、素敵な出会いはないかな、って思って一年前に架空の大学生のアカウントを作ったんだ。でも、今時の大学生が何やってるのか良く分かんないから、結局はコンビニの新作上げるしかなくて…。フォローする相手も良く分かんないから、結局は自分がやってるゲーム実況関連をフォローしてさ。不思議なんだよね。実況してる本アカで同じ投稿すると、あっと言う間に「良いジャン!」マークもリプも沢山つくのに、無名アカでは、一個もつかないの。マジ笑える。それって、皆、表面だけ見て、誰も本当の僕をみてくれてないって事じゃん。そんな時、たまたま流れて来た焼き鳥隊長の「双子の兄を探してます」情報を見たの。僕、目が肥えてるから、すぐにあれが加工写真だって分かったよ。でも、面白そうだからリプ送ったんだ。そんで、君の話を聞いた。面白そうだったから、君の大学に君を見に行ったんだ。」

 笑いながら言った。

「え…!い、いつ…?」

「ん~?時々。配信を終えて虚しくなった時に。僕、時間の自由がきくからね。焼き鳥隊長はさ~ぁ、ネットに対しての警戒心がうっすいからさ~ぁ、最寄り駅とかそのままSNSに書いちゃってるから、ちょっと過去の投稿を遡れば特定なんかすぐだよ。顔写真もあげてるしね。で、早々に特定出来たから、ちょっとした探偵気分で大学に見に行ったの。君の行ってる大学もガバガバだから、余裕で入れた。そこで焼き鳥隊長を見付けて、すぐ近くにいる君を見付けたんだ。友達といるのにどこか心許ない君を見て、僕はピンときたよ。僕と同類だって。でも…、直感が外れたら怖いから、暫く観察してたんだ。君は人畜無害のいい子だったから、すごく気に入った。だから興信所に頼んで、君の過去も全部調べた。天涯孤独で頼る奴もいない環境が丁度良かった。こんな双子の弟がいたら最高だと思ったから、決心がついた。僕は、君そっくりに整形したんだ。」

「ええーーっ!!!」

「ふふ…。ドン引きしちゃった?だから、こうして直接会うまでに時間がかかっちゃったんだ。だからさ…。こんだけ、時間とお金をかけて僕は君の双子のお兄ちゃんになったんだから、コウは僕の弟になってくれないと、困る…。」


 ………ソウの、元の顔は知らない。だけど、特にイケメンでもない平凡な俺の顔を自分の顔にしちゃう位、俺はソウに必要にされてるんだと思ったら、嬉しくなった。束縛でも、歪んだ愛情でもいいや。その愛が俺に注がれるのなら、俺がいらなくなるまで一緒にいようと思った。

「分かった。ソウは、今日から俺の兄さんな!」

「うん。ありがと、コウ。僕達、双子だから一生縁は切れないよ。ずっと一緒にいようね。」

 そう言って、差し出される右手の小指。

「うん、約束。」

 俺達は指切りをする。


 俺もソウも淋しいんだ。

 淋しさに蝕まれた俺達は歪んでいて、きっとあちこちが欠けている。

 だって仕方ない。今までに注がれてきた愛情が絶対的に足りてないんだ。

 だから、お互いがお互いのコップに溢れるまで愛情を注いでいかないとダメだ。

 淋しい二人が一緒にいれば、きっといつか欠けてた心は丸くなる筈。


 だって、俺達は魂の双子だから。

                                       <終>

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