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魔力(1)

読んでいただきありがとうございます。昨日は更新出来ず今日も遅くなってしまいすみません。

微妙にきりが悪いのでなるはや(古)で次話投稿頑張ります……!

「人間を止める、って、何……?」


 物騒な言葉に傍らのヤンを仰いだフェリシアの目前に、ドロリとした茶色がかった緑色の液体が差し出される。見た目は完全にヘドロな液体からは、もわっとした青臭い香りがして思わず顔を背けたくなる。


「説明は後だ。長くなるからな。今は取り合えずコレを飲め」

「なんですか、これ……」

「痛み止めだ。あくまで痛みを感じる神経を麻痺させるだけで、お前の状態自体が軽快するわけではないがな」

「……ヤンさんが作ったんですか?」

「そうだ」

「ヤンさんは魔法使いで、薬師?」

「別に、薬師という程じゃない。知識があって、薬が必要だという奴に時々作ってやるだけだ」


 それを薬師というのでは、と思ったが、ヤンからの無言の圧力にフェリシアは口を噤んだ。


「俺のことはいい。早く飲め」


 ヤンの眼力は強く、とても拒否することは出来そうにない。

 えいやっと、覚悟を決めてコップを呷る。口中に広がる青臭い苦み。


「うええええええええにがあああああい!」

「うるさい」


 えづくフェリシアの頭をべしりと叩くと、ヤンはフェリシアの膝の上でまるまるカーバンクルに目を向ける。


「それからそこの毛玉。此処は俺の家だ。これからも此処で暮らすつもりなら、協力しろ」


 カーバンクルはじっと顔を上げ、円らな瞳でヤンを見つめていたが、暫くすると了承するように首を縦に動かした……ように見えた。

 ヤンが満足そうに頷く。


「そこの毛玉は暫くの間、定期的にそいつの魔力を吸い取れ」

「えっ?」

「フェリシア、お前はこの薬を一日三回。俺がもういいと言うまでな」

「ええ、そんなぁっ!」

「お前、身体が痛いんだろう。そのままでいいのか?」


 ヤンの言葉にフェリシアはうっと言葉を詰まらせた。

 あの苦い液体は飲みたくない。でも身体が痛いのは嫌だ。ノースマルゴで起きた、否、起こしてしまったこと、自分に魔力があること、これからのこと……考えなければいけないことは沢山あるのに、痛みで気が散ってまともに思考することが出来なかった。


「うう、わかりました……」

「よし。じゃあ今日はこのまま寝ろ」

「え? でも……」

「身体の回復が先だ。きちんと睡眠を取れ。まだ熱もあるだろう」

「ここ、ヤンさんのベッドなんですよね。いつまでも私が占領するわけには」

「いいから、ガキが余計な心配するな」

「………ガキって、ヤンさんだって」


 ヤンの鋭い眼光に途中で言葉を切る。

 どうやら見た目のことについては触れて欲しくなさそうだ。


「言ったろ、俺はお前より遥かに年上だ。それに俺を何だと思っている? 魔法使いだぞ。ベッドのひとつやふたつ用意するくらい朝飯前だ」


 言葉は素っ気無いが、ヤンの瞳からはフェリシアを案じていることが伝わってくる。


(……こういう人、ノースマルゴにもいたな。見た目は怖くて口も悪いのに、本当は優しいの。)


 先程飲んだ薬草のお陰か、身体中がぽかぽかし、痛みが和らいできた。フェリシアの気持ちとは裏腹に傷付いた身体は休息を求めていたようで、ヤンの勧めに従いベッドに身体を横たえると途端に眠気が襲ってくる。森の中とは違う、安心した心地でそのまま眠りについた。



******



 結局フェリシアはそこから数日間、薬を飲んでは寝て、合間でご飯を食べてまた寝る、というサイクルを繰り返した。孤児院にいた時は調子が悪くても、一日中ベッドにいることは出来なかったから、これ程ベッドの上で長く過ごしたのは生まれて初めてだ。

 そして今朝、漸くヤンから起きる許可を貰った。ヤンの家に来てからの数日間は、ヤンの御下がりのシャツとズボンを身に着けていたが、今朝は木綿の白いワンピースを渡されたので、大人しくそれを着る。孤児院では基本的に服は誰かの御下がりで、破れたり穴が開いても布を当てたり糸で補修してきていたから、特に服にこだわりは無いのだが、フェリシアに気を遣って寝ている間にわざわざ用意してくれたのかも知れない。


