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発露 Side S

読んでくださりありがとうございます。

キリがいいところで切ったため少し短めです。

 ローブのフードを深く被ったセレナは、薄暗い道を外套の僅かな灯りを頼りに走っていた。

 修道院での暮らしが長いとはいえ、自身の見た目が未だ貴族令嬢然としている自覚のあるセレナにとって、ノースマルゴの街を女一人で出歩く危険はよく理解している。

 それでも、この街の何処かでフェリシアが今も危険に晒されているかと思うと放っておくことは出来なかった。


 人通りの多い大通りを一本奥に入ると続く、じめっとした路地。

 用の無い人間が足を踏み入れることは決して無いそこに来たのは、先日マーケットから帰って来た時のフェリシアの話を思い出したからだ。


 ノースマルゴを含む、ここら一帯の辺境地を納めるヴァイス辺境伯家。その辺境伯家には貴族学園を卒業して久しい末息子ダインがいて、辺境伯は出来の悪さを嘆きつつ、末息子可愛さ故に我儘放題を許している、と有名だった。

 ダインが同じく実家で持て余されている貴族の男数人を引き連れて、辺境伯家の名の元にノースマルゴの地で様々な悪事を働くようになったのはここ数年のことだ。自身の父の威光が届く場所で悪事を働きながら次々と移動し、最終的に辺境伯領でも最北のノースマルゴに辿り着いたのだろう。


 そのダインらしき人物とルークが街に下りた際接触していたと聞いてから、時々ルークが思いつめたような表情を浮かべていることに気が付き、漠然と何か良くないことが起きそうな予感がしていた。


 そうして、今日になってルークは完全に錯乱状態になり、フェリシアの姿が消えた。


 フェリシアがいなくなって、セレナが真っ先にこの路地裏に足を向けたのは、院に出入りする商人から『辺境伯家の坊ちゃんたちは路地裏の小屋にたむろして悪さをしている』と聞いたことがあったからだ。気の良い商人は、孤児達と違い、そこそこの頻度で外出することもあるセレナ達シスターに、危険な場所に近づかないように、という注意喚起の意味合いで教えてくれたのだ。


 ダイン達がフェリシアの失踪に関係しているという証拠などない。

 けれど、セレナはフェリシアやルークに何か起きたのなら、彼らが関与しているに違いないという確信めいた予感があった。



 フェリシアは表向き魔力なしとなっているが、事実は違う。本人にも知らせていないが、実はフェリシアには赤子として生まれた時点でかなりの魔力量があった。成長した今では、恐らく一般的な高位貴族や王族を凌ぐ程の魔力量がある筈だ。


 生まれたばかりのフェリシアに"母親の形見"と偽り、魔封じのネックレスを持たせたのはセレナだ。フェリシアの母親を散々利用しつくし、貶めた男達の魔の手からフェリシアを守るには、そうするしかなかった。

 恐らく孤児院の院長であり、医師でもあるネイサンはそれに気付いていた筈だが、彼も彼で王家の人間に思うところがあるのか、セレナの行為を黙認していた。


 あれから十年。両親のいない赤子は、けれどもすくすくと育ち、素直で明るい少女になった。彼女の母親が死の間際に願った通り、貴族や王族など、およそ権力者とは無縁に生きてきた。

