プロローグ
読んでいただきありがとうございます!
諸事情により他の連載がストップ中(詳しくは活動報告にて……)ですが久々に投稿始めました。
暫くはコンスタントに投稿出来る予定なので、宜しければブックマークをぽちっとしてお付き合いいただけると嬉しいです。
――ハッ、ハッ、ハッ。
深い夜の闇の中、自身の荒い息遣いだけがやけに大きく聞こえる。
自身の内側で荒れ狂う熱を感じながら、それでもまだ何処か状況を理解出来ていない少女はひんやりとした手触りの馬――正確には馬を模したゴーレムだ――に必死にしがみついていた。
生まれ育った街を出るのは初めてだった。少女――フェリシアの世界は経年劣化の激しい孤児院と、古めかしく質素な教会、シスター達の暮らす修道院だけで完結していたから。
修道院で生まれ、孤児院で育った。幼い頃からいつかはこの街を出て、遠くの街や外の国に行き、まだ見たことがない美しい景色や美味しい食事を探す旅に出たいと思っていた。
けれど、こんな――人知れず暗い道を月明りだけを頼りに駆け抜けるような、そんなことになるとはほんの数時間前までは思ってもいなかった。
どうして、こんなことに。
今にも爆発しそうな熱い何かが自分の内でぐるぐると渦巻いて、火を噴きそうなのを必死に抑え込む。
得体の知れない力の奔流に身を任せられれば、どれだけ楽だろうか。
甘い誘惑が身体を震わせる。次の瞬間、あの地獄のような光景が浮かぶ。
燃え盛る白い炎。
耳を割くような叫び声。
自分を見る、家族のように思っていた人の、恐怖に揺れる瞳。
此処で身体の内側に渦巻く熱を解放してしまえば、また同じことが起きると本能的に分かっていた。歯を食いしばり、頭を両腕で防ぐ。
――化け物!
耳にこびりついた声が離れない。
真夏だというのに身体が震えているのは、恐怖のせいか、夜風のせいか。
炎に包まれたあの後、彼らは一体どうなったのだろう。否、頭の隅では本当はわかっている。あんな状態で、無事に済む人間なんていない、ということは。
彼らは決して善人ではなかった。むしろ、あの最北の町において害悪と呼んでもいい存在だった。
だからといって、傷付けていいわけじゃない。
未だに何が起こったのか、フェリシアには理解出来ていない。
あれはきっと魔法だった。
フェリシアにそんな力がある筈ない。修道院で産み落とされた時からこれまで、魔力なしとして生きてきた。どんなに羨ましく思っても魔法が使えたことなんてない。ましてや、あんな恐ろしいことを、出来るとも思わないし、しようとも思わない。
だけど。でも。
じゃあ、未だ自分の身体の内側を焼き尽くすように暴れまわるこの灼熱のうねりの正体は何なのだ?
何故、シスターは「逃げろ」と言ったのか?
もしかして、もしかして、本当に自分は彼らを――。
駄目だ。これ以上考えるのは。少なくとも今は。
でないと荒ぶる内側の熱に負けてしまいそうだった。
水と土で作られた即席のゴーレム馬は、疲れることを知らず出発した時と同じスピードで暗い道を掛け抜ける。
夜明けまではあと数時間。ゴーレム馬が走れるのもそれまでだ。
出来るだけ距離を稼ぐよう、遠く遠くへ。
辺境伯領は広い。夜明けまでに領境まで辿り着けるかは分からない。辿り着けたところで、ギルドに属しているわけでもなく、身分を証明する手形も証文も持たないフェリシアが正規の方法で領外に出るのは難しい。
辺境と呼ばれる地はどこも、国内の人間であれば入るのは簡単だが、出るのはかなり厳しく管理されているので不便で仕様がないと、いつだったか行商人がボヤいているのを耳にしたことがある。
金銭次第で解決出来る可能性はあるが、この先のことを考えれば逃がしてくれたシスターが渡してくれた皮袋の金は、使うべきではないだろう。使ったところで、十歳という幼い年齢と貧相な身形ではどちらにしろ警戒され、最悪の場合金だけ搾り取られて拘束され兼ねない。
可能性があるとすれば、検問所より西側に広がる赤い森だ。
なんの影響か、数百年ほど前に突然木々が禍々しい血の色に染まったと言い伝えられている広大な森は、別名『迷いの森』とも呼ばれ、中に入った人間は呪われ、決して戻ってこないとも言われている。
この国含め三国もの領地に隣接しているが、どの地の主も、その不気味さ故どの国も領有権を主張することはせず無主地となっている。
シスターは決して明言しなかったが、つまり、そういうことなのだ。
一か八かでも、やるしかない。
赤い森以外に、逃げられる場所などないのだから。
夜明けまであと少し。
顔を上げ、白んできた空を見つめる少女の瞳の中には、常人にはない金の光が強く揺らめいていた。