 この数日間で分かったことは、この家が周囲に民家の殆どない山奥に建っているということ、住人はヤンの他にはヴィッキーという白い犬だけということ、そして数日置きに商人らしい人がヤンを訪ねて来ている、ということだ。

 どこまで知っているのかは分からないが、シスター・セレナからフェリシアの助けを求められたというヤンは、事情を知っているのか、他の人間が来た時は絶対に部屋から出るな、とフェリシアに念押しした。勿論、恩ある人の忠告を破るようなフェリシアではない。

 商人らしき人はどうやらヤンに頼んだ薬を引き取りに来ているようだった。ヤン本人は自分は薬師ではない、と言っていたけれど、薬を売って生計を立てているようだ。


「さて、漸くまともに話が出来そうだな」


 この数日間で本調子ではないものの、子どもらしい溌剌さを取り戻したフェリシアの様子を見て、ヤンが満足そうに口にする。


「はい、ありがとうございました。お世話になりました」

「本格的に世話するのはこれからだがな?」

「うっ……お願いします……。あの! お金、薬代はきちんと働いて返しますから!」

「別に金には困っていないから、そこは気にしなくていい」

「でも……」


 何事にも対価は必要とされるものだ。何も差し出さず益を享受出来る程世間は甘くないと、フェリシアは知っている。


「いずれ、お前には違う形で払ってもらうから、それでいい」

「ち、違う形って……」


 真っ青になるフェリシアの頭の中には、人身売買や少女売春といった物騒な言葉が過ぎったが、それを見透かしたようにヤンは鼻で嗤った。


「安心しろ。多分お前が考えているようなことじゃないから」


 あからさまにほっとした表情を浮かべるフェリシアには、小さく呟いたヤンの言葉は聞こえなかった。


「まぁ、お前が想像した出来事の方が余程マシかも知れないがな……」




「取り合えず、食べながら話そう」


 テーブルの上には焼いたタマゴとパンにハムとチーズ、そしてお茶が用意されている。ヤンが用意してくれたらしい朝食にフェリシアは目を輝かせた。


「わぁっ、朝からこんなの食べていいんですかっ?!」

「こんなの、って別に普通だろ」

「普通じゃないですっ! 孤児院では黒パン一個にコップ一杯の牛の乳だけでした。ハムは高価だから一ヵ月に一度しか食べられないんですよ!」

「そうか。ここでは毎日これだから早く慣れろ」


 ヤンがぶっきらぼうに言う。

 加工するのに時間と手間の掛かるハムは、庶民にとっては高価な食べ物だ。貴族や裕福な家でない限り、そう頻繁には食べられない。

 ヤンの着ている服や持ち物は華美には程遠く、暮らしぶりも質素だが、お金に困っていない、というのは案外本当なのかも知れない。


 ヤンへの恩が積もって行くのを感じつつ、これから毎朝この豪華な朝食を口に出来ると思うと、フェリシアは嬉しそうに目を輝かせた。

 器用に食べ物を口に運びながら、ヤンがフェリシアに尋ねる。


「一応確認するが、お前はこれまで魔法を使ったことは無かったんだな?」

「はい。私の母は修道院で私を生んで、私は生まれた時からずっと孤児院で育ちました。母の出産に立ち会ったシスター達から、生まれた時から魔力無しだと聞いて育ったので、自分に魔力があるなんて考えもしませんでした」

「魔法についてはどれくらい知っている?」


 ヤンの質問に、フェリシアは知っている魔法についての知識を思い出そうと意識を巡らせた。

 フェリシアの魔法についての知識は乏しい。時々貸本屋さんを介して読んだ、正しい知識かも分からない絵本から得た情報と、それから孤児の中で唯一の魔力持ちだったルークから聞きかじった知識だけだ。

 それも、話半分で真面目に聞いていた訳ではない。魔法が使えるなら身も入ったろうが、どうせ自分には関係ない事柄だから、と必要以上に関心を持たないようにしていた。魔法を使える人間に対して妬みの感情を持ってしまうのが怖かったから。


