守る Side S
読んでくださりありがとうございます。
こちらの話が短めのため、本日二話目の更新ですのでご注意ください。
フェリシアを見送ったセレナは、その背が見えなくなるまで見つめると、踵を返し猛然と走り出した。
ダイン達が悪さをする際に使っていた廃屋は、派手に燃やしたので、そろそろ誰か気づく人間も出てくることだろう。
セレナがわざわざ苦手な火魔法を使い火を放ったのは、不思議な炎でダイン達だけが燃えて灰になったことを隠すためだけでなく、彼らがそうなった原因にフェリシアが関与していることを隠すためだ。
魔力持ちの極端に少ない平民には殆ど知られていないが、魔法を使うと必ず痕跡――魔力紋が残る。魔力には持ち主ひとりひとりに異なる魔力紋があり、それにより個人を特定することが可能だ。
この国では、貴族籍に身を置く者は必ず魔力紋を国のデータベースに登録する決まりになっていて、貴族家に生まれた者は出生後洗礼と同時に、平民から叙爵した者は爵位の授与時に自分の魔力紋を登録している。
平民の孤児で、生まれた時から魔力を封じてきたフェリシアの魔力紋自体は登録されていないが、その母のエレナは剥奪されるまでの身分は伯爵令嬢だった。当然、国にも魔力紋は登録されているだろう。
セレナが貴族令嬢だった時、魔力紋についての研究論文を読んだことがある。
その論文には、魔力紋は適性属性などによる影響が大きく、また親子間など血が近い者の魔力紋は似通う傾向にある、と書いてあった。論文を書いた研究者の展望としては、今後更に多くのデータを集め、それを利用して親子鑑定の利用へ技術確立を目指す、と締めくくられていた。
あの論文が書かれてから、もう随分と時が流れた。その技術は既に確立されていることだろう。
ならばフェリシアの安全のため、万が一にもその魔力紋を見つけられるわけにはいかなかった。
仮にあの廃屋からエレナの魔力に似たフェリシアの魔力が検出されてしまえば、フェリシアが魔力持ちであったことが明るみになってしまう。
もっと悪ければ――フェリシアの魔力が、母親であるエレナではなく、特定不明の父親の魔力紋に似てしまっている可能性もある。
稀代の悪女と囁かれた母親そっくりの美貌をそのまま受け継ぎ、後ろ盾も家族もなく、魔力だけは豊富にある幼く無垢な少女。
これほど魅力的で都合のいい捨て駒はない。
もしもフェリシアの生物学的父親やその周辺に目をつけられれば無事では済まないだろう。
だから廃屋にセレナの魔力紋を派手に残すことで、どうにかフェリシアの魔力紋を隠したかった。
かつて貴族令嬢だったセレナの魔力紋は国に登録されているので、そちらと照合されてしまうのはセレナにとって少々都合が悪いが、だったら詳しく調べられる前に明らかな犯人を差し出してしまえばいいのだ。そのために、わざわざウィンプルも廃屋近くに落としてきた。
修道院が近づいたところで周囲に人がいないことを確認し、駄目押しとばかりにセレナは自らが着ている服の胸元をビリビリに裂くと、覚悟を決めて近くにあった石で自身の顔を殴り付けた。
修道院には一度フェリシアに渡す荷物を取りに戻っているが、貴族令嬢時代に覚えた魔法を駆使したため、人目には触れていない。
この状態――出掛けに被っていたウィンプルは無く、服は引き裂かれ、顔には殴られたような跡――で修道院に戻れば、セレナの身に何か起こったことはすぐに広まる。
ヴァイス辺境伯がどの程度末の放蕩息子の動向を把握しているかは不明だが、あの廃屋を悪友と利用していたことは以前から知っている筈だ。
廃屋の火事から息子の行方に気付き、道に落ちているウィンプルを発見した辺境伯がこの修道院を訪れるのは、早ければ明日の早朝といったところだろう。
そして訪れた修道院には、昨夜ひどい格好で逃げ帰り、顔に怪我を負ったシスターがひとり。
セレナは貴族令嬢時代、ヴァイス辺境伯家の現当主に何度か会ったことがある。向こうは家を出奔した小娘のことなど覚えてもいないだろう。
現当主は戦闘力に優れた男で、先代から続く王家との適度な距離を保ちながら、国境の守護神として辺境の民から厚い支持を集める一方、短絡的で好戦的側面があり、自らが敵と判断した者には容赦無かった。特に少しでも自分の身内が貶されたと感じると我慢出来ない人で、些細なことにも苛烈に報復していた。
その短絡的な苛烈さは、今回のことでも発揮される筈だ。目の前に明らかな容疑者がいるのだ。たかだか平民の修道女ひとり断罪するのに、一々時間をかけて証拠を吟味し、現場に残った魔力の残滓を調べたり、セレナの身元を詳しく調べることはしないだろう。
心配ごとがあるとすれば当事者のひとりであるルークと、フェリシアについての事情を知るネイサン院長だが、セレナの計画に支障を来たすことはないだろうと思っている。
ルークがすべてを告白すれば、自分が卑劣な行為に関わっていたことが明るみに出る上に、辺境伯の判断次第では息子を害した一因として処断される可能性がある。まともな頭があれば口を噤む筈。
ネイサン院長に関しても、フェリシアが魔力持ちであることに気付きながら報告せず見逃していたことは彼の立場にも関わるので沈黙を貫くだろう。
だから、次に辺境伯と顔を合わせるその時、セレナの人生に幕が降ろされることになるだろう。
そうでなければ困る。自らの命を使うとことでしか、フェリシアを助けられる可能性のある唯一の人に連絡をとる方法が無いのだから。
決意を込めた瞳をそっと閉じる。
「待っていて、トマス。もうすぐ、漸くあなたの所へ行けるから……」
目を開けたセレナの瞳は、何処までも凪いでいた。