 このまま、特筆することのない平凡な平民として生きていってくれればいい、とそう願っていたのに。


 錯乱する直前の、ルークのあの怯え様は尋常ではなかった。

 五歳も年下の非力な少女など、ねじ伏せることが容易い筈のルークが、あれ程怯える。

 それ程ルークを怯えさせたのが行方不明のフェリシアだとしたら――それは恐らく、その身に宿る魔力を解放した、ということだ。


 汗だくのセレナが目的の場所につくと、廃屋の一つの扉が開いたままになっていた。

 ダイン達が悪事を働く時に使っていたのだから当然といえば当然だが、辺りは奇妙な程人気がなく、不吉な静寂がセレナを包み込む。


 ふと地面を見ると、扉より右側に見覚えのある茶色のキャスケットが落ちていた。フェリシアが普段から使用しているものだ。


 やはり、フェリシアは此処に来た……否、連れてこられたのだ。

 帽子を拾い、恐る恐る廃屋へ足を踏み入れると、室内はつん、と鼻を突く臭気が漂っていた。


「なんのニオイかしら……」


 どこかで嗅いだことがあるような、ひどく不快な臭い。

 臭いの元を辿ると、元々は居間であっただろうスペースに、灰の塊が点在していた。その数は三つ。


(なにかの燃えカス……?)


 近付いたところで、()()に気付いたセレナはひゅっと喉を詰まらせた。


 三箇所に点在する灰のうちの一つが、人型に落ちている。


 灰の中に光るものを見つけ、近くに落ちていたスプーンの柄を使って掘り出すと、銀で出来た指輪には精緻な紋章が象ってあった。


 双頭の獅子と交わる剣、周囲を囲うアザミの花――かつて貴族令嬢だったセレナには、それが何か瞬時に分かった。ヴァイス辺境伯家の紋章だ。


 この国の貴族は、成人した証に家の紋章が入った装飾品を贈られる。男性なら指輪やカフス、女性ならピアスやネックレスを贈られることが多い。それらの装飾品は女神様の加護がありますように、と願いをこめて、贈られる前に教会で祝福を授けられる習わしだ。

 それ故、成人した貴族の男女は皆、この時贈られた装飾品は生涯大事にするものなのだ。


 シスターとなってからあまり人前に出ないようにしていたセレナだが、悪名高いダインのことは一度だけ見かけたことがある。腰を悪くした先輩シスターの代わりにお使いに出た際、街で絡まれたことがあったのだ。幸い、その時はたまたま通りかかった院長のネイサンが間に入り、何事もなく済んだが――あの時、確かにダインは紋章の入った指輪を着けていた。そう、丁度これと全く同じデザインの指輪を。


 つまり、この指輪はダインのもの。

 そして指輪を覆っていたこの灰は――。


 途端に吐き気が込み上げてきて、慌てて外に出て空気を吸う。


(そうだ。何故気付かなかったのかしら。あのニオイは……火葬場と同じ臭い……。) 


 血の気が引くのを感じながら、先程見た光景を必死に思い浮かべる。


 持ち主が身に付けていただろう指輪は傷一つなく残っていた。

 廃屋も無事だった。

 けれど、確実に燃えて灰になった、恐らく人間だったもの。


 それはまるで……御伽噺に出てくる、悪しきものだけを灼き尽くすという、古の聖なる焔のよう――。


 そこに思い至ったセレナははっ、とした。

 フェリシアの母親は、珍しい光魔法の使い手だった。そして、父親()()の中には、同じく希少な闇魔法を受け継いだ令息もいた。

 フェリシアの魔力を長年封じてきたことが、こんな結果になるなんて――。



 そこからのセレナの決断は速かった。

 平民になってからは使うことを自らに禁じていた魔法を使うことに躊躇は覚えなかった。


 風魔法を使い三箇所に散らばっていた灰を集めると、先程見つけた指輪を再びその中に埋める。

 入口近くに放置されていたカンテラを床に倒し、室内にあった酒瓶の酒を周囲に撒き散らすと、魔法で火を点けた。


 アルコールに引火したのを確認し、急いで廃屋を出る。恐らくこの周囲に人は住んでいないだろうが、念の為周囲の草木には水魔法で出した水を掛けておく。


 燃やしたいのはこの廃屋だけで、周囲を巻き込んで大きな火事にしたいわけではない。今は少しでも時間を稼ぎたいのだ。


 炎が大きく燃え広がるよう、最後に駄目押してフイゴの要領で風を送ると、駄目押しで頭のウィンプルを道端に捨てる。

 そして再び夜の街へ駆け出した。


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