「ええっと、魔法には属性がある、ってことと、魔力持ちの殆どは貴族で平民には殆どいない、ってことくらい……です」

「成程。つまり、殆ど知らないってことだな」

「はい。あ、あと、身体の内側にぐるぐるする熱い何かがあるんですけど、それが魔力ってことなんですよね?」

「あぁ、恐らく。魔力の感じ方は人によって違う。多分、お前は人より魔力量が多いからそう感じるんだろう」

「ヤンさんは? ヤンさんも熱く感じる?」

「………ああ、多分な」


 違和感を覚える答えに、フェリシアは首を傾げながらも深く突っ込むことはしなかった。


「シスター・セレナから言われたの。心を落ち着けて平静に保て、って。そうしたら胸の中のぐるぐるが少しマシになった気がしました。感情と魔力は繋がっているってことですか」

「それは、イエスでもありノーでもある」


 渋い顔をしたヤンの持つカップの中は、フェリシアの前に置かれた物と違いコーヒーが入っている。一息にそれを飲み干すと、ヤンは再び口を開いた。


「お前の言う通り、感情によって魔力が左右されやすいのは間違いじゃない。お前が魔力暴走を起こした時も、精神的にショックな出来事があった筈だ。だろ?」


 少し考えて、ヤンの言葉に頷く。

 ()()は魔力暴走というのか……。

 どうやってシスター・セレナから聞いたのか、ヤンはやはりフェリシアの身に起こった出来事をある程度把握しているらしい。


「でも、感情が揺れる度に魔力を暴走させてたんじゃ自分も周囲も傷付ける。危険で仕様がないだろ? だからそうならないよう、ある程度の魔力持ちは――って要するに貴族連中のことだが、奴らは感情に左右されて魔法を暴発させたりしないよう、幼い頃から魔力をコントロールする訓練を積んでいる。まぁそれとは別に魔道具の力も借りてはいるが。それが出来無い奴は魔法を使うに値しない、たとえ魔力があっても魔法を使う資格がない、と言われるから必死で身に付ける」


 へぇ、とフェリシアは素直に感心した。

 フェリシアが知っている貴族なんて、ネイサン院長と新年の挨拶回りで遠くから見かけるだけの辺境伯、それにダイン達だけ。平民に混じって慎ましやかについて暮らしているネイサン院長は兎も角、あのロクでもないダインと、成人しているとはいえ、それを放置している辺境伯を見ていたので、平民から搾り取れるだけ搾り取って富を享受している悪いイメージしかなかったが、貴族は貴族で大変なこともあるらしい。


「つまり、何が言いたいかというと平均より多い魔力を持ちながら全く魔力コントロールを身に着けていないお前は、歩く火薬並に危険な存在、ってことだ」


 忖度無いヤンの言葉にフェリシアは好物のハムを食べる手を止め、固まった。


 歩く火薬。

 そう言われても何も否定出来無い。事実、ダイン達に連れ込まれた時だけでなく、あの赤い森の中でも白い炎を出してしまった。どちらも命の危機を感じていたとはいえ、今後も危険を感じる度にああなってしまうとしたら……。

 フェリシアは初めて、自分自身に恐怖を感じた。


「ど、どうしたらいいの、ヤンさん。私、もう誰も傷付けたくない!」

「安心しろ。イヤでも此処にいる間は魔力暴走なんて起こさせないから」


 フェリシアのフォークを持つ手がカタカタと震えているのに気づいたヤンは、そっと息を吐くと努めて優しい声で言う。


「いいか? 貴族だって最初から完璧に魔力をコントロール出来る訳じゃない。だから最初は魔道具で魔力を抑えている。魔法を発動させるための魔力自体がなければ、そもそも何も起きないからな。それに今、お前の魔力はあの毛玉に吸い取らせているだろ?」


 そうだった。

 あの目覚めた日以降、カーバンクルはヤンの指示通りに毎日フェリシアの魔力を吸い取っている。ヤンが言うには、カーバンクルは額の石にフェリシアの魔力を溜めているらしい。

 フェリシア本人に特に不快感はなく、むしろカーバンクルが魔力を吸い取ってくれた後は身体が楽になるので助かっている。


「だが、魔力のコントロール云々以前に、お前のボロボロの身体をどうにかしないとな」

「……私ってボロボロなの?」


 ヤンのあの苦い緑のドロドロを飲むのには毎回苦労しているが、その甲斐あってノースマルゴを出る時からずっと感じていた身体の痛みは殆ど感じない。


「言っただろ。俺の薬は治療ではなく、あくまで痛みを誤魔化しているだけだし、魔力を吸い取らせているのも一時しのぎにしかなっていない。今は良くなったように思えても、このままではどんどんボロボロになっていく、ってことだ」


 朝食を先に食べ終えたらしいヤンは憂鬱そうに説明を始めた。


